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勇者たちの功罪  作者: Sin Guilty
第二章

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19/22

第019話 『勇者アドル』④

 まずはクリスティアナ様との連携で防御面を完璧にしたのち、それが賢者様が発動する強力な魔法群へも適用可能なのだと皆が知れば、勇者の地位は不動のものになるだろ。


 俺と同じく内在魔力を必要としない聖女様にはアピールにはならんだろうが、まああの見るからに聖女様という慈愛に満ちた感じなら、実利がなくても頑張ってくれそうだし多分大丈夫だろ。


「それよりもまずは地道に地力を上げようぜ。ほれ訓練、訓練」


「それはそうだね。悪いけど今日もお願いします」


「へいへい」


 となればやっぱ、基本に立ち返って地力を上げることが一番だと思うのだ。


 技や魔法を放つのも、支援系魔法で強化されるのも、すべての根幹は自らの体であることに変わりはない。

 乗算において基数ひだりが0ならどうしようもないように、アドルの固有能力をはじめとして魔力こそがすべてであるこの世界においてもなお、素の自分の強さこそが最終局面ですべてを決めると俺は信仰している。


 だからこそ、ただ愚直に鍛えるのだ。


 どうせアドルはまた、俺を無理やり付き合わせているとか要らんことを考えているんだろう。だが勇者パーティーが魔王を討伐してくれるまで地味に都市防衛を続けなければならない俺たちモブだって、より力をつけることはどうしたって必要なのだ。


 アドルだって魔王を討伐できても、その時に祖国が滅んでいたら嫌だろ?


 そういう意味では勇者様がつきっきりで鍛錬に付きあってくれるというのは、俺にとっても有難いことなんだよ。


 俺も冒険者で言えばB級になれるくらいの才能を間違いなく持っているのだ。

 いや自惚れとか増長とかではなく。


 そうなるように俺の能力を使ったのだから、それは間違いない。


 だが消費を抑えるために才能だけを得たので、才能を開花させて実力とするためには訓練と実践を繰り返して鍛え上げる必要があるのだ。


 そのために王立学院でのこの3年間は、俺にとっても重要なのである。


 ◇◆◇◆◇


 クナドはすごい。


 今でこそ僕が勇者に選ばれてはいるけれど、もしもクナドがいてくれなければそもそも選ばれる理由となった力を得る前に、妹と一緒に飢え死にしていたのは間違いないからだ。


 辺境の私営孤児院なんてそんなものだ。


 国からの補助金を着服するために、貧しい村が形だけを整えることなんかもざらにあると聞いている。聖教会がやっている教会孤児院であればまだましだったのかもしれないが、寒村やあえて辺境で自称篤志家がやっている私営孤児院なんかは本当に酷い。

 

 見て見ぬふりをされている奴隷調達所だといってもけして大げさではない。

 少なくとも僕と妹のクレアが保護された孤児院は、そんなところだったらしい。


 国だって書類上でだけ保護したことにして、その後は孤児が何人死のうが、どこかへ売り飛ばされてしまおうが誰も興味など持たない。いや公正を期すのであれば、とてもではないが興味など持っている余裕などない、といった方がいいかもしれない。


 百年に及ぶ魔王軍の侵攻によって、すべての国がそれほどまでに疲弊しているのだ。


 僕たちはたまたま運が良かっただけ。


 そしてそんな現実を知っていながら他の運に恵まれない孤児たちのためになにかできているのかといえば、勇者と呼ばれるようになった今でも、具体的にはなにもできていないに等しい。


 きっと世界は悪意だけではなく、無力と無関心によっても犠牲者を生み出し続けているのだろう。自分と自分の大切な人たちだけで手一杯で、誰もが赤の他人を思いやれる余裕など持ちえない。それが劣勢に追い込まれた戦争下の現実というやつなのだろう。


 だけど僕たちが保護される少し前に、クナドがすべてを変えてくれていた。


 僕と妹が絶望の中で孤児院に着いた時、当時七歳だった僕と同じくらいにしか見えないクナドが中型魔物――雪牙狼を引きずりながら「お、新顔か! よろしくな!」と声をかけてきた時の驚愕は今でも忘れられない。


 小型魔物の群れに襲われて、成す術もなく両親を含めた村の人たちのほとんどが殺され、ただ運がよかっただけで生き残れた僕たちにとっては、とんでもない衝撃だったのだ。小型の魔物にも為す術もなく殺される大人たちを目の当たりにした直後だったからこそ、自分とそう変わらない子供が雪牙狼を殺せることに理不尽にも怒りを感じてさえいた。


 不公平だと思ってしまったのだ。


 なんでおクナドみたいな奴が、僕の村にもいてくれなかったのかと。

 孤児院の子供たちを救えるほどのその力で、どうして僕の父さんや母さんは救ってくれなかったのかと。


 我ながら、クナドにしてみれば「知らんがな」としか言えない理不尽さだ。


 だけどクナドは冒険者でも苦労すると言われる魔物を狩れる力だけではなく、明るい笑顔で新たなお荷物(僕とクレア)を受け入れられる度量を7歳にしてすでにもっていた。


 その事実にさえ当時の僕は、幼くして中型魔物を狩れるほどの能力を持っているのなら、そんな「いいひと」でいることもそりゃできるだろうさ、といきどおっていたのだ。


 いいひとを気取るのなら、漏れなくみんな救ってくれよとも思っていた――だけではなく言ってしまっていたような気もする。


 クナドと出逢った直後の記憶は今でも曖昧なのだ。

 たぶんあまりにも酷すぎて、鮮明に思い出すことを無意識に拒んでいるのだと思う。


 その話になると、今でもクレアが能面のような笑顔を浮かべて「クナド兄さまに許してもらえてよかったね、アドル兄さま」と言うほどなのだ。

 鮮明に思い出してしまったら、僕は心に致命傷を受けてしまうのかもしれない。


 しかし自分がクナドのようにはなれなかっただけのくせに、我ながらよくもまあ当時は本気でそんなことを口にできたものだと思う。クナドはその瞬間に、少なくとも僕のことを見捨てていても誰も文句は言わないだろう。


 それほどまでに当時の僕は、自分の悲劇に酔っているだけの度し難いクソガキだった。


 だけどそんな理不尽な思い込みのおかげで僕は意地になった――なれた。


 あの頃は魔物と戦えるような能力に目覚めていなかったにもかかわらずクナドの手伝いをすると言い張り、魔物支配領域や迷宮に毎日くっついて行っていた。


 まあその……端的に言えば自覚なく足手纏いになりに行っていたのだ、今にして思えば。それをクナドは嫌な顔一つせず「すげえ根性だな」などと笑いつつ護ってくれていたけれど。


 おかげで僕はいつしか、絶望している暇なんかなくなっていた。


 僕よりもずっと大人だったクレアは僕の心配と、クナドへの謝罪で同じような状態だったと聞いている。ホント頼りにならない兄としては恥ずかしい限りで、クナドが笑って言うには「黒歴史」と呼ぶべきものらしい。


 多分クナドは僕たち兄妹にはそれが一番いいと思って、クソの役にも立たない僕を連れて行くことをよしとしてくれていたのだと思う。


 だけど冒険者ギルドに登録もしていないクナドが、冒険者も来ない魔物支配領域や迷宮で狩りをするのを目の当たりにして、僕の理不尽な八つ当たりはあっという間に消し飛ばされてしまった。


次話『勇者アドル』⑤

12/5 7:00台に投稿予定です。


新作の投稿を開始しました。

2月上旬まで毎日投稿予定です。


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