第013話 『5人目のメンバー』⑦
それでも絶望的な空気が支配的にならないのは、自分が生き残ることさえできれば今回も王都はモンスター・スタンピードをはねのけると確信できているからこそだ。
他国の王都、皇都、首都とて、その多くは今もどうにか耐え忍んでいる。
魔王軍による攻撃がここアルメリア中央王国王都アーヴェインと、勇者たちの目的地であった北の大国、ヴァレリア帝国帝都ルーヴェンブルグに二極集中し始めてからのこの数年。モンスター・スタンビートに晒されなくなった各国の復興が急ピッチで進んでいるのは、勇者パーティーのヴァレリア到達と並んで明るい話題だろう。
逆に言えば数年をかけての復興でも原状回復に至れぬほど、ぼろぼろにされていたということでもあるのだ。
なるほど時間と金をかけさえすれば、崩された城壁や橋をはじめとした、都市の社会経済基盤はいくらでも元に戻すこともできるだろう。だが一度失われた命はけして戻らず、生き残った者が心身に受けた傷は下手をすれば二度と元には戻らない。
各々が一人の冒険者としてそれをよく理解しているからこそ、自分たちがどれほど恵まれているのかも十分わかっている。ここまで恵まれていてそれでも命を落とすのであれば、自分の能力不足と不運を呪うのみだと割り切れるほどに。
「さっさと帰還するぞ! 『三位一体』の邪魔になるわけにはいかねえ!」
若手たちを取りまとめてくれていたD級50等級の熟練冒険者が、自分たちに楽観を赦す状況を与えてくれている英雄たちの通名を口にして撤退の指示を飛ばしている。
モンスター・スタンピードが発生した以上、魔大陸から死の光が来ない上限数程度の集団など呑みこまれて擦り潰される未来しかない。である以上はさっさと撤退して城壁内で迎え撃つ準備を進めることこそが急務となる。
なによりも過去八度に及んでモンスター・スタンピードを王都にほとんど被害を発生させずに撃退することができたのは、王立軍でも冒険者でもなく『三位一体』と呼ばれるたった3人の英雄たちの力によるものだ。
王都に住む者であればもう誰でも彼らの戦い方を熟知しているので、城門外でウロチョロすることが利敵行為にしかならないことを理解できている。それこそ王立軍の五老将、冒険者ギルドのA級がいたところで同じように邪魔にしかならない。
卓絶した強者にとっては、蟻の個体差などないも同然なのは当然だろう。
かくして王都アーヴェインは混乱に陥ることなく、勇者が魔王討伐に旅立ってから9度目のモンスター・スタンピードへの備えを遅滞なく開始した。
これが魔王軍による最後の抵抗になることを心の底から望みながら。
◇◆◇◆◇
「遅いですクナド様」
「クナド兄さまは王都巡回任務を受けておられたのですから、あまり無理を言ってはダメですよシャルロット王女殿下?」
急遽王都巡回任務を中断して冒険者ギルドへ帰還したクナドは、さりげなくギルド職員に扮した王立軍正騎士に誘われて王城の一室に案内されていた。
この国においてクナドの正体、というか実力を正しく知っている者の数はけして多くはない。それでも王宮をはじめとした主要機関には、それを知った上でクナドが十全に機能できるように優秀な人員が配置されているのだ。
なぜか年若い女性だけで構成されているその特務機関に属する騎士が重い扉を開き、クナドの正体を知る者にしかその存在を知らされていない秘密の部屋へと足を踏み入れる。
そこにはすでに王族女性の戦衣装――姫騎士という言葉がしっくりくる装備に身を包んだ第三王女シャルロットと、『魔女』の正装の色違い――正装の深紫と銀に対して黒白と朱――を身に纏ったクレアが準備万端で控えていた。
城門外から冒険者ギルド本部を経て王城のこの部屋に至るまでに、けして短いとは言えない時間がかかったのは事実である。物理的な距離がそれなりにあるのに加え、緊急時のクナドは基本的に忍んで移動する必要があるので仕方がないのではあるが。
それに対してシャルロットは少し慌てていたせいで素直に指摘してしまい、少し圧の強い微笑を浮かべてそのシャルロットに「めっ」をしているクレア。
モンスター・スタンピードが王都へ迫っている以上、シャルロットの焦りと指摘は妥当なものとはいえる。だがすでに『戦況掌握』を発動させて純白に近い金髪金眼に変じさせているクレアにしてみれば、迎撃には十分な猶予があることを把握できているからこそのフォローだろう。
「クレアはいつもクナド様にだけ甘くない? そして私には厳しくない?」
別にシャルロットとて少し慌てていただけで、クナドを非難するつもりなど初めからありはしない。だがあんなふうにクレアに窘められてしまうと、クナドに対して意地悪な発言をしたみたいで慌てたのだ。いやみたいではない、傍から見ている分にはシャルロットの立場もあって、叱責したようにしか見えないだろう。
実際、少し前までの自分が常にそういう言動をしていたという自覚があるために、シャルロットとしては「そんなつもりではなかった」とより焦ってしまうのだ。
クレアとクナドに出逢って改心したと自分では思っていたのだが、長い年月で築き上げられた仮面というものは、そう簡単には変えられないものらしい。自分で望んで築いた仮面だという訳でもないのに、業の深いことだと思う。
「そんなことはありませんよ?」
だが首を傾げてにっこり笑って答えるクレアを見て、シャルロットは一切の抗弁を諦めた。クレアはクナドに関してだけは一切の自重ができず、親友でありこの国の第三王女である自分に対しても一切遠慮をしないことをよく知っているからだ。
これ以上余計な発言をしようものなら「シャルロット王女殿下がどう思うかではなく、それをいわれたクナド様がどう感じるかではありませんか?」と正論パンチでぶん殴られるだけである。
実際慌てていたからといって急いで駆けつけてくれたクナドに対してあの言い様はなかったと、シャルロットもそこは素直に反省している。
まあクレアが今みたいに接してくれることを嬉しく思ってしまう自分も大概だとシャルロットは思うのだが、今では想いを寄せるようになったクナドにそんな態度をとってしまい、言い訳の機会も与えられないことにはちょっとだけ焦る。
「ごめん。確かにアドルたちがいよいよ魔大陸へ攻め入ろうとしているんだ、このタイミングで大魔嘯が起こる可能性は想定しておくべきだった」
それを察したのか、クナドがシャルロットの目を見て自分の迂闊さを詫びた。
クナド本人が許してしまえば、クレアはそれ以上自分の感情を優先させたりはしない。
だがシャルロットとしては自分の迂闊な発言に対するフォローでクナドに謝らせてしまったことで、一層焦る想いは強くなる。
「それはそうですが、クナド兄さまがおられる限り王都は安泰です」
クレアはシャルロットのそんな心の動きも手に取るように把握できているので、あえてスパッと話題を切り替えた。
「ま、それは確かにそうね。私もクレアも万全ですし」
それがわかるシャルロットも即座に乗ったが、これはクレアにしては結構珍しい。
クナドを褒めることは言うまでもなく大好物なクレアだが、今のように能力を使うことを前提とした称賛は基本的に避ける。文字通り寿命を削って戦ってくれるクナドに対して、そういう安易な称賛は相手を「乗せる」ために言っていると映りかねないので、いつもは意識して自重しているのだ。
次話『五人目の仲間』⑧
12/2 20:00台に投稿予定です。
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