99.スピーカー発明
『……今回は甘酒とやらが気になった。それから、あの赤いメロンと豆乳というのもうまかった』
唐突にシルバーが言う。
朝食を終えてオクティが魔塔へ向かい、私はアズキと苺の水やりをしおえ。
施設育ちの人たちに渋柿の皮を剥いて日当たりのいいところで干す作業頼める?と箱に詰めたり。
渋柿に使うとシブが取れるから『抽出』についても教えようと、これで塩とか砂糖も取れるんだと説明したりしていた途中だった。
本当にいきなりシルバーがそんなことを言う。
2秒くらい頭が?で埋め尽くされた。
「えーと……味見してみる?」
甘酒を1個渡したら素直に味見して、やっぱり香りもいいし甘い、今日の手当に何個か持ち帰りたいという。
「夜番分の手当てとして現物支給がいいってこと??」
昨日シアンも帰りに食べ物持ち帰ってたし、ミィとククルにもケーキあげてたから、ひと仕事終えたら好きなご褒美を選べるようなシステムだと思われたかな。
日当を現物支給しているつもりはなかったけど、貨幣を触ったことがない彼らにとってはその方が馴染みがあって、分かりやすい??
『主人たちは、我々のそれぞれの好みや望みを知っておきたいのではなかったか?』
「――あっ、そっちね?!」
確かにシルバーは何が好きなんだろうねとオクティと話した気がする。
『……確かに我々が脅かされずに生きられる方法を模索しようとしているが、忠誠を捧げた時点でどのような扱いをされても従うのが我々だ。
主人が全員の傷を治して服まで整えると言い出した時には、不死族を喜ばせるために傷を治して綺麗そうなのを数人見繕って連れて行くのだろうなと覚悟した。
だが実際には何も命令されなかったし、むしろ労働の時間を減らされた。我々への待遇から考えれば、ここが相当に落ち着いた甘い環境だと認識は出来ている。
だが。この環境で裏がないなど、とてもじゃないが納得はしきれていない』
あぁ……何を企んでいるのかと不安、って悩んでたのか。なんと言えばいいんだろう。
「うーんと……私の夢は『みんな平和で美味しいものも便利なものもいつでも手に入る環境で、のんびり暮らしたい』ってことなのね?
だから私の目の届く範囲では虐げられてる人が居る状況は無くしたいし、ちゃんと働けばお金が貰えて、好きなものが買えて、休みの日は好きな人と好きなところで自由に過ごせるような環境になればいいなって思ってるの。
そのために出来ることを考えてるだけなんだけど……」
『目の届く範囲の全員にそれを適用するのは、かなり狂っている。だが少なくとも我々が把握している限り、帝国内はそれに近いように見えている。
……エスの導きを得ている英雄なんてものはくだらない伝説だと思っているが。実際に不可解な力も見せられているし。本物かもしれないと……正直、自分の目を信じられないのは初めてだ』
「英雄かどうかは知らないけど、私のことをエスがいつも見てくれてるから運がいいんだって直接聞いたし。エスの加護があるっていうのは本当かも。
私も身分の違いとか不公平や理不尽まで全世界から完璧に無くせ、なんていうのは無理だろうなと思ってるけど。
『頑張れば頑張った分だけ返ってくる、自由時間に好きなことが出来て、好きなもの食べて暮らせるくらいの生活が誰でも出来る』くらいならいけるかなって。私の目が届く範囲だけでもそういう世界を目指せたらいいなって、それは本気で思ってるから。
だから搾取されてたあなたたちを助けたし、逆にあなた達が周りから搾取して利益を伸ばそうとかし始めたら叱るつもり。
あ、もし私があなた達にさせようとしたことがおかしいとか間違ってるとか嫌だって思ったら、それは遠慮なく注意してくれていいから、言ってね?」
『……了解した。色々と信じ難いことだが細かい追求はしないでおく。
少なくとも主人がそれに本気で取り組んでいるということは本心のようだから。その前提で考えることとしよう。
主人よ、我々は不死族からの誘いにはどう対応すべきだ?』
「うーん、普通に仕事仲間か、店員と客としてかな?恋愛関係は制限しないって言った通りで、本人に任せるから。どんなに言い寄られても嫌なら断って良いよ。逆に本当に良いなって思ったのなら付き合ったり伴侶になっても良いと思う。
