第10話_予選敗退
予選結果を知らせる張り紙の前で、拓矢は壁を拳で叩いた。
「なんでだよ! あれだけ練習したのに!」
声が体育館裏に響く。
光希も唇を噛んだが、何も言えなかった。
その沈黙を破ったのは、優月が崩れるようにしゃがみ込む音だった。
「優月!?」
光希が駆け寄ると、彼女は胸を押さえ苦しげに息をしている。
「……ごめん、少し苦しいだけ」
だが、その顔色は明らかに悪い。
春奈が急いで保健室に電話をかけ、すぐに救急搬送の手配がなされた。
光希は優月の手を握りしめ、必死に呼びかける。
「おい、無理すんなよ。お前、歌いたいんだろ?」
優月は薄く笑みを浮かべ、囁く。
「うん……まだ、終わってない……から」
そのまま救急車に乗せられていく優月を見送り、誰もが立ち尽くした。
残された静寂は、勝敗の悔しさよりも深く胸を締めつけた。
病院に着くと、優月はすぐに処置室へ運ばれた。
待合室で光希たちは沈黙したまま座っていた。
「俺……リーダー降りたほうがいいよな」
拓矢がうつむき、拳を握った。
「勝てなかったのは、俺のせいだ」
光希は拓矢を見て、力なく首を振った。
「違う。……でも、俺も悔しい」
その声は震えていた。
しばらくして医師が現れた。
「命に別状はありません。ただ、しばらく安静が必要です」
その言葉に全員が胸を撫で下ろした。
病室で目を覚ました優月は、いつものように笑顔を見せた。
「……次は絶対勝とうね」
その無理やりな明るさが、かえって胸に刺さった。
その夜、光希は港に出て、拳を握ったまま空を仰いだ。
「……絶対、負けねぇ」
涙が落ちても、誰も見ていなかった。