88.お役目終了
――やぁ、君たちの愛の誓いはちゃんと受け取ったよ。あの新しい誓いの形式は、沢山の影響を皆の心に与えていたようだ。
とても覚えのある声だけが頭に響いて、あの白い世界にいた。目を開けているのに見えるものは光だけ、身体の感覚は今まで触れていたはずのものどころか、足元の地面を踏んでいるかどうかさえ分からないけど、浮遊感とかそういうものでもない。
「あ……また話が出来たら、ちゃんと言おうと思っていたの。私をオクティと会わせてくれて、ありがとうございました」
――君たちが出会うことは必然だったから、私が会わせたわけではないよ?
「ううん、千代子のままで出会わせてくれてありがとう。私を私のまま、全部受け入れてくれる彼と出会えたから……私はちゃんと、チョーコとして生きようって思えるようになったの」
――そうか。幸せそうで良かった。君たちは、頑張ってくれたよ。おかげで……かなりこの世界全体の流れも安定してきている。特にそう……死の大陸の辺りは深刻だったんだけどね。魚人たちの中で君からの情報はよく伝わって、地上からも修復が始まっているし、君のコンビニ……いやコンヴィニ商店街か。そちら側からは確実に大地の力が戻りかけている。
「はい。幸せです……ありがとうございました」
――日本みたいにいつでもどこでも、便利なものがあって美味しいものが食べられる生活にはまだ届いていないけれど。どうかな?
「かなり充実してるんじゃないかなって思います……そういえば、なんていうか、時々ピンポイントでオコメの実とか色々見つかりますけど。あれって私宛にエスがなにかしてたり、します?」
――ふふっ『有る』ものは『有った』のさ。最初からね。ただ……私が、ずっと見ていただけだ。
「どういうことですか?」
――簡単に言えば、私は運が良いんだよ。とてもね。その私が特によく見守り、しかも幸せを願っている君に起こることが。不都合なことにはなりにくいということさ。
『エスの加護を受けている』とよく色々な人たちから言われるけれど、注目されているだけで神の豪運の影響があるというなら確かに加護と呼べるかも。
――花田千代子、いや、もう君は『チョーコ・オクトエイド』となったのだね。私の新しい風よ。君が吹かせた風は既に大きなうねりとなっていて全土に広がることが確定している。
私が願った、世界全体を大きく巡る流れを生み出すこと。それはもうすでに叶う未来なんだ。
君にとってはまだ終わっていないことだが、私にとってはもう叶っている。君のおかげで世界は救われた。本当に、ありがとう……
「そう……なんですね、良かったです」
――これからも好きなことを願いながら、君らしく進んで欲しい。君の手には奇跡があるよ。力を振るう時は真っすぐに、その心によく聞いて、疑いなく使うようにね。
以前炎人さんにも似たようなことを言われた気がする。謎かけのような言葉だけど、歪めば私を傷付ける、だっけ……『自分の心に従って、まっすぐに使え』?
