86.火の鳥とサラマンダー
納品したから帰ろうかなと思ったんだけど、夕のベルまでまだちょっとあるし。
かなり納豆も貯まっているなと気付いたので。一瞬だけ魔人族の交易所へ顔を出すことにした。
火の大陸は日が沈まないと情報で見た通り、テレポートしてきた魔人の交易所は太陽がカンカンに真上から明るく周囲を照らしていて陰る気配もない。
「おっ?2人とも元気そうだのう。小人たちから聞いたが、最近また新しい酒の実を手に入れたそうじゃあないか?なんぞまた特別な食器でも買っていくかね」
「こんにちはー、ウィスキーも飲むなら2つくらい出しましょうか。今日は特に買い物のつもりはなかったんですけど、ダンジョンで見つけたものの中でカリカリに乾燥するまで火で乾かすとお酒のつまみになるっていう納豆を見つけたので、お土産にどうかと思って持ってきたんです」
「ほほーそれは嬉しいのう。しかし貰うばかりというのは釣り合わぬ、釣り合わぬのは良くない。おぉそうじゃまたなんぞ役に立ちそうな力を――」
「あっ?!何かお勧め商品があったら見せてくださいっ!」
ワクワクした顔をしながら飛んできた炎人さんが気軽にそんなことを言いかけたので慌てて止めたら、何故か凄く残念そうな顏をされてしまった。
「そうか?まぁ物の方がよいなら仕方がないのう。ではしばらく待っとれよ」
今回運ばれてきたものは、ジャンルを限定せずに色々集めてきたんだろうなと思う多種多様なもの。
ガラスと陶器の食器類、デザインも色々な酒器類、小さいものは香水瓶にピッタリなものから漬物壺みたいなかなり大きなものまである蓋つきの豪奢なボトル類、そういう普通っぽいもの以外にも。
ぽてっとした柔らかいカーブを描く陶器の椅子や机。総ガラスのキャビネットのような、ぶつけたら怖すぎる家具もあれば。
金属とガラスを合わせて作られた、人も入れそうな大きなサイズの巨大な檻が吊り下げられているもの。
檻……というか、巨大な鳥籠?
「これって、何に使うものなんですか?」
「ワシらはこの辺りに時折発生する火の鳥やサラマンダーを飼うのに使うが、あれらは火の山から持ち出すと寒さで弱ってしまうから中身ごとは譲ってはやれん。外の地にも飼えそうなものがおるならどうかと思ってな」
「へぇ……火の鳥とサラマンダー」
「見るか?」
死の大陸の猫やコウモリと同じようにこちらも空中や砂の中から自然発生する亜人らしい。興味がありそうなので見せてやろうと炎人さんが砂人さんたちに追加で持ってこさせた2つの鳥籠には、それぞれ2匹ずつのクジャクみたいな火の鳥と、全身をルビーのようなギラギラの鱗に覆われたオオトカゲが居て、炎人さんのように火を吹いて喋っている。
『肉……チガウ?』
『エサじゃ、ない?』
困惑気味にこちらを伺っているけど、どうやら攻撃の意思はないようで『威圧』は発動しない。
いや、どうやらチョーコが『威圧』持ちなことを感じ取って、全然似てないけど魔人族の同類?というところに困惑したらしい。
「とても可愛いやつらじゃが、食糧難の頃は時折食ってしまっておったから減ってしまってなぁ。自然にはなかなか生まれてこぬのだ。もう少し増えてほしいものなんじゃがのう」
「これってその子たちにも効くんでしょうか?」
産卵草やマタタビの枝を見せてみると、4匹とも興奮気味に檻をガシガシと揺らしてねだり始めた。
『ウマソウナニオイ!クレ!クレ!』
彼らのコメントからすると、やっぱり肉食種族から見ても食欲を誘う香りに思えるらしい。
「ほう。産卵草か、それは効くじゃろうな。血のような味がする草じゃから好んで食うし……その枝はわしらのおやつとしても欲しいのう。あるのなら沢山買うぞ?」
「沢山ではないですけど今ある分だけ出しますね。あとこれも」
納豆も見せたら砂人さんがそわそわしながらズズッと距離を詰めてくる。どうやらこれに関しては炎人さんより砂人さんの好物みたい。
マタタビと産卵草はともかく納豆は全部出したら結構な数があったけど、どこから湧いたのと思う勢いでどんどん増える砂人さんが全部抱えて数えやすいように並べてくれて。全部合わせて価値360だという。ウィスキーの実も2つ味見用に渡して計800。
