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飢えないだけじゃ生きられない(日・水・更新中)  作者: なるねこ


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82/89

82.コンヴィニ商店街オープン!

月末の新月当日。

日の出と共に各部屋の窓を開けて回っているメイドさんたちは、いつもなら注意してないと気配も分からないくらいなのに、かなり早足で動きながらスピーディーに窓を開けていっているのが音で分かる。そうっとカーテンの隙間から顔を出したらすぐ目が合った。


「……おはよう?今日のイベントって正午からだったよね、何か急ぎの用事とかあったっけ?」

「あっおはようございます。……申し訳ありません、もっと丁寧に致しますわね。

イベント自体は正午からですが、わたくしたちは遅い朝の打ち合わせから参加致しますし、チョーコ様たちも昼前には街の中で喧伝を行うために着替えて集合だそうですから、本日は朝食を早めにして、おふたりの身支度だけは先にさせて頂いて宜しいでしょうか」

「うん、でも『遅い朝』とか『昼前』って……どうやってわかるの?」

「それはもちろん時計を見れば――あ。平民や冒険者でお使いになる方はあまりいらっしゃらないのでしたか?」


「時計なんてあったんだ!」

あったんだというか、この部屋にも最初からあったらしい。ただ指輪でも引っ掛けるのかなくらいの先が丸い斜めの棒が立てられたちっちゃい丸い板。

日の出、正午、日の入りがちょっと大きい刻み、その間を4等分にする3つの少し小さい刻みがついている。

9つの刻みはそれぞれ『日の出』『遅い朝』『昼半ば』『昼前』『正午』『昼過ぎ』『午後』『夕方』『日の入り』と呼んでいるという。


時計は持ち歩くものではなく、朝日か日没に合わせて設置したら置きっぱなし。

国から出ないで数百年って世界なのに普通に方角を表す言葉があるのは日時計の向きが決まってるから。そっかー。毎日秘書さんが通って来てた頃も、毎朝ほぼ同じくらいに来てたから、よく同じ時間に来れるなーって思ってたんだよね。

日時計使ってたんだ。


ちなみに庶民も自宅にわざわざ時計を買う人は少ないけど、結婚宣言をやった広場のベンチがあるあたりにオブジェっぽく大きな日時計があるし、時間の概念はちゃんとあるそう。そういえば飛び続けられるのは1時間くらいとか、時間についての言及をしたときに変な顔をされた記憶がないもんね。


情報によると日時計の1目盛りが大体2時間くらいで1刻と呼ぶらしいんだけど、板上の長さをそのまま等分してるから、日の出直後の1刻と昼の前後の1刻とでは時間の長さにかなりの差がある。


現代人的にはそれって時計としてどうなのと思うけど。

こっちの世界ではそもそも時間とか時計を細かく気にする人っていないらしい。一般的に『日が昇ったら仕事に行って沈む前には家に帰る』というのが浸透しているし、待ち合わせや締め切りの目安にするなら同じ時計を使うことが重要であって目盛りの幅は関係ない。給与も日給で休憩時間の長短は関係なくこなした仕事量でみる。


なお常夜の世界である死の大陸で永遠に生きる不死族にとって、時間というものは概念としては理解はしてるけど。仲が良ければいつでも直接テレパシーで連絡を取りあえるし。強いていえば満月の日と新月の日は特別な日として区切りにするので『半月』刻みで生きていた。


ただ大陸の外に出てからは『昼』という危険な時間が毎日来るということを理解したし、人間と接触するようになったので、最近は『1日』『半日』の単位にすっかり馴染んだらしい。


リナの話を聞いて情報を読んだりしてるうちにオクティも起きてきた。

「そっか、俺は太陽の位置を見れば済むから日時計は要らないと思ってたし、そもそも前の家では窓開けてなかったから、家の中じゃ使えなかったしな」

「そういえばそうだったね」

「チョーコと会う前はダンジョン暮らしが多かったから、よく感覚が狂って寝る時間もずれてたな……ん、そういえば商店街も全部地下だから。長く勤めてると感覚が狂って良くないかもな?」