……あ、3人は腕に書いてるから毒が効かないけど、不死族の人達もここに居る人は全員、人族に危害は加えないし相手の意思を尊重するって碑文に誓ってるからね?同意もなく連れ去って関係強要とかはたとえ暴走してても出来ないの、他の人もそれは怖がらなくていいって伝えておいてくれる?」
『……了解した』
シルバーはどちらかというと甘党寄りなのかなと思いながらメロンと甘酒と豆乳を、みかん箱よりは小さいくらいの箱にゴロゴロ入れ、渋柿は納品用の大きい箱に2箱分くらい試しで干してもらおうと渡していると、パッとブルーが現れた。
今回はほんの数秒で引継ぎを終えると、シルバーはササッと荷物を持って出ていって、ブルーは何も言わずに左腕を出してくる。
本当にみんな躊躇がないなと思いつつ腕に誓いを書こうと力を込めた。
『躊躇?自分が裏切った責任は自分にしか返ってこない。大事なやつを巻き込まない。これはそういう誓いだ。我々には迷う理由がない』
「仲間を守ることも大事だからそこが引っかからないようにって、オクティの意見が正しかったね」
『自分で主人を選んだことなど初めてだが、2人を主人に選んで良かったと思っている』
「主人を選ばないで自由に生きる道もあったんじゃない?」
『これだけ裕福で厳しくもない主人はなかなかいないぞ?ただ野に放されるより遥かに快適だ。……そもそも仕事を選べて勤務時間も選べて、監視もいない。眠る以外に仕事のない時間もある今は自由だ』
人の人生に責任を持つって思うと重たい気がするけど、彼らにとっては重い枷を軽いものに取替えただけの今の形がやりやすいってことなのかな?
***
今日はアズキが6鞘も拾えたので、オクティが帰ってすぐ、マナを付き添いにして凍土のアズキ畑へ。
昨日大量に貰った核も追加で凍土に撒こうと思ったら、茶色ローブ姿の人たち10人ほどにまた手伝ってもらってしまった。
人数居るしみんなオクティみたいに無詠唱習得済みだから、何も言わずにただただ作業が進んですごい。魔獣の核は積み上げておけば箱に掬って運んで行ってくれる、アズキも鞘を渡しただけで終わった。
そういえば……街道予定地は優先的に強制労働地区の人が開拓するって言ってたのに、茶色いローブじゃない人をこの辺りで全く見ないな?とキョロキョロしてたら、マナから説明があった。
街道建設予定地というのは、同時に商店街の延長線上でもあって、徒歩で従業員通路に行けてしまう近さ。
なので実はあまり他国の彼らを近付けておきたくない地域だったそうで。丁度施設育ちの人達が魔塔の改築が終わるまで強制労働地区の作業を手伝いに来ると聞いて、これ幸いと施設育ちの人たちに商店街に近い範囲の作業を大きく進めてしまってもらおうと思ったらしい。
「というわけで、ここの作業はなるべく急ぎで進めてくださいと確かに伝えましたけどねぇ。いや、思った以上に進んでて驚きましたわよ。聞いたら寝る時間以外はずーっと撒いて耕していたというではありませんか。
しかも彼ら自身の魔力も多いせいなのか分かりませんが進行度合いが凄まじいんですよね」
と説明された。
昨日持って来た膨大な魔獣の核は既に撒いて耕し終わっているらしい。今日持って来た分も多分今日中に撒き終わらせるつもりだと。確かに……土地の色をよく見るとかなり遠くに、凍土っぽい灰色に地面の色が違うところがあったり、なかったり。境目が遠すぎて見えないくらい開拓が進んでいたらしい。
「それからですね、昨日転送盤を届けた直後にさっそく分地の大池へローレライが訪れました。
一緒にいらしたエルフ種の方々が水を入れた大樽と台車を使い、卸売り倉庫の転送盤で彼らを商店街まで運びたいと頼みこみ。商会のロイド様たちも付き添いまして無事に不死族との面会が叶いまして。
ついでにあれこれとお話の結果。商店街の延長した先のスペースには、新しく大型プールを備えた大きな劇場を何個か作りましょうって流れになりましてね」
「なんこか……?」
「清掃やメンテナンスや練習に使ったり、場合によっては何らかの個人的なイベントにも使えるかもしれませんから、複数あった方が後々便利だろうとは思いますよ?
