第067話 『勇者たちの死』③
勇者パーティー全員から親友と目されるクナドは、めったなことでは怒らないからこそ怒ったら怖い。すべての魔法をつかさどるとまで言われるカインが、それこそ尻に帆掛けて逃げ出すくらいには。
「だ、大丈夫ですよ? クナド様は魔王を倒せばお付き合いしてくれるってちゃんと約束してくれましたし、わ、私は嘘をついたわけではありませんもの」
だからこそカインが口にした、「怒られる」という単語に対してスフィアが本気で慌てている。あえて「あの方」などと呼んで要らん親しさ、気安さをアピールする余裕さえどこかにすっ飛んでしまっている有様である。
だが驚く。
あるいは怒られる。
勇者アドルと賢者カインが心配しているその状況は、偏にこの5年のスフィア自身の言動に起因しているからにも無理はない。
圧倒的な美貌を有し、戦闘だけではなく日常でも桁外れの価値を持つ奇跡を行使可能なのが客観視した際の聖女スフィアである。しかも完璧な外面を備えているからには、各地で関わった貴顕の者たちはこぞって、平和になった暁にはスフィアをどうにか自国、自領へ囲い込もうと必死になるのは当然のことでしかない。
とはいうもののあからさまに聖女を引き抜くような、正面から聖教会に喧嘩を売るような真似などできるはずもない。となれば古よりの定番手段、色仕掛けに賭けるのは当然の展開と言えるだろう。
事実、先の晩餐会においてもヴァレリア帝国の貴族はもちろん、帝室も含めてほぼすべての独身男性たちが、どうにかスフィアに気に入られようとアプローチを仕掛けていた。 聖女であるスフィアは実力的にも立場的にも強引に迫れる相手ではないので、ある意味真摯に、あるいは愚直に口説くしか手がないのである。
そのすべてを――これまで5年の他国でのことも含めて――スフィアは
「ごめんなさい。私には心に決めた方がいるのです」
の一言で一刀両断してきたのだ。
それだけであればよくある断るための口実、あるいは聖教会本部と聖女が口裏を合わせて、絶対神にすべてを捧げている身なのだと解釈することもできた。
だがスフィア本人が嬉しそうに具体的にクナドの名前を出して、聞かれてもいないことまで語りだしているとなればさすがに話は変わってくる。
アルメリア中央王国以外で、クナドの名は悪名でしかない。
王侯貴族たちの間では純真無垢な聖女を王立学院時代に誑かした、勇者パーティーに参加する実力も持たないロクデナシだという認識がすでに定着しているのだ。そのあたり、自分たちも勇者パーティーに加われる力を持たないくせにずいぶんと勝手な言い草ではあるのだが、そうとでもしなければ矜持に関わるというのは理解できなくもない。
それだけでも大概なのに、事情を把握できているアルメリア中央王国教皇庁とは違う各国の聖教会教区本部は、敬虔な信者たちを中心として神敵認定も辞さないレベルでクナドという個人を蛇蝎のごとく忌み嫌っている有様なのである。
魔王が討伐され平和が訪れた暁には、少なくとも聖教会総体による審問会にクナドが呼び出されることは既定路線になってしまっているのは、勇者たちも知らない恐ろしい事実なのである。アルメリア中央王国の教皇庁も頭が痛いことだろう。
その際には筆頭弁護人席にその聖女本人が座るという珍事となるも確実なのだが。
今の時点でさえこのありさまなのだ、確かにアドル(勇者)の言う「驚く」より、カイン(賢者)の言う「怒る」方が適用されると誰もが思うだろう。らしくもなく動揺するということは、当の本人であるスフィアですらそう思っているということに他ならない。
だがクナド以外の誰に何を言われても動揺などすることがないと知っている仲間たちにしてみれば、今のスフィアの様子を見るだけでも、絶対にクナドを敵には回したくないなあと本気で思っている。
クナドを敵に回すということは、それはとりもなおさずスフィアもセットで敵に回すとことになるのは疑う余地もないからだ。たとえ勇者、剣聖、賢者の3人が揃っていても、クナドの力と聖女の奇跡が組み合わさってしまえば、どう贔屓目に見ても勝目などない。
まあそんなことを思っている3人も、クナドが敵と見做せばそれはすなわち自身の敵なので、スフィアの露骨な態度を呆れる権利などどこにもないのではあるが。
「まあそれはそうだけど……」
アドルとしても本気で焦っているらしいスフィアをこれ以上追い詰めるつもりはない。
気心の知れた仲間としてももちろんそうだし、打算的な意味で言っても、自分たちの生命線でもある聖女を本気で動揺させてどうする、という話でもある。
実際、王立学院時代にクナドからスフィアの暴走について相談されたていたアドルは、今スフィアが言ったことが嘘ではないと知っている。クナドがその手の約束をいい加減な気持ちでする奴ではないということも。
ただちょっと、あのクナドとこのスフィアが、恋人として仲睦まじげに付き合う様子をうまく想像できないだけである。2人して迷宮を突破していくというのであれば、いくらでも想像できるのだが。ぜひとも自分もそこには加わりたいなどと思いつつ。
「そ、それに魔王を倒したあとなら、私が奇跡の力を失っても誰も困らないですよね?」
アドルが矛を収めても焦りが収まらないスフィアにも、自分がクナドに叱られるとしたら聖教会絡みだという自覚はやはりあるらしい。
だからこそ聖女としての責務――魔王討伐を果たした上であれば、聖教会もそこまで自分を重視しないだろうと判断しているのだ。
確かに聖教会が重視しているのは聖女であって、元聖女などではない。
その考えは正鵠を射ている。
「いや困ると思うよ?」
「特に聖教会は困るでしょうねえ……」
「いかなクナドとはいえ、奇跡の力を失ったスフィアとパーティーを組むのはいくらなんでも難しいのではないか?」
だがスフィアのある意味楽観がすぎるその考えに、アドル、クリスティアナ、カインがすぐさま突っ込みを入れている。
そもそもスフィアは大前提を間違えているのだ。
聖教会だけではなく王国も、そればかりか汎人類連盟全体も、スフィアが元聖女になってしまうことを憂いており、それこそを止めたいのである。
元聖女になってしまえば確かにスフィアの言う通りかもしれないが、可能な限りそうなることを阻止しようとするのは疑い得ない。
ではなにを以て、聖女は元聖女となるのか。
聖教会においては、純潔を失った聖女は奇跡を行使できなくなると伝えられている。
神は己に対して操を立てた聖女にのみ奇跡を賜る、というわけである。
普通の神官たちはそんなことはなく、結婚して子を生しても変わらず奇跡を行使できるので、その信憑性は疑問視されている。だがこの千年で2人しか聖女は生まれておらず、万が一力を喪ってしまうことを想定すれば安全策をとるのは当然だろう。
加えて聖教会中興の祖とされている千年前の聖女は生涯純潔を守ったとされているため、敬虔な信者程、聖女はかくあるべしとの強い拘りを持っている。まあスフィアの世話をしていた神殿女官たちは「聖女様が幸せならそれでオッケーです」派だったのだが。
そんな敬虔な信者、あるいは狂信者が暴走した場合、スフィアが自ら望んで純潔を捨てるのを阻止するためにクナドを亡き者にしようとする可能性も完全には否定できない。
『勇者たちの死』④
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