第061話 『初陣』⑦
「……強そうですね」
「そりゃなんといっても魔人サマだからね」
だがパーティーの仲間たちだけではなく、この場にあえて集めた要人たちはもちろん学院生たちも護らなければならないクリスティアナが警戒し、新生勇者パーティーの中では最も実戦経験の多いアドルが気を引き締めている。
経験豊富とはいえアドルとて魔人との接敵はもちろん初めての経験であり、それが5体同時ともなれば油断するわけにはいかない。
実際に矛を交える立場としては、至極当然の心構えと言えるだろう。
「そうですか?」
だがスフィアが油断でも慢心でもなく、純粋な疑問としてそう口にした。
能力を発動させたクナドを幾度も目の当たりにし、この3年間でとんでもなく強くなった勇者、剣聖、賢者と連携訓練を重ねているスフィアには、この5体の魔人にそこまでの脅威を感じられないことは純然たる事実なのだ。
それは無言で頷くカインも同じなのだろう。
実際、魔人たちは本来の力を発揮することができない状況にある。
魔物と同様、しかしながらより強大な「魔石」を体内に有し、そこに上限まで外在魔力を取り込んできているとはいえ、人界の薄い外在魔力では補充することなどできないからだ。技や魔法を使えば使うだけ体内魔石の魔力は減少する一方、つまり戦えば戦うだけ弱体化していかざるを得ない。
魔人とは本来、外在魔力の豊かな地――魔物支配領域の最奥や迷宮の深部、天空に浮かぶ『魔大陸』でこそ、その真の実力を発揮できる存在なのである。そこでその場に満ちる外在魔力をすべて支配した魔人の強さは、今とは大げさではなく桁違いなものだろう。
そのことを奇跡と魔法に特化した、聖女と賢者は見抜いている。
油断は忌むべき怠惰だが、敵への過大評価からくる過ぎた警戒(怯懦)も時に人を殺す。
要はバランスが一番大事なのだ。自然とそのバランスがとれている今代のパーティー構成は、能力の相乗効果と同じくらいの強みだといえるだろう。
守ってもらう側からしてみれば誠に勝手ながら油断してくれている方がまだましで、極度に警戒するあまり恐れているように見える方が怖いのだ。実際に戦う立場と護られる立場では、求めるものが違うのも当然なのかもしれない。
そういう意味では護られる側から見た今の勇者パーティーは、実際に魔人と接敵した状態で適度に緊張しながらも余裕も感じられるという、油断しない強者たち――理想的な守護者の姿だといえる。
おかげで「想像していたより話す魔族って怖くないな」とか「人の似姿でありながら言葉が通じない方が、理外の存在っぽくて怖いよな」などと、わりともっともなダメ出しをする余裕さえ生まれている。
勇者パーティーの活躍で、人が必要以上に魔人を恐れなくなる。
これはかなり重要な要素なのだ。
「魔法使いの称号が賢者というのは地味にキツいものだな……より精進しなければ」
「まあ、ああいうのは実戦経験を積み重ねるしかないってクナドが言っていたよ。僕は何度繰り返してもからっきしだったけどね」
「肝に銘じておこう」
ここにきてまたクナドの神格化をこじらせてしまったカインが、その道においては先輩であるアドルからフォローをされている。
今のところ魔族の動きが完全にクナドの掌の上であることに、今後勇者パーティーの戦略戦術を一手に引き受けなければならないカインとしては感嘆せずにはいられないのだ。 手を読むだけではなく、実際に戦う自分たちのみならず、護らねばならない人々の心理的な制御さえやってのけている(ように見える)のがとんでもない。
今回はクナドがいてくれる状況だったからこそ、今の状況を構築できている。
ただこれからはクナド抜きでの魔王討伐の旅が始まるのだ、居てくれなくてもなんとかできる策を都度、賢者たるカインが構築する必要がある。
正直なところ、魔人が行使してきた超長距離転移魔法を『魔眼』で再現出来たら都度クナドから助言をもらうようにもできたのだろうが、魔導器官ありきの構築術式だったので人の身ではどうしても再現不可能だったのだ。
禁呪や古代魔法が使えるからといって賢者などとふんぞり返ってはいられない。そもそもとしてその禁呪も古代魔法も、クナドの助力があってこそ再構築できたものなのだ。
占星術によって正解を導きだすかの如き真の賢き人になれなければ人々の期待には応えられないというのは、確かになかなかの重圧ではあるだろう。
『ずいぶんと余裕だな。しかし足手纏いをこの場に置いたままなのは悪手ではないか?』
魔人たちは勇者たちのそんな反応を意に介すことなく、粛々とすべきことを進める。
それでも最低限の言葉を発したのは、自分たちが魔人になってから初めて接する恐怖、恐慌以外の反応――侮られている空気に、わずかとはいえ反応してしまったからなのかもしれない。
だが魔人たちは問答を軸に置いたりはしない。
実力行使こそが種を同じくしない者同士が対峙した場合に我を通せる、唯一にして簡潔な手段だとよく知っているからだ。
「それがそうでもありません」
魔人の1人が言葉と同時にこの場にいる者を鏖殺するべく放った無数の魔光線は、淡々とそう言い放ったクリスティアナの大剣にすべて集中させられた。右手に構えた大剣の固定能力『鏡剣』と左手に構えた大盾の固定能力『敵意固定』によって、あらゆる攻撃の一点集中化と吸収を行ったのだ。
要人を戦場に固めておいた方が守りやすいというクナドの判断は、クリスティアナの突出した防御能力を前提になされている。当然勇者パーティーは多数の人間を守りながらの戦いを想定して、これまで何度も練習しているのでそこに抜かりなどない。
だからこそクリスティアナもまた一切躊躇することなく、吸収した膨大量の魔光を宿した大剣で無差別攻撃を仕掛けてきた魔人を一閃する。
防衛戦の場合、まず間違いなく相手が初手で仕掛けてくるであろう対多数攻撃、それを吸収したクリスティアナの大剣による一撃を叩き込むのは何度も訓練して制度を上げてきた定石戦術の筆頭なのだ。
魔人が一瞬で展開した多重防御魔方陣を無数に割り砕き、極わずかの均衡を経て頭頂から股下までを、魔光で形成された巨大な刃が断ち割った。
声を発することもなく、魔人の一体が蒼い血をまき散らしながら地に墜ちる。
それを確認した他の4体の魔人たちは、声もなく肉弾戦へと切り替えて空中からアドルたちへと肉薄する。確認のためなのか遠距離攻撃も同時にある程度撃ち放ってはいたが、同じように大剣に吸収されるのを見て以降はもう撃たなくなっている。
また魔人たちは技も使っていないらしく、クリスティアナが常時展開している敵意制御に縛られずに3体が勇者たちへ、1体が要人や学院生を虐殺するべく動き出している。
魔人たちは初見で剣聖がなにをしているかをほぼ見抜く、あるいは実際に起こった現象から想定して、最も効果的だと判断した行動を選択しているらしい。
『初陣』⑧
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