第022話 『勇者アドル』⑦
「あー! くやしいー‼」
めちゃくちゃ痛かったが肉体的ダメージはほとんどないといってよく、アドルは自分で治癒魔法を掛けながら立ち上がった。あしらわれたことは十分に理解しているが、一瞬でも勝てると思ってしまっただけに、感じる悔しさは今までで一番強い。
悔しく感じるのは自分の成長を実感できているからで、それでもなお相手の実力には届かないからこそ。次こそはと思えるのは、訓練としては正しい負け方といえるだろう。
意外なことに現時点での戦闘技術は、内在魔力を使用しての技や魔法を使わないという前提なら、クナドが勇者であるアドルをまだ圧倒している。
この辺りは才能の差といよりも、命がけで魔物との戦闘を続けてきた年数がそのまま反映されていると見たほうがいいだろう。
7歳から16歳の今まで約10年間の実戦経験を持つクナドと、12歳からのたかが数年のアドルでは差があって当然なのだ。同じ7歳の頃からおなじ訓練を続けているとはいえ、実戦のあるなしでつく差はけして小さいものではない。
当然技や魔法込みならいい勝負になるのだが、さすがに訓練のためにクナドの寿命を使わせるつもりはアドルにはない。それでもできるだけ能力を使わずに魔物を倒し続けてきたクナドとの訓練は、現時点のアドルにとっては一番効果的なのである。
そういう意味では一番伸びる時期の5年の差を、これほど短期間で一気に詰められているアドルはやはり勇者の器なのだろうとクナドは思っている。
今日初めて、受け流してから振り返って背後への横なぎという鉄板コンビネーションを躱されたクナドは、それを改めて確認できたことで嬉しそうにしている。
勇者として急速に成長を続けているアドルが、身体性能的に今のクナドをすら凌駕する戦闘機動をできるようになっていることに、素直に感心しているのだ。
すでに純粋な肉体的な瞬発力、持久力でクナドはアドルにかなわない。
あとはその使い方さえ覚えれば、アドルはこの歳でB級冒険者すら凌ぐことが可能な地力を身に付けていることになる。
「さっきみたいな高速機動ができるのなら、崩されてからじゃなくて崩すために使うべきだな……こんな感じか?」
だがアドルに劣るとはいえ大型魔物すら倒せる(B級冒険者相当の)クナドの運動性能は常人の域にはない。
それを全力で駆使して、アドルの視界から逃げるように左右にストップ&ゴーを繰り返し始めた。
当然のことながら、一本取った取られた程度で訓練が終わりなはずがない。
休憩をはさむこともなく、二本目が始まったのだ。
さすがにアドルもそれくらいのフェイントで目を切られる――視界の外へ逃がすわけにはいかないので、間合いを測りつつ木剣を肩に担いだ構えをとる。
これはいつもどおり最終的に目を切られた場合、確実に死角からの攻撃を受けることがわかっているので、その迎撃をやりやすくするためだ。
アドルの動体視力であれば、クナドの全力機動であっても捉えきることが可能だ。
だがそれは常にクナドが全速を出していた場合であり、8割から9割で慣らされてから急に全速に切り替えられるとその限りではない。加えてわかってはいてもあえて左右へのストップ&ゴーにリズムを刻まれ、それにも慣らされるとどこで拍子を外してくるかわからなくなってしまう。
戦い慣れているが故の高速順応を逆手に取るのは、上級者同士の戦闘においては定石なのである。
であれば自分から攻撃を仕掛けて思惑通りにさせないこともまた定石なのだが、そうすると先刻のようにいなされて止めを刺される未来しか見えないのでアドルはそれを却下。
最終的に目を切られてしまうことを前提として、それでも一撃を防げるように死角からの攻撃に備えているというのが今のアドルの状況である。
――来た!
右左右右左、右左右右左。
トタトトタ、トタトトタ。
間違いなくわざと繰り返していた同じパターンでの左右への動きを、クナドが突然右左右から右ではなく左へ切り替える。速度も一気にトップスピードに乗せ、しばらく刻んでいたトタトトタのリズムを完全に置き去りにしている。
――来るってわかっていても、絶対に目を切られるんだよなこれ! クソ!
だが半身に構えてできるだけ視界を広げていたアドルにとって、死角は限定されている。今目を切られた――視界から消えられた以上、クナドは確実に死角にいる。
木剣は背中に構えているし、体感時間が引き延ばされているような感覚の中で可能な限り迅速に振り向けば、一撃を防ぐだけではなくクナドの虚を突いて逆に一撃を入れることもできるかもしれない。
――だけどやみくもに切りかかっても駄目だ、間違いなく切り返される。確実に視界に捉えなおしてからクナドの木剣をいなし、それから――は?
だが全速で振り返った死角にクナドはおらず、思考が真っ白になった瞬間に後頭部をまた柄でコツンとやられた。
「な? 思っているより簡単に崩せるだろ?」
「今のは崩すっていうより、思考誘導の類だと思うんだけど」
クナドはアドルの背後に立っている。
つまりクナドは途中までアドルの想定通りの動きを取った上で、最後の瞬間にその想定の裏をかいたのだ。
アドルの目を切って左側から死角に回り込み、そこからの一撃を警戒してアドルが振り返るのに合わせて死角へと移動し続ける。アドルが振り返る方向に合わせて動くだけなのだ、クナドのほうがよほど余裕をもって位置取りができる。
死角を取ったからといって、その瞬間に素直に斬りかかるとは限らない。
それに誘い込むと言えば聞こえはいいが、死角を取られる以上はその後の主導権を完全に相手に明け渡すことになるのだ。
師匠が弟子に稽古をつける――彼我の戦力差がよほど乖離していない限りそれは悪手にしかならない。身体能力では僅かに上回っているとはいえ、未だ格上の相手に対してとるべき戦術ではなかったのだ。
次話『勇者アドル』⑧
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