84.女子会な一日
女子会!
皆との商店街巡りはルナがプランを組んでくれたおかげで人混みに飲まれることも店で待たされることもなくとてもスムーズだった。
ロレット以外は屋台の前になど立ったこともないので特に屋台巡りにすごく喜んでくれて。
何となくこういう時のお約束っぽいと思っていた、支払い用のお金は金貨しか持ってきてないというのをミーティアがやったけど、ルナが銅貨と銀貨が入った小袋を用意していて折角だから皆さんご自分でどうぞと配り、ロレットとチョーコ以外の5人に好きなものを好きなだけ買って良いと言ったのだけど……
サラとカリナは2人で1つ。ほかの皆は1つずつ、しかも1人前だけ?
ポップコーンと焼肉串、ポテトチップにチョコソースをディップするお菓子、焼きおにぎり。
さすがに飲み物くらいはと一応チョーコがシンプルなストレートの紅茶もふたつ追加しておいた。
立ち食い!しかも平民が使う器!という所に喜ぶ皆。
少し店の周りを離れたところでドキドキしながら粗末な(といっても商店街のものと分かる焼印などの装飾が入ったり形も綺麗に揃って、平民のものとしてはかなり良い方だし清潔さも問題ない)食器を手に、皿に大きく盛るのはマナーが悪いと小鳥のように少しずつ分け合っては食べていたのだけど、なんと焼肉串を食べ終わって、ポップコーンを少し食べた時点でもうおなかいっぱい、ポテトチップを追加で1枚ずつ食べたら限界、焼きおにぎりは無理らしい。
……今日のプランがショッピングやネイルサロンばかりで、猫カフェって食事するお店じゃないのにパスタ屋さんとかケーキ屋さんとかがルートに入ってないなって思ったら、こういうことなのね。
半分以上減らしてはいるポップコーンの残りと焼きおにぎり、ドリンクはチョーコとロレットで分けることになったが、いくら朝食後とはいえ、ルナも参戦したのでさらっと完食。
剣を習っていたり冒険者で戦う人はよく食べるというのは知られていること、お嬢様のマナー的に問題にされるのは食べ方のほうで、食べる量は全く問題ないみたいで良かった。
その後はショッピングで。屋台を奢って貰ったし、これならそんなに高くないからと香水石鹸をサラとカリナが皆に1つずつ選んでプレゼント。
マリアンとリリアンは私たちはもう持っているからと、レターセットと万年筆用のカラーインクと蝋石を、小銭入れの石と同じ色で皆にプレゼントして。
ロレットとミーティアはアクセサリーショップで買いたいものがあると言って、あの薔薇のデザインのタッチで花部分だけを銀細工で作って繋げたブレスレットを7つ買ってきて配った。
どうやらマリアンとリリアンがデザイン料を現物で貰ってしまったのを見てたから、あれとは別のお小遣い稼ぎとしてミーティアに商店街の公式アイテムを作るデザイン職を勧めたらしく。ロレットとも協力して結構色々作ってるらしい。
マリアンとリリアンにマイクたちが贈ったという赤とピンクの宝石が付いたブレスレットも今日の銀のブレスレットと同じ型のもので。丁度2連で着けても素敵な感じ。
ふたりとも、既に赤い口紅やうっすら頬紅などを使っているし、花のような良い香りもうっすらする。多分2人にねだるかプレゼントされたかして、化粧品や香水なんかも既にあれこれお試し済み?