それで不死族と魚人族はかなり乗り気になって、しかも和解した小人族も設備の強度チェックや天井部など細かいところを手伝ってくださることに。というわけで明日、仮で1つ作ってみるそうですけど、オーナーとしてご覧になりますか?」
「プール付き劇場ってそんな、気軽に1つ作ってみるかで作れるようなもんじゃないよね?」
「トンネル1キロを一週間で掘る方々ですので、会場1つくらい、形を掘るだけならすぐ出来るそうですよ。天井や壁、水の重量に耐える設計や補強を小人族が担当、水の管理は魚人族がやると。劇場間のスペースには劇場へ持ち込める飲食を扱う持ち帰りの店を用意する予定です。
南は比較的エルフ種よりローレライ種の方々の方がたくさんいらっしゃるとかで。不死族たちの職場へ歌いに来るのならと出場待ちの順番決めが大変なくらいだそうですから、すっかりやる気になられておりますわね」
「あぁ……凄い面白そうだけど、作るのも大変そう」
「むしろ会場より人間が担当する座席を作るところが大変で。序盤は立ち見になりそうですよ」
「何個か作るんだったら1個か2個くらいはそのまま立ち見で食べ物買いながら立ち寄れる感じにして、ちゃんと1回分ずつのショーとして見られる予約席の劇場とかステージ付きのレストランは別で作っても良いかもだよね?」
「あぁそれは面白いですわ、伝えておきます!」
……その後、今日は高山行っちゃおうかなと思ったところで、洞窟からチョーコ達への呼び出しがかかっているとあっちから先に連絡があって行ってみたら。
新しい魔道具が出来たぞっ!と小さい魔石板に通信石を風の魔石を組み合わせたっぽい四角いものから鉄のメガホンとかラッパが生えているようなものが出てきた。
見た目のかたち的にはラッパとかメガホンというよりは、金属製で美しいから蓄音機……かな?しかもスイッチになっている部分の銀のレバーもレコードの針を落とすような細い感じでさらにそれっぽい。
「おぉ?風の魔石と通信石って組み合わせるとこんな挙動するのか、面白いな」
「分かるか!どうだ凄いだろう」
「うん、凄いな」
「オクティ、どういうものなの?」
いつも使っているような通信石を持って話すと、そこから拾った声を全部この拡声器が音として周りに流す装置で、風の魔石の接触数を増やすと音量をあげられるボリューム変化機能付きだと説明される。
「え、マイクとスピーカーってこと?!凄い!」
「おう『拡声器』よ!良いだろう」
しかも通信石のグループ同士を連結する装置の開発もしていた。1つの通信石グループの音を出力と聞き取りをする機械で、次のグループにそのまま音を流し込む仕組み。
そこにさらに音を乗せたりも出来るから、舞台6人分の声を6つの拡声器から客席に流すだとか、会場では歌だけ流し、その歌にナレーションを追加したものを同時に別の場所で流すなんてこともできるらしい。
そっか、拡声器だけ入口側の屋台広場だとかレストランに設置してナレーション入りのBGMを流したりもできるんだ……それはすごい!
