第003話 『モンスター・スタンピード』③
だがクレアにしてもクナドにしても、遮蔽物が一切なく自由に空間を使える空中から比較的安全に魔物の群れと対峙できるのはとてもありがたいので、別にお世辞を言っているわけではない。
自身の魔法の継続時間を延ばすことは支援魔法使いの基本だとは言え、前回から1年もたっていないのにこれだけ伸ばすためには、血の滲むような努力をしなければ到底実現不可能である。だからこそそれをあっさりやってのけているシャルロットに対して、2人とも本気で敬意を持って驚いているのだ。
「そ、その目はやめてくださいませんか?」
だがシャルロットが幼い頃からずっと求めていた承認欲求を十分に満たし、自分の器から零れるほどに与えてくれる2人からあえて目を逸らして、ぽしょぽしょと慈悲を乞うている。
クレアとの出逢いも、その後のまだ幼いなりに第三王女としての矜持を勘違いしていた頃のクナドとの出逢いも、自分の態度がどれほどいけ好かないものであったかを自覚しているシャルロットである。
その後心から反省して態度を改めたとはいえ、だからこそその2人から敬意を持った目を向けられるとくすぐったくて仕方がないのだ。
今思えば取るに足りない自分の矜持とも呼べないなにかを護るために、自分が第三王女であることをことあるごとにひけらかしていた過去は、クナドの言葉を借りれば『黒歴史』でしかない。
クレアとクナドがそんな面倒くささしかなかった頃の自分を見捨てもせず、こうしてお互いに信頼できるまで一緒にいてくれたことに対して、今では感謝しかないのだ。
それにもうどうしようもないくらい掌に汗をかいてしまい、それでも強くつないだままのクレアとクナドの手が熱くて仕方がない。
さすがに今回ばかりは、はやく手を離せるようになって欲しいと願うほどである。いつもであれば手汗を気にしつつも、いつまでも繋いでいられたらいいのに、とか思っているのだが。
「10」
そんな風にわちゃわちゃやっている間に百数十秒が過ぎ去り、クレア曰く1万2,879体の魔物の群れ、その全てが有効射程範囲に入るまでのカウントダウンが始まった。
さすがにクレアの声からも喜色が消え去り、適度に緊張した固い声となっている。
そのクレアの声を耳にしたと同時に、シャルロットは両手を離した。
はやく離したいと思っていたくせに、反射的に残念を感じた自分に苦笑を浮かべそうになる。
だが表情を引き締め、クナドの右手とクレアの左手を解放したことによって万が一にも落としてしまわないように、『浮遊』を遠隔発動させるための集中力を高める。
何回やっても慣れない極度の緊張を覚えるが、こちらを完全に信頼して自分のすべきことに集中してくれている2人を見ると、いつも泣きそうなくらい嬉しくなってしまうシャルロットなのである。
「9、8、7――」
クレアのカウントダウンが進むに合わせて、3人の前方広範囲に無数の魔光弾が発生し始めている。
各属性を有する魔法弾は、きちんと魔物の弱点属性――相克属性を選べば当然その破壊力は倍加する。逆に相生属性――例えば火属性の魔物に木属性の魔法弾を撃ってもほとんどダメージを与えられない。ちなみに同属性および相克、相生外の関係であれば等倍のダメージとなる。
その例外となるのが光属性であり、どんな魔人、魔獣、魔物であれ、魔族である限り光属性は弱点となるのだ。
その分消費魔力は五属性魔法よりも多く、行使できる能力者の数は限られている。
実際、『賢者』カインが光魔法系統を復活させて体系化するまで、光系統は奇跡を司る聖教会の専売特許のように思われていたほどなのだ。
もちろんその魔光弾を発生させているのはクナドである。
『三位一体』は圧倒的な中、長距離攻撃によって王都を標的とするモンスター・スタンピードを、これまでほとんど被害を出すことなく8度も撃退してきたという揺ぎ無い実績がある。
その偉業は他国にも知れ渡っており、この5年の勇者たちの活躍と合わせて、さすがは『勇者の国』であると、アルメリア中央王国の評価は鰻登りになっている。
今では安全を求める富裕層が一番住みたい都市として、この王都は大陸中から揺ぎ無い評価を得るまでに至っている。
その実績があるからこそ、王都に詰めている兵士や冒険者たちは自らを予備戦力とみなすことができているのだ。
その『三位一体』の攻撃担当はクナドが担っている。
最小でも4桁後半、今回のように5桁を超えることもある魔物の群れを薙ぎ払うことなど、それこそ現在勇者パーティーの主戦力となっている賢者カインか、聖女スフィアでもなければできはしないだろう。
だがスフィアのカウントダウンが進むに合わせて、王都の正門前の上空一帯を埋め尽くすほどの魔光弾が、ものすごい速度で今なお増加して行っている。その一つ一つもかなりの大きさを有しており、モンスター・スタンピードを構成している下位魔物程度であれば、十分にその一撃で消し飛ばすことが可能な規模だ。
その大きさたるや、たとえ宮廷魔導士やB級の魔法使い冒険者であっても、またかなり恵まれた内在魔力を有していたとしても、多くても一日に二桁を放つことはできないだろうほどのものだ。
それをクナドはこともなげに――実際に額に汗一つ浮かべることもなく――きっちり1万2,879もの魔光弾を、王都正門前の空間にカウントダウンが終わる前に満ちさせてみせたのだ。
それは無数の光が集まって、あたかも地上に太陽が顕現したかのような輝きを周囲に迸らせている。
「3,2,1――0! 全目標、有効射程圏内に入りました! クナド兄さま!」
カウント0を告げたクレアが、そのままクナドの名を呼ぶ。
「こっちは全弾生成完了! あとは任せた!」
「任されました!」
その後のやり取りは『三位一体』の仲間同士でなければ理解できないものだろう。
クレアがとびきりの笑顔を浮かべて元気よく答えたと同時に、クナドが詠唱もないままに創り出した1万2,879もの魔光弾その一つ一つに、それを知る者が『自動追尾記号』と呼ぶ印がものすごい速度で記されていく。
自動追尾記号はクレアの能力によって捕捉されたすべての魔物に一つとて重複することなく繋がっており、『戦況掌握』の効果範囲内にいる限り着弾するまでその対象を追尾する能力を付与される。
それらは本来の射程距離も誘導性も無視して文字通り必中――必ず中る。
1万2,879もの魔物の群れに対してその処理を行うために、クレアが吹きあげる金色の魔導光は、まるで太陽のごとき魔光弾の群れに勝るとも劣らない輝きを放っている。
『戦況掌握』が消費する魔力は定量時間消費型なので、能力が可能な処理をどれだけ駆使しても消費魔力が増えることはない。その代わり起動してなにもしていなくてもかなりの勢いで減っていくわけだが。
つまり今クレアがものすごい金色の光を放っているのは魔力消費量のせいではなく、能力そのものを超過駆動させているがゆえに発生しているのだ。
膨大量の情報処理を並列してこなしているクレアの脳は自覚的には沸騰しているような状態であり、その美しい顔のみならず全身から汗を噴き出している。
そしてクレアが見開いている、大きくて美しい瞳の上を流れていた細かい光の列が止まった瞬間――
次話『モンスター・スタンピード』④
12/1中に投稿予定です(本日中にモンスター・スタンピード⑥まで投稿します)
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