第051話 『聖女スフィア』⑧
ですがあれだけ実際主義者的な思考の持ち主でありながら、どうしてあそこまでお人好し――の域をはるかに超えた、世界の為の生贄であることをよしとするかのような行動をとれるようになったのか、そのままであり続けられるのか、私には全く理解できません。
けれど私は誰よりも知っています。
初めから諦めていた人よりも、希望を持って優しい世界を望み、その上でそんな世界は存在しないのだと思い知らされた人ほど、現実に深く絶望してしまうことを。
だけど世界を終わらせてしまうのはいけないことだとはわかるから、自分でもどうしてかを説明できないまま我慢し続けなければいけない。そしてそんなことを望んでしまう自分を、消してしまいたくなる苦しさを。
そんな聖女(私)は、クナド様がいてくださったから救われました。
内心でどんなにひどいことを思っても、願っても、果てはそれを現実にしようと動き出してしまっても絶対に止めてもらえる。そう信じることができる。
それだけで私は、皆に望まれる聖女のふりをし続けることが息苦しくもなんともなくなった――救われたのです。
ではクナド様は?
今は勇者であるアドル様に、剣聖でもあるクリスティアナ王女殿下に、賢者にまで上り詰めたカイン様に期待しているクナド様が、もしもこの世界に――現実に絶望してしまったらどうなってしまうのでしょう。
それにクナド様は勇者様たちのような強い人たちだけではなく、日々を一生懸命に生きているごく普通の人たち一人ひとりにも同じように期待しているようにも見えます。
自分の身を――寿命を削ってでもできることをやり、救える者たちを救っていれさえすれば、やがて必ず優しい世界になると信じているかのように。
けれどきっと、現実はそんなに優しくはありません。
私によくしてくださる方々がそうであるように、クナド様に「人は捨てたものではない」と思わせている方々の言動もまた、偽りなき本心なのでしょう。クナド様の言葉に賛同し、遠く力の及ばない我が身でもできることはないかと、真摯に寄り添おうとしているのはけして嘘などではない。
ですがその本心も、それに基づく言動も、すべてクナド様がいるからこそ。
クナド様にだけ向けられる、人の美しい側面。
そう、側面に過ぎないのです。
そしてそれだけが人のすべてなどではありません。
別の側面ではクナド様が望む優しい世界に賛同したのと同じその口で、自分より下だと判断した存在に対して、上だと見做している相手には聞こえないところで醜悪な言葉を吐き捨てる人は思うよりも大勢いるのです。
賎民が、平民が、格下が、貴族風情が、小国程度が。
弱者が、貧乏人が、敗者が、馬鹿が、不細工が。
自分と相手がどんな立ち位置にいるかなど関係なく、相対的に優位にあれば罵っても許されると思っている。それだけにとどまらず、平然と理不尽な目に合わせもする。
私たちは恵まれているからこそ、時にそういう部分を目にしても眉を顰めるだけで済みます。咎めたてればその場では素直に謝罪し、反省の弁を述べてくれることでしょう。
ですが陰では「恵まれた奴が偉そうに綺麗ごとを言いやがって」と嘲笑される。
もちろんそんな人ばかりではないことも知っています。
ですが決して少なくない数がいて、それは貴賤貧富、老若男女に縛られないこともまた揺ぎ無い事実なのです。
他ならぬ私自身もそうであるように。
私がいい人でいられるのは、いい人でいようと思えるのはクナド様がいてくださるからこそ。他の人にもそう振る舞うのは、間違ってもクナド様にそんな醜いところを見られたくないからにすぎません。
クナド様がいなくなってしまったら、いいえクナド様が聖女(私)をも殺せる力を失ってしまったら、自分がどうなるかなんてわからない。クナド様すらも見下して、今度こそこんな世界なんて滅んでしまえばいいと、本気で願ってしまうかもしれない。
そんな自分になってしまうのが今の私は怖い。
クナド様と出逢ってから、まるで普通の女の子の様に振る舞える自分を知ってしまったからこそ、以前よりもずっと。
だったらクナド様に、私ごと滅ぼされる方がずっといい。
クナド様がこの世界に愛想をつかして、壊してしまおうと決めたのなら私は平然とお手伝いすると思います。もしくは立ちふさがるふりをして、最初に壊してもらうのも捨てがたいです。そっちの方が、クナド様が最初に未練を断ち切ってくださるようで、気分がいいかもしれません。
そんなことを思っているくせに、クナド様にはそんな絶望を得てほしくないなあと思ってしまう私は、ずいぶん矛盾していると自分でも思います。
絶望して世界を滅ぼしてしまうのならまだいいのです。
でもそれを「悪いこと」だと我慢して、笑顔を張り付けるようにだけはなってほしくない。なってほしくないのに、クナド様は多分そうなりそう。
だったら醜悪な現実に触れてもなお、絶望に墜ちていかずに済む楔があればいい。
幸いにしてアドル様やクリスティアナ王女殿下、カイン様はクナド様にとってのそういう位置にいてくださっていると思えます。まだお会いしたことはありませんけれど、アドル様の妹君であるクレア様もきっとそうでしょう。シャルロット王女殿下も怪しいですね。
でも楔が多くて困ることはないので、烏滸がましいとは思いつつ私もその一つとなれたらいいなと素直に思えたのです。
運よく私は奇跡の力だけではなく容姿にも恵まれていて、幼い頃から理想の聖女となるためにお化粧はもちろん、お勉強や芸事、上流階級での立ち居振る舞いなどを進んで身に着けて参りました。
厳しい修行に集中している時は、嫌なことを考えずに済むので好きだったのです。
ですが私の聖女としての力を知ると、ほとんどの方々は神様の様に敬うか、畏れと蔑みを綯交ぜにした目で距離を置かれるかのどちらか。直接関わる位置にいない男性からは情欲の目を向けられることは、王立学院に入学してから初めて知りました。
磨いても活かす機会などないと知っていた知識や技術。
それをクナド様が相手であれば存分に揮えるのだ、揮っていいのだと気づいた時には自分でもちょっと驚くくらいに嬉しかったのです。
なにしろクナド様はいつでも私を殺せる御方。
敬う必要も畏れる必要もなく、ただ一人の女の子として私を扱えるただ一人の御方なのです。
実際クナド様は私をそう扱ってくださいました。
クナド様ったらクリスティアナ王女殿下に対する態度の方がずっと丁寧で、ぞんざいに扱われて嬉しいなどという倒錯した感覚を私が覚えてしまったのは、間違いなくクナド様のせいです。
『聖女スフィア』⑨
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