85.不死族の好物
お出かけでお腹がいっぱいだったせいもあるんだろうけど、昨日は夕飯も取らずにまた早々に寝落ちてしまった上に日の出までぐっすり寝てしまっていた。
日の出後はもうそのままオクティが魔塔へ転送盤を届けに行ったり私も畑の様子を見たりして。
朝食を食べたらすぐに牛の村へ向かう。
どうやら新しい竜騎士の研修がまた始まったところらしく、聞き覚えのあるワイバーンの弱点講習の声や訓練生たちの元気な声が広場の方から大きく響いているのが聞こえていた。
こちらに気付いてすぐ飛んできたのはサニーさん。
「おはようございます。今日はお早いですが、おふたりは訓練生たちについてきたわけではなさそうですね。今日はどちらへ?」
「あ、サニーさんおはようございます。今日はワイバーンが大発生した大型ダンジョンを探索して、ワイバーンが住み着かないように対策をするつもりで来たんですけど、他に問題は起きてないですか?」
「おや、早速対応して下さるんですか、ありがとうございます。それにリリーのことに留まらず、マキシを連れ帰り、毒の実の特定と治療薬の手配までして頂いたそうで?採取物の内容についてはそちらの商会組合から聞きましたよ。チョーコさんのところの指定冒険者チーム以外は立ち入り禁止として。あそこには強い毒性の果実があるという噂も広めましたから安心してくださいね」
「あ、そこまで話を進めて頂いてたんですね?こちらこそ助かりました。マキシ……行方不明だった彼の素性も分かったんですか」
「はい。あのダンジョンに入れるほどの小さな頃に、あの辺りで行方不明になって発見されずに終わった幼馴染を覚えているかと、成人済みの中でも比較的若い世代に絞って面会をさせたらすぐに見つかりました。マキシのところは両親も健在で兄妹も居ますから、症状が落ち着いたら自宅で引き取ります。
子供は好奇心が強いですから、事故や行方不明は少なくありませんし、大抵はワイバーンに食べられてしまって帰ってくることは稀なのですが。……家族や同年の友人たちは皆喜んでいました。大型ダンジョンの探索に行くのなら、また私がお付き合いしましょう」
「家族が喜んでくれたのなら本当によかったです。あ、今日はゆっくり2人で回りたいので、場所だけ教えて貰っていいですか?」
「分かりました。採取物の内容についてはまた私にも教えてくださいね?場所はすぐそちらに見える灰色で大きな岩山の中腹にある岩棚の上ですよ」
「ありがとうございます!」
その山はワイバーン達が暴れていた場所の本当にすぐ傍、見える距離だった。
オクティに抱えて貰って近付くと、入口で少し動くものが……例によって卵を抱えたハーピーが群れになってその穴からボバーッと大量に吹き出して逃げていくので……出終わるまで暫く待つ。
「……多いな。もうあんなに住み着いているとは……効果があるなら転送盤くらい置きたくなるわけだ」
「今の集団にはワイバーンは混ざってなかったけど。本当に凄い数だね……」
鎮まった後に入ってみると、ダンジョンの中はハーピーが飛び回ったようであちこちの灯りが既に点いていたし、魔獣もハーピーのおやつになっていたようで全然いない。
ワイバーンも混ざって大量に住みついたと言われて納得出来るくらい。通路は広々として、というか破壊されまくって半分以上は土壁がなくて。床には崩れた土くれや光りっぱなしの鉱石、石柱の破片が散らばり、その横から草が生えたりしているのが見えている。
「うっわぁ、めちゃくちゃ壊されてる……」
「大暴れしすぎだな」
流石は高山最大のダンジョンと呼ばれているだけあって、それだけ破壊されて奥の方まで見渡せる状態なのにまだまだ続いていそうだし全然無事な部屋も沢山ある。1フロアの広さもこれまでとは段違いかも。