「中々面白い仕事だったぜ?礼は不死族のマッサージ店に俺ら専用のフロアを作って貰って通い放題ってことで、転送盤も1個置かせてもらった。劇場やら通路のメンテもたまに顔出しに行くことになったぞ。あそこはアルコールの飲み方がソーダ割り以外にも沢山あるし。何よりブタ串がうめぇ!不死族のヤツらも案外話は分かるし酒の味も分かるしな」
「不死族の人たちとも仲直り出来たみたいで良かったです」
「まぁちとあの辺の地下は寒くて住むにゃ不便だし、男も女も髭のねえ奴ばっかで色気はねえが、たまに通わせてもらうぜ」
話が切れたところでマナがすみませんと話しかけてくる。
「こちらの通信石を組み込んだ拡声器を単体で作って頂きたい場合、おいくらくらいになりますの?」
「んー、そもそも通信石と魔石関係はそっちからの仕入れだからな、間に挟むミスリル合金と手間賃だけだし普通の酒の実で1個、アルコール1カップなら3個は作ってやるぜ?」
「各国通信に使えそうですのでアルコールで買わせていただきますわ、数を確認して注文出させていただきますわね」
そっか、通信石の4つセットで2つをスピーカーにして、石の方を握って話せばほぼ電話だ。
というか新しい魔道具開発をドットさんたちに頼んだりしてたんだぁ。
ちょい、とオクティが肩を引いて伝えてくる。
『ロイドさんが通信石で業務通信の話を聞いた頃から、使いづらくて非効率だから洞窟に依頼してくださいって倉庫の2人に言ってて。
南の魚人との取引で魔石板の輸入が増えたあと、テレパシーの魔石は先に預けてあるから、翻訳機や通信石、温風機とかの注文は直接属性魔石と小さい魔石板を洞窟へ持って行って作れば良いって言われた時に一緒に相談したみたいだよ』
『あ、そうなの?』
『相談した時点では思いつかないって話だったからチョーコにも言ってなかったけど、劇場で声を拡大する機能はないかって話で思いついたんだって』
「おうなんだ夫婦で見つめあっちまって。お邪魔かぁ?」
「ひゃっ?!あ、すいません。……そろそろダンジョンでも探しに行ってきますね」
「ダンジョンといえば……この洞窟のある山のどっかにもありそうなんだよ。山の上は寒すぎて歩き回ってられねえから探せねえんだけど、たまーにスゲェ良い匂いがするんだ。けどよ、竜人のやつらはこの辺に魔獣が吹き出す穴は見た事がねえって言ってて。
でも、ちょうど今朝もその甘い酒の匂いがしてきててさぁ……ぜってぇこの近くのどっかになんかあるんだって!うめぇ酒が!ちょっと見てきてくれねぇか?」
「この辺りの山のどこか……ですね?分かりました 」
「情報料は見つけた酒の1割くらいでいいからよ、頼むぜ!」
洞窟を出て周囲を見回してみるけれど、少なくともお酒っぽい匂いは感じないというか、むしろいつもの待合室の中の方がお酒がある気がする。
「お酒の匂いする?」
『しないな』
「身体強化で嗅覚を上げても今それらしい匂いはしませんわねぇ」
「飛んでみて少し探そう。匂いが届くくらいならかなり近くのはずだしな」
チョーコはオクティに抱っこしてもらい、マナとブルーがその腕に掴まって飛ぶ。
「穴は見た事ないってことだから、多分あの駄菓子ダンジョンみたいに出入口埋まってそうだよね?」
「今朝いい匂いがしたと言うなら開いたばかりなんだろうから、吐き出された魔獣がどこかに大量に溜まってたりするかもな?」
『ん、あれはデカイぞ?』
暫くぐるりと山を迂回するように飛んでいたら、ブルーが山頂付近を指さした。
山肌に似た灰色っぽいスライム……にしては足が大量にランダムに生えまくっている固まりで、山肌をズルズル履い回っている。走るやつの融合体みたいのが居た。
「うえ、ちょっと造形が気持ち悪い、なにあれ……」
「走るやつが共食いすると足が増えるんだが。あれは大きいな、たしかに見た目ちょっと気持ち悪いか」
『べつに、核は1つになってるから面倒がなくていいだろ』
ブルーはあまり迷う様子もなく風を操って真ん中辺りをズバズバ輪切りにしていき、残って転がり落ちた塊を丸ごと風で掴んで持ってくる。