――そう。『正しく』使おうとしなくていい、『君の心に従って』使うんだよ。風は真っすぐに吹いても、クルクル回っていてもいいのだからね。君が幸せであるように、私がいつも見ているから。
「私がこの世界に落ちてきた目的はもうこれで達したってことなら……うーん、これから何をしよう」
――ふふ。まだ出会ったことがない種族とはもうすぐに会える。君にとっては全ての人族と出会うことも取引することも簡単な目標だ。もっと大きな夢を見たっていい。
そして、ただ休んだっていい。時間は沢山あるからね、ゆっくり考えてごらん。君はもう、私からの頼みごとにすら縛られていない。既に世界は救われているのだから。
「……ありがとう、ございます。ゆっくり考えてみますね」
――ここは魔力がしっかり溜まっていたからゆっくり話せたね。私の風。魂の片割れと共に……
***
気が付いたら、皆で石に手を触れた状態で立っていた。
皆ちょっとぼうっとして、パチパチと瞬きをしたり、周囲を見回したりしている。
「今のは、本当……に」
サニーさんが一番早く復帰して呟く。
「皆も、話せました?」
見回すと、皆うんうんと頷いて、3人は「「凄いですーっ!」」とテンションと共に身体も上に飛び上がって騒ぎ始めるが、サニーさんとオクティは静かだ。
「オクティも?」
「あぁ……うん。チョーコを幸せにしてくれたお礼だって、昔のチョーコも見せて貰えたし。色々、話せたよ。コンビニエンスストア?本当は商店街じゃなくって1つの店舗でずっと開いてて何でも揃ってるお店なんだね……不思議なところだったな」
「ぇなっ、私の昔ってなに見たの?!」
「んー、顔?昔は可愛くなかったって言ってたけど本当はどうだったか気になってるねって見せてくれた。確かに今とは全然違ったけど……あれならそのまま来ても普通に惚れてたと思うよ?まぁ作り直しが必要だったなら変わっても仕方ないし、結果的に今の姿が一番好きだしね。昔の姿は思い出して楽しむだけにするよ」
「――っ!う。そ、そう?まぁ、オクティがそう思ってくれるなら……いいけど」
写真とかあるわけじゃないし。記憶にしかないなら大丈夫だよね、うん。
「たとえ手段があっても他の奴になんか見せないよ?ふふ、昔を知ってるのは俺だけだもんね」
凄い嬉しそうな顔をされてしまって、恥ずかしいけどちょっと嬉しい。
喋ってる間サニーさんが静かだな?と思ってふとそちらを見ると。なんか全身が光っていたのだけど、その光が急に強くなり始めた。
「えっ?サニーさん!大丈夫ですかっ?」と呼びかけてみたけど反応がない。
ちょっと心配になり、思いついて近くの宝石の上に座らせてみると、その石の方がカッと光ってサニーさんがハッと我に返った。
「――あ。すみません、急に魔力の上限値やら回復やらが上がったり色々したもので……落ち着けようと調整していただけなんです」
「あっ、整えるの邪魔しちゃいました?すいません」
「いえいえ、手に余る勢いでちょっとだけ溢れそうでした。おかげで落ち着きましたよ」
「確かに色々強化されてるな……全体的に」
「末永く友として、エスの息吹を導き守るように……と仰せでしたね」
「守るとかは……普通に友達として、困った時に手伝って貰えたりしたら充分ですからね?」
一応、先に言っておく。
「そうですか?まぁ、確かにおふたり揃っていて守らねばならないような脅威というのはなかなか思い当たりませんが」
「「「私たちも護ってあげてって言われた!」」」
「あ、う、うん。お友達として、ね?」
急に心配になってきた。
「あの3人も強化されてるな……」
「えーっと。サニーさん、まずあの3人に力の使い方とかそういうのをちゃんと教えて貰えたら、いろいろと助かるかもです?」
「――確かに。そうかもしれませんね、分かりました。まずはそこからお手伝いさせて頂きましょう」
ホッと息を吐いたところで、飛んできた3人がアイテムボックスを出せと言うので出したら、この辺で拾って来たらしい魔宝石をザラザラ遠慮なく流し込まれ始めた。
「えっえっ。これはこんなに貰っても使い道が思いつかない?!」
「こういうのは小人さんの洞窟ですごいものになったりするらしいですっ!」
「そ、そうなんだ……」
「あと、リリーひとりじゃ大変だから、ダンジョンのものを集めて美味しいものを報酬に貰うおしごとは、私たちも交代で手伝ってあげたらどうかなって言われましたっ!」
「商会冒険者チームのお手伝い?あ、うん、確かに助かると思う!」
「私はリタと組んで悪い子がいないかたまに街を見回ってあげたらどうかなって言われたわ!」
「悪者退治は本っ当にやり過ぎに注意でお願いね?!……えっと、助けてくれる気持ちは嬉しいから、頑張り過ぎないでよろしく」
このままここに居ると際限なく魔宝石を「あ、あれも大きくて綺麗です」っとどんどん追加で放り込まれるので。今日はここまでで帰ることにした――
めちゃくちゃさっさと終わった大型ダンジョン最終層のあと。小人の洞窟に寄って、まずメイドさんたちの装備の支払いの残りとしてウィスキーの実を30個ボトル詰めして皮とボトル30本を渡すという約束を果たしがてら、魔宝石の使い道があるか聞こうと思っていたら。
ドットさんがあからさまに徹夜明けみたいな顔をしながら奥から出てきた。
「だ、大丈夫ですか?」
「おうよっ、へへへ、これを見ろぉ!」
差し出されたものは、本当に片手で持てるサイズで、銀のボディに金の蔦が巻いたデザインの蓋つき懐中時計。竜頭は無いけど、見事な飾り穴が開いてそこに金銀の絡んだチェーンが繋がり。見た感じもかなり本格的!