話に聞いていた透明なラッピングというのは手土産用のお菓子や果物だったり、プレゼント用としてラッピングを頼んだ時にだけ付くものだそうで。
マリアンたちが、確かに可愛かったけど包み紙とかお店の袋って溜まるから。お土産やちゃんとしたプレゼントはともかく、お友達同士での贈り合いには付けないことにしない?というので、店頭で見せて貰うだけになった。
思ったよりピンと伸びた透明な薄いビニールに見えるもので包んでリボンを掛けてくれて、中身が高級品の場合はサービスで色付きの布リボンも選べるらしい。
触ってみたところ。現時点では温めると伸びるとかビニールに近い性質はあるんだけど、素材としては『寒天』だと情報が出た。
沸騰したお湯で煮溶かしてから冷やすと寒天として固まり、一度溶かしたらビニールには戻らない。お湯で伸ばす時に失敗して溶かしたらしく、ゼラチンとよく似てるからこれも食べたりできるのだろうか?と、既に研究が始まっているらしい。
寒天……ミルク寒天とか、ゼリーより寒天の方が合うものも結構あるよね。砕ける感じの食感、あんみつ、水羊羹……あぁ和菓子!食べたいなぁ……
ドレスショップの店員の1人が副会長の面接で見た女性の服を着ていた彼だと気付いたり、平民が入れる布屋の店長がマギーさんのお兄さんの、オクティが常連だった布屋の店長さんだったり。あちこち歩いたり馬車で移動したりしながら見て回る。
洋服関係はやっぱり直接自宅へ持ってきて貰う感覚で、店頭で選ぶのは持ち運べないほど大量のサンプルを見比べながら友達と意見を言い合えて新しいわね!と、楽しんでもらえたみたい。
カプセル植物の染料が増えてきた関係で、それまではフォーマルとして扱われてきた染色済みの布が驚くほど安く作れるようになってきた上、他国との同盟が広がるにつれて『帝国は色布も作れないのか』という認識をされるのはどうなのかという意見が出ていて。
伝統やマナーにこだわりを持つ貴族はまだまだ多いけれど、平服に色布を使うことについては結構前向きみたいよ、という情報がサラの方から出てきた。
『身分証明をするローブの色』についての規定を残して、中に着る服はおそらく全身真っ白は禁止以外は自由になるんじゃないか、それも近いうちに、とサラたちの父親から聞いたらしい。
それは商会組合でもまだ出てない情報だとマリアンたちが言うので、それなら今はわたくし達だけの秘密ね?と微笑み。
じゃあどこまで色を使ってもいいかが決まったら、すぐ集まってお揃いのお出かけ用ドレスを仕立てましょうね!と約束して店を出た。
歩き疲れてネイルサロンへ移動したら、ネイルサロンの店長は、副会長の面接で会ったオオトカゲの靴とカバンを持ってた金髪のルイさんだった。
カリナが「きゃ、ちょっと格好良いかも」とポソッと呟いて、サラに「やめなさい」と肘でつついて注意されているやりとりが聞こえたけど、彼は気にした様子もなくこちらへ真っすぐ近付いてくる。
「あぁオーナー!いらっしゃいませ。素敵なお嬢様方もようこそお越しくださいました、店長のルイと申します」
「わ、こんにちはルイさん、髪結いじゃなくてネイルサロンを希望されたんですね」
「全く新しいことがやってみたかったんです。それに彼女もスタッフに入ってくれましたし。ユリアさん、オーナー担当でお願いします。他の方は属性に合わせて……僕はこちらにつきますね」
とサラの方へ。他のスタッフたちもそれぞれの属性に合わせて1人ずつ隣についた。スタッフは店長以外ほんの数名除いてほぼ女性で、各属性それなりの人数がいる。
「まぁ、チョーコさんの担当をさせて貰えるなんて嬉しいわ!何色が良いかしら」
ユリアと呼ばれた人はヴァンパイアだったけど、妖艶美人系ではなくて若くて可愛いタイプだった。
ネイルは繊細な作業なので素手じゃないと難しくて。属性を合わせられない黒髪のお客さんや同じ属性の人ばかり一気に来てしまって手が足りなくなった時のフォローを彼女が担当するのだそう。
ネイルカラーは色つきの液と透明な薬液を混ぜて爪に乗せて暫くするとガッチリ固まり、ぽってり厚めでしっかり色が付いて艶もあるし頑丈、でもアルコールで拭けば簡単に落とせるというもの。
分厚いのに速乾性で、薬液を混ぜたら素早く作業しないと固まってしまい、技術的にはけっこう難しいらしい。
見た目も含めてジェルネイルに近いものかも?