「ブルー、デカすぎて袋に入らないだろ、切るならちゃんと切れよ」
ついたままの足とかをオクティが追加で切り払って袋の口を通る大きさにしてアイテムボックスへ放り込み、改めて山をよくみる。
「崖みたいな高いところに魔獣は湧きづらいはずだもんね?」
オクティが魔獣が居たあたりに近付きながらゆっくり移動していると、マナが上の方を指さす。
「あそこの壁面だけ泥が着いておりますわ、ここは岩山なので、おそらく魔獣がダンジョンから出た時に床の土が着いたのでは?」
「……本当だな、あの石の部分がダンジョンの開口部らしい。あとは入り口がどこに埋まっているか」
『それじゃないか?』
「あら確かにそれっぽいですが、完全に塞がってますわね」
ブルーが指したところは巨大な平たい岩が縦に滑り落ちてピッタリ覆ってしまっている。でも、言われてよく見れば塞がっている隙間から石造りの建物らしいブロック部分が見えた。
『塞いでる岩をどければいいんだろ?』
またブルーは雑に岩の一部を砕き割って下へ落とした。ガラゴロと大きな破片が山の斜面を転がり落ちていく。
まぁ、高山の人達はみんな飛行種族だから、あんなところを歩いてたりはしないだろうし事故はないか……
「危ないじゃろーっ!ちゃんと下を見て投げんかい、いたずら坊主共がーっ!」
「「うわっ――?!」」
ぶおっ!と下から大きな竜巻みたいな風が飛んできてバシーンと跳ね飛ばされたが、見た目の派手さの割にはかなり手加減されてて、何とか皆ばらけずに飛んだ先で空中に留まれるくらい。
そっちを見ると金と白の人影が翼を怒らせながら落石のあった辺りの地面付近を飛んでいるのが小さく見えた。
――と、思ったら今度は逆に引き込むような流れの風に巻かれてギュオッと勢いよく引き寄せられる。
「おん?どこのガキ共かとおもったが、なんじゃ、羽根も生えておらん。人間族じゃないか?」
周囲を風に覆われていて移動が封じられているけれど、とりあえず体勢は保たせて貰えている。
一瞬で目の前まで近付けられた彼は、確かに天人なんだけれど、かなり歳をとってそうな顔ながら、体格がかなり良く鍛え上げられていて、大きい。
髪はもしゃもしゃのまま結んで服はボロボロ。山賊みたいな風体のお爺さんがこっちを見て首を傾げていた。
「あ、す、すいません。下に歩いてる人がいるとは知らなくて……塞がってたダンジョンの入口を開けてただけなんです……」
「ダンジョン?!お前たちこの山のダンジョンを知ってるのか!美味い酒があるとこでなぁ。久しぶりに飲みたくて来たんだが場所を忘れちまったんだ。降りて探し回ってたところなんじゃが。どこだ?どこにあった?!」
「あそこです……」
「おーっ!そうじゃったそうじゃったぁ!ありがとうな。石を投げてきたことは許してやるわい。今度は気を付けるんじゃぞ!」
「あ、はい、すいませんでした……」
見ている間に大きなお爺さんはダンジョンへ飛び込み、ほんの数十秒くらいで出てきてどこかへ飛び去っていった。
「あ……ぃ、あ……(あの天人は、強いな……戦いになっていたらと思いたくない)」
「そうだな。ブルーお前、魔力操作はしっかりしてるが動きが雑じゃないか?もう少し丁寧にやれ」
『……了解した』
「まぁ、今回は何とかなったし次気をつけよう?折角見つけたんだし中に入ってみようよ!」
入口付近は煌々と明るいけれど、本当にあのお爺さんは欲しいお酒を飲みたいだけとってそのまま帰ったみたいで、入口しか明かりはない。
3人に警戒をしてもらいつついつも通り壁からチェック。
蔓にあった『消毒液(度数10%)』を始め、『蜂蜜酒(度数50%)』『ローヤルゼリー(度数5%)』とアルコールまみれのダンジョンだった。
消毒液は大きさがペイントボールくらいで、ヨーグルトと同じような柔らかい水風船タイプの実。
塗れば瘴気による肉の腐食を抑え、飲むと吸ってしまった瘴気の毒を中和する効果があるらしい。対アンデッド戦では叩きつけて弾けさせると暫くの間アンデッドの動きを止めることなんかも出来るみたいだから、冒険者は欲しいかも。
