第011話 『5人目のメンバー』⑤
だがさすがにクナドもそこまでは明言しなかった。
一部の斜に構えた、あるいはその在り方のおかげで真実の一端を捕まえている連中はともかく、あくまでも世間一般のスフィア像というものはその見た目通り清楚で可憐、それでいて神秘的で神の存在を感じさせる完璧な聖女なのだ。
王立学院の卒業式前後でそれは大きく揺らいだのだが、慌ただしかった勇者パーティーの出立のどさくさに紛れて聖教会、王家、魔導塔が三位一体となって徹底した緘口令を布いた結果、どうにか隠蔽することに成功している。
それなのにクナドの口から、スフィアが王立学院時代の同級生を、パーティーを組むことさえ許さないほどに束縛する高湿度女子であると明言するわけにはいかない。
少なくとも魔王を討伐するまでは、勇者パーティーのメンバーはどうあれ皆の希望であらねばならないのだ。多くの者にとって、希望の象徴は理想通りであってくれた方が有難いのは言うまでもない。
聖教会への寄付が対魔王軍の戦費をかなりの部分支えている以上、その広告塔を貶める発言は敵を利することにしかならないだろう。主要出資者や多額の寄付をしてくれる篤志家のほとんどが、クナドと同じ落差萌というのであればその限りではないのだが。
だが魔王の討伐が時間の問題だと見做されている現状、クナドが近く単独冒険者を返上するという意味など一つしかない。
つまりそれは魔王討伐を果たした勇者パーティーにクナドが加わるということだ。
とりもなおさずそれは勇者王とその剣聖王妃、魔導塔の指導者となる賢者と聖教会の象徴となる聖女、そこへ『三位一体』のリーダーを加えたドリーム・パーティーが結成されることを意味する。
この情報が本当であれば、冒険者ギルドという組織にとって値千金などという程度では済まない。それを教えてもいいと、おそらくはそのドリーム・パーティーのリーダーになるだろうクナドから思われているレナの、組織内での立場を激変させるほどのものだ。
同時に聖女スフィアの為人を、ある程度ばらしてしまうことにもなるのだが。
「さ、さすがに担当替えになると思うのですけど」
クナドの言葉の意味を正しく理解できたレナは、さすがにそんなとんでもないパーティーの担当受付嬢が自分のままだとは思えないと、別に卑下ではなく素直な感想を口にしている。
もうその域となれば美人だとか色気だとか可愛さを有能という基本に上乗せした受付嬢ではなく、A級冒険者の担当者のように役職持ちが責任を持って担当すべきだろうと素直に思うのだ。
いや勇者様、賢者様の2人にクナドが加わるというのであればまだ頑張ろうかなとも思えるが、剣聖王女様と聖女様の担当者が自分に務まるとは思えない。それにクナドとそういう仲になれる可能性を考えたことがないとは言わないが、その結果あの聖女様に敵認定されるとなればさすがに御免被る。
「そんなことになったら、俺に疚しいことがあるみたいだから勘弁してくれ」
だがそういって屈託なく笑いながら王都巡回任務に出発していったクナドは、担当をレナから変えるつもりはまるでないらしい。そしてつい先刻クナドが与えてくれた情報から判断すれば、その意向を上層部が通すことも間違いない。
大多数の者が与太話だと思っている話は、どうやらほぼ全てが真実だったらしい。
クナドはその実力を隠しているし、聖女スフィアから高温多湿の想いを向けられて縛られているし、こうなれば『三位一体』のリーダーもしているのだろうし、そうなると勇者様の妹様と第三王女様との関係も怪しいし、なによりも近い将来とんでもないパーティーのリーダーになることが決まっているらしいのだ。
魔王を討伐できたとて自然発生する魔物支配領域や迷宮が完全になくならないことは、百年前に魔王が復活するまでの歴史が証明している。その中には魔王とまではいかなくとも、国を滅ぼしかねない厄災が幾度も発生しているのだ。
そんな世界で、魔王すら滅ぼしたパーティーが冒険者として活動してくれることがどれだけ有難いことかは言うまでもないだろう。
本来であればそれだけの戦力が冒険者ギルドに所属することに国、聖教会、魔導塔、果てはそれぞれの思惑が絡まりまくった汎人類連盟と深刻に揉めることは避けられないはずだが、今回に限ってはそれぞれのトップが自ら望んでそうするというのであれば止めようもない。
その核となる人物がクナドである以上、クナドの要求はよほどの無理難題であっても実現可能なことであればまず通る。もとより最上層部はクナドの正体も把握できていたのだろうからなおのことである。
担当受付を誰にするかなど、秒で要求通りに取り計らうことだろう。
つまりレナは冒険者ギルド始まって以来のドリーム・パーティーの担当者となることから、絶対に逃れることはできないらしい。
いやまあ確かに聖女が返ってくるタイミングで、一応は美人受付嬢の一人として数えられているレナを外すとなれば、クナドに要らん容疑が掛かる可能性があるというのは否定できない。
悲しいくらいに事実無根なのだが。
自分があの聖女から嫉視されるというのは、女性としての承認欲求を満たすという意味でありかなしかで言えばあり寄りであることは、レナとしても認めざるを得ないところだ。ただしそれは自身の安全を保障されていればという前提が必須である。
レナとて聖女が自分を亡き者にしようとするとまでは思っていない。
だがあのこの世の者とも思えない美貌の持ち主に敵認定された状態で日々を平穏に過ごせるほど、自分の精神が強靭だとも思えないのだ。
「勘弁してくださいよ……」
颯爽と去っていくクナドの背中にガチ目の泣き言を投げかけたレナに、ギルドの大扉が閉められると同時に同僚たちがさすがに堪えきれずに殺到した。
「何々どういうこと?」「あんた大出世じゃん」「え、今のってクナドさんの冗談じゃないの?」「だから言ったでしょ、クナド様は私たちの守護神様だって!」「確か賢者カイン様はフリーだったよね?」
当然の突っ込みから純粋な驚愕、信者めいた発言からなかなかに逞しい肉食系お嬢様方の欲望発露ととんでもなく混沌とした状況に、レナは珍しく無抵抗でもみくちゃにされている。
どうあれ冒険者ギルド受付は、今日も今日とて人の暮らしを守るための仕事を本格的に開始しようとしていた。思うところは人それぞれ多々あれ、そんな勝手な思惑がもしかしたら現実になるかもしれない、魔王が討伐された世界を心待ちにしながら。
次話『五人目の仲間』⑥
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