買い取りたいもの……何が良いかなぁ。少ししか持って行かないと釣り合わないからって代わりにすぐ気軽に力を付けてくれちゃうのが困りもの過ぎる。
この実2つが丸ごと入る200リットルの巨大な蓋が付いている壺に小人製の金属の蛇口が付いてて直接注げるという。前から欲しかった注ぎ口付きの大樽みたいなものがあったけど、ガラス製と陶器製……。アイテムボックスに入らないサイズだから、持ち運ばなきゃいけない。ぶつけて割りそうで怖いなぁとか悩んでいたら。清算が終わるのをわくわくしながら待っている砂人さんの1人がひそひそと「大きすぎるなら……良いのがあるぞ……」と言ってきた。
きちっとスタックして上下に連結できる32杯サイズのずんぐりと横に潰れた樽型の壺で、上蓋以外にも内側から開けられる底栓があり、底栓と蓋を外した状態で積み上げ、上の樽に注げば下まで一気に注ぎ入れられるし、全部下の蛇口から出せる。
まずアイテムボックスに入る大きさなのがいい。
ガラス製で中身の残量は一目瞭然。かなりキッチリ嵌るので水漏れも一切しない。一番上は広い蓋で注ぐのも楽々。液体満載状態で縦に積んで良いのは最大10個まで、安全性を考えて8個くらいで使うのがお勧め。積み上げた2メートルくらいの高さから落としても割れないというか、全力で蹴るとか鈍器で叩くくらいのことをしない限り壊せないくらい頑丈だそうだ。
使いやすそうだしこれにしようかな。
この樽はけっこう製造に手間がかかってるので、シンプルな方で1つ10杯、豪華なのは20杯らしい。
酒場でもこの樽何個かに作ったカクテルとかを入れておいて、蛇口で1杯ずつ注いで提供するとかもいいよね。32杯サイズってことは卓上樽2個分。
8個積めば実が丸ごと1個以上入るし、4列で5個分入るのか……1つの実で1600人分のご褒美だから5個分ストック出来るなら4ヶ月分くらいまとめて預けておける。密封出来て汲むのも簡単、うん、良いかも。
ブランデー用にシンプルなのを32個と、酒場や白砂糖茶屋に幾つか置いてカクテル保管に使えそうだし、豪華なのを24個で丁度かな。
おすすめの樽をまとめ買いすると、来た時と同じように砂人たちが残った商品を纏めて引き上げていくが。いつもより心なしか歩みが楽しそうに見える。
炎人さんは早速買った産卵草とマタタビをペット達に与えに行ったと思ったら、すぐに何か持ってこちらに戻ってきた。
とてもシンプルな四角い陶器の大皿2枚に、それぞれ炎がゆらゆらと燃えているように見える長いクジャクの羽が6枚と、竜人の鱗に形が良く似たルビーのような赤く輝く鱗が10枚。
「あやつらから美味い餌の礼じゃと。受け取ってやれ」
「ありがとうございます……」
「これは……生きてるやつだな。ボックスには入れずに持って帰ろう」
炎人さんにお礼を言って自宅にテレポートしたら、丁度夕のベルがチリーンと鳴るタイミングだった。
ぴったり。
「おかえりなさいま……せ。あの、その燃えているものは何でしょうか?」
頭を下げかけたニナが固まった。
「ただいまぁ、これは個人的に炎人さんのペットにご飯をあげたらその子たちがくれたお礼の羽根と鱗だから納品とかそういうつもりは今のところまだないんだけど。納品したいものは別で……」
「集まりますのでお見せくださいませ」
また何故か一斉に食堂へ全員集合。
使っていない空の水差し各種も全部じゃないけどある程度まとめて預けてもらお。豪華なガラスの蛇口付き酒樽と一緒に並べて、使い方の説明と、シンプルなものもあるとか価格を伝え。
「酒場で出す特別なカクテルって何種類かあるみたいだから、カクテルベースを最初から数パターンこれに作っておいたら、楽だし見た目も豪華かなって思ったの」
「宜しいと思いますわ。後でお届けしておきますわね」
『純アルコールのみでの支払い可能』は広大な土地と楽々抽出出来る不死族のおかげでかなりハードルが下がり、メイドさんたちももう焦った顔はしないで納品を引き受けてくれた。
むしろ、隣に出しっぱなしの鱗と羽に視線が8割以上吸い込まれている。
「えっと……1枚くらいずつ欲しい?」
リナとニナはそういえば、宝石とかが好きなんだっけ?
