第001話 『モンスター・スタンピード』①
雲霞の如く魔物の群れが押し寄せて来ている。
天空に浮かぶ魔族たちの本拠地である『魔大陸』から墜ち来る滅びの光を弾き、魔人や魔獣のような強大な魔導生物の侵入を阻む王都の大結界とはいえ、言語能力すら持たない魔物どもの群れには通用しない。
強大な魔法や魔族を弾けるほどの大結界であるからこそ、その網目は荒く、下位の魔物に対しては逆に無力となり果てるからだ。
だからこそ魔王軍は定期的に魔物の異常湧出とその暴走――所謂モンスター・スタンビードと呼ばれる現象を引き起こし、小癪な結界に守られた人類の大都市を数の力で磨り潰さんとしているのだ。
人間はそれに対して、神から魔物と戦える力を授かった者たちを以て迎え撃つ。
人が持つ内在魔力を技や魔法へと変じて駆使できる能力者――その使える能力によって数多の職に区分される者たちは軍や冒険者ギルドに所属し、依頼や任務として魔物の群れから人の世界を――今回の場合はアルメリア中央王国の王都アーヴェインを護るのだ。
通常それは大軍が、例えば平地などに展開されるのが当然のはずだ。
だが千年ぶりに魔王が復活して以降、その力によって人間が一定数以上集まっている場所には滅びの光が落とされるようになったため、人類はそれを防げる結界内――つまり都市の内側でしか大兵力を展開することができなくなっている。
つまりはその安全地帯からの遠距離攻撃で可能な限り数を削った後は、都市内に引き込んで泥臭く戦うことしかできないということだ。そのためモンスター・スタンピードは発生するたびに多大な人的、物的双方の被害を都市に強い、魔王軍は徐々に都市としての機能を削り取ることに成功している。
だが魔王軍も間断なくモンスター・スタンピードを引きこせるわけではないらしく、最短でも半年、長ければ一年程度のインターバルを必要とすることがせめてもの救いだ。人類側はその期間で必死に都市を立て直し、失った兵力を補充してどうにか今日まで凌ぎ続けてきたのだ。
いや実際にはいくつもの都市が耐え切れずに陥落してもいる。
5年前にこの王都からたった4人からなる勇者パーティーが魔王討伐へ旅立ち、片っ端から魔物支配領域や迷宮を潰して回っていなければ、現時点で人類側はより壊滅的な状況に陥っていたことだろう。
だがその勇者たちの活躍のおかげもあってこの5年、人類側はどうにか一息付けている。今なお健在の都市群は十分な戦力と設備を整え、都市内に大兵力を展開してモンスター・スタンピードを迎え撃てる体制を再構築できつつあるのだ。
だがここ――『勇者の国』と呼ばれているアルメリア中央王国、王都アーヴェインはすこし様子が違った。
もちろん王都全周を囲っている巨大な防壁の内側には、多数の兵士や冒険者たちが魔物を迎え撃つために準備万端で控えている。その防壁の上には遠距離攻撃を得意とする者たちが陣取り、飛行型の魔物への対応や、頭上を取っての一方的な攻撃を仕掛けるための準備に余念がない。
だが彼らには迫りくるモンスターの群れに対して、都市に到達するまでに可能な限り数を減らそうとする気配がまるで感じられないのだ。誰もが万が一壁内に入ってきた魔物がいた場合、速やかにそれを殲滅することにだけに神経を張り巡らせている。
あくまでも自分たちは予備兵力である。
そんな気配が、一度でも戦場に身を置いたものであれば容易に感じ取れるのだ。
それは決して油断や慢心といった類のものではない。
いやいくらかはそういったものが混ざるのは止められぬとはいえ、彼らの瞳に宿っているのは圧倒的な信頼感である。
人は誰しも、確証もなしにそんな風にはなれない。
自身の命と、それを犠牲にしてでも守りたい誰かの命がかかっている話なのだ。
実績に基づく根拠もなしに、信頼という名の楽観に逃げ込むことなどできるはずもない。つまり彼らは信頼に足るだけの結果を実際に自分の目で見てきているからこそ、それを油断や慢心には繋げることなく、安心と集中を得ることができているのだ。
状況次第では命を懸けて戦わなければならないことを十分に自覚している者たちから、そこまでの信頼を寄せられている者たちは今、防壁の外側に浮かんでいた。
今代の魔王が復活してから約百年にもおよぶ攻防を経て確立された定石、都市防御戦術ともいうべきものをまるで無視しているのはたった3人。
仮面をつけた男1人と、素顔を晒した女性2人。
彼らは『三位一体』の通名で知られている、この王都アーヴェインにおいては下手をすると勇者パーティーよりも人気と信頼を集めている護国の英雄たちだ。
『勇者の国』とまで呼ばれるアルメリア中央王国、しかも今代の勇者も生んだ国としては、その人気ぶりは異常だといってもいい。
だが『三位一体』は力なき王国民を護るのみならず、王立軍や冒険者たちを予備選力でいさせてくれている英雄なのだ。自分たちの目の前で戦ってくれている英雄たちに対する信頼と親愛は、遠くで戦ってくれている勇者たちへの敬意をも凌いでしまうのは無理からぬことなのかもしれない。
「魔物大海嘯、総数1万2,879体を補足完了しました。彼我の距離は1,824、全目標が有効射程範囲に到達するまであと187秒。能力連結も問題ありません」
3人の右側に位置する美少女が落ち着いた優しげな声で、自身の能力で得た情報を他の2人と共有している。
彼女の名はクレア。
魔法を司る世界規模組織『魔導塔』の『魔女』候補の一人であり、今代の勇者アドルの実の妹、その勇者パーティーの魔法遣い『賢者』カインの弟子でもある。
本来は兄と同じ茶髪茶眼を、これもまた兄と同じく能力発動に合わせて限りなく純白に近い金色に変化させている。
今年の春に王立学院を卒業したばかりの彼女は、その清楚な容姿と女性魔法使いの頂点である『魔女』候補に選ばれるほどの能力、なによりも魔王を討伐した暁にはこの国の王になることが決まっている勇者の妹であることから、多くの独身貴族たちから求婚されている。
本人は幼い頃から心に決めた人がすでにおり、それを勇者である兄も応援してくれているので、まったく相手にはしていないのだが。
そのクレアの能力は『戦況掌握』。
自身が参戦している戦場、その全情報を完全に掌握するだけではなく相手への攪乱、味方を敵の索敵から隠すことも可能な、戦況管理に特化された能力である。大軍同士の戦闘において、彼女の存在は勝敗を大きく左右することは間違いない。
中でも中、長距離の射程を持つ技、魔法を『戦況掌握』で捉えた敵には必中させることが可能な点がえげつない。同数の弓兵部隊同士の戦いで、彼女がいる側が負けることはありえないのだ。
「私の浮遊魔法はこの状態なら半日ほどは持ちます。非接触状態でも30分以内であれば問題ありません」
続けて3人の真ん中に位置している華奢な美少女が、凜と澄んだ声でそう告げる。
次話『モンスター・スタンピード』②
12/1中に投稿予定です(本日中にモンスター・スタンピード⑥まで投稿します)
新作の投稿を開始しました。
2月上旬まで毎日投稿予定です。
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