金貨2枚は流石にちょっと高いのではと思ったけど、爪は傷が付いて削れた時に伸びる性質があって、手を使わない貴族はものすごく伸びるのが遅く、根元がちょっと白くなってきたくらいまで気にしないなら平気で半年近く楽しめるそうだ。
塗り足しだけなら銀貨1枚、色や飾りを追加したりもできるから、伸びて気になったら来てねと言われ。マリアンとリリアンは塗り足しも良いけどケアだけもしたいしたまには色変えもしたいしと定期的に通う気満々。
何色にするかは悩んだけど、やっぱりまずは皆のお揃いの色に少しの模様や細かい色石を入れて貰うことにした。
これまでは磨いたり爪の部分に被せる飾り指輪を付けるくらいで、直接色をつけたのは初めて!と、感動しながらずっと爪を眺める皆と一緒に影猫カフェへ行き、奥の席を2つ押さえて8席確保されていた所へ行こうとすると、影猫たちが6匹、顔を見るなりチョーコ目掛けて一直線に飛びついてきた。
わぁ他のお客さんを放置して全部きちゃった?!と少し慌てて周りを見たら、他にも8匹くらいいるのが見えてびっくり。
何匹かはすっかり常連さんに懐いてるみたいで、お腹を見せている子までいる。
「えっ、増えたねぇ?!」
「みゃおーん(ごはんいっぱい!)」
「いらっしゃいませオーナー」
席に近付いたら店長のサキュバスさんがメニューを持って傍にくる。
軽く周りを見るとやたら影猫に懐かれているのは目立ったみたいだけど、オーナーと呼びかけられた上に周囲のメンバーを見て納得したのがわかった。
お店にいるお客さんたちは貴族が埋めているみたいで、チョーコ以外の顔は知れ渡ってるんだなと分かる。
……すごい子達なんだよね。
「あ、わたくしたちの分もチョーコのお勧めでお願いね」
「じゃあ全員餌箱付きのドリンクセットで、とりあえず冷たい紅茶でいい?食べるものは少し見て選ぶね」
「はい、ごゆっくりどうぞ」
横でミーティアとカリナにロレットも両手をそわそわさせている。
「チョーコあなた頭にいっぱいくっついてるわ……?触らせてくれるかしら」
「私もちょっと抱っこしてみたい……」
「な、懐いているんだな……」
「この子たち、自分から触ろうとすると逃げるけど、構わないで放っておくと膝とかに登ってきたりするよ」
皆、一斉にさっと猫たちから視線を外して急いで席に着いた。
「猫ちゃんたち、この人たちは私のお友達だから、遊びに来た時は構ってあげてね?」
「「うにゃあん(あそんであげる!)」」
性格もあるのか、2匹はなかなかチョーコの頭から離れないけど、4匹はそれぞれ皆の膝に上がり込んだり肩に登ったり、目の前をパタパタ飛んだりする。
どうも丸1日過ぎてすっかり人間達の扱いを覚えてしまったらしく。適度に手をかわし、適度に登り、たまにころんと机の上で転がって見せたりして、もう皆釘付けになってしまった。
届いた餌箱を見ると、小さいトングが付けられるようになったらしい。
「箱ではなくご自分の手であげたいが素手で生肉は掴めないというご意見が多くて付けられたんですよ」
「えぇと、これで持ってあげたらいいのね?」
皆がトングで肉や草を掴んで差し出すと、6匹ともあっちこっちと飛び回って食べる。
「かわ、かっわいいですわぁ?!」
「うにゃん、なーん」
もっと、と催促するように空になった餌箱を前足でてしてし叩かれると、もう堪えられなかったらしい。
「「追加、追加よ!次の箱を持っていらしてっ!」」
結局7人合計で30箱くらい買ってしまった。
食べ物はフルーツの盛り合わせ1つしか頼まなかったけど、ドリンクが飲み放題状態。
フルーツといえば『毒抜きしたカラット』は商品としては『マスカット』と表記されていた。
そして冒険者たちの間では「マスカットに香りや味がそっくりのカラットという猛毒の実があるので、ダンジョンで取って来たものは、魔眼持ちに確認して貰うまで絶対に食べないように」という注意喚起がされているそう。
冒険者組合長の父親からロレットが聞いたらしい。