「確かにかなりの宝飾品に仕上がりそうに見えますので魅力は感じますけれど。欲しいというよりも、どのような『効果』があるのかのほうが気になりますわね」
「えぇっとねぇ……」
情報を見ながらちょっと触ってみたけど。燃えているように見える羽も輝く鱗も全く熱くはない。周りの空気より暖かいと感じる程度。
『不死鳥の羽根』羽に触れた瘴気や魔獣を魔力へ生まれ変わらせる。皿の上に魔獣の核を砕いた粉のようなものが少々溜まっているのは、文字通り周囲の瘴気を燃やした名残りのようだ。魔獣は近付いただけで燃えるが、不死族も直接触れたりすれば火傷してしまうという。
『火蜥蜴の鱗』指が触れた瞬間、ぐっと魔力を吸われた感覚がほんの一瞬だけした。鱗の表側にある魔力や瘴気を吸い込み、裏側に向けて吐き出す効果がある鱗。流れる勢いが強いので、人間が直接身に付けるのは危険を伴う。
触った時に一瞬とはいえ、チョーコでもちょっと吸われたな?と分かるくらいだったから、相当凄い勢いで吸われるんだと思う。外側と内側の両方に何かが触れている時に流れ。外側と内側に触れているものの魔力量が釣り合うか、内側の方が魔力が高くなると流れが止まる、らしい。
「うーん?表面と裏面両方に何かが触れた瞬間凄い勢いで鱗の外から中に向かって魔力が流れて、釣り合うと止まる……?」
「とても美しいですが、手出ししてはならぬものですわね……」
「不死鳥の羽根は魔獣や不死族特攻の武器が作れそうな素材ですのねぇ?」
ニナとリナがちょっと残念そうな顏になり、ルナが興味津々な表情になる。
新しい武器とか宝飾品とか、メイドさんたちに何かあげるとしたらそういうものが喜びそう?