あけてみると、針は3本。一番太くて赤く光る先端が尖ったものが元々のスピード。細くて銀色のデザインだけ合わせてあるのが次。そして細い針のように真っすぐなだけの銀色の針がもう一つ。
1刻(2時間)、1間(10分)、1分(50秒)と呼ぶことにしたぞと胸を張って言われる。
元の世界の時計とはだいぶ違うけれど。どちらの方が良いのかはよく分からないし。個人的には1秒単位であくせくするのは好きじゃないから、最低単位が1分くらいで良いんじゃないか?と思ってはいる。
ただちょっとだけ……『1分』という名で『50秒』というのはムズムズするかも。
「おっ、そういやぁおめぇんとこの従者に紹介されたマッサージ受けに行くのによ、山の奥の洞窟から凍土の地下洞窟を繋ぐ穴を開け直して歩いていこうかと思ったんだが、ちっと遠いんだよなぁ」
「えっ!普通に転送盤で来てくれたら、全部私のおごりで利用できるように話しておくので、転送所でチョーコの紹介だって伝えてメイドさんを呼んでくれたら大丈夫ですよ?!」
いやいやいや、この洞窟は大陸最北端だから、完全に高山地帯を南へ貫通するって、遠いどころじゃないよね?
「おぉそいつは助かるぜぇ。支払い代わりに時計でも何個か持って行くから。よろしくな」
話がついて懐中時計のサンプルはありがたく受け取りオクティに預けて。
今日来た目的の、メイドさんたちの装備の支払いであるウィスキーのボトル詰めを頼みつつ、大きい宝石を沢山見つけたので、これで何か作れないか教えて欲しくて持ってきたんですけど……と、魔宝石を見せてみることにした。
色々な色があるんですけどね。ととりあえず1つ取り出したのは赤いの。
「ほほーう……こいつぁ見事なもんじゃねーか!しかもこのサイズ、魔力量、見たことねぇ上ものだ。こいつはノームたちが黙ってねぇぜ!」
奥へ走って行くとすぐ、どやどやと先日も見た30名ほどが集まってくる。
ボトル詰めをやるから皮とボトルは1人1つだぞと声を掛けた後。さっき渡した魔宝石を見せて、こいつで何か作れるやつ、他の色もあるらしいが、どうする?!と声を掛けた途端、髭のないノームたちが一斉に目の色を変えてこっちに来た。
「他の色もあるってどんだけあるんだ?見せろ!出せ!」
20名ほどがどやどやとこちらへ来たので、とりあえず全色出していこうと1個ずつ引っ張り出していく。赤、ピンク、白、緑、青、黒、黄、茶、1つだけ異様にキンキラに光る金。
金だけおかしいけど、大体髪色と一緒のカラーパターンだね。1つがかなり大きいので全部出すのは流石に止めて、濃いとか薄いとか色味が違う感じのを混ぜて全色4個ずつだけ出してみた。
「ひょおぉぉぉ?!何だぁこのとんでもない魔力が詰まってるやつぁ!」
「魔力が詰まって……?あっ。多分それサニーさんの力を吸わせたやつかも」
「風でこんだけ魔力がつえぇってことは天人か?」
「はい」
「今度不死族に会いに行く時の手土産を何にすっか考えてたんだけどよぉ。これなら気に入るかもしれねぇから持って行きたい。他の石を使って色々装飾品を作ってやっから、これくれ!」
「あ、はい。どうぞ……」
「よーし!んじゃこっちも持ってくぜぇ!酒もたのしみにしてっからよぉ!」
ゴロゴロ置いてあった石を全部回収してノームたちが奥へ行き。ドワーフたち10人ほどが早く酒の実を詰めさせろと大量の金属ボトルと油の木を担いで詰め機の方へ行く。