「うん、毒があるかないかは魔眼で見ないと見分けがつかないってオクティも言ってた。不死族の人は見ればわかるから、ここで出回ってるのは絶対大丈夫」
「うーむ、香りも味も私はかなり好きだけれど。それほど危険な実と似ているなら冒険者組合側で採取依頼をして探して貰うのは止めた方が良さそうかな」
「採取依頼くらいで安くまとめ買いしたいだけならこっちで用意するよ?」
「そうかい?ありがとう!さすがに1人で食べきれないから親族にも聞いてからだけど、お願いするかもしれない」
サラやカリナも味噌豆だとかポップコーン用のとうもろこしだとか、凍土の特産品や商会冒険者が独占で取ってきている作物の幾つかは興味があるみたい。
それで商売をするとかはロイドさんに話を通して欲しいんだけれど、パーティーで醤油味のポップコーンを出したいとかおうちで消費するためのまとめ買いなら遠慮なく言ってくれていいと答える。
流石に喋りながら全員で30箱も食べさせたら猫たちも満足したらしいし、箱が空になったところで退店して化粧品を見に薬屋へ。
今日は病院で見た薬師の方の人が居て、チョーコの同行者の顔を見るとパッと余所行きの笑顔になった。
「いらっしゃいませオーナー。お友達とお買い物ですか?」
「はい。お化粧品を見せて貰って良いですか」
「化粧品ですと、今のオススメはこの辺りですかね」
口紅は見覚えがある、マスカラは小さな金属のコルク付き瓶に入って小さな筆とクシがセット、そしてファンデーションというよりはベビーパウダーのようなそこまで色が付かない粉とパフ。
マリアンとリリアンは新作はどれかと聞きながら真剣なまなざしであれこれ手に取っているけれど、他の皆はお化粧にはあまり積極的ではなく2人に譲って後ろから話だけ聞いている感じ。
「うぅん、口紅はもう持ってるものだわ。マスカラはわたくしの地色に合わなかったし、美容液とか肌ケアのクリームを一通り全部見せていただける?」
「こちらのマスカラ、黒だけじゃなくて他の色や、単純に毛を長く見せるだけの透明なのがあったらいいのにって思ったのよね」
「口紅も鮮やかな赤1色だけではなくて、もう少し橙やスモーキーピンクのような肌馴染みの良い色もあれば宜しいのにね」
「おっ、いい意見ですね。新作の参考にさせて貰います。美容液の類でしたらこの辺りなんかお勧めで……」
説明しながらどんどん出てくる、洗髪剤、洗顔料、髪のツヤ出しクリーム、ボディーソープに美容液、肌荒れのケアクリーム、マッサージローション(ペイントボールとは違う香りと薬効つきの精製品)、シミに効くもの、美白、唇用のパックやボディクリームなど、更に数種の香りや効果のバリエーション。
メイドさんたちがテスター役をしてるおかげで家には全部ある。皆は化粧はまだだけど、良い香りの洗髪剤や肌悩みに合わせて選べる美容液などはすごく興味を持ったみたいでいくつか選んだけど精々金貨2枚くらい。
けど、マリアン達がふたり揃って『ここからここまで全部頂くわ!』『わたくしも!』をやって見せてくれた。
わ、本物。
チョーコが連れてきた客だからと割引きしてくれた上で1人金貨30枚。割り引いてなかったら2人分でミスリル貨が飛ぶところだった。
見ているこちらがヒヤッとしたけど。マリアンもリリアンも「まぁっこんなに安く買えるなんて、チョーコのおかげね!」と大満足でお買い上げだし。
他のみんなも流石ねぇとサラッと受け入れているので珍しいことではないみたい。
「――うん、喜んでくれたなら良かった!」
そっかぁ。本当にお金持ちのお嬢様だと、欲しいと思えばこの勢いでお買い物するんだ?それはみんなに素敵なものを好きなだけ贈るぞと思ったらミスリル貨の数枚くらいはないと困るんじゃないか?ってニナも考えるよね。
帰り道に持ち帰りで買えるお店へ寄り、皆に自分で欲しいものを自由に選んで貰ってそれを今日のお土産としてそのまま贈ることにしたら。
『メープルシロップ』『チョコクリーム』『しょうゆ』『味噌』『マスカット』『ポップコーン』
……お土産?
