第053話 『聖女スフィア』⑩
それ以上の答えを与えてもらった今だからこそ、つい先刻までの自分が求めていたことがよくわかります。
自分より上だと認めていたクナド様にすべての選択とその責任を、詳しい情報も自分の気持ちも伝えずに丸投げしたかったのです。「救われる」という綺麗に聞こえる言葉で誤魔化して、その餌として自分の躰をぶら下げてみせた恥知らずが私。
でもそんな私をクナド様はため息一つで赦してくださり、約束と印までくださいました。
ですから私にはもう、恐怖も不安もありません。
世界や、神様や、正義のためなどではなく、ただの恋に浮かれたお調子者として、この恋を愛に育てる時間を得るためだけに魔王を倒し、身に降りる凶暴なナニモノカを御しきってみせます。
私の恋路を邪魔するのであれば、神も悪魔も、魔王も人も関係ありません。
ただ敵として排除するだけです。
その覚悟ができた私と、そんな私に印を与えてくださったクナド様に、くだらない世間の評判はもとより、王家、魔導塔、聖教会からの目なんて今更関係ありません。
――そうですよね?
◇◆◇◆◇
「こ、このまま一緒に登校しませんか?」
いったんトップギアに入っていた感情が落ち着き、双方が望んだことであるにもかかわらず、なぜか流れる気まずい時間帯もどうにか乗り越えたタイミング。
そこでスフィアが、クナドが是と答えられるはずもない提案を本気で口にしていた。
早朝とはいえクナドが部屋に来てからすでにかなりの時間が流れている。女子寮生たちの多くはすでに起きていて、部屋でやたらと時間がかかる登校準備をしている頃だろう。男子でも冒険者育成学部では早朝ランニングを日課にしている者は多く、ちょうどそんな時間帯だ。
確かに今からこの部屋を誰にも見つからずに出ていくのは、普通なら不可能事だろう。
だがそれを言うならもっと早朝だったとはいえ、クナドが女子寮の部屋に来ることも不可能だったはずだ。24時間交代制でロビーには必ず管理官がいるし、スフィアの部屋がある最上階には、聖協会による簡易結界も張られているからだ。
つまりなんらかの手段でそれを可能にしている以上、帰りも問題ないはずなのだ。
「あのな……」
だからこそスフィアの部屋から一緒に登校するなど、クナドにとっては論外でしかない。そもそも院則では異性の寮に立ち入ることは当然禁止されているし、ましてやお泊りなど即退学級のやらかしである。
――早朝に来たって言っても誰も信じてくれないだろうし、そもそもいつ来たかなんて罪状にはさして影響なんかしないしな……
部屋でなにをやらかしていたかこそが罪なのだ。
それを堂々と一緒に登校するなど、スフィアが勇者パーティーの一員である特権を笠に着ての蛮行にしか見えまい。実際がどうであれ、それをクナドがスフィアに強いている図式で見られるのは火を見るよりも明らかである。
実際問題として、このタイミングで聖女であるスフィアと、勇者パーティー全員に強い影響力を持つクナドを退学させられるわけがないあたりも、より印象を悪くするのは間違いないだろう。
なによりも不純異性交遊案件で開き直っている、というのが最悪である。
明日から魔王討伐の旅に出るスフィアであれば開き直ることもできるし、クナドが誰のものなのかをアピールするにはこれ以上ない機会なのかもしれないが、王都に残るクナドとしてはいくらなんでも洒落にならない。
ただでさえクナドは謂われもなく、ヤ〇サーの寝取り野郎みたいな扱いをされているのだ。
――俺は別に色黒でもマッチョでもないんだがなあ……
そこへ加えて「女子寮から毒牙にかけた聖女様と朝一緒に登校した」などという、学院が続く限り伝えられるような伝説を刻むわけにはいかないのである。
「鞄もなければ制服もないだろ。いったん寮の部屋へ戻るよ」
「それは……残念です」
とはいえなんか盛り上がっている気配を感じるスフィアに、そんなことを告げても逆効果になる恐れがあると判断したクナドは、もっとも無難な理由を告げた。
基本的にスフィアは真面目なので、クナドとのあれこれは自分の中で正当化できても、制服も鞄も、つまり教科書やノートも持たずに登校するという行為は正当化できないらしい。しかも自分であればまだしも、それをクナドに強要することはもっとできないのだ。
「……平和になったら、職場には一緒に通勤できるようにするさ」
「はい!」
ただあまりにもしょんぼりしてしまったスフィアに、数年先とはいえ具体的に想像できる未来をクナドが提案すると、花が咲いたような笑顔で喜んでいる。
クナドも「そういうのにはけっこう憧れるな」と思っているので、スフィアにも自分を宥めるために口にしたようには聞こえなかったのだろう。
「じゃあまた後で」
慣れたカップルであればここで接吻の一つでも交わすのだろうが、クナドとスフィアにはまだそんな余裕などありはしない。よくもまあハグ程度でもぎくしゃくしてしまう2人が、一足飛びで互いの躰に印をつけあうなどというところまで行けたものである。
クナドとしては、こんな風に会えるのも今日明日だけだと思うと寂しくもある。
とはいえ居座るわけにもいかず、すっかり機嫌のよくなったスフィアにひらひらと手を振りながら、警戒感もなく扉を開けてクナドが廊下へ出た。
「?」
その瞬間、すでに廊下に出ていた2人の女学院生の動きがぴたりと止まった。
だがクナドの方を見ることもなく、そのまま静止している。
当然クナドは怪訝な表情を浮かべたが「なんか副作用かな?」程度で深く考えずに階段を下りてロビーを抜け、女子寮から外へ出た。
廊下にも階段にも、もちろんロビーにも幾人か人がいたが、すべてクナドが現れた瞬間に硬直していた。ただいつも通り誰1人として誰何してくることはなかったので、首を捻りながらもすたすたとクナドはここまで歩いてきたのだ。
「クナド、お前……」
そこでクナドに声をかける者が現れた。
「お? もう見えているのか。おはようクロム」
それにもクナドは意外を感じる。
いつも通りであればクナドが自分の部屋に戻るくらいまで、スフィアがかけてくれている『認識阻害』の奇跡は継続しているはずだからだ。それが効いている以上、クナドの方から声をかけでもしない限り、スフィア以下の能力者は全員クナドがそこにいることを認識できない。つまり誰一人クナドを認識できないということだ。
『聖女スフィア』⑩
12/22 7:00台に投稿予定です。
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