「まずはこのフロアをゆっくり回ってみるか」
「あ。最近続いてるから一応確認だけはしておこうかな……このダンジョンに迷子や早めに助けなきゃならない人はいる?」
炎の導きに聞いてみたけどシーンとしてる。よし今回はそういうトラブルはないみたいだし、安心してゆっくり見て回れそう。壊れている所が多くても基本的な構造は同じだと思うから。残っている作物を見て知らない物があれば回収していくことにする。
蔓は完全に止まり木代わりにされたり齧って引っ張ったりしたらしく、鋭い爪跡や歯型が沢山付いてボロボロに引き千切られているものばかり。
『マタタビ』嗅覚に訴える魅惑の香り、そのままでも獣の類が好んで寄ってくる。食べたり燻した煙を嗅ぐと酔ったように気分が良くなるが味はただの木の枝。
……魅惑の香りというわりに、嗅いでみたけど香りはごくごく薄い。乾燥させて香木みたいに火をつけたり、加工して香水として使うみたい。そのままでは人間の鼻だとよく分からないけど、確かにただの木の匂いというよりは花かフルーツのような甘い香りとムスクを混ぜたような香水系の香りっぽい?『良い匂いだな』と思う程度で、夢中になっちゃうような感じはないんだけど……
ちゃんと調薬するとかなり強力な惚れ薬や魅力の香水の原料になるそうで。特に鼻の良い種族や身体強化を使ってる人に直撃で効きやすいという。
名前を見た時は影猫ちゃんへのお土産になるかもって思ったけど、身体強化が使える人たちに効く魅了の薬になるって聞くと微妙かなぁ?
「ん、どうした?」
「マタタビって、私の記憶だとただ猫が大好きで酔っぱらったみたいにテンション上がって夢中になるだけの植物だと思ったんだけど。これはかなり強い魅了の香水の材料になるみたい」
「うーん、亜人がダンジョンの中にまで侵入してくるのはこれがあるせいか?まぁ、不死族が薬として調合しなければそれほど強力な効果はなさそうだし、カラットの時みたいに打ち消すものを作るのにも使うかもしれないし、サンプルだけ持って行ってみよう」
『産卵草』見た目は球形レタスによく似て、色は鮮やかな濃い黄色。魔力の流れを整え繁殖を助ける薬草。
名前的にニワトリの養殖に使えそうな名前だと思ったけど。牛でも亜人でも人間でも区別なく、発情と妊娠しやすい状態を引き出すらしい。これ、ほぼ惚れ薬では?でも夫婦で使う不妊治療用の薬としてかなり優秀だし、生理不順的なものにも使える薬にもなるらしいので、薬としてなら普通に使えそうかも?
「……ハーピーやワイバーン達の大繁殖は、これのせいだよな。すごい食われてるし」
「野菜なのに、肉食種族でも食べるんだね?」
「見た目は普通に出回ってる葉野菜みたいだが。……あぁ、匂いは鉄さび臭いというか、肉っぽいか?」
「肉食種族が好きな匂いなのかも?食べかけじゃないのがあれば集めていってみようかな」
『ルビーメロン』
文字通りルビーのように鮮やかな赤い果肉で皮が黄色いメロン。ただの色違いではなく味や香りも濃厚で美味しい。これは普通に売れそうだし、たくさん回収していくことに決定。
「あっ、こっちは美味しいやつ!これは天人さんたちも凄い喜んで取りに来そうだから2層目から集めようかな」
『豆乳』白いカプセル作物があったので何かと思ったら本当にそのまま豆乳が入っていた。煮ると湯葉が取れて、風の石を適量投入してからゆっくり加熱すると固まって豆腐になり。抽出すると何故かきな粉が取れるというのは謎だけど……
思わぬところで大豆製品をゲット。
そして白の染料、揃ったぁっ!これで人工的な絵の具がフルカラーで作れる!