気にしたことなかったけど、メープルシロップの甘みは黒砂糖よりも酔わないことで評判らしい。たっぷり甘くしたい人には嬉しいわよねと言いながらリリアンが選んだ。
てことは、こっちを砂糖の代わりに使えば、庶民向けの甘味ももっと増えるかもしれない?まだちょっと値段の問題はあるけど、それは良い情報。
リリアンは甘党なのねと思ったら、マリアンがココアと生クリームのソースボトルみたいなのを選んでた。これは甘くないのでメープルと合わせて使うらしい。
しょうゆと味噌は家で試しに使ってみたいからとサラとカリナがそれぞれ選び。家の皆にも食べさせてまとめ買いのプレゼンをする為にマスカットを選んだのはロレット。
ミーティアは意外なチョイスだったけど、屋台の食べ物がお土産として売っていたからお父様に食べさせてあげるの、だそう。
うん。ミーティアのが一番純粋に『お土産』っぽい!
――遊んで帰って来たのはまだ夕どころかその前のベルも鳴ってないし。朝に魔塔へ出勤していったオクティはもう少しかかるかと思ったら、チョーコが帰ってすぐに戻ってきた。
「ただいまチョーコ。おかえり、楽しかったか?」
「オクティもおかえり。うん、影猫ちゃんたちもう追加で8匹くらい増えててびっくりしちゃった!まだ空き店舗はたくさんあるみたいだから、店舗数を増やして貰っても良いかもね?」
「え、昨日の今日でもうそんなに増えたのか。今の商店街の店舗に空白が多いのは応募数が多すぎて有名店だけとりあえず先に入れて、他の選抜が間に合ってないだけだって聞いたけど。あれだけ人気があるなら複数店舗あってもいいかもな」
「あ、そうだったんだ?」
商店街の企画図を見た時、150くらい店舗スペースがあるうちの60くらいはまだ名前がなかったし、現地でもまだ壁の状態だったし、半分近く希望者が入ってないんだと思ってたのに、溢れ過ぎてて選抜中?