「それあるかも……せっかく楽器があるんだし。正午と真夜中の2回だけ、商店街の中で大きいベルを鳴らして貰うとか、決まった時間の合図があった方がいいかな?」

「あら面白いですわ!日の出と日の入りに鳴らしても良いでしょうし。打ち合わせの時にお伝え致しますね」


すっかり目が覚めたのでもう起きて、最初から今日イベントで着る服を着てしまう。

今日の朝食はサラダとパンとふわふわの卵焼きへ濃い目のトマトスープをかけたものをスプーンですくって食べるスタイルの新作。ソースじゃなくてスープだけど、オムレツだぁ!トマトと玉ねぎの香りにお肉系の出汁と塩コショウも効いてて美味しい。

そしてココナッツミルクタピオカ入りのドリンクと、赤と黄色のスイカとマスカットのカラフルな盛り合わせ。


いつのまにやら、大玉タピオカドリンクに使われるような極太ストローまで開発されてた。ピッカピカの金属製品。

継ぎ目のない金属筒は、楽器のチャイムを作ろうと薄い板金を筒にする技術からの産物らしい。そんな派生の仕方もするんだ……


ちゃんとブラシで中まで洗って干さないとサビたり汚れと混ざって黒っぽくなるので、そこに手間をかけられる高位貴族だけが使う新しいカトラリーだという。

これは純銀製だと言われて固まった。


使い捨てのプラスチックストローなんかは環境破壊だって言われてたし。使い捨てないストローが使われるのはいいけどカルチャーショックは感じるよね。


金属筒が安定して作れる技術ができたら、フルートとか金管楽器とかも作れるようになっていくかなぁ?


楽器、自動演奏……


「あっ?!カラクリといえば洞窟だよねぇ。決まった時間に自動でベルが鳴るカラクリって作れないかな、手で鳴らすより正確そうじゃない?鳴らし忘れもないと思うし」

「聞いてみないと分からないから、聞いてみるか?」

もう朝ごはんは食べたし、本番用の服も着てるし、メイドさん達は打ち合わせから参加だけど私たちは昼前まで暇っぽいし。

「聞くだけならいいよね!ちょっとオクティと洞窟まで行ってくる!」

「通信石をお忘れなく」

「はーい!」


洞窟に来てみると、ドットさんたちがボトル詰め装置の前でああでもないこうでもないとなにやら打ち合わせ中だった。


「あれ?おはようございます。どうしたんですか?」

「お?!お前ら、しばらくぶりじゃねーか!いくら待っても来ねぇから、そろそろこっちから行くか悩んでたとこだぜぇ」

「ちょっと大きなダンジョンにいってたんです。待ってたって?」


「こいつを見てくれ!まず油の木を差し込むだけで自動でコルクを削り出す全自動削り機!そしてボトル詰め機と蓋を付けるやつも、レバーひとつで動くように改良したんだぜ!」

「おぉ……凄いですね……前は詰めるところは手動でハンドル回して動かしてたのに」

「そこが改良したとこよ。こないだあれで作った全自動演奏機を一旦バラしてオリハルコンの一部をこっちに仕込んだんだ!」


「えっ?!せっかく作ったのに壊しちゃったんですか?勿体ない」

「わかってねーなぁ、創り上げることにこそ意味があんだっつーの!……いやまぁちぃとデカく作りすぎて、周りのヤツらに邪魔だってキレられたのもあるけどよ」


「あ。あぁ……よっぽどすごいの作ってたんでしょうねぇ……」

「すごかったぜぇ、見せてやりたかったくらいだ!まっ、実際デカすぎて邪魔だってのは一理あるよなと思ったんで、これの改良で余った分を使って、今度はもっと小型で良い音が鳴るやつを作ろうと……ん?お前ら、なんか俺らに用があって来たんじゃねぇのか?ボトル詰めん時は立ち会えなかったから俺は皮んとこを食いそびれちまったんだよなぁ、また詰めていかないか?」


「あっ、すいません。えっと今日はただ、小人さんたちって地下に住んでて普段は日も月も見えないから、時間って分かりますかって聞きたかっただけなんです……」

「時間?あぁ、地下の溶岩は丁度1日周期で流れを変えるんだよ。その流れで時間が分かるように溶岩時計を作っ……おぉっ?!そうだ全自動時計だ!なかなか面白いかもしれねぇ!そうだな、あれを繋いであそこをこうして、うん、よーしいけそうだ、出来上がったらこの辺に置いといてみるのもありか!」