「絵の具が好きに作れるようになるのはいいな?豆乳っていうのは……牛乳と似てるのか?」
気になるっぽいのでオクティに色々作ってあげながら解説。豆腐は風の石が多いと木綿っぽく固く、少ないとなめらかに絹ごしっぽくなることもやってみて理解。きっとミナや宰相家の料理長とか、喜んで研究してくれるだろうなぁ。
どうやらオクティには、きな粉と黒蜜とわらび餅のコラボが刺さったらしくて「これは……美味しいな」と、コメントしたっきり暫く固まっていた。
「オクティが気に入ったならいっぱい持って行こうね!」
凄い広いフロアの割には種類が少なめなので、取りこぼしがあるのかと炎の導きに聞いてみたら、最終フロア以外でも下層で種類が変わるらしく斜めにクルクル動いたので、メロンと豆乳を集中的に集めながらどんどん下に降りていった。
今はハーピーが1層目にしか住んでなかったから2層目以降は暗いしマタタビも産卵草も齧られてないけど、暴走騒ぎの時は下までみっちり使っていたんだろうね。7層目まで階段すらめちゃくちゃ崩れて飛ばないとまともに上り下りできない状態の上、通路の壁もあちこち壊されまくってボロボロな状態が続いていた。2層目以降は普通にモモンガの魔獣が湧いてきたけど、見晴らしがいいので対処はむしろ楽。
そして、8層目に降りる階段は不自然なくらい全く壊れておらず、大量に住み着いた時もこの下へは行かなかったのがハッキリわかる。
降りてみると、明らかに蔓の色が毒々しい紫色に変化。
『ネコヨラズ』嗅覚の鋭いものが嫌がる香りを発する。食べても毒は無く、匂い以外はただの木の枝。
亜人や妖精の忌避剤の主成分。なお、臭いだけで毒ではないが、鼻の良いものに加工をさせるのは拷問に近いとまであった。
これも人間の鼻ではほぼ臭わな……あっえっ?!なんかこれは『嫌』かもっ?!
切り口から匂ってくる、本当にうっすらとしか分からないのに、青臭いような喉がエグイような、何故か強い『拒否感』を感じた。
こちらは逆に火をつけると香りが消えるので、この蔓を燃やした煙は臭くないらしい。しかし粉砕して煮込み、その水を撒いておけば大概の生物が少なくとも数ヶ月は近寄りもしないという強力な忌避剤になるのだという。
その水はもし手に付いたりすると本当にしつこく匂いがこびりついて落ちないそうで、鼻のいい生き物には数ヶ月ほど極度に嫌われるので注意という……バイオ兵器みたいな効果だなぁ。
一応、生木に触れて情報を見てたから触った手をオクティに視て貰って確かめたけど、生木の外皮に触れただけなら匂いは手には残らないっぽい。でもあまり触らないように、特に切り口には気をつけてサンプルを回収。
「……煮て撒くだけでいいのなら、触れないように注意して、入り口に撒いてみるか?」
「そうだね。効くかどうか試しちゃおうか」
入口にテレポートして、オクティが空中に浮かばせた水の玉の中にネコヨラズの短めの1本を入れて粉砕、加熱してから、飛び散らないよう慎重に入口の床全体に注――
「――うっぷ、あぁっ?!やば、うぇぇ目に染みるぅ、人間でもこれじゃあ、確かに鼻の良い人は近寄れないわ」
瘴気のガスを吸った時とはまた違う匂いなんだけど、表現しづらい。物凄い刺激臭で鼻と喉が痛み、本能的に吐き気を感じるようなエグさが喉を走る。オクティが素早く自分とチョーコの鼻と口を風のマスクで被ってくれた。
「あの小さい1本で足りるのかと思ったけど、入れ過ぎなくて良かったな」
「た、助かった、ありがと。……よーしっ。これならワイバーンの大繁殖の危険は落ち着くよね、あとはじっくり探せそう!」
「……流石にここのフロアが広すぎるから、今から改めてしっかり探索し直すと遅くなりそうだし、今日は一旦サニーさんに報告だけして戻らないか?」
じっくり調べながらやったとはいえ、まだ太陽は上の方にあるし、さすがにまだ早いのでは?
