第016話 『勇者アドル』①
時を遡る。
アルメリア暦1989年、花舞期21の日。
勇者たちが魔王討伐に旅立つおよそ3年前。
つまり勇者アドルと共に剣聖王女クリスティアナ、賢者カイン、聖女スフィアが王立学院冒険者育成学科に入学してまだ間もない時期。
お互い顔合わせは済ませているものの、まだ仲間などとは到底呼べない関係だった頃。
クナドとアドルは今日から始まった実技授業を終えた放課後、寮に与えられた部屋で今後どうしていくかに頭を悩ませていた。
主に今代の勇者であるアドルが、である。
◇◆◇◆◇
「正直、憂鬱だよ」
底抜けに前向き、楽観を基本としているアドルにしては、珍しく憂い顔を浮かべて気弱なことを口にしていやがる。
しかしまあ美形ってやつは、あきれるほどなにをやっていても様になるものだ。
この世界ではありふれた茶髪茶眼でありながら、西日を反射してオレンジの輝きに変じているアドルの憂い顔は、この瞬間を切り抜いて絵画に仕立て上げれば宗教画だといっても通用するだろう。
これが戦闘モードになると輝くような金髪金眼に変わるってんだから、美形により一層磨きがかかる上に、普段との落差も生み出すってのは罪なもんだ。これからの3年間で一目惚れしてしまうお嬢様方がどれだけ増えるのか、俺にとってはそっちの方が憂鬱だわ。
いやアドルがどれだけモテようが、その結果貴族のお嬢様方が何人恋に破れようがどうでもいいのだが、友人として傍にいる俺が巻き込まれるのが憂鬱なのだ。
手紙だの贈り物だのを渡してくれ程度であればまだましで、自称親友な方々が「一緒にご飯でも食べない?」といってくるパターンが一番めんどうくさいのである。さも当然のようにウィンクなどしながら「協力して」と言われても、そうすることで俺とアドルにどんなメリットがあるのかとまずは問いたくなる。
断わろうものならアドルごと悪人扱いだ、割に合わないにも程があるだろう。
いかんな愚痴が過ぎた。
まあアドルが美形なのは今に始まったことじゃない。
今から8年前――7歳の時に妹と一緒に俺がいた孤児院に保護されたときには、もうすでに天使のような見た目をした美形兄妹だった。
その割には兄弟そろって図太くて、あっという間に俺と一緒に子供でありながら魔物を狩れるようになったのだから、見た目に騙されるとえらい目にあわされる類だ。
実際、妹のクレアに要らんちょっかいを出した慮外者どもは、アドルと俺で二度とそんな真似をできないよう、丁寧にお話し合いをしてきた過去がある。そうしなければ切れたクレアがそいつをどんな目に合わせるか分かったものではなかったので、俺以上に実の兄であるアドルの方が真剣、というか切羽詰まっていた記憶がある。
アドルとクレアは互いに兄弟愛が強すぎるのだ、たった一人の身内同士なのだから当然と言えば当然なのだが。
とはいえ、まさか今代の勇者様になっちまうとまではさすがに思っていなかった。
本人に言わせれば、俺の能力を知った後はできるだけ使わせないように魔物狩りを引き受けていたおかげ、とのことだが――まあ実際はその結果アドルに発現した固有能力が勇者に選ばれた理由だろう。
どうやって聖教会と魔導塔がアドルとクレアの固有能力を見抜いたのかはいまだ謎だが、『聖剣の儀式』が茶番であったことを知った時には、3人で朝まで笑い転げたものだ。
そりゃあんな仕組みがあるのなら、王家、聖教会、魔導塔が認めた者にしか抜けないはずだわ聖剣。聖剣の持ち主であった初代勇者様が知ったらどんな顔をなさるものか、なかなかに興味深い。
「俺にはご愁傷さまとしか言えん。それでも入学までの間に、勇者サマしか使えない技を一つはつかえるようになったんだから、たいしたものだと思うんだけどな」
その聖剣を使い込むことで身につく技、魔法があるのはさすがに神遺物級武装といったところだが、聖剣の儀式から半年もたっていない現時点で一つは使えるようになっているアドルは普通にすごくないか?