トンネル掘り始めてから1ヶ月も経っていない状態でオープンっていう強行に90も応募が来てて凄いと思ってたよ。しかも既にその大半が開店済みってもう本当に凄いと思うんだけど。
話しながら食堂へ行ってミナが持ってきてくれたトレイは、飲み物が粉と水差しとカップの状態のまま並べられていた。実際、チョーコは猫カフェで飲みすぎたので要らないし、チョーコがオクティの分だけ紅茶を入れてあげる。
「うん、やっぱりチョーコが入れてくれたストレートの紅茶がいちばん美味い。
今日は、魔塔へ集まってる報告の中に凍土関連もあったから読んでたんだ。
踏み込んだら魔力を吸われる土地の境界線の推移を帝国側とロシュサント側からそれぞれ調べたデータでね。どちらも豆とトウモロコシを植えてる地点から凍土までの距離を測っていたら、ロシュサント側の変化は数メートルだけど後退がみられて、豆やトウモロコシが実際に凍土化を食い止める効果があるとデータが取れた。
そして帝国側の魔獣の核をたくさん撒いたりしている所は明らかに凍土が後退しているそうだよ。特に建築作業で作業員が出入りしたり、強制労働地区へ何万人も人を入れたりしてからの変動は著しくて、場所によっては開店までのひと月で3百メートルを越えたらしい」
「そうなんだ!本当に人が沢山出入りしたり魔獣の核を撒いたりしてると効果あるんだね」
「それを受けてまずは交易路を繋ぐために中央帯を横切ることを目標にしようと。ロシュサントにも魔獣の核の提供や交易路の敷設を手伝うように要請を出したらかなり乗り気らしくてね。協力の見返りに商店街がロシュサントにも開かれることを求められているそうだよ」
「……ロシュサントにも開くって聞いて、もしこっちから凍土の向こうの端まで繋いだら、すっっごい長い商店街っていうか、もう巨大交易都市って感じになっちゃうね?って思っちゃった。国何個分の土地になるんだろう」
「横幅は狭いけど長さは……何個分だろうな。それはそれで、ちょっと見てみたいな?」
「わくわくするよね!もちろんそこまでいくにはまだまだ遠いけど」
んー、大体1つのお店が従業員通路込み10m間隔くらいで片道75軒に奥側30軒分くらいは広い車止めが必ずセット。屋台の辺りから奥まで……今はざっと全長1キロくらいになる?
商店街としては既に相当長いんじゃないかと思ってるし、これから更に伸びる予定とはいえ。国と呼ばれてる安全地帯は直径10キロくらい。上空から見て凍土の範囲はそれが何個か並べて入りそうな横幅だった。横断は流石に夢物語だよねぇ……あれ、でも何十年か後にって考えたら、凍土だって毎月何百メートルも回復していけば、本当に横断……出来ちゃったりする?
「数十年後には本当にそこまでの巨大交易都市になるかもっていうのは、夢のある話だよなぁ。――凍土開発に協力する代わりに屋台広場へ直接転送盤を繋いでほしいっていうのは許可出すか?」
「不死族の人達がいれば不審者対策の心配はいらないと思うから。商店街直通の転送盤を開いて良いかどうかは、私じゃなくて宰相さんの判断にお任せしてほしいかな。いちおう凍土って帝国の土地ってことになってるはずだし?」
「分かった、そうするよ」
トントン、とノックの音がしてルナが顔を出した。
「お話中失礼しまぁす。チョーコ様宛にコンヴィニ商会からお荷物ですわ!」
「商会から?……マイクの名前があるね」
机の上に置かれたのはティッシュ箱くらいの木箱を紐で縛り、箱の蓋の継ぎ目部分にピンクの蝋石で名前入りの商会紋が押してある。
スタンプじゃなくて蝋石の商会紋のほうはよっぽど大事な荷物じゃないと押さないって言ってたから、そんなに大事なもの?