――装備30に合わせて30個と言っていたけど作業員は32人いたらしく、騒ぎになりそうだったからキリよく2個追加して、3000本を越えるボトルをせっせとアイテムボックスにしまい終えた頃。
それはもう、大量の。
ティアラなど髪留めをはじめ、ネックレス、チョーカー、イヤリング、イアーカフ、二の腕に付ける大きい腕輪、手首に重ね付けする細い腕輪、手甲のような形のもの、クリップが付いていて服の好きな所に付けられるブローチ、バッジ、好きに付けられる宝石のボタンとビーズが沢山、ベルト、根付けのような紐で提げるもの、アンクレット。穴開けてないから付けられないけどピアスの類も幾つかある。
金や銀だけでなく明らかにこれミスリルじゃない?と思えるような金属が使われているものもあるし。
色違いの同じデザインはあるけど、全く同じものはビーズやボタンくらいで、全て一点物ばかり……
8段の平たい金属ケースに属性色の色別に分けられたものが運ばれて来て中をざっと見せて改めたあと、ケースごと重ねて纏めて運べるように連結金具を装着。
……薄型の箱だからバラして縦にすればドアも通るけど、積み上がった状態ではもう、業務用木箱の一番大きいサイズくらい。
「いやー、上質な石で捨てるとこが全くなかったからよう、端っこは全部ビーズとかボタンにしたし、今作れるフリーサイズのデザインはあらかた試したんじゃねーかなぁ」
良い仕事したぜぇ!とやり遂げた顏のノームたちにお礼を言って受け取りながら、流石にやや呆然とした。
「……あ。不死族にはヴァンパイアの女王様と伴侶、サキュバスの王様と王妃様8人がいるって聞いたので。王冠は2つでいいかもですけど、ティアラは9個要るかもです」
「おっ!ありがてぇぜ。気を付ける!」
――とりあえず、うん。何か凄いものを受け取ってしまったのでお礼を言いつつ。まだ昼前のベルも鳴らないけど。一旦家に帰ることに。
ホールに居たリナが驚いて振り返った。
「あらっ?お帰りなさいませ。途中で戻られましたの?」
「ただいま。あっ、ううん?今日は最終層だけでね、天人さん達が丁度手が空いてて4人も手伝ってくれたから一瞬で終わっちゃったの」
「そういうことですか。それでその……巨大な鉄の箱はいったい?」
「これは装備品の支払いしに行った時についでにノームたちに作って貰っちゃった腕輪とかネックレスとかの装飾品類なんだけど……この量、しまう所ある?」
「ど、洞窟のノーム製の、宝飾品?!ニナ!ルナ!早くっ!すぐにドレスルームの用意をっ!!」
マナは城へミナは宰相邸の料理長の所へ行っていて不在みたい。
とりあえず一旦食堂のテーブルにでも置こうとなったのだが、ばらけさせないとドアも通らないサイズなので直接テレポートで中に入れ、テーブルの上にばらした箱を並べていく。
「この箱のままだと重いし大きいし扱いづらすぎるね」
「お任せください、すぐに小箱と棚を手配いたしますわ!」
「はやく見たいですわぁ!」
「わたくしも見せて頂いて宜しいでしょうかっ?!」
明らかに属性色だなと思える6色に黒と茶。相性のいい色と説明にもあったから、本人の色を身につけるのがいいっぽい?説明を読み直すと本人の髪色にぴったり合うほど効果は高くなるけど、赤毛の人がピンクを付けても発動自体はするみたいなのでそれほど厳密じゃなくてもいいのね。茶色は誰にでも合う万能色だし、不死族やチョーコのような無属性はどの色でも使えるみたい。