逆に不死族は触るとダメージってほどではないけど、触った皮膚が凄い肌荒れして痛いし、飲んだりすればダメージを受ける。名前の割に病院では使わないこと確定だから、これは卸売倉庫行き決定。
あのお爺さんの目的はミードだったらしく、1つ目の部屋だけ8割くらい無くなっていた。これもウツボカズラみたいな蓋のある壷形の花なんだけれど、こちらは花が鮮やかに黄色くちょっと透明感があって硬いから、そういうデザインの瓶みたいで消化液感はかなり薄い。
ただ、花の部分がポロッと取れて実際に瓶になるものの、蓋がキッチリ塞がってない上に底が平らなわけでもないからアイテムボックス持ちの天人さん以外には運びにくい。
蜂蜜そのもののような強烈な甘さと香りにほかの酒の実と比べても高いアルコール。
そしてめちゃくちゃ栄養があり、強い精力増強剤効果付きらしい。その点でも天人さんにだけは全然無問題で飲めるわけね。
うん、見れば見るほど天人さんホイホイなお酒……
ローヤルゼリーは何だか丸いツボミというか桃みたいに一部尖った形の固い実の中に詰まったクリームで、薬効はほぼ甘酒。味わいが蜂蜜風味で塗っても食べても美容に効果あり、売れそう。
種類も少ないし狭かったから小型なのかと思って気軽に風でバンバン集めながら降り始めたら、深さだけは18階層もあって全然終わらなくて。でもまぁ狭いしオクティだけじゃなくブルーも一緒に集めてくれるから全部回収しながら降りていったら、めちゃくちゃ薬臭くてすごい広さの部屋に辿り着いた。
そこには明らかに、掘ってはみたけど持って行かずに放置しましたというのが明らかな、表面が変色して濃い深緑色になっている古い100リットルサイズの実がみっちり並べられてた。
外に出ているものは変化して別のものになってるらしい。
掘り出されたものに触れてみる。
『悪夢のいざない』
悠久の時を経て飴の結晶に変化したもの。
薬臭い甘苦い飴。舐めると非常に強い快感を伴う夢を見る眠りにいざなわれる。
ただし効果が切れるまでは、たとえ死んでも目覚めない。
不死族の毒に並ぶ強毒で、不死族にすら効果が出る。
「……どう考えても毒だな」
「これは要らないって置いていったのも分かるね。不死族にも効くってあるけどどうなんだろう。1つだけサンプルで見せてみよっかな」
埋まっているものも掘ってみると。
『アブサント(最高級125%)』
液体の色も濃い緑、匂いは薬、味は超苦くて超甘い。一度はまると辞められない、禁断の雫とも呼ばれるお酒。
薬酒としてちゃんと調合すれば様々なものの効果を増す補助剤としてかなり優秀なのだが、直接酒として飲むと中毒性が強く、快楽を伴う幻覚が見える。
味も飲み慣れるとたまらない癖のある風味、薬物的にも味覚的にも中毒性が高いという。
不死族と魔人族には中毒症状が出ないのでただの癖の強いお酒、他の全ての種族にとっては中毒性薬物。ただ水属性の魚人さんとかは体質的に毒が抜けるのが凄く早いので、効きはするけど飲んでも平気らしい。
ドワーフは毒として普通に効いてしまうみたいなので情報料としては払えない。
「うーん。結晶化してるやつよりは弱いっぽいが、それでも十分強い毒だな」
「そのままだと毒だけどこっちは薬の原料として使えるらしいから持って行って大丈夫そう。
不死族と魔人族はそもそもこのお酒が毒にならなくて、魚人さんたちみたいに水の属性が強い種族は中毒性の薬物に強いから効くけど回復するから飲んでも平気なんだって。でもブランデーと同じ超高級酒だから、持ち出しは禁止ね」
かなり軽くなっている殻が緑に染まった実は1つだけ。掘り出したお酒の方は10個くらいあればとりあえずいいかな。アイテムボックスに回収してから、まずはドットさんへ情報料を渡しに洞窟へ。
アブサント以外は全部見せてみたけど、やっぱり欲しいのは蜂蜜酒だけだった。強い精力剤は平気なのかと聞いたら、こちらは体力が精力に直結していてやっぱり大丈夫だというから、ミードだけ約束通り情報料で1割渡す。
「よっしゃあ!商店街の増築工事は気合い入れてやるから楽しみにしとけ」