開けてみるとまず上に置かれた白いシンプルなカードが読める。そして絹のような光沢のある真っ白い布で包まれた何かが入っている。
――室内時計の返礼としてお納めください。『皆様』からです。
コンヴィニ商会流通管理部門部長マイクルーズ・オーダー
布をめくってみると小さな木箱の中に青い布の張ったクッションが入って、その中に置かれているやや大粒の小豆色の豆が4粒。そして見た目はほうれん草にしか見えない、根元がちょっと赤くて緑が濃い葉野菜が3株。
「あずきとほうれん草……?」
隣のリナが口を開く。
「レガリア国の儀礼用の葉野菜と、ロシュサント王国の国宝の実だそうですわ」
「ほんと?!もう届くなんて凄い……!」
「こちらの手配は、時計を配られた皆様が連名で動いておられましたからね」
あ、納得。
触って確認してみる。両方落ちもの。種であるアズキはともかく、ホウレンソウは根ごととはいえ土を洗い落としてあったから無理かと思ったのに、まだ栽培可能、でももたもたしてたら無理になりそうだと感じた。
「はわ?!これまだ植えられる?!すぐっ、どこか畑作ってもいいところ?!」
「数が少ないし、とりあえずなら庭に植えてみるか?」
「そうする!」
「その前に!まずお着替えを」
「あっ」
お出かけ用の衣装から作業が出来るシンプルなワンピースに急いで着替えて外へ飛び出した。
10株に増えた苺畑から少し離して範囲を決めて2ヶ所の区画を掘り返し、魔獣の核を多めに土に混ぜてからまずホウレンソウを植えて水をやり、次にアズキ。
イチゴの方まで全部に水を撒き終わる。
……うん、なんだかみんなすごく元気そう、あとは様子見ね。
家に戻るとマナにすぐ水場へ、折角だからと貰った香水石鹸と洗髪剤で全身しっかり洗われてネグリジェとガウンのリラックスモードにされてしまった。
オクティも既に似たような格好にされていて、食堂で出された甘くない氷入りのソーダ水を飲む。
「それで、あずきとほうれんそうっていうのは、なんだ?」
「えぇとね。どっちも落ちもので味噌豆と同じように凍土でも育つの。
アズキは皮が硬いけど、しっかり水につけてオコメと一緒に炊くと、豆の色が出て全体に赤っぽく染まって綺麗で、食感も良いアクセントになるし。じっくり茹でて潰して塩を少しと砂糖を混ぜると餡子っていう、甘いクリームというか、茹でて潰したかぼちゃみたいなほくほくした感じになって。それを寒天で固めたり、ケーキ生地で挟んだりしたものが緑茶に凄く合うお菓子になってね。和菓子っていう……丁度今日、寒天見て思い出して、食べたいなって思ってたの!」
やっぱり強く反応したのはミナだった。
「まぁ!それはとても研究しがいがありそうですわねっ?もうひとつの葉野菜はどのような?」
「ホウレンソウは繁殖力や生命力がすごく強くて、栄養がある野菜。生じゃなくて茹でて食べるの。茹で汁にはアクがあるから茹でたら水に晒してしっかり絞ってから。炒めたりする時も一度茹でてからね。効果はえっと……滋養強壮、魔力増大の効果が付いてるんだって。日に当てて育てる必要があるから、薬効もあるけど不死族が直接育てるのは難しいんじゃないかな」
「アクが強く茹でこぼしてから食べる身体によい葉野菜ですか、そちらは実際に触ってみないと想像が付きませんから、育つのを楽しみに致しますわね」
「さっき魔眼で視たら、薬効はあるがにんにくよりはずっと弱かったな。元々は儀式用の食べ物なんだろ?」
「薬じゃなくて日常的に食べてると健康になる野菜って感じかなぁ。身体が弱いとか疲れやすい人の体質改善に効果があるって。引き抜いてもまた植え付けできるくらい強いし、放っておいても増えすぎるくらい増えるけど、食べて美味しいものに育てるには毎日水やりが必要みたいね」
「もし南の魚人で商店街へ働きに来るやつがいるなら、地上で沢山育ててもいいかもな?」
「うーん、一応レガリアでは輸出用の作物として育ててるわけだし、あんまり大々的にこっちで育てて売り出すのはどうかと思うの。自宅で食べる分だけ育てるのがいいかなって」
「あぁ、それはそうか。商店街で食材として使うくらいはいいんじゃないかと思うが、外には売れないな」
「商店街の地上で畑っていえば……オクティのお母さんたちってどうなったの?」
