第2話_ブルーシートの誓い
夏の日差しは相変わらず強く、灯台の白壁がまぶしく光っていた。
光希が現場に着くと、すでに優月がしゃがみこんでゴミ袋を結んでいた。小柄な体で力仕事をするその姿に、光希は思わず苦笑する。
「お前、朝から飛ばしてんな」
優月は振り返り、額の汗を拭いながら笑った。
「だって早く終わらせたいんだもん。ほら、まだこの奥にもたくさんあるよ」
「……マジか。俺ひとりじゃ一週間かかってたかもな」
「だから私がいるでしょ?」
その言葉に光希は、無意識に笑みをこぼした。
ゴミを運び出していく途中、優月がふと足を止める。
「これ、まだ使えるよね」
手にしていたのは古びたブルーシートだった。ところどころ穴が空いているが、まだ原型を保っている。
「花火の日に敷こうか。座る場所があった方がいいよね」
そう言って優月は微笑む。
作業を終えた二人はブルーシートを広げ、その上に座った。汗で湿った髪を風が乾かしていく。
港町の音が遠くから聞こえ、空には白い雲が流れていた。
「光希ってさ、どうしてひとりで花火やろうと思ったの?」
優月が唐突に尋ねる。
光希は少し黙り込み、やがて口を開いた。
「……俺さ、母さんが早くに亡くなってから、なんか“元気な奴”でいなきゃって思ってたんだよ。みんなの前で弱い顔見せたくなくてさ。だから、派手じゃなくてもいいから……自分のために花火やりたかった」
優月は黙って光希を見ていた。やがて小さな声で言う。
「そっか……じゃあ、私も一緒にその花火、見届けたいな」
光希は驚いて振り返った。
「……お前、優しいな」
「違うよ。私もね……後悔しないように生きたいの」
その目には迷いがなかった。しかし、その奥に隠された影を光希は感じ取っていた。
沈黙のあと、優月は小さな声で言った。
「ねえ、今日のこと、誰にも言わないでくれる?」
「え?」
「私がここに来てることも、灯台の掃除してることも……」
光希はしばし考え、真剣にうなずいた。
「わかった。絶対言わない」
優月は安心したように微笑んだ。
「ありがとう。じゃあ、約束ね」
二人は再び小指を絡ませた。
夏の風が吹き抜け、ブルーシートがぱたんと揺れた。
その音は、二人だけの秘密を守るように響いていた。
夕暮れが近づくと、灯台の白壁がオレンジ色に染まった。二人は片付けを終えた屋上に腰を下ろし、港を見下ろす。
波の音とカモメの鳴き声だけが響き、時間がゆっくり流れているように感じられた。
優月は膝を抱え、小さな声で呟いた。
「私ね……人に頼るのが苦手なんだ。でも、光希には最初から頼ってた気がする」
光希は一瞬驚き、すぐに笑みを浮かべた。
「俺はむしろ誰かに頼られたい方だから、ちょうどいいじゃん」
「……そっか。ありがと」
優月は顔を上げ、夕陽に照らされた瞳を輝かせた。
その後、二人はブルーシートの上で指切りをした。
「この夏、絶対に一緒に花火を見る」
「うん。絶対に」
指先が触れた瞬間、光希の胸が熱くなった。
港町の風がふわりと吹き抜け、ブルーシートがひらりと揺れる。
その動きは、まるで二人の誓いを包み込むようだった。
この時光希は、ただ一緒に過ごすだけで心が軽くなることに気づいていた。
そして、その出会いが後に大きな意味を持つことを、まだ知る由もなかった。