「この羽根は……人間にはほとんど害がないっていうかむしろ魔獣避けにすごい使えそうだけど、不死族にとっては本当に危険そうだから、これで武器を作るのはダメかなぁ」
いくら誓っていても、そんな危険なものを持ったまま近くに居させられないよね、流石に。
チョーコの顔や手の鱗を魔眼でじっと見ていたオクティが呟いた。
「……その鱗とオリハルコンがあれば、転送盤への自動魔力供給装置が作れそうだ」
「あっ!そういえばその実験ってどうなってたんだっけ?」
「まだ全然。魔石板には直接アルコールなどを接触させるだけでは入っていかないし。温風器からミスリル合金を取り出して試してみたが、あの合金だと吸い出せるだけで入れられない。1つだけ、研究員にはナイショで俺だけで調べたら、魔力の入ったオリハルコンと魔石板を接触させると、必ず魔石板側がいっぱいになるまで魔力が流れ込んで止まるってことは分かったんだが、オリハルコンも直接接触などでは魔力を吸いこまないから、まだ自動で魔力を充填する方法は見つかってなくて。どうしても必要となったら俺がこっそりオリハルコンの塊を転送盤の下にでも埋めて先に大量に魔力補充しておくしかないかって考えていたくらいだよ」
「この鱗でアルコールから魔力を吸い込んで、裏側を魔石板に当てて流し込むわけね?」
「いや。この鱗はかなり魔力を押し込む力が強いから、魔石板に直結すると力の籠め過ぎで魔石と同じように弾け飛ぶと思う。
間にオリハルコンを挟めば、あれはアルコールより体積当たりの保持量が多いから、アルコールと同じ濃度まで魔力を注いだところで止まるはずなんだ」
「そっか!だからオリハルコンも必要なのね。うん、作れそうなら作ってみちゃう?」
「問題は羽根もオリハルコンもチョーコのものだし、目立つ素材だってことと、研究の名前をどうするかってことかな」
「名前なんてオクティの後輩の名前でいいんじゃないの?転送盤への魔力供給、商店街へ向かう方はずっと稼働させてるから自動化は早めにした方が良いと思うから、作れるなら作っちゃいたいよね。目立つ素材なのは確かだけど……うーん、この鱗とオリハルコンがある部分を外から見えないように覆うとか小型化するとかして素材が分からないようにできないかなぁ?」
「この鱗は供給の勢いからみて俺が補充する時の10倍近い勢いがあるし、視たところ切り分けても使えそうだ。鱗は小さく刻んで使って、周囲を覆って見えないようにして……加工は洞窟だから情報は洩れないだろうし、いけそうだな」
「それなら明日にでも、これを持って行って洞窟で作って貰ってみようよ」
構造はオクティが説明できるだろうし、材料さえあればドットさん達なら作れるだろう。オリハルコン結晶は小さいので大丈夫かな。鱗の隣に1個出す。
「あとは……今研究を担当しているやつから途中で取り上げるようなかたちになるから。そこをどう納得させるか、かな」
「んんー、自分で全部調べて材料も自力で集めて作るところまでキッチリやり遂げたい人だと難しいけど。研究の名前はその人にしていいし、納得するまでオリハルコンと鱗を貸し出して好きなだけ触ってもらう?でも……効果を知らずに触るの事故が起きそうだよね」
「今から持って行って触らせても良いか?そいつも魔眼持ちだからまぁ見れば分かると思うが、素材の説明は俺からもちゃんとしておく。一応納得するまでは本人にも検証はさせてやりたい」
「うんわかった、いってらっしゃい。夕飯までには戻ってこれる?」
「使える素材が見つかったと伝えて、実際に触らせて計測して、ちゃんと設計を描くところまでやらせるだけだから。俺は説明だけしたらすぐ戻るよ」
チョーコを抱きしめてから鱗の皿とオリハルコン結晶を持ってすぐに裏門へ向かっていった。オクティも結構真面目だから、一度始めたことは終わるまで気になるんだろうね。
「研究者の人がちゃんと納得してくれるといいな……あっ。不死鳥の羽根の使い道、ちょっと思いついたかも」
「どんなことですか?」
