第066話 『勇者たちの死』②
確かにクリスティアナの言う通り5年は長いが、一方そのおかげでアステア大陸のほぼすべての国を危機的状況から救えたこともまた事実である。
あくまでもそれは魔王を討伐するために必須となる強力な装備やアイテム、自身を強化した結果の副産物でしかないのだが、カインとしてはその副産物の方が誇らしいのかもしれない。
それはカインが自分らしくあれるように後押ししてくれた大切な友人――勇者パーティーの仲間たち以上にカインが懐いている相手――であれば、そう考えるだろうと思うからなのだが。
「あの方は無邪気に喜んでいそうですね」
嬉しそうにそう言っているカインを半目で見ながら、どこか呆れたように肩を竦めているのが聖女スフィアだ。
ただし頬を我知らず朱に染めている。
あの方とやらの話題を出す際、スフィアはどう取り繕ってもこうなってしまうのだ。
今は聖女の衣装だけではなく敬虔な聖女としての外面も脱いでいるらしく、勇者パーティーの仲間たちにしかけして見せない素を晒しているようだ。信者たちの規範となるべき聖女たる者、特定の誰かのことを「あの方」などと愛しそうに呼ぶことなど、本来はけしてあってはならないのである。
だがスフィアの本性は尊大で我儘、他人のことなど基本的にどうでもいいと思っている聖女にあるまじき性格だった。
聖教会において物心がつく前から聖女としての英才教育を叩きこまれていたスフィアは、その自身の本性を完璧に隠しつつ望まれる聖女像を演じながら、一番効果的なタイミングで本性を晒してやろうと思っていた過去がある。
勇者パーティー結成の際がその最有力候補だった。
いよいよ魔王討伐の為に勇者パーティーが出立、といったタイミングで聖女が奇跡を使えなくなっていたら、みんなどんな顔をするだろうと思ってわくわくしていたのだ。その結果自分がどう扱われることになるのかも当然理解していたが、当時のスフィアはそんなことはどうでもよかったのである。
だがそれも王立学院に無理やり入学させられて、あの方とやらと出会うまでの話だ。
今では責務を放り出さずに自分の素を晒せる仲間たちもでき、魔王を討伐することにかける情熱は、ともすれば勇者であるアドルをすら凌ぐほどのものとなっている。
そんなスフィアは見た目だけで言うのであれば、艶やかに輝くまっすぐな射干玉の髪を長く伸ばし、同じ色の瞳をした静謐な美少女である。
派手さはないが見る者を魅了してやまないその容姿は、神々しいという表現が一番しっくりくる。黒く輝く後光すら感じさせるその美貌で穏やかに微笑まれれば、たとえどんな不信心者であっても、そこに神の存在を感じざるを得ないだろう。
戦場で聖女として奇跡を行使する際には頭上に『天輪』、背に『光翼』が発現するのだからなおのことである。
賢者カインと聖女スフィアが並んでいるところは、まるで現世に顕現した神々を描いた宗教画のようだと言われている。ちなみに剣聖クリスティアナと並んでいる場合は「美の静と動」などと表現される。
これでは戦闘時の姿を実際に見たことのない多くの者たちからすれば、勇者アドルが一番地味だとみなされるのも無理はない。その評価をアドル自身も受け入れてしまうことも、当然のことなのかもしれない。
実際、スフィアと関わった多くの者は、勇者パーティーの仲間たちとあの方とやらを含めた他数名を除けば、口を揃えて慎み深く慈悲にあふれた理想的な聖女だと異口同音に崇め奉っている。
クナドと幼馴染であるカインの2人はともかく、アドルとクリスティアナはこの5年の旅路でスフィアの本性を初めて詳しく知っており、王立学院時代は世間の認識よりもちょっとアレなところがあるくらいの認識でしかなかったほどである。
だがそんな世間からの評判は、スフィアの突出した容姿やいかにも聖女然とした言動によるところももちろんあるが、実際は聖女として行使する奇跡の力によるところの方がより大きい。
勇者パーティーの中で唯一魔力に頼らぬ奇跡を行使する、神のみに仕える聖女。
それゆえに勇者を勇者たらしめている固有能力による恩恵は受けられないのだが、奇跡はスフィアの気が乗れば実質無制限に行使可能なので弊害は一切ない。
各々が人間離れした能力を有しているとはいえ、王立学院を卒業したばかりの駆け出し(ひよっこ)たちがこの5年の快進撃を実現できたのは、勇者の固有能力と聖女の奇跡に寄るところが大きい。
祝福によるありとあらゆる能力の強化と、どうしたって避けえぬ疲労と負傷を嘘みたいになかったことにしてしまう聖女による奇跡は、たった4人で魔族すべてを相手にしなければならない勇者パーティーにおいて必須の能力だ。
本来であればそこで冒険が終わってしまって当然の重傷――取り返しのつかないはずの四肢の欠損すら後遺症もなく治してしまえるのだ、魔王軍にとっては冗談ではないだろう。
最初の戦闘で勇者、剣聖、賢者を突破してまず聖女を殺せなければ、どれだけの負傷を与えても都度回復され、仕切り直しになった時点で全快されてしまうのだ。戦闘を経て勇者たちは当然経験を積み、同じ手は通じなくなっていくのだから、いかに人間の上位存在である魔族であっても分が悪すぎる。
また戦場のみならず訪れた先々で欠損すら元に戻せる治癒術で貴賤貧富、老若男女を問わず負傷した者たちを癒し、魔族によってもたらされる呪いの一切を浄化し、流行り病や疫病なども蹴散らす聖女が、魔人を倒す勇者よりも感謝されるのは当然ともいえるだろう。市井の者たちは魔王が討伐された平和と呼ばれる世の中にあっても、日々健康に汗をかいて働かねば暮らしていくことなどできないのだから。
結果としてスフィアは訪れた先々で例外なく重度の信者を量産し、聖教会の影響力を高めるという点において、文句のいいようなどないほどの貢献をしているのだ。
「魔王を討伐した暁には、そのあの方――クナドが一番驚くことになるんじゃないのかなあ……」
アドルがそのスフィアの発言をまぜっかえす。
スフィアが呆れたような態を取りながらも、それをあの方――アドルの幼馴染でもあるクナドに褒めてもらえると思って喜んでいることを、仲間たちはもうみんな分かってしまっている。
外面は理想的な聖女、身内になれば辛辣で現実主義者なことがわかるスフィアは、命を預けあうほどの関係になれた者からすれば、ただの恋する乙女なのだということがすでに勇者パーティーの全員にバレているのだ。
「そ、それはそうでしょうね」
「スフィアらしいといえばらしいが……クナドには怒られない自信があるのか?」
突然アドルが口にした意味の分からない言葉も、クリスティアナとカインには即座に同意できる内容らしい。
クリスティアナもカインもそのクナドと自分は親友だと思っているだけに、スフィアの暴走ともいえるこの5年の言動を心配しているのだろう。
カインに至ってはクナドに怒られることになるのなら、命がけの旅を5年間も共にしたスフィアであってもまるで庇うつもりがないことが傍目にも明確である。
『勇者たちの死』③
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