第029話 『剣聖クリスティアナ』⑥
ただ魔王を討伐して英雄となれば、すでに設置されている物をより有効活用できる場所へ移動させることくらいはできますねとお伝えしたら、ものすごく清楚な微笑を浮かべて「それはいいですね」と仰っていましたが、多分やめておいた方がいいと思います。
アドル様もクナド様も妙に勘が鋭いですし、万が一にも露見したら絶対に赦していただけないと思います。
ですから私はアドル様の私的な部分をどうしても知りたくなったら、正攻法で行こうと思います。同じ扉の内側で共に暮らすようになれば、収音魔法なんて必要ありませんよね? スフィア様もその方向の方がよくありませんか? だめですか?
そう申し上げたら「クリスティアナ殿下はお可愛らしいですね。ですが赦していただけないというのは確かに仰る通りですし、さすがにそれは避けたいですね。あ、でしたらお互いにであればありではないですか?」と、さもいいことを思いついたみたいにぱっと陽が差し込んだかの様に優雅に微笑んでおられましたが怖い! スフィアちゃん、超怖い。
失礼いたしました。話がずれ過ぎました。
とにかくそうして私は、私の不安を払拭できる力をアドル様がお持ちであるかのようなお話を聞いてしまって居ても立ってもいられなくなり、夜にも拘らずはしたなくもお2人のおられた錬武館へ馳せ参じたのです。
そこですぐに訓練に参加させて欲しいとお願いし、当然怪訝な顔をされたお2人に対して、初手からすべてを正直にお話したことがよかったのだと今ではわかります。
まずは急に私が錬武館に現れた理由である収音魔法のこと。
私の存在を察知できなかったことに驚いておられたので、王家には先代勇者様が残してくださった古代魔道具が複数あり、その中の一つである『索敵遮断』の耳飾りを身に着けていることと、その効果。
なによりも収音魔法で耳にした、私が不安に思っていることをアドル様であれば取り除けるという話に、いてもたってもいられなくなったことをお伝えしました。
アドル様はおかしなお顔をされておられましたが、クナド様は涙目になるくらい大笑いされたあと「いい機会じゃないかアドル。クリスティアナ様も望んでおられるんだから遠慮することはないだろ」と仰ってくださったのです。
当時の私としては王族でありながら足りていないこと、それに悩んでいることを正直に伝えることは相当勇気が必要でした。それ以上に切羽詰まっていたこともありますが、自分では完璧に隠していたつもりの自信のなさを、すでにクナド様に見抜かれていたことで開き直れたことも大きかったのです。
その結果、私はアドル様が勇者として揺ぎ無いお立場を固められることになった能力――『絆魔法』を最初にかけていただけることになりました。すでに妹君であるクレア様で実証済みなので深刻な危険はないことと同時に、だからこそ発覚している弊害もきちんと説明された上で、です。
まずはアドル様が『絆魔法』をかける相手を好きにならなければならない。
それは私にはあまり問題にはなりませんでした。
私のこの容姿と身分が大いに役立ってくれたからだと、その時は思っておりました。
そのことをクナド様に指摘されたアドル様はしどろもどろになり「いや信頼とか、感謝とか、人としてのそういう、なんていうかそのほら――」などと軽く混乱しておられましたが、私といたしましては生まれて初めて、自分の容姿と身分に心から感謝したことを覚えています。
お母様とそっくりだと言われている容姿は自慢でもありましたが、性的な目で見られることを嫌悪していた自覚はあります。国王陛下のような男性に権力で好きにされる恐怖は、皮肉なことに第一王女という身分によって護られているという事実も、とても歯痒く感じていました。
その自尊と嫌悪が綯交ぜになっていた私の容姿と身分が、私が必要とした際に最も有効な武器として機能してくれることを素直に感謝できたのです。
一方で正直に言えば「世界を救う勇者様でも、やはり男の人は男の人ですのね……」などと、誠に身勝手ながら内心でがっかりしていたことも事実ですけれど。
実際、アドル様はあっさり私に『絆魔法』をかけてくださいました。
アドル様ご本人はご自分で発動させておきながら「あれぇ? いやちょっとこれ、僕がバカみたいじゃない? クナド? ちょっと⁉」と謎の混乱ムーブをしておられたのですが、その様子を指さして転げまわるほどクナド様が笑っておられましたね。
今ならアドル様の混乱と、なぜクナド様が大笑いされていたのかも理解できます。
『絆魔法』はあの時のアドル様が私に向けてくださっていた、よく言えば淡い異性への想い、率直に言えば性欲の延長などで簡単に発動できるようなものではなかったのです。
賢者カイン様にも、聖女スフィア様にも同じように発動したことからもそれは明白で、アドル様が仰るとおり、深い信頼――たとえ裏切られてもそれをよしとできるくらいの、文字通り絆をアドル様が信じていなければ本来発動はしない。
矛盾していることを言っているようですが違います。
アドル様が私にも、賢者様にも、聖女様にも、たとえ裏切られても仕方がない、そうなったら自分が悪かったのだと心から思ってくださったのは、アドル様が最も信頼しているクナド様が「この人なら大丈夫だろ?」と笑って言い切ってくださったからなのです。
もしもクナド様が私に不信感を持つようになられたら、アドル様が女性としての私をどれほど好きでいてくださっても、『絆魔法』はあっさり失効するでしょう。
アドル様ご本人は「僕は相手が美形だったら誰でもいいのか? 男も女も関係ないの? 僕の好きっていったい……」などと内心で見当違いな悩みを抱えておられるようですが、自覚がないというのも厄介なものですね。
クナド様の方もこればかりは「意外とアドル、お前って美形に弱かったんだな」とお腹を抱えて笑っておられますが、本心は「アドルはお人好しが過ぎる」と、珍しく芯を外した心配をしておられるようです。
もしもその自覚がおありなら、今以上にアドル様に群がる人間に対して厳しい目を向けておられたことでしょう。クナド様は「勇者を支える剣聖、賢者、聖女は無条件で信じる。そんなことすらもできないなら、魔王など倒せるはずもない」という考えを軸にしておられるようですから。
ですが、それはアドル様に求めておられることであって、クナド様自身は今でも仲良くはしてくれますが、冷徹な視点で勇者の仲間たちを俯瞰しておられます。
私が至極現実的な思考に基づいてアドル様に好かれようとしていることなどとっくに見抜かれておられますが、どうやらそれはクナド様にとって忌むべきことではないようです。アドル様も最後は本気にさせますからね、と仰ってくださっているのは素直に嬉しいのですが、もしもそうなったらクナド様がそれをどう判断されるかが少し怖いですね。
完璧だと思っていた私の「好きなふり」などその程度ですので、今では開き直ってアドル様が好みそうな王女像を追求することにしています。
ともかく当時アドル様は私に対して「違うんだ! いえ違うのです⁉」と謎の言い訳? を試みておられてことも覚えておりますが、すでに私でそれどころでありませんでした。
もう一つの弊害――絆魔法をかけられた対象に発生する身体的変化に、早速晒されていたからです。
妹君であるクレア様にはすでに『絆魔法』がかかっていること、その際に軽い発熱をしたことは事前に聞いておりましたが、それで完全に油断をしていたのです。
『剣聖クリスティアナ』⑦
12/10 8:00台に投稿予定です。
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