「あの、1日2回、真昼と真夜中のタイミングだけベルが鳴るようなカラクリも作れたりしませんか?」

「――んあ?一定時間ごとに自動演奏が流れるようなやつじゃなくてか?」

「そんな大掛かりなのじゃなくて、真昼と真夜中であんまりうるさくない音色のベルが1回ずつ鳴るだけでいいんです、大々的な演奏とかは機械が大きくなっちゃうし……商店街は地下にあるので、そういう時間を知らせるようなからくりが何個か欲しいなって思っただけなんですよね」


「ベルを自動で2回鳴らすだけのカラクリぃ?すーぐ作り終わっちまうなぁ」

「ここに置く用の定期的に演奏する凄いのは後でじっくり作って貰って、商店街用にすぐできる簡単なのを何個かお願いできたら、ちょっと考えてみて欲しいんですけど」

「よぉーし!すぐ出来るやつな!ちょっと待ってろ!」


あ、と引き止める間もなく走っていってしまった。


「あの様子ならすぐ戻ってくると思うぜぇ?それよりこのボトル詰め機を試してぇんだ、油の木を売ってくれ!」

「価格交渉とか何もしてなかったのに……油の木は街に置いてきてるので新しいのを取ってきます、どのくらい要りますか?」

「大箱1つもありゃ十分だが、ちょっとつまみ食いしたら油味がすっきりして美味かったから、いっぱいあればあるだけ買うぜぇ?余ったら火の山の奴らにも土産にやるんだ」


木をつまみ食い、本当に歯が強いんだなぁ。それならとオクティを連れてダンジョンへ飛び、ワンフロア分だけどんどん蔓をアイテムボックスへ詰めて戻る。


――着いた途端に入口で待ち構えていたドットさんにぐいぐい元の部屋へ押し戻されていった。

「うわわ?!」

「おいお前ら!勝手にいなくなってんじゃねぇよー!戻ってきたらいねぇからビックリしたぜ?!こっちだこっち、早く来い!」

「えぇ、いやこっちこそ、ちょっと油の木を取りにいってる間にもう戻って来てるとかビックリなんですけど?!」

「ありもんのパーツがそれなりにあったからなぁ!ちょっとここで待ってろ、持って来るぜ」

「あ、お願いします。えっとまず頼まれた分出しますね」

先に奥のドワーフたちへ油の木をドサドサ出すと、うっひょうたっぷりあるな!と喜び。抽出すると油にもなるから木のままじゃなく油として使うことも出来ると説明したら更に喜んで……


「いいから先にこっちだ!遅くなるだろお前ら!ったく、急いで持って来いっ!」

「「「すんませんドットさん!」」」

ドワーフたちは奥へ走って行って、何かを担いでくる。

「さーて、『ベル時計』のお披露目だ!しょっちゅう魔力補充しなくていいように大きめにしてみたぜ」


運び込まれたものは金銀に輝く、両開きの扉くらい大きなものだった。

飾り彫りのポールで作られた四角い枠の中に、丸い金属板がはまっているデザインで、全体的に銀の金属の上に金のオリハルコンが蔓のように巻きついている。


――え、まってまって、本当に『時計』だ?!いやいやいや。全自動タイマー付きのベルを頼んだつもりだったけど?!


