第010話 『5人目のメンバー』④
彼らの中にはクナドは実力を隠しており、隠す必要があり、つまりは『三位一体』のリーダーもクナドなのだという、いささか飛躍した話を信じている者さえいる。
多くの者が失笑するその話がまさか正鵠を射ているなど、誰も思うまい。
「でもあの……クナドさんが一声かければ、協力してくれる方はいくらでもいると思うんですけど」
さすがにレナもそこまで信じているわけではないが、どこか飄々《ひょうひょう》としているクナドが実力を隠しているという話は、担当受付嬢としてもしっくりくるのだ。そうであって欲しいと思っているだけだ、という可能性も否定はできないのだが。
レナが言っているのはクナドに命を救ってもらったと思っている連中のことを指しており、クナドがその気にさえなればB級パーティーを組むことなど容易いのは事実である。
となれば大型魔物を倒すことなど、今日のうちにも終わる。
なにしろB級冒険者というものは、日々大型以上の魔物討伐依頼、任務をこなして稼いでいるからだ。
「そう言われても俺は単独をやめる気はないからなあ。それにそんな昇級目的で一時的に他人を利用するようなのはなんか嫌だしな」
だが肩を竦めてそう言うクナドには、まったくそんなつもりなどないらしい。
今日にもB級になれることよりも、五年前に冒険者デビューして以来、誰に誘われても頑なに守っている単独活動を維持することの方が大事だとみえる。
「……やっぱり噂通り、浮気は許されないんですか?」
いつもならここまででレナはこの話題を切っていた。
君子危うきに近寄らずというか、クナドがいい人なのはもう十分知ってはいるけれど、その彼を親友だと公言してはばからない勇者たちの為人をレナは知らないからだ。
中でも一部では親友などではなく、本気でクナドが『愛しい人』なのではと言われている聖女スフィアはどうでもいい人には優しいが、敵には容赦ないと言われている。
レナも五年前に遠目に見かけたことはある。
美形揃いの勇者パーティーの中でもぞっとするほどの美貌を誇っており、だからこそ誠に勝手ながら一度好きになった人には執着しそうという、なかなか失礼な感想を得ていた。
クナドが実力を隠しているという話を信じているように、レナは結構噂に流されやすい。
だからこそ「クナドに惚れている聖女スフィアが自分以外とパーティーを組むことを浮気と見做して許さない」という噂は大好物であり、それが本当だったらいいなあとも思っていたのだ。
なので今回は毒を喰らわば皿までとばかり、思い切ってクナドが単独にこだわる本当の理由にまで踏み込んでみたのである。
「その噂まだ生きてたんだ?」
その言われ方を久しぶりに耳にしたクナドが珍しくうんざりした表情を浮かべたので、レナは内心で少々たじろいだ。君子危うきに近寄らずと毒を喰らわば皿までのバランスを間違い、虎の尾を踏んだのかとビビったのだ。
クナドとしてはもうとっくに風化したと思っていたら、どうやらうまく上が圧力をかけてくれていたおかげだったらしいことにうんざりしただけなのだが。
クナドにというよりも、そんな噂を耳にしたら聖女本人と聖教会がどう思うか、そんな内容を囀っていた噂雀がどう扱われるか、みたいな論法で黙らせていたのだろう。
そんなことをそれなりのポジションにいる人から真顔で言われてしまえば、大概の人間は震えあがって余計なことなど口にしなくなるというわけだ。
「やっちまったか⁉」という表情をしているレナや、その近くのギルド職員たちが「なにやらかしんてんのアンタ⁉」という表情をしているので、自分の想像はそう外れてはいまいと思うクナドである。
「そ、それはもう元気一杯に。私がクナドさんの担当に抜擢されてから、後輩から同期、先輩はおろか雲の上レベルの上司にまで、お酒の席にお誘いいただくことが増えたお話を詳しくしましょうか?」
だがレナは尻尾を踏んでしまった以上はもはや踏み抜くという覚悟を固めたらしく、汗を浮かべながらも話題の継続を選択した。
その勢いの良さに、クナドはちょっと笑ってしまった。
「それってレナの立場がやばくならないか?」
周囲が目線と雰囲気で「やめろー!」と訴えているのは明らかで、レナとてそれは十分承知しているだろう。だが汗を流しながらもうやむやにしようとしない様子に、クナドが笑いながら大丈夫なのかと確認している。
後輩、同期、先輩はまあいいとして、レナからみて「雲の上レベル」の上司とやらからは、間違いなく自分がクナドの動向を探っていることは口外するなと釘を刺されているはずだからだ。
「そ、そこはクナドさんが庇ってくれれば平気だと、思いますよ?」
つまり庇わなければやばくなるのは間違いないらしい。
どうやらレナは自分が信じたい噂に従い、クナドが実力を隠していることを上層部は把握しているという前提で話している。つまり上層部が忖度しているのは勇者たちに対してももちろんだが、クナド本人に対してもそれはあると見做しているのだ。
「……実はその方がやばくなる気がしないでもない」
レナはいつも素直で可愛らしい受付嬢なのに、素は結構図太いところを見せられてクナドは今度は本気で笑ってしまった。
クナドが王立学院時代に聖女スフィアに魅せられたのは、その容姿や能力もさることながら、完璧な外面とあまりといえばあまりな素の落差にやられたせいである。
つまりクナドはレナのことを、昨日までの「控えめで可愛らしくて理想的な担当受付」像よりも本気で気に入っている。いや昨日までが完璧であったがゆえに、今ので一層気に入ったといった方が正しいか。
だからこそ今までははぐらかし続けてきたこの手の質問に、初めて具体的な回答をしてみせたのだ。
「…………? え? そ、それって、噂通りってことですか⁉」
クナドが答えてくれた言葉の意味がすぐには理解できなくて、数秒の沈黙を経てからレナが本気でびっくりしている。
クナドが庇う方がやばい。
雲の上レベルの上司はもとより、星の外レベルの上層部であってもそんなことはない。
クナド自身に忖度しているのではなくとも、忖度するべき対象の機嫌を左右できるクナドが庇う相手を、わざわざやばい立場に追い込んで得られるものなどないもないからだ。
つまりクナドがレナを庇うことによってやばい状況を引き起こすのは、噂通りの相手だということに他ならない。
「ははは。まあもうすぐ俺も単独冒険者を返上するよ。そうなってもレナ、変わらず担当受付嬢としてよろしく頼む」
次話『五人目の仲間』⑤
12/2 17:00台に投稿予定です。
新作の投稿を開始しました。
2月上旬まで毎日投稿予定です。
よろしくお願いいたします。
【恐れ入りますが、下記をどうかお願い致します】
ほんの少しでもこの物語を
・面白かった
・続きが気になる
と思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひともお願い致します。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をスマホの方はタップ、PCの方はクリックしていただければ可能です。
何卒よろしくお願いいたします。