「わざと瘴気を吸い集めるような仕掛けを作って、吸い込んだ風をこの羽根に当てて瘴気を燃やしちゃえば、魔獣が発生しなくなるかも」
「……商店街入口が帝国側に向いた結果、街道周辺の魔獣発生が安全地帯並みに激減したという事実がありますわ。人工的に安全地帯を作れそうですわね?」
「是非、新たな研究として魔塔に申請するようにお伝えいたしましょう。どなたの名前にしましょうか」
「オクティか、オクティが任せられそうだと思った人に任せて良いと思う」
「では丁度今魔塔にいらっしゃいますし、ついでに伝えて参りますわね」
じゃあこれも、と羽根の乗った皿もニナに渡して魔塔へ持って行って貰う。ミナは夕飯の支度をしにキッチンへ。
残ったマナとリナがせっせとガラス製品を分別梱包して割らずに運べるようにしているのをルナも手伝いつつ。ルナからの『新しい武器が欲しいです……』という視線がチラチラこちらの目に届く。
「……そういえば、メイドさんたちの装備って自腹だよね?足りなかったら何か作ってあげようか?」
「勿論問題なく、装備はきちんと整えておりますわよ?……あぁ、ルナの欲しがりは、必要に駆られてではなく収集癖ですもの、我儘の範疇ですから放っておきましょうね」
「リナ、そんな言い方ないじゃないのぉ」
「貴女のコレクションを増やす前に、研修メンバーの装備は揃えたんですの?」
「盾とアーマーに確保してるミスリルは全部使えって、あの無茶苦茶な指示出したのリナでしょ、やり過ぎじゃありませんの?」
「防具のサイズが小さくても安全を確保するには練度が必要ですもの。あの子たちではフルアーマーじゃないと無理、素材が沢山必要なのは当然ですわ」
「だからって全部ミスリル混の合金なんて贅沢過ぎですわぁ。少しくらいミスリルをこっちに回してくれたら、新しい細小剣が作れますのにぃ!」
ミスリルは帝国や海近くで採掘できる量が少なくてなかなか確保出来ないらしく、折角確保できたのなら研修生に全部使わないで、自分たちの装備も作らせてというのがルナの主張。
リナは練度が低い子ほど強い装備を与えてバランスを取った方がいいと考えて、自分たちは実力でカバーして、素材は新人に全部使ってちゃんとしたのを作ってやれと指示を出してるってことね。
洞窟に注文出せばミスリル素材も買えると思うんだけど、普段から自腹なだけに帝国で採掘できるものを原価で確保する方が安いと分かってるから、その範疇で何とかしようとしてるんだ?
「ねぇ?ルナが作りたいって言ってる武器は必要なやつなの?」
「わたくしだけじゃなくて皆も普段持ってるのですけどぉ、今使ってるのは合金だからどうしても折れやすかったり太くて仕込む時に嵩張ったりしますの。でもリナは偵察候補の子たちの装備がしょぼくて心配だから全員分揃えるのが先って――」
ゴトッと。大きいミスリル塊を1つ机の上に出したら、ガラス製品の梱包を終えてこっちの会話を見ていたマナも含めて3人の動きが止まる。
「……迷子を見つけたダンジョンの最下層がね、溶岩で完全に壊れちゃってて、オクティに調べて貰ったら魔力の流れも完全に変わって洞窟の方へ流れるようになってるから、もうそこでは新しく生成しないらしいんだけど。溶けないで残ってた分だけ拾って来たの。
あんまりルナとリナがケンカしてるのは見たくないから、これがあれば解決する話だったら使う?」
「っ、ごめんなさいですの!」
「主人の前でみっともない姿をお見せしてすみませんでしたわ」
丁度そこで玄関の方から物音がして、ニナとオクティが帰って来た。
「ただいま。ん?チョーコ、ミスリルで何か作るの?」
「ルナが皆の今使ってる武器はミスリルだけど合金で、ちゃんとしたミスリル製に持ち替えたいけど帝国の採掘所だと充分素材がなくて安く作れないみたいだったから、こっち使えばいいかなって出しただけ」
「あぁ、この前拾ったやつ、そういえば出してなかったな。必要なら明日の朝、ダンジョンに行く前にでも洞窟に寄って5人の装備を新調しようか?」