「せめて8層に何が出るかの確認まではしても良いんじゃない?」
「わかった、そうするか」
『死卵草』見た目からして毒々しい真っ青なレタス。味や香りは産卵草に酷似しているらしい。
少量で堕胎薬として使えるが本当に少量で良く、使い過ぎると繁殖能力そのものを失う恐れあり。また致死性は低いものの摂取量によっては血の巡りが著しく悪くなり、慢性的な貧血や虚弱体質を引き起こす。
――ただし。不死族にとってはこちらが産卵草の効果を持ち、栽培にも多くの魔力を必要とする希少な薬草でもある。
「私たちにとってはほぼ毒薬だけど、不死族にとっては産卵草の効果がある希少な薬草なのね」
「ふむ……もともと不死族が作れる薬草のひとつで、不死族専用の薬ってことなら、サンプルだけ見せて彼らが欲しいかどうかを先に聞いて、必要なだけ集めて渡せばいいよな?」
『ブラッドメロン』皮まで血のように赤いメロン。またただの色違いかと思ったら、こちらは全然違った。
鉄分を多く含み、血のような味と香りがする果実。赤い血を持つ生物にとっては食べると濃密な瘴気を吸ったように身体を蝕む猛毒。
ただし不死族にとっては体内に瘴気を取り込んだように魔力を増し傷を癒す効果を持つ。
また『不死蝙蝠』の大好物。
不死蝙蝠ってなんだろう、と思ったら。影猫みたいに唐突に暗闇から発生する死の大陸の吸血性の亜人。空中に発生し長距離飛行するため、死の大陸にもまだ生き残っている。発生ポイントがズレてからは稀に凍土上空でも明け方近くに発生するが、朝日に焼かれて消えている。
……え、そうだったの?このメロンを持って行って捕獲罠とか作って地下へ誘導すれば助けられたり?
「こっちも不死族専用か。チョーコ?不死蝙蝠が朝日で死んでるって情報は心配かもしれないが。吸血する亜人ってことは人間の一般人にとっては危険なやつなんじゃないか?死の大陸で増えるのは構わないけど、凍土に出てきたやつを助けようとするのは止めような?」
「あ。……それはそうかも、ごめん」
『納豆』茶色のカプセルに入っている大豆製品シリーズがまた出てきた。これは変な毒も薬効もないただ普通の納豆だけど、食べると匂いがかなり長く残るらしい。試しに1個開けてみたら、オクティは苦手というか相当イヤそうに見える顔をしたので試食はチョーコだけにする。
食べたら普通に美味しい!と思ったけど、目が合ったオクティから『う、この匂いが消えないって言われたらキスはしばらく嫌かも……!』と抑えきれなかった感じで漏れ聞こえ――ショック!
えっ!納豆は嫌いじゃないけど、そこまで大好物ってわけでもないし、オクティが嫌がる匂いになるくらいならもう食べるの止めるうっ?!
でも、情報によると魔人族がこれをカリッカリに乾くまで焼いたものをつまみに酒を飲むのが好きらしいので……メロンとかを回収するならついでにこれも集めて、交易所へ持って行ってあげようかな?カプセル割らなければ匂いはしないし、食べ物に罪はないもんね。
最終フロア以外にもうないかと確認したら今度はもうないと出たので、ひと通りのサンプルだけ集めて牛の村に戻る。
サニーさんは報告して欲しいと言ったから来るのを待っていたようですぐに寄ってくる。が、だいぶ遠めに距離を取られたというか挨拶しながら空中で後ろに下がられて、これまたちょっとショック。
「あ、おかえりなさ、うっ?……えぇなんというか、独特な香りを纏ってらっしゃいますね。変な作物でも見つけて触ってしまいましたか?」
「えぇっ、もしかしてワイバーン避けのネコヨラズか納豆の匂いついちゃってます?!」
「……ちょっとここで荷を広げられると心配なので、別の場所にご案内しますね?」
そこまで?と思うけど、触れずにまとめて風で浮き上げられて、牛の村からほど近い小高い丘まで連れて行かれる時。相変わらず逃げ回る亜人たちの勢いも気のせいかいつもよりすごいような……
取ってきたものを順に広げて説明。天人は一部例外を除いて身体強化は使わないからいいけれど、竜人はとても鼻が良いので、マタタビはともかく、ネコヨラズは村で出さないで下さいと念押しされる。全身を調べたらネコヨラズの欠片が靴にくっついてたのを発見したので排除したけど、まだ嫌っぽい。どうやら、サニーさんが苦手と感じたのも納豆。
オクティに目で視て貰いながら徹底的に、口や指先だけでなく細かく伸びた納豆の糸が風でついたらしい袖や腕なども丁寧に洗い落として乾かしてようやく大丈夫になった。
そんなにイヤ……?
