第054話 『聖女スフィア』⑪
――さっきの誤作動みたいな感じといい、今日はいつも通りではないのかもな。
まああんなことがあっては無理もないかと、ちょっと他人様には見せられないだらしない表情を浮かべてしまうクナドである。少なくとも行きは何の問題もなかったのだ、帰りは流石のスフィアもあれの後では冷静ではいられなかったのだろうと納得した。
「お、おはよう」
「ぎこちない」を表現する大会かなんかか? とクナドが問いたくなるほどぎこちなくクロムが朝の挨拶を返している。
「どうしたんだ?」
たしかにこの時間のこの場所にクナドがいるのは意外かもしれないが、朝の散歩だのなんだの言い訳はいくらでもきく。
ちなみにこのクロムという青年は剣士系の能力を持つ冒険者育成学部の同期、中でもトップクラスの実力を持つ1人である。いかにも貴公子然とした金髪碧眼、整った容姿であるにもかかわらず平民出身で、王立学院での3年間でどれだけ人脈を築けるかが自分の人生を左右すると豪語して憚らない兵だ。
『早朝の鍛錬、走り込みで流す俺の清らかな汗を貴族のお嬢様方に見てもらってだな?』などと入学直後に宣い、みんなに大笑いされながらもそれを見事に3年間継続してみせた苦労人でもある。
実際それなりの貴族の御令嬢複数から想いを寄せられるようになっている、有言実行型の実際主義者なのだ。
よってクナドには気楽に話せる、気の合う友人の1人となっている。
そんなクロムらしからぬ態度を見せられては、クナドとしても何があったのか気にならないわけがない。
「どうしたもこうしたもクナド、お前なんっで女子寮から平気な顔して出て来ているんだよ? しかもこの棟って聖女様の……って、まさかお前⁉」
「は?」
だが顔色をなくしたクロムが語る内容を聞いて、クナドも瞬間で真っ青になった。
クロム曰く、いつも通り早朝のランニングをしていると、女子寮のエントランスからクナドが堂々と出てくるのが見えて絶句したらしい。そのままその場で足踏みをしながら会話ができる距離までクナドを待って言い訳を聞こうとしたら、あまりにも悪びれない態度に引いていたというのがクロムのおかれた状況だという。
――まさか、認識阻害が効いてない?
そのまさかである。
というか効く、効かないではなく初めからかけられてさえいない。
ではなぜ女子寮内では例外なく全員が硬直していたかといえば、彼女らはそうするしかとりうる態度がなかったからである。
スフィアはなんらかの理由で認識阻害の奇跡が効果を発揮しなかった場合に備えて、自身の部屋が与えられた棟の者全員に「私の部屋に出入りする人がいても、絶対に見ちゃだめですよ? 見てしまったらきっと、神様の罰が当たってしまいますから」と何度も可愛らしく言い聞かせていたからだ。
誰もがみなただの冗談だと思っていたのだ。
だが実際にスフィアの部屋から平然とした顔で出てくるクナドを目にした瞬間、見たと見做されたらどうなるかわからないと、本能的に硬直するしかなかったのだ。それはクナドが完全に視界から消えるまで硬直し続けるわけである。
「聖女様が手を振っておられるの、間違いなくクナドにだよな?」
「ち、違うんじゃないか?」
――なんて? 今窓から手を振ってんの、あの聖女?
からかう余裕すらなく、引きつった表情で寮の方を見ながらそう言うクロムだが、クナドに振り向く勇気など出るはずもない。
「じゃあ俺にかよ⁉」
確かにこの場にはクナドとクロムしかいない。
寮のエントランスを出てからこの位置に至るまで、クロム以外の人影はなかった。
このまま振り向かなければ背後の現実が消えてなくなるのであれば、クナドは間違いなくそうしただろう。だがそんな都合のいいことなどあるわけはないので恐る恐る頭だけを寮の方へ向けると、最上階にあるスフィアの部屋の窓からそのスフィアが可愛らしく手を振っている姿が目に入った。
――だめだ、これはもうどうにもならん。
もはや諦めてクナドも手を振り返すと、スフィアがなにやら声を出しながら嬉しそうに両手をぶんぶん振り回し始めた。
「うわあすげえ。同じ男として尊敬するよ、お前。いや本気で。そりゃ聖女様に望まれてそれに応えるところまでなら俺も理解できなくもないけど、ここまで堂々とするのは正直無理だ。クナドは俺の理外にいるよ」
――この状況は俺の理外でもあるんだよ!
「ちょっと待て、落ち着けクロム」
アイコンタクトというか手を振りコンタクトになにを感動したのか、興奮気味に騒ぎ出したクロムをクナドはなんとかなだめようとする。
「それは俺じゃなくて、あっちのお嬢様方に言うべきだな」
だがクロムは意地の悪い笑顔を浮かべ、いったんは自分の方を振り向いたクナドに対して再び女子寮――背中側を見るように促した。
そこではこちらまでは聞こえないが、スフィアがなにやら手を振りながら言っていることに反応したらしく、ほとんどの部屋の窓が開いてお嬢様方がこちらを注視していたのだ。
「あー」
それを見たクナドは、頭を抱えてしゃがみ込むことしかできない。
これはもう、クロムを黙らせさえすればどうにかなる問題ではなくなってしまっていることを悟ったのだ。そしてこうなることを望んでいるのがスフィア本人である以上、クナドが要らぬ言い訳をすればするほど、状況が悪化するのはまず間違いない。
かくしてクナドは、自分が卒業まであと2日というところまで逃げおおせながら、最後の最後に取っ捉まった間抜けであることを、これ以上ないくらいに自覚させられたのである。
第六章『初陣』①
12/22 18:00台に投稿予定です。
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