「あぁ、魔塔に録音石でメッセージが届いてたよ。商店街が開いたから、遠征隊の人は商店街の裏側にある商会員用の寮に移るんだってさ。
全員重い方の誓いを交わしてるし不死族たちとも仲がいいから、彼らには商会役員の補佐として商店街内各所の監査とか重要なところで動いて貰って。地上の作物や木を育てるのは居住区の人たちに任せるそうだよ」
「強制労働じゃなくて、自主的にあの地区に住みたいって人もいるんだ?」
「商会関係者で農業担当の人が住んでる所のことだよ。安全地帯で商会からの給与もある、強制労働区は自国としか繋がってないけど、こっちは商店街に直通の転送盤があるから生活には困らない。それに不死族が訪れることも許可されてる場所だから、夜はたまに一緒に働いてるらしいよ」
「へぇ……もしかして軽い誓いを交わして商会で働いて貰うってリシャールさんが言ってたのって、そこのことだったりするのかな?」
「いや商会員の勤め先はかなり実力重視で振り分けられるらしいから、そことは限らないと思う。客商売に向くとか向かないとか、文字が書けるとか計算に強いとか、どの種類の魔力が強い、体力がある、手先が器用。人手が必要な所は沢山あるからね」
「確かにそっか」
「それと転送盤関連で。俺と一緒に研究開発をしたいっていう人たちが余りにも多いから、何か研究のアイディアでもあるのかって聞いてみたらさ。大体は相乗り目的だったけど、1人だけ魔獣の核だとか純アルコールから転送盤に直接魔力を注入する方法がないか研究したいって言ってる実験体の後輩がいたんだよ。その研究だけはちょっと面白いから進めて貰おうと思って。実験用に魔石板の小さい方を幾つか使わせてもいいかな?」
「わっ、その実験は凄くいいね!普通に転送盤1組作って渡したら?」
組み立てはオクティが出来るから、テレポートの魔石だけ1つ渡しておく。
「ありがとう。まぁまだアイディア段階で実験はこれからだから、やってみてからだけどね」
「天人さんたちは夜に帰っちゃうからどうしても魔力補充がカバーしきれないタイミングがあるし、アルコールとかを用意しておけば人間だけでもやりくりできるようになるってことだもん。ぜひ実現して欲しいなぁ」
「もう1つ転送盤関連。素材回収のために転送盤を入り口に設置したダンジョンには設置以降一度もハーピーが住み着かなくなったって報告が上がってた。魚人の作った魔石の翻訳機にその効果はないけど、直接チョーコが作った魔石を使ってる翻訳機を持った冒険者チームはワイバーンに襲われないって噂もある」
「あー……私の匂いがするって言うとちょっと嫌だけど、多分そういうこと?でもそれは……あまり過信はしないで欲しいなぁ?ハーピーとかワイバーンへの威圧だって、いつまで効いてるかもわからないし」
「実は高山からさ、もし本当にそういう効果があるならワイバーンが大発生した大型ダンジョンの入り口に置いといてくれないか?って要望が来てたんだけど、どうする?」
「あ、どうせなら次のダンジョン旅行はその大型ダンジョンに行ってみない?もし有用なものがあるなら転送盤を置いて、そうじゃなかったらワイバーンが入れない程度に入口を何かで塞いだって良いんじゃないかと思うの」
「わかった。じゃあ次は一緒にそこ行ってみようか」
「今のところ14日まで予定はないから、明日から行っていい?」
「良いよ行こう。そういえばルーとフィーに迷子のダンジョンへ案内してもらったお礼、どうする?」
「スイカを渡して食べられる実があそこにあるんだって思ったら、ダンジョンに入っちゃう子供が増えるかもしれないから、あのダンジョンは凄く甘そうな良い匂いがする実があるけど強い毒だったよって話すだけにして、他の所で甘い実を探して渡さない?」
「それで良いと思う。……なぁチョーコ?珍しく予定が早く終わったんだし、今日はもうのんびりしないか」
「あ、うん……」
夕飯まで時間があるし、とオクティが甘えてくる。
改めて言われると恥ずかしいけど、そういえばメイドさんたちに用意された身支度も2人共パジャマだし、嬉しそうにチョーコを抱えて2階へ攫っていくのを和やかに会釈で見送られた。
……明日からはまたダンジョンだもんね。今日はオクティに甘えてのんびりしよう。
と、思いつつ早寝してしまうのもいつもの事なんだけれど……うん。