あぁでも、考えてみればアルコール加工しない限り匂いだけ付けても速やかに消え去る世界だもんね。香水もすっごくうっすらとしか付けない。皆、良い匂いにも嫌な臭いにも慣れてないから敏感なのか。
人間の中にも身体強化で鼻の良い人もいるし、やっぱり納豆は流通させずにカプセルのまま炎人さん達の所へ持って行ってあげるだけにしておくのが平和かも?
もともとメロンが好きなサニーさん的には、香りと甘みが強いルビーメロンの発見はとても嬉しいみたいで、珍しく丸ごと3つも味見用にと受け取ってくれた。
あのダンジョンは8層より深く潜ると毒だらけということについては。
天人は入り口付近で必要なものだけ取って帰るのが普通で。2層以下に降りることはまずない。例外は人間の付き添いくらい、しかも下には美味しいものがないと分かっているので天人たちは絶対行かないから大丈夫。上層はメロンと豆乳目当てで通うけど、マタタビは良い匂いだと感じるだけで木材代わりに使うには微妙だし火はつけられない。産卵草は生臭くて嫌いだから天人にはすごく安全。
ちなみに、産卵草は竜人が凄く喜びそうらしい。竜人は妊娠可能な時期が来る周期が他の種族よりずっと長くて子供が少ないんだそうで。夫婦限定で配ってみますというから、渡す予定だったメロンと豆乳とともに産卵草もおすそ分けで一箱分くらい渡すことにした。
もし使えそうなら追加分は天人が取りに行って配ればいいし。
あそこは通う予定なので、街でも素材採取依頼を出せば上層のものだけはどれでも注文を受けてくれるという。
ネコヨラズを撒いたから入り口が凄く臭いので、近寄る時は先に顔を風で保護することを忘れないようにと忠告をしたら感謝され、効果が切れたり他の所でも必要になった時はまた依頼したい。そしてサニーさん的に個人的に人間の中で納豆を流行らせて欲しくない気持ちはすごくあるけど、どうするかは完全にお任せするので、どれでも好きに持って行っていいと許可も貰えたので、帰ることにした。
――まだ全然早いうちに帰宅したし、食堂の机に現物を並べメイドさんたちに報告したら。
ルナが毒があったと聞いて、実や葉についてキラキラ目を輝かせながら興味津々で色々聞いてきたので一応ちゃんと説明したけれど。お仕事には使い辛そうなので、やっぱり痺れ草か眠り草で開発を依頼しますと残念そうに言う。
毒の開発を依頼って、そういえば元々ルナは毒使いだって聞いていたけど、毒ってどういうものから取っていたのかと聞いたところ。
情報からすると、ヒ素みたいな鉱毒だと思う。王族や貴族の間ではそれなりに有名な産出の少ない鉱石に含まれる致死性の毒で、やっぱり銀食器を曇らせる性質があり、ストローやスプーンなどに純銀製品をよく使っていたのはそれも理由だったらしい。
でも不殺の誓いを立てたから、今はうっかり殺す可能性がある毒じゃなくて単純に行動不能に陥らせるが致死性はないと言えるものを探しており、現状は痺れ草と眠り草が最有力候補。ただ今は経口摂取タイプのものしかないし効くまでの時間とかもあるので開発が必要なのだと……
うん、銀食器を使ってくれるのは良いけど、致死毒はもう早めに処分しておいてね?