送り出されてそのまま卸売倉庫へ。
対アンデッド戦で役に立つものだから冒険者向けに売って欲しいと消毒液を多めに卸し、ミードとローヤルゼリーは薬効があるので不死族行きにするけど、こちらにも度数や効果の説明をしつつ1箱だけは卸し。最下層は毒酒だったので不死族に見せるだけは見せるけど流通はさせないし冒険者たちに回収を頼むことも無いと説明。
そして薬屋へ。
白衣のヴァンパイア女性がなにか調合をしているところだったが、こちらを向くと妖艶に笑む。
「あらオーナー、納品ですか?」
「あ、はい。これと」
ミードとローヤルゼリーは予想通りで、普通に薬効を活かして色々作れそうらしいので甘酒と同じくらい納品。
問題のアブサントを出すと言ったら、多分マナは耐えられないからと言って先に倉庫から撤退。
実を1つ取り出して蛇口を刺してみると、部屋中に匂いが広がり始めた。薬臭いと説明も見たけど、本当にウッとくるくらいの強烈な甘く煮詰めた薬草の香り。でも、決して嫌な臭いではないかも。
ヴァンパイアのお姉さんは目を細めて妖艶に唇を引き上げて、流麗な彫金の施された銀のゴブレットを出してきて半分ほど注ぎ、味見をしてほうっと息を吐く。
「あぁこれは……流石は禁断の雫とも呼ばれるアブサント、思わず虜になってしまいそうだわ……」
虜という割には味見の少々以上に注ごうとはせず、じっくりと味わうだけ。
ここに置いておくと匂いが心配、と軽々と蛇口付きの実を片手で持って奥の鍵付きの部屋へ行って実を棚に置いてきて。残ったゴブレットの酒も綺麗に飲んで魔力を吸いきると、だいぶ部屋の中の匂いはましになった。
「そうですねぇ。とっても美味しいし、優秀な補助剤にもなるし、沢山買ってしまいたいけれど……これは多く買ったら皆が飲んでしまいそうですからあと3つか4つだけ頂けます?無くなったらまた買わせて貰いますね」
そのまま追加で4つ納品。
そして、飴になってる方を出して説明すると、爪でシュッと実の上の方を切って中身を小皿ですくい上げた。
「あら、まぁ……美味しそう。これなら1粒食べれば数日は、気持ち良い夢が見られそうですわ」
予想外に金平糖のような形と大きさ。表面のポコポコした深緑色のつぶつぶの飴で、見た目もだが香りもハーブキャンディのような、液体よりずっと柔らかい本当に美味しそうな香りがする。けど、お姉さんは食べずに戻した。
「あ、人間は素手で触れたり粉を吸い込んではだめですよ?二度と目覚めなくなるかも……うふふ」
彼女は少し長めに考えて、死の大陸へ持っていくのでこのまま買い取ってもいいかという。
不死族的な感覚では、ちょっとタール強めのタバコくらいの嗜好品として楽しむものだそうだ。
ただ1度使うと数日使い物にならないくらい回復に時間はかかるので、こちらでシフトに従って働いてる人は食べられないし、国に戻ってる時にのんびり使いたい人が使えるようにするらしい。
死の大陸へ持ち帰ってここでは使わないならいいですよと売ることにした。
これに関しては必要になったら都度取りに行くと約束して、帰宅。
***
『意外と、不死族というのは理性的な種族なんだな』
納品が終わって家に帰る時にブルーがぽそっと言ってくる。
「うん、お腹が空いて暴走したら理性が飛ぶ体質なだけで、普段は凄く賢いし優しい人たちなの」
『まぁ、そう見える。……我々に対しても、嫁と仲が良い者は最初から完全に対象外だし、横暴さどころか狡猾さすらあまり感じなかった』
「あまり怖がらないで、仲良くしてね」
『了解した』
『――酒よりメロンの方がいいな。風の石と砂糖を入れた水が美味い。そういうものはあるのか?』
ブルーもまた帰る前くらいになるとそんなことを言い出すので、舌がすごい色になるけどとメロンガムとバブルキャンディーを渡してみたら、随分と気に入ったらしい。
いっぱい欲しいというので、ミィとククルが持ってきたお土産袋をあげたら、遠慮なく全部抱え込み。
シアンと交代でビア原液の追加を持って帰っていった。
ブルーは駄菓子とか炭酸とかそういうのが好きだったのか……