まあ千年前の勇者様を神格化しすぎた結果、現実の勇者様がしょぼいと思われてしまうのは当然と言えば当然なのだろうけれど。
現王家の祖が先代の勇者様なので、その救世譚たるや「いや本当にそこまで凄かったのなら仲間なんかいらなかっただろ? 勇者様一人で魔王倒せたんじゃね?」と思う程の誇張――そうであってくれ――がなされている。
まあ地を割るわ、海を割るわ、天を割るわ、もう少し魔物も割った方がいいのではと思うくらい地形を変えてばっかり、というイメージが強い。
千年前は今でもその正体も定かではない『瘴気』――あらゆる生物を蝕む一方で、魔族をとんでもなく強化する穢――というものに大陸は汚染されており、それを消し飛ばすためには仕方がなかった、ということらしい。
少なくとも先代勇者による救世譚にはそう記されている。
今は一つだけしか現存していない浮遊大地――『魔大陸』も千年前は5つあったらしく、そのうちの4つを勇者が墜としたことになっている。加えて奇観を誇る地の『勇断山脈』や海の『魔削海峡』などは勇者が割った結果だと言われているし、中でも最たるものは『月穿』――天の月が欠けているのも勇者が天を割った余波でそうなったらしい。
実話なのだとすればもう、先代勇者は人ではないと思う。
ただ確かに、自然にそうなったとはとても思えない奇観は各地に残されているんだよなあ……なかでもアララト山の頂なんか、浮遊大地が墜ちたのでなければあんな形になるはずがないと誰もが思える。
まあそんな熟練勇者と、新米勇者半年未満が比べられるのはいくら何でも理不尽だ。
当事者ならざる俺ですらそう思う。
「僕だってそう思うよ⁉ だけど周囲の期待があまりにも大きすぎるんだよ!」
当人であるアドルにすれば、市井で暮らしている人たちはおろか魔法使いや聖職者や貴族、果ては王族までから向けられる期待が大きすぎると感じてしまうのは当然だと思う。
勝手に期待されるのはまあ仕方がないとして、成長するための準備時間もほとんど与えられないまま、勝手にがっかりされたのではたまったものではないだろう。いくら天然ポジティブ野郎のアドルでも、人間である以上は重圧を感じないわけがないのも当然だ。
だが――
「まあそりゃそうだろうな。『聖教会』の聖女スフィア様や『魔導塔』の賢者カイン様が、アドルをリーダーとして従うことになるんだからなぁ。周りにしてみりゃ今の時点でも、聖女様の奇跡や賢者様の魔法が色褪せるくらいの勇者らしさを期待してしまうのも……まあしょうがないっちゃ、しょうがない」
「……うん」
とはいえ勇者に期待する(救ってもらう)側の1人としては、そうなってしまう周囲の気持ちもわかるのだ。そしてそれは、勇者の前に1人の人であるアドルも理解できるのだろう。
やっと――魔王復活から約百年もかかって、本当にやっと今代の勇者様が顕れたのだ。
それに申し合わせたように王家には先代勇者の能力を発現させた『剣聖王女』クリスティアナ王女殿下、魔導士を束ねる『魔導塔』にはすべての魔法を使えるという『賢者』カイン様、奇跡を司る『聖教会』には全てを癒すとまで言われている『聖女』スフィア様が生まれている。
しかもその全員が同じ歳で、一緒に王立学院に入学していると来ているのだ。
千年前の魔王を討った勇者とまったく同じパーティー構成が再現されてしまった以上、そのリーダーとなるアドルにいかにもならしさを求めてしまうことはいわば当然で、簡単には責められない。
成長のための期間でさえ、期待に応え続けねばならないのが勇者というものなのだ。
俺たちが安全な王立学院で学んでいる間も魔王軍による侵攻は続いており、日々兵士や冒険者たちは倒れ、市井で生きる人たちは戦時経済を支え続けなければならないのだから。
まあそれを勇者とその仲間となる者たち、たった数人だけに背負わせるのはどうなんだと思わなくもないのだが、魔王討伐には少数精鋭で臨むしかない事情もあるからなあ……
「雷撃閃だって、めちゃくちゃ派手で強力なんだけどな」
一方でアドルの訓練相手をさせられている俺にはアドルの、というよりも『勇者』のとんでもなさもよくわかっている。
次話『勇者アドル』②
12/3 18:00台に投稿予定です。
新作の投稿を開始しました。
2月上旬まで毎日投稿予定です。
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