「偵察の研修で集めた子たちの装備も微妙なんだって。リナがそっちは技術が足りない分装備でカバーしてあげたいっていうから、全員まとめてちゃんとしたのを作っちゃってもいい?」
「いいんじゃないか?どうせ頼むのならまとめて片付けた方が楽だろ」
オクティの隣でニナがちょっと焦ったように目を丸くする。
「研修生の分も全員洞窟で発注致しますの?まだ選抜しておりませんので、30名おりますわよ?」
「そいつらが装備不足で怪我をしたらチョーコが気にするから、こっちの仕事を任せてる間はちゃんとした防具を着せておいてくれ。正式採用までは貸すだけ、選抜に漏れたやつからは返して貰えばいい。それにこの先、同盟国が増えるたびに偵察を送り込む予定なら、30くらいはそのうち使うだろう」
夕飯のトレイを持ってきていたミナもテーブルに一旦置いて、5人で揃って並んで頭を下げた。
「「「ありがとうございます。よろしくお願い致しますわ」」」
***
朝、マナのマッサージが効いたのか熟睡したせいで日の出よりだいぶ前に目が覚めてしまい。外の明るさを確認しようとベッドのカーテンを開けたら後ろに引っ張られてそのまま抱え込まれた。
「ふぁっ?」
「まだ早いよ。昨日はすぐ寝ちゃったし、少しゆっくりしよう?」
振り返るとじっと目を合わせてきて、その目がキラキラと光を浮かべて、幸せそうに微笑まれる。
最近のオクティはすっかり目付きが柔らかくなった気がして、なんとなく私も嬉しい。
「そりゃあね、チョーコを見てる時が1番幸せだから」
「嬉しいけどあんまり見つめられると照れちゃう。……あれ?そういえば私また考え漏れるようになってる?」
「いや、漏れてないよ。俺が読めるようになっただけ」
そのまま甘えてきて暫くいちゃいちゃしてるとあっという間に時間が過ぎて、もう日が出るのだろうと思う頃、誰か窓を開けにきたらしい。
カーテンは開けないままオクティがちょっとそっちを向く。
「ニナおはよう。今日は先に魔塔へ顔だけ出してくるから、俺の朝食はその後で頼む」
「おはようございます、かしこまりました。チョーコ様はどのタイミングに致しますか?」
「オクティと一緒でお願い。待ってる間に畑の様子を見てくるね」
「着替えにマナを呼んでまいりますわ」
ニナが去ったようなので、起き上がってオクティを見る。
「魔塔に先に行くの?」
「この後洞窟行くなら昨日のレポートも回収して朝食食べながら確認して、そのまま魔力充填機の注文も出そうと思ってさ」
「あ、確かにそうだね」
ベッドを出たオクティが先にシャツとズボンを着替え終わったタイミングを見計らったかのように、マナがやってきてチョーコを着替えさせ始めると、オクティが魔塔へニナを連れて出勤していった。
ミナと共に庭の畑を見に行く。苺は半分くらい赤くなっていたので触ってみたところ、明日には全体が赤くなるけど、向こうと違って摘まなければじわじわ甘さが増すらしいので様子見することに。やりすぎると実が柔らかくなりすぎるので生食するなら3日くらいで収穫するのが良さそう。
置きすぎて柔らかくなったらジャムにするといいらしい。
「うーん。赤くなってもしばらく置くともっと甘さが増すらしいから、何日か待ってみる」
「楽しみですわね」
アズキは竹じゃなくて記憶通りの木に近い茎と葉がすくすく腰くらいの高さになった。思ったより葉っぱが多くて、生垣になりそうなもこもこ具合が可愛い。
ほうれんそうはすっかり硬い茎の先に、ちょっと見た事ない緑の球形の実が何個も付いている姿。向こうでは穂みたいに茎に直接種が付くけど、こちらでは種が複数入った実が熟すと弾けて周囲へ種をばらまいて増えていくらしいので、熟したらこれが弾けるらしい。
回収しやすいように種に紙袋をひとつずつ被せて飛び散り防止。
水撒きや今日のお世話が終わるとすぐ水場へ連れて行かれて冒険用の服装に着替え。そして食堂へ行ったらオクティが座ってレポートの紙の束を見ており。ちらっと見えた紙にはほぼ文字はなくて絵と矢印と数字ばかりが見える。
