第004話 『モンスター・スタンピード』④
「照準処理完了しました! クナド兄さま!」
「全弾発射!」
2人のそのやり取りを経て、王都正門前を白い魔導光で染めていた1万2,879もの魔光弾がすべて同時に撃ちだされた。
それらはまるで1弾1弾がそれぞれ別の生き物のように不規則な軌跡を描きながら、重なって誤爆、誘爆することもなくクレアの『戦況掌握』によって定められた、己だけの目標に向かって超高速で飛翔する。
ただ浮かんでいる時点では自分に対する脅威と認識できずにいた下位魔物たちも、魔光弾が明確に自分に向かって放たれたことを察すれば、本能に従って回避行動に入る。当然連携が取れているわけでもない、雑多な下位魔物の群れでしかないモンスター・スタンピードはそれだけでも大混乱に陥った。
中には着弾を待たずに絶命する個体もいる中へ、寸分たがわず急所を貫かんとする魔光弾が、あたかも光の霧が魔物の群れを覆いつくすようにしてほぼ同時に着弾した。
大量の魔物の突進によって王都前の平野に発生していた砂煙が、風に流されて薄まっていく。そこにはもはや生きて動くものはなに一つ確認することができなくなっていた。
『1万2,879の一撃』という矛盾を以て、王都に迫りつつあったモンスター・スタンピードを薙ぎ払ったのだ。
「……1万2,879体、すべて撃破完了しました! 私の索敵可能圏内に第二派の兆候は確認できません」
汗だくになりながら、それでも朗らかな声でクレアが膨大数の魔物の群れを無力化したことを宣言する。
この高度からであればクレアの索敵範囲は最大まで広がっているので、それで確認できていない以上、第二派以降はないとみてまず間違いないだろう。
魔物支配領域や迷宮を形成するのとは別の巨大魔石が魔大陸から投下されることよって、モンスター・スタンピードは引き起こされる。数の暴力で人類の都市を擦り潰そうとする思惑である以上、魔王軍が戦力を逐次投入することはまず考えられないからだ。
この状況が王都中枢にまで到達するにはいましばらくの時間を要するだろうが、この後は王立軍や冒険者ギルドによる事後処理が始まる。
下位とはいえこれだけの数であれば、魔物の体内に生成されている『魔石』だけでもとんでもない利益を生み出す。それだけではなく多種多様な魔物素材も確保でき、それらは大多数層の兵士や冒険者の武器防具として、人類の戦力を増強するために活用されることになるのだ。
他国においてはどれだけ多数の犠牲を払ってでも、凌ぎきれさえすればなんとか次までに戦力を立て直すことができていたのは、これがあるからこそである。
それが今回のように被害を一切出さずに手に入るのだ、アルメリア中央王国が得る利益――より端的に言えば魔族に対抗するための力は桁外れといっても過言ではない。
それをこれまで八度も繰り返しているのだ、余剰分を被害が大きかった国へ回して汎人類連盟の崩壊を防ぐとともに、その盟主としての地位を揺ぎ無いものにしつつある。
これで勇者パーティーが魔王を討ってさえくれれば、大陸の再征服後のアルメリア中央王国は事実上の覇権国家となり、平和となった世界において他の国々が、その名の継続と名目上の自治を許されただけの属国となることは疑いえないだろう。
「相変わらずクレアとシャルロットはすごいな」
それだけの功績を叩き出しておきながら、当の本人であるクナド――世間に対しては今なお謎の男――は至ってのんびりしたものである。
別に自分の実績を低く見積もっているわけでもないのだろうが、それを十全に機能させてくれている2人に対する称賛の想いが強いのだ。
「えへへ、ありがとうございます。でも私の能力なんて、クナド兄さまとシャルロット王女殿下がいてくださるからこそ役に立てるのです」
もうクナドのそういう部分はなれてしまっているクレアは素直にその称賛を受け入れつつ、クナドと同じ視点で他の2人を褒め返すことは忘れない。
こういう言い方をすればクナドが受け入れてくれることはもうわかっているし、その際にちょっと照れた顔を見せてくれることが素直に嬉しいのだ。
「いえ、貴方たち2人がすごいのよ?」
一方でシャルロットとしては「自分は2人をただ浮かせているだけ」という主観的、客観的事実からどうしても逃れられないので、2人がお約束の褒め合いをしているのを見ると、どうしても「いいなあ」という思いを滲ませてしまう。