メイドさん達がメロンと豆乳は食品研究であちこち持って行くついでに倉庫にも届けておくというので任せて、不死族への納品へ行っちゃおうと思ったけど、またオクティが甘えてきたので薬屋さんへは明日出かける前に寄ることにして、寝室へ引っ込むことになった。
気のせいかな……メイドさんたちもチョーコとオクティが早々に寝室に籠ることについて妙に歓迎ムードなような?
***
朝、オクティが魔塔へ行ってる間に畑仕事をしに外へ出たらリナが付き添いできてくれた。
苺が赤くなりかけてる!のも嬉しいけど。ホウレンソウが元々は記憶にあるくらいのサイズだったのが、人間の腰から胸くらいの高さまでメキメキ伸びてて。しかも隣の小豆も全部、もう既に双葉がぴょこぴょこと並んでしまっている。
「――え、育ったねっ?!」
「昨日の夜見た時はアズキの芽はまだ出ておりませんでしたけど。ホウレンソウの方は日が暮れる頃にはこのくらいになっておりましたわ」
そうっと触って確認してみると、アズキは広葉樹で人の背くらいの低木に育つ予定らしい。えっアズキなのに草じゃないんだ。苺はあと2、3日でちゃんと赤くなりそう。ホウレンソウは3日ほどで新しい種が取れる?……ホウレンソウ、成長早すぎない?!よく見ると、元々数週間でグイグイ育つ植物なので、水だけで充分。魔獣の核は本当に急ぐ時だけあげればいいらしい。
ふむふむ、ホウレンソウは種を取る頃には本体が枯れるから毎回蒔き直しになるけど、アズキとイチゴは実り始めたら熟した実だけを取れば、そのまま新しい実がどんどん出来て収穫し続けられるのね。
オクティが帰ったら朝食を食べて、再びお出かけ……の前に、まずは薬屋さんの倉庫に飛んで色々と納品。メロンと死卵草がどのくらい欲しいのか聞きたかったし、丁度リシャールさんが居て良かった!
マタタビと産卵草に関しては1箱くらいだけの引き取りで。マタタビは純粋に香りとして万人受けしやすいので薬効を抑えて使うのだけど、鼻の良い人にとってはかなり強く感じる種類のものだから本当に少量しか入れない。産卵草の方は不死族が栽培出来るものだし日常的に使うものでもないから、沢山はいらないと。余った分は竜人さん達が喜ぶならそっちにあげても良いかもね?そして、意外だったのは納豆とネコヨラズも取っておいた4箱全部引き取ってくれたこと。
忌避剤まで加工していなくても、軽く砕いて破片を幾つか設置しておくだけで影猫の侵入、悪戯防止に効果絶大らしい。人間用の生肉の保管場所や色々な店の調理場周辺、ハーピーの保管場所、あとコウモリの侵入防止に裏口の地上階段へも置いておくので意外と使い道があるという。
あ、コウモリって害獣なのね?と聞いてみたら、生まれたては本当に小さくて可愛いし例え噛まれてもちょびっとしか吸われないから危なくないけど、育つと人間より大きな身体で完全に気配を消して遠くから飛んで近寄ってきて人を捕えて吸い殺すガーゴイルみたいになる……怖っ。
納豆は抽出や調薬でかなり強力な保湿効果のあるクリームや、消化を助ける薬を作れるそうで。『加工前の匂いは酷いが、食べても全く無害だ。むしろお腹に良いものだな』という評価。明らかに食材とは思ってないね。
最後に「あと、これは本当に外に出さないようにお願いします」と、死卵草とブラッディメロンを見せた時は、初めてブランデーを見せた時みたいな、ご馳走を見る目になった。
どちらも不死族にとっては生命力を強め体調を整える健康効果がある上、産卵草は生肉に、メロンは血に近い味でとても美味しい。自力で育てるにはこれを食べて増進する予定の魔力分くらいが丸々必要になるため、他から買えるのなら買いたい。特にメロンは女王様達の大好物だ。この2つに関してはありったけ沢山納品して欲しい。とちょっと早口気味に強く求められた。