「おかえりオクティ、どうだった?」
「うん、素材の分量とかちょっと贅沢すぎる設計だから数値は調整するけど、基本はちゃんと書けてる。細かいところはこっちで直すって伝えたし、それはいいんだけどね……」
「なんか苦笑いしてるね?」
「好奇心が強すぎるんだよな、朝行ったらオリハルコンに乗せたままの鱗に素手で触って倒れてた。一応本人も気をつけて魔石板に魔力を移して、ほぼオリハルコンに魔力が残ってない状態にしてから触ってたから気絶で済んだけど、鱗の外側の方に触ってたり、もっと魔力がたくさん残ってたら死んでたよ」
「あぶな……」
「まだ10歳で好奇心も旺盛だからな……。そいつは88番だからエイディッドって名前の男でね。風属性だけど魔眼持ちだし、魔力のコントロールと理解力も高くて、発想も面白いやつだから結構気に入ってるんだ。昨日チョーコが出した人口安全地帯発生機のアイディアもこの実験の代わりにそいつに新しく渡してきた」
「優秀な後輩なんだね?不死鳥の羽根は人間にとってはそこまで危険物じゃないから、凍土へ持ち込みさえしなければ、魔塔に預けておいていいと思う」
ミナが運んできた朝食はパンとたっぷりの卵フィリング、チーズ、葉野菜、トマト、薄く薄く削ったしょっぱめのミミズジャーキー。
ラインナップを見てハッとして、パンを半分にスライスして全部の具を順番に重ねて挟む。
オクティがすごく興味深そうに見てるから同じのを作ってあげてたら、ミナが手元を見ながら真似して5人の分を作り始めた。
「見た目はハンバーガーだけど、これだとサンドイッチかな。いただきまーす。ん、おいしい!」
肉より卵がメインだから薄切りジャーキー入りのたまごサンド。全部合わせても胡椒と塩と酢のバランスが良いのはさすがミナ!
「片手だとさすがに零れそうだけど、一気に食べれて食べやすいし、屋台とかで売っても良さそうだ。これはサンドイッチ?ハンバーガーって何だ?」
「サンドイッチもハンバーガーも薄切りにしたパンに具を挟んで食べる食べ物なんだけど、ハンバーグっていうお肉料理を挟んだものをハンバーガーっていうの」
「ハンバーグってのはどうやって作るんだ?」
「本来は牛のお肉を使うんだけど今は無いから、ブタでもいいかな。まず玉ねぎをみじん切りにして、焦げないけどしっかり色が変わるまで炒めてから冷ましたもの、血抜きしたお肉を細かく刻んでミンチにしたもの、あとはうどん粉、卵、牛乳を少しずつと塩コショウ。
これをよく混ぜて、手のひらくらいのサイズに分けて、丸めて指一本分くらいの厚さに伸ばしてフライパンで両面焼き目がついて中まで火が通ったらハンバーグは完成。それをこの卵の代わりに挟めばハンバーガーね。
お肉を焼くときにフライパンに残った油に細かく刻んだトマトとかの野菜とウイスキー少々とスパイスを足して潰しながら煮込むとソースも出来るの。パンに挟まないでハンバーグステーキとしてソースをかけてオコメと食べたりするのも美味しいと思うよ」
「うまそう。単純に葉野菜と焼肉とソースをパンに挟むだけのやつも屋台で売ったら流行りそうだな……」
必死にメモを取っていたミナがふーっと満足そうにため息を吐いて微笑む。
「あぁこれは……早速夜に挑戦してみますわね!サンドイッチは形だけを見るとお菓子として出回っている間にクリームなどを挟んだケーキに似ておりますから、平パンでも固めに作れば同じように手で持てるものになりそうですし。パンの柔らかさや具材やソースなどまだまだ研究のし甲斐が――ふふふ、こちらは後でじっくり試すことに致しましょう」
溢れるアイディアを色々試したい様子だったけれど、今日の所はまず洞窟が先、とミナはスパッと切り替えてメモの方を片付けに行った。
デザートのルビーメロンと牛乳まで食べてから、鱗の皿を忘れず持って洞窟へお出かけ。
5人全員連れて移動すること滅多にないからちょっと楽しいな!