魔宝石の効果は正直ぴんと来てなかったので、オクティに説明して貰う。
まず、普通の人は魔法を使うと身体の魔力が回復するまで暫く次が撃てないけれど、これを付けていると石が魔力を分けてくれる分だけ回復が早まり連射速度が上がる。
アルコールを飲んだとか、ブランデーの蓋が開いてて吸い込んだとか、急激に魔力が上がった時は逆に石が魔力を吸収して魔力上昇の勢いを和らげてくれる。
即死系の強毒は流石に無理みたいだけど、害のある魔力も石が吸収して解毒を助けてくれる。
チョーコとオクティには正直ほぼ必要ないけど、メイドさんたちは普通に欲しい効果ばかりみたいだし。
説明をしてから8箱の蓋を開けていくとまばゆさに息を飲みながらも目を輝かせている。
「とりあえず私は黒か茶の箱からオクティと一緒に使っても良さそうなのを合わせようかなって思うから、それは全部使えるようにしておいてもらうとして……オクティは何か付けられそうなものある?」
「お、この薄茶のチョーカーならチョーコの金のとお揃いっぽく見えるな。チョーコにも、うーんどれも似合うが一番は……悩むな」
「私のはオクティが選んでくれるならどれでもいいよ?あ。ニナ、マリアンたちとお揃いにしてる属性色のはお祝いだとかそういうタイミングでちょっとずつ配っていこうかなって思ってるから選びやすいようにしておいてほしいの。それから、メイドさん達がお揃いで作るならどれがいいか選んでおいて?」
「新しく作る??……この他に追加で、ですか?」
「これだと同じ色のは同じデザインで揃えられないじゃない?いっぱい手伝って貰ってるし。メイドさんたちがご褒美で欲しがるようなものがあればちゃんと用意したいと思ってたの。装備品は仕事に必要なものだからご褒美とは違うよね。
それに、黄色でも緑でも使えはするけどちゃんと色を合わせないと効果が落ちるみたいだから、気に入ったデザインを選んでから、色を合わせて新しく作ったほうがいいよね」
「……ありがとうございます。2人が戻ってからきちんと相談させて頂きますわね」
オクティはチョーコの手でつけて欲しいというのでお揃いっぽいチョーカー、それと黒と濃茶の二の腕に着ける腕輪も選んで茶色い方をオクティに着けてあげ、オクティから黒い腕輪を着け返してもらう。
黄色は友達に金髪が居ないので、メイドさん達のお気に入り選びが決まるまで実際付けてみたりしながら選べばいいと、金属箱の一段を丸ごと使用人部屋の方へ貸しておくことにした。
どれが良いとか似合うとか仕事中につけるならとか3人が真剣に話し合いを始めたので、邪魔しないよう席を外すついでに、ちょっと畑の様子でも見たくなって、オクティと2人で庭へ。
……と、丁度、泥で汚れて擦り切れるほど古びた格好の小柄な男の子が門から中を覗こうとして門番に追い払われているところが目に映る。
まだ若そうというか完全に子供。10代前半?それもかなり幼い。肩くらいでガタガタに切られた手入れ不足な髪は真っ白、水属性らしい。そしてチラッと見えた目が凄く薄い明るい青で、平民どころか貴族にも珍しいくらいの魔力の強さじゃないかな?