「ありったけって、今日はこれから本格的に取りに行くところなので、欲しいのなら全力で取ってきますけど。本当にすっごい量になっちゃいますよ?多分ルビーメロンの数から考えて、1フロアそれぞれ500は取れるので、何層あるか分からないですけど、何千個になるか……」
「両方とも少なくとも1万、あれば2万まで買わせて貰おう。こちらにいる者たちは嗜好品として食べるだけだが毎日1つずつ配ろうとすれば5日で1万必要だし。本国で魔力を大量消費しながら働いている同胞たちや女王たちは、回復のためにも毎日何個でも食べたがるだろうからな。今のところ深夜帯は屋台周辺を除いて宿泊客以外の稼働はほぼないので。800名ほどが仕事の切れ目を見ながら交代で本国に物資運搬や向こうの手伝いで行き来する予定でな。遠慮なく取ってきてくれ」
なお、不死族が栽培できる植物については畑で保存が出来るらしく、日持ちも気にしなくていいらしい。そこまで言うなら本当に全力で持ってきても大丈夫だろう。
「わかりました。ありったけ集めてきますね!」
「楽しみにしている。ここに通ってくる人間達のおかげで我々の資金も思った以上に稼がせて貰えているから、支払いも安心して欲しい」
どうやら不死族のスタッフとしての各自の給与は元々けっこう高めに設定されている上、夢見サービスで指名が多かったり、酒場で『プレゼント』されたボトルの本数が店で一番多いとか、『未然に』食い止めた犯罪数が一番多い警備員といった頑張ったスタッフにはそれぞれの所属からボーナスが出たり。薬屋として販売している薬や化粧品、各店舗用に卸す美容関連やマスカットだとか全て、技術料分は不死族へ支払われるし。
始まって数日で既に、素材や美術品を自腹で買い取るための費用はかなり潤沢な状態らしい……仲間内で使った分の高麗人参分なども既にきちんと買取価格でチョーコの口座へ清算済み。
***
というわけで、ダンジョンの8層にオクティと共に移動した後は、ひたすら全力で死卵草とメロンと納豆を吸い込み集めまくりながらダッシュで進み続けた。
8層で切り替わるなら16層辺りで何かあるかな?と思ったけど変化なし。入口から8層に着くまでで昨日は昼頃だったけど、今日は何も調べもせずにただひたすら進んでたからまだ早い時間のはずだしそのまま続行。
24層に入った所で一部の壁が溶けてまた溶岩が黒く入り込んだ部分があったりしたけど、ここはフロア自体の広さが広すぎることもあって、あまり影響はないみたい。
昨日の倍進んだしお腹空いたし、流石に 切り上げようと外に出たら夕の鐘よりだいぶ早かった。今日は頑張ったもんねー。
薬屋へ行って、ご注文の品を納品!畑の地下が最下層の大空洞まで繋がってるらしくて、階段の中央の穴にそのまま上から流し込んでいい、と言われて螺旋階段の穴に流し込んだら……かなり下の方で、大量の白い手が周囲から伸びて、流し込んだそれが全て落ち切る前に持ち去られていくのが見えた。
単純に落ちて来るポイントに飛んで縦に並んで待っており。落ちてきたのを次々キャッチして相方に次々投げてパスするだけの人、投げられたものを受け取って箱に詰め続ける人、詰め終わった瞬間に空箱と交換する人、詰まっている箱の数を数えながら積んでいく人に分かれて作業をしているんだそう。
……なるほどぉ、身体強化マスターの集団だからこそなせる離れ技。
全部落とし終わったと言うと下から報告の紙を持った人が上がってきて、リシャールさんに渡し、その分は口座に振り込んでおいてくれるそう。
それぞれ8千ちょっとだったから上限2万まではまだまだあるし、明日もよろしく頼むと機嫌よく送り出された。
とりあえず明日もこのまま全力で集めてこよう!
最大のダンジョンって言われてるけど、どこまで大きいのかな?




