第021話 『勇者アドル』⑥
そのB級相当の才能を得ることですら、10年分以上持っていかれたらしい。
クナド曰く才能がなければ10年修行しても無駄なんだからまあ妥当とのことだが、それにしたって思い切りが良すぎると思う。
それを聞いた時、僕とクレアはクナドを好き勝手させておいては絶対にダメだと確信したのだ。ほうっておいたらこのお人好しは、平然と誰かのために自分を削ることが容易に想像できてしまったからだ。
そのときに真っ先に思った自分の本音は、我ながら醜悪だと思うと同時にいまだに一切変わっていない。クナドが寿命を削るなら、それは僕やクレアの為だけにして欲しいと、嘘偽りなくそう思ってしまったのだ。
だからこそ僕は、誰にも文句を言わせない勇者にならなきゃいけない。
クナドの寿命を削って手に入れることができたこの能力で、クナドが僕とクレアの為であっても寿命を削らなくてもいいようにする。
クナドの力に目をつけた汎人類連盟はもとよりこの国の王家、聖教会、魔導塔の偉い人たちが「お前の寿命なんてどうでもいいから、尽きるまでにどうにかして魔王を討伐しろと」などと、たとえ殺してでも絶対に言わせないために。
そのためなら僕は、どんなことだってしてみせる。
◇◆◇◆◇
剣戟の音が夜の剣錬館――板張りの剣専用訓練施設――に響いている。
学生寮から訓練用の服に着替えて来たクナドとアドルが地力――基礎戦闘力を上げるために技や魔法に頼らず、木剣で実践形式の訓練をしているのだ。
だが傍目には剣術で言うところの掛かり稽古――掛かり手が元立ちに一方的に打ち込んでいる様にしか見えないだろう。
カカカカ、カカカン! と連続で乾いた音を立てて木剣同士がぶつかり合っている。
それも集中して聞いていなければ、カァン、カァンという二音に聞こえるほどの連撃。
なりたてとはいえ勇者の全力での斬り込みなのだ、いくつもの剣閃をほぼ一瞬で打ち込んでいるにもかかわらず、それらすべてを苦も無くクナドが弾き返しているのだ。
上下左右の四連撃はともかく、そのまま流れるように繋げた四連の突きは躱すのであればまだしも、受けるには相当難度が高い。にもかかわらずクナドは最小限の動きで木剣を操ってそのすべてを完璧に受け流し、勢い余ったアドルに蹈鞴を踏ませている。
2人を真横からみている者がこの場にいれば、クナドの姿が一瞬だけぶれた瞬間に、アドルがクナドの体を突き抜けてしまったかのように見えたはずだ。
いつもならクナドがそのまま体を半回転させ、体勢を崩したアドルの胴を薙いで決着がつく。
木剣とはいえクナドの一撃を受けると、最低でも治癒魔法が必要となる。
当たり所が悪ければアドルが使える治癒魔法のレベルでは治しきれず、救護室に足を運ぶ羽目になることも珍しくはない。
なにやらクナドは「痛くなければ覚えませぬ」とかなんとか訳のわからないことを言いつつ、昔から寸止めや軽く当てる訓練は、訓練にならないと考えているらしい。
実際に喰らうととんでもなく痛いし、治癒魔法が使えなかった頃は怪我をすれば数日は訓練ができなくなる。当時のアドルは、クナドは真性のSなのかと疑っていたものだ。
だがアドルが能力を得てからたった数年で中型魔物――C級冒険者への昇格討伐対象を倒せるくらいになれたので、今ではクナドのやり方こそが正しいのだと本心から信じている。
それでも痛いものは痛い。
けしてMなどではないアドルとしては、痛くなくても覚えられるようにさっさとなりたいところではあるのだ。
「くっそ!」
あいも変わらず簡単にあしらわれたことに悪態をつきながらも、アドルは全力で地面を蹴っ飛ばした。
いつもなら反射的に崩された態勢を立て直そうとしてしまうのだが、今回は倒れ込みそうになりながらも顔が地面に触れる寸前の超低姿勢のまま、クナドの方を見もせずに自分にとっての前方へ全力で跳ねたのだ。
そのおかげでクナドの鋭い剣閃をこの状況へ追い込まれてから初めて、すんでのところで躱すことに成功した。
「お?」
当てる前提で体を回転させていたクナドは、当然勢い余ってそのままくるりと一回転することになり、珍しく意外そうな声を上げている。
――勝機!
背中にその声を聴いたアドルはかなり無茶な急制動をかけ、跳ね返るように振り返って、隙を晒しているはずのクナドの背中に木剣を撃ち込まんとした。
「いつまでもやられっぱなしだと思わないで――ぎゃん!」
よね! まで言えなかった。
ターンした瞬間、なぜか目の前に悪い顔をしたクナドがドアップになっており、そのまま柄で鳩尾を突かれて吹っ飛ばされてしまったのだ。
七転八倒。かなり痛い。すぐには声も出せない。
これならば最初の横薙ぎの一撃を素直に受けていた方が、ダメージ的にはずいぶんマシだっただろう。
「――いつまでもなんだって?」
その上喰らう直前に余計なことを口走ったおかげで、嗜虐的な表情を浮かべたクナドにみっともなく倒れ伏している所を覗き込まれるという屈辱を受ける羽目になっている。
「やられっぱなしです……参りました」
アドルは涙目になりながら、どうにか声を絞り出して負けを認めた。
負けを認めないと追撃が入るのは相当に厳しいが、クナド曰く実戦の感覚を磨くためには絶対に必要だとのこと。もちろん実戦では魔物はもちろん、殺し合いにまで至った人間が、負けを認めたからといって見逃してくれるはずもない。
クナドとてそんなことはわかっている。
だがまだ戦えると判断したのなら攻撃を繋げなければならないし、躱すにしても次の攻撃につながる布石となるように動く必要がある。だが負けを認める――つまり勝てないと判断したのであれば、瞬時に逃げる算段を組み立てなければならない。
戦っても絶対に勝てないことと、逃げられないことは別なのだ。
少なくともクナドにとっての戦闘とは決死の覚悟でなんとしてでも敵を殺すことではなく、無理だと判断すれば生還することを第一に置いているのである。
「死んでも殺す」ことを目的とするのであれば、また違った訓練もあるのだろう。
次話『勇者アドル』⑦
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