「いいじゃん、見てるだけじゃねぇかよおっ!」
と、なんとなく白砂糖茶屋で暴れていたあの人たちを彷彿とさせるコメントが聞こえてきたが。何故か今回は嫌な感じがしない。
「何度来ても同じだ、帰れ!」
「買ったもんじゃなくて自分ちで育ててるもんならちょっとくらい分けてくれたっていいだろ!ケチケチすんなよ、食わせてくれよっ!」
様子を見ていたオクティが、チョーコをちょっとまっててと留まらせたままスタスタと門の方に向かっていく。
お待ちくださいご主人!と門番が少し慌てたように止めるけど、大丈夫だからとそのまま下がらせ、門の近くで少ししゃがんで彼と目を合わせて話しかける。
「なぁ、俺はオクティって呼ばれてる。俺もつい最近まで平民街に住んでたんだよ。でも会ったことないやつだよな?どこの誰だ?何でここに来た?」
「家なしのユガだ。仲間がここに庭で食いもん育ててる家があるって教えてくれたから見に来たんだ。答えたんだからあそこに見える赤いやつをくれ!新しい食いもんだろ?腹減ってるんだ!」
「あそこにあるのは高山まで行って取ってきたものや実験用に育ててる薬草だ、安い食べ物だって色々あるだろう?」
「カネなんか1枚もねぇよ!商店通りのあっちこっちで美味そうな匂いばっかりしてくんのに、お前も木の粉だけで満足しろってのかよぉっ!」
「葛湯を買う金もない?……働く気があるなら仕事を紹介してやる、お前なら好きなものを毎日食えるくらいの生活はできるはずだ」
「……俺に学がねぇからって、また騙そうとしてんだろ!もう騙されねぇぞ!」
「なるほど。親無しは、騙されて奴隷みたいな扱いをされることもあるって聞く。仕事の募集があってもお前が働いてないのは、そのせいか」
子供がちょっと俯いてしまった。
「働いてないんじゃねえもん……食いもんは木の粉だけ、他のもんはひとつもくれない。文句言ったら『最初に説明はしただろう』ってよ、ワケわかんねぇ」
「そんな飯もくれない所はさっさと辞めて、こっちで働いてみないか?少なくとも食べ物は木の粉じゃないぞ、ちゃんとしたものが食える。手が器用だとか体力があるとか、やれる事はあるか?」
「……風呂の水汲みと荷運びと掃除しかしたことねぇ」
「それだけ出来れば充分だ。コンヴィニ商会に話をしにいこう、少し待ってろ」
戻ってきたオクティは、小声で「多分皇帝の庶子で捨てられた子だな。1度副会長のスザンナに会わせてみてもいいか?」と聞いてきた。
「スザンナに……分かった。連れてく前にとりあえず何か食べさせるね」
そのまま食べられるものをと青リンゴと赤い小玉スイカを出して2人で再び門へ。
「お腹すいてると思うから、行く前にこれ食べてみる?」
門を少し開けて果物を持った手だけを外に出して待つ、彼は一瞬だけ警戒した顔をしたけど、すぐ小玉スイカを奪うようにひったくり、両手で持って思い切りかぶり付いた。
甘い……と呟いて少し動きを止めてから、一気に皮ごとバリボリと齧り始める。
木の粉しか食べてないと胃が小さいままなので途中でお腹が苦しくなるけど、それでも無理矢理止めずに食べ続け。でも半分くらいでうっと動きが止まってしまう。でも、まだ食べたいらしい。
当然もうひとつは入らないのに、青リンゴも見てはいる。
今ここで食べておかなきゃ。と伝わってきた。
「いまはお腹いっぱいでも話しててまたお腹すくかもしれないでしょ?食べきれなくてもそのまま持ってていいよ。こっちもね」
「……?」
食べかけのスイカを左手で持ったまま、今度はさっきよりは少し勢いが落ちた動きで右手にリンゴも掴み、こっちの様子を見ながらポケットに突っ込み。食べかけのスイカは取られないようにか、微妙に身体の後ろに隠すけれど。
暫く待ってもこちらに取り返そうという動きが一切ないと分かると、ちょっとだけ警戒が緩んだ。
