第005話 『モンスター・スタンピード』⑤
対価を必要とするだけあって、クナドが一度でも目にしたことのある技や魔法、奇跡であればそれがどんなものでも――たとえ禁呪や古代魔法であっても再現可能だし、その同時発動数も上限などない。
その現象を引き起こすに足る己の寿命さえ差し出せば、たとえ聖女の使う大奇跡であってさえも、寸分たがわず再現することが可能と来ている。
またそういった汎用的な技、魔法、奇跡であれば消費する寿命はごくわずかで済み、逆に固有魔法や血統魔法、または抽象的なクナドの願いを叶えようとする場合はより多くの寿命を差し出す必要がある。
それでもさすがに下位魔物を間違いなく一撃で消し飛ばせるほどの魔光弾――中級魔法であり、B級冒険者の魔法使いであれば一度に一発、日に一桁が上限である魔法――を1万2,879も再現するとなれば、約1ヶ月分もの寿命を消費してしまうのだ。
これにクレアとシャルロットの合わせ技で成立している必中効果を加えれば、乗算的に差し出さなければならない寿命は増える。
すべてをクナド1人でやった場合、年単位での寿命を消費することになるのは、かつて一度だけやったことがあるのですでに分かっている。
だからこそクナドは、クレアとシャルロットに本気で感謝しているのだ。
「もう……」
クナドがあえて気楽に口にした言葉にクレアが困ったような、どこか呆れたような、一つ間違うと泣きだしそうにも見える笑顔を浮かべてため息をつく。
クナドの能力について詳しく知っているクレアやシャルロットにしてみれば、文字通り命を削って人々を護ってくれているクナドに感謝することは当然でも、感謝されるなどとんでもないと思ってしまうのも無理はない。
自分たちはどれだけ疲れようが内在魔力と体力を消費するだけで、別に寿命が削られるわけではないのだから当然だと思っているのだ。
クナドは「可視化できていないだけで、実はみんなも同じかもよ?」などと言って笑うが、功成り名を遂げた老魔法使いや無事に引退した冒険者が少数とはいえ存在している以上、それは自分たちを安心させるための詭弁でしかないことくらいは理解できる。
自分たちより先にクナドの能力について知っていた勇者たちが、クナドをパーティーに加えなかったことが今ではよく理解できる。勇者たちは基本的にお人好しなこの人が、自分の寿命の残りなど顧みずに力を使い切ってしまうことを危惧したのに違いない。
まだしも王都防衛に特化しておけば必要以上に寿命を削ることもないだろうし、あとは自分たちが可及的速やかに魔王を倒してしまえばいいと判断したのだろう。
勇者たちが命懸けで魔王を討たんとするのは、平和になった後の世界で大事な人たちと共に生きていきたいからこそだ。
その大事な人がいなくなってしまうのでは、自分たちの存在意義などないも同然との考え方は、クレアもシャルロットも大いに同意するところである。
クレアやシャルロットにしてみれば、救世を担う圧倒的強者たちにそこまで慕われているクナドのことを凄いと思うと同時に、せめて傍にいる自分は少しでもクナドの力になりたいと必死なのだ。
そうすることが想い人の寿命を延ばすことにも直結するのだから、なおのことである。
クナドは自分にだけは残りの寿命が見えており、それはこれだけ力を使っていてもなお百年以上残っていると日頃から豪語している。
女性の平均寿命でも70歳に遠く届かないこの世界において、クレアとシャルロットより長生きしそうだという発言はそれを根拠としているのだ。
だがそれもクナドが嘘をついていなければ、の話である。
とはいえその真贋を見抜く術などない以上、誰であってもそれを信じることしかできない。
だからこそのクレアのため息なのである。
それでもクナドの能力を知る国家の中枢に在るごく少数の者たちが、その前提に従ってあらゆる便宜をクナドに図ってくれているのがせめてもの救いだとも思っている。
つまりストレスでクナドの寿命を削ることなど論外なのだ。
だからこそクナドがその正体を隠すことも、有事以外はC級冒険者として活動することも、莫大な報酬を得ているにもかかわらず王都の借家で一人暮らしをしていることも、そのすべてを認めざるを得ないのである。
勇者の妹と第三王女との接触も、今回のような有事やどうしても必要に迫られての場合であってもお忍びが絶対とされていることが、当人たちにとっては歯がゆくもある。まあ敬愛する兄や姉は魔王を倒すまではたまに会うことすらもできていない以上、それに文句を言うことはさすがに憚られるわけだが。
「一日も早く、お姉さまたちが魔王を倒してくれることを祈るだけですわね」
実際、シャルロットの言う通りなのだ。
そうなればクナドが大きな力を振るう必要はなくなるし、本人の言葉を信じるのであれば冒険者として生きていくくらいであれば、ほとんどの人よりも長く生きられるようになるはずだ。なによりも今までの貢献で得た報酬があれば生活に困ることなどないし、自分たちが会いに行く――慕っていることを表明することにも問題が無くなるのが大きい。
一方でそうなったら聖女スフィアという強大な恋敵というか大本命が参戦、というか帰還することにもなるわけだが、それはそれである。
兄を通じてスフィアのことをよく知っているクレアはともかく、王族としての教育を受けているシャルロットからすれば現実的な問題として、自分は側室でも構わないと思っていることもある。
それはつまりクナドは今の時点でさえ、すでに第三王女を側室とすることを王家に認められる、というよりも望まれるだけの立ち位置にいるのだ。
だがクレアにしてみれば《《あの》》スフィアが、たとえ王族が相手とは言え誰かとクナドを共有することをよしとするなどとはとても思えない。
つまりどうしても欲しければ戦って勝ち取るしかない。
少なくともクレアに限っては「私の方が先に好きになっていました!」と主張することについては正当なのだ。なにしろ5歳の頃からなのだ、その点においてだけはクレアに並べる者など誰もいはしない。
だがそんな戯言を囀ったところで、どうせあの聖女はぞっとするくらい美しい顔に新雪の如き無垢な微笑を浮かべて「選ぶのはクナド様ですよね?」と宣うことなど先刻承知なのだ。
ゆえにクレアは口が裂けても言わないと、強く心に決めている。
現時点における彼我の戦力差は圧倒的だが、シャルロットと2人セットであればほんの僅かとはいえ勝機を見出せるかもしれない。スフィアがどれだけ独占欲が強くとも、クナドがクレアとシャルロットも娶るからねと言ってくれさえすれば、まず間違いなく受け入れるだろうという確信もある。
問題はそのクナドが、クレアとシャルロットを本気で「妹みたいなもの」と認識していることだろう。初めて出逢った頃の年齢であればともかく、すでに王立学院を卒業した大人なのだ、さすがに妹扱いのままというのは女としての沽券にかかわる。
よってクレアにしてみれば今の優位点――クナドの傍にいられることを最大限活かすことを躊躇している場合ではないのだ。
次話『モンスター・スタンピード』⑥
12/1中に投稿予定です(本日中にモンスター・スタンピード⑥まで投稿します)
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