ただそれ以上具体的に自虐的な言葉を口にすると、2人が心の底から本気で褒めてきて真っ赤に茹で上げられることはもうわかっているので、どうにか慎んでいるのだ。文字通りお姫様育ち、まさに化粧箱入姫であったシャルロットとて、ことが9回目ともなればいろいろと学習しているのである。
「それよりもクナド様、大丈夫なのですか?」
だがゆっくりと自身を含めた3人を地上に降ろし終えたシャルロットは、一息がつけたからこそ毎回一番気になっていることをクナドに問うている。特に今回のモンスター・スタンピードが今までにないほどの規模だっただけに、真っ先に確認せずにはいられなかったのだろう。
シャルロットの深刻さに対して、別にクナドに疲れた様子は見られず至って涼しげなもので、それはクレアとシャルロットに心配をかけないように取り繕っているというわけでもなさそうに見える。
どちらかといえば『戦況掌握』と『浮遊』を全力でぶん回していたクレアとシャルロットの方が汗に濡れ、疲労困憊していることは誰が見ても明らかだろう。
実際今回もモンスター・スタンピードを無事退けられた喜びと、クナドに対する心配が、かろうじてまだ2人をしゃんとさせているといっても過言ではない。
もしもクナドが目の前にいなければ、2人ともみっともなくへたり込んで肩で息をしていたことだろう。想い人にそんなみっともないところを見せるのは女の沽券に関わるので、浮かべた笑顔の裏で歯をくいしばってなんとか耐えられているだけなのである。
ではシャルロットは一体、一番平然としているように見えるクナドのなにを心配しているというのか。それが至極まっとうな心配であることは、そのことについては問うことさえ怖いと思っているらしい、クレアの緊張した表情からも窺い知ることができる。
「大丈夫だよ。使ったのは《《せいぜい一月分くらい》》だから、魔物大海嘯もこれくらいの発生頻度であればなんの問題ないさ」
仮面で隠されていて2人には見えないが苦笑いを浮かべ、肩を竦めてクナドがそう答える。クナド本人もまた相当に疲弊しているはずの2人から、まず自分が心配されることを仕方がないと思っていることがその様子から透けている。
「さらっと仰いますけれど……」
やはりいつもよりも多い報告に胸を痛めながら、シャルロットが言い淀む。
「クナド兄さま、嘘じゃないですよね?」
その多さをクナドが素直に自分たちに教えてくれたせいで、逆にクレアは実はもっと多かったのではないかと心配になり、縋りつくようにして詰問している。
知らない者には理解できない会話だが、3人の間では問題なく成立しているらしい。
「今更クレアとシャルロット王女殿下に嘘なんかつかないよ。俺にはきちんと自分の寿命の残りが見えているから、このままだと多分2人よりも長生きするよ俺は」
本気で心配してくれているのは知っているので、敢えてクナドは気安い態度で力こぶを見せるポーズをとって安心させるように振る舞っている。
その言葉が示す通り、クナドの能力は技でも魔法でもない。
現象としてはそれと酷似した、あるいはそのものであることはあれど、自身の内在魔力を対価として成立するそれらとは、その根源から異なっているまったくの異能。
どちらかというと技や魔法よりも、『聖教会』に属する聖人や聖女が駆使する奇跡に近い。
違いは深い信仰によって神様から与えられる――と一般的には信じられている――奇跡とは違い、自らの寿命を対価として森羅万象、ありとあらゆる現象を引き起こすことができる能力であるという点だ。
基本的に信仰心さえあれば無限に行使できるかわり、魔法と同じく系統だっている奇跡とは違い、明確な有限リソースを消費することを求められる代わりに、その消費量に応じて荒唐無稽なことすらも実現可能なでたらめな力なのである。
奇跡をある意味無償で神の力を貸し与えられることなのだと定義するのであれば、クナドのそれは寿命を対価として行った悪魔との契約だと言えるかもしれない。
当のクナド本人は当然、悪魔とやらとそんな契約をした覚えなどないのだが。
次話『モンスター・スタンピード』⑤
12/1中に投稿予定です(本日中にモンスター・スタンピード⑥まで投稿します)
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