「ほら、チョーコにお礼くらい言えよ?」
「あ、あり、がとう……?」
「うん。――あ、ちょっと商店街へ行ってきます」
門番に言付けて、オクティと一緒に門を出る。オクティと右手を繋ぎ、手を繋いでいこうと声をかけて左手を出したら、意外と素直に掴んできた。
歩きながら、周りに人目がないのを一応確認。
「じゃあ商店街へ向かうね。――テレポート」
「えっ?」
急に屋台広場の賑やかさの中に飛んだので、ユガは困惑してキョロキョロ。昼時の屋台広場はかなり人が多いし、すぐに彼の手を引いて車道を渡り、スタッフ用のドアをくぐった。
床に規則正しく埋められた光る鉱石で通路は明るく、奥の壁には案内板。
「な、なんかすげぇとこだな?本当に俺なんかが、こんなとこ……追い出されねぇか?」
「私、ここのオーナーだから。大丈夫」
「オーナー……って?」
「チョーコがこの商店街を作ったんだ、ここの1番偉い人ってことだよ」
「ぇ……?」
「私は仕入れしかしてないから、実際働いてくれてる人の方がすごいと思うよ?今から会うのは副会長のスザンナさん、ここで3番目くらいに偉い人ね」
左に折れてすぐ右の小道に入ると、両側に幾つかの扉と表札。
『副会長室』をノックしたら、女性の声で「はーいっ?どうぞ勝手に入って!」と返事だけが聞こえたので失礼しますとドアを開けた。
「あら、オーナー?!わざわざ……え、その子は?」
「本人は家無しのユガって名乗ってます。今働いてるところでは給料を払ってもらえてなくて、そこを辞めさせて商会で働けないかと思ったんです。
オクティがスザンナさんに話を聞いてもらおうって言うのでまずここへ連れてきました。若いですけど荷物運びやお風呂の水汲みが出来るみたいです」
「あぁ……なるほど、分かりました。ユガ、こっちへおいで?少し私と話しましょう」
ユガが少し迷った様子でこちらを見てくるのを、オクティが軽く頷いた。
「大丈夫だ、彼女もお前と似たような境遇の人だから」
そう言われると改めて彼女の白い髪を見て、何か察した様子で今度は素直にそっちへ歩き出す。
スザンナがあとは任せてくれと言うので、オクティと一緒に部屋を出た。
少しバックヤードを見てみたくて従業員通路を歩く。
「健康なのに貧しいままの人にも、避けられてて働けないとか、働いてるのに搾取されてて貧しいままって人も、いるんだね……」
「まぁ、それは色々あるよな。搾取は良くないことだとしても、目の前に都合のいいやつが転がってたら利用したくなるやつだっているだろうし」
良い生活がしたいなら働けばいいじゃんって簡単に考えてしまったけど。働けば働いた分だけ正しく給料が貰える環境が近くにあるってこと自体が、恵まれていること……そういえば。メイドさんたちだってうちに来れなかったら条件の悪い所へ行かされちゃうから必死だったって話も聞いたね。
あんな優秀な人達でさえ、搾取される危険は近くにあるんだ。
道行くスタッフは互いに声を掛け合ったり明るくやり取りしていて、目まぐるしく忙しい中でも険悪な空気は見られない。
たまにめちゃくちゃ忙しいんだろう、もう怒号のような勢いで指示を飛ばす人がいても、どこかやる気に満ちているように感じるし、言われている方も嫌な顔はしていない。
皆、忙しければ作業を分け合い、人に押し付けて自分だけサボろうとは考えていないのが、わかる。
「……商会員に軽い方の誓いを義務化しておいたのは、良い影響があったみたいだな」
「確かにすごい大勢働くとなると色んな考えの人がいるだろうから、最低限人を尊重するように、一方的に搾取しないようにって強制的に誓ってもらってよかったのかもね」
――狭くて忙しい通路を見学だけでうろうろするのは邪魔なので、切り上げて表通りへ出ることにした。