うーん……でも、ケチをつけるのが申しわけないくらい、すっごい綺麗なんだよねぇ。ちょっとくらい高くてもこれなら欲しいし、商店街にも置きたい。

ふむふむ24時間で針が一周する仕様。一番上が正午、一番下が真夜中ね。左の宝石が朝6時、右の宝石が夕6時。


丸い板には1本だけ真っ赤に輝く長針が付いており、上下左右に4つの赤い宝石がはまっている。今は針が左の宝石のほんの少し手前にあった。


「間に合って良かったぜ、ほらくるぞ、見てな!」

考えていたらドットさんがそう叫び。ガチッと宝石を針が指したところで『コォオーンッ!』とよく通る柔らかい高い音が大きく洞窟内に響いた。


「わぁっ、良い音!」

1日に2回では少なすぎると思い、4回鳴らすらしい。

6時に高い音の鐘が1回、12時には2回。

午後の6時と夜の12時には、鈴が『シャララーン』と優しく鳴るように音も切り替わる。


見た目の金色が多い通りオリハルコンを結構使ってるから魔力のチャージは年単位でもつという。

時計の針が赤く輝いている間は魔力が足りている証拠。輝きが鈍くなったら補充しないと止まるぞって目安。もし切らして止まってしまったら洞窟まで持ってくれば時間を合わせて再起動してくれるらしい。


「わぁ……すごい素敵です。油の木も支払いに追加するとしてどのくらいで売ってくれますか?」

「なぁなぁなぁ……?さっき()()()欲しいって言ってたよなぁ?これ4つまとめて渡すからよ、材料費に大きい方のオリハルコンを2つ、技術料でデカい酒の実を4つくれ!……どうだ?」


正直安いと思う。世界初からくり時計初版4個セットよ。

ちらっとオクティを振り返って目を見る。


『値付けに文句はないなら、買っちゃって良いんじゃないか?』

『支払いは問題ないんだけど。このサイズだとアイテムボックスの袋の入り口を通らないんだよね……』

『どちらにしろこのサイズの物を商店街でいきなり出したら目立つからさ、家から商店街へは普通に身体強化で運んで貰おうよ。持ち帰っていいか通信石で聞いてみな?』


ドットさんに家に相談するからちょっと待ってて!と通信石を掴む。

自動でベルが鳴るカラクリ、作れるって言うかもう作ってくれちゃったんだけど。

『1日2回自動で鳴るベル』じゃなくて『ベル付きからくり時計』だったの!すごく綺麗なんだけど幅が大きくてアイテムボックスには入らないから運ぶの手伝ってもらうことになりそうで、玄関にテレポートで持ち帰ってもいい?と問い合わせ。

運ぶのは問題ないがものを確認したいのですぐ家に行きますというので、買うことにした。


玄関前にそのまま掴んでテレポートして運び、待ち構えていたミナとルナに仕様説明。


からくり時計の仕様は確かに素晴らしいけれど……

これ、正午と真夜中だけじゃなくキッチリ全部に正確な1刻単位の印が付いてます。日の出と日没は直接確認するしかありませんが、上半分がそれ以外の7つの印に当てはまるってことですよね?しかも朝と夕にもベルが鳴るなんて……日時計で動いてる人たちと時間がズレるじゃないですか?!


――言われて気付いた。4つの宝石だけじゃなく、周囲の金の蔓が円盤を指しているから円盤上にはしっかり12の印が示されている。本当に時計だ……しかもこの印の数だと日時計とも互換性があるの?


メイドさんたちはひとしきり慌てた後、すぐに通信石で商会と倉庫に居る3人だけでなく、秘書さん達にも連絡を取った。


商店街だけ目盛りの違う時計で動くのは打ち合わせや待ち合わせで深刻な問題が起きる。でも、昼夜関係なく営業をする商店街が、夜に使えない日時計ではなくからくり時計を導入したいのは当然のこと。

ここはいっそ、帝国の城や魔塔にも設置させて全体で合わせてはどうか?と、秘書さん達が宰相さんに話を通してくれるらしい。


急遽、ルナとミナに2個ずつ時計を担いで貰って宰相さんの家にこっそりテレポートで相談に行くことになったが、秘書さん達がしっかり説明してくれたようで。宰相さんは顔を合わせるなり、それが時計か!と興奮気味に近付いて、目を光らせてじっくりと視はじめた。


「まぁ設置前に相談をしに来たので今回はよしとしよう。……ぬぅ、聞いた時に予想していた通り、このからくり時計というものは素晴らしいな?!これまでのものは曖昧すぎて毎日イライラしていたんだ。うむ、これは早急に導入したい……おい、音は鳴らんでいいからもっと細かく時間が計れて、小型で持ち歩けるものを作れないか?」

このくらい、と大きさを示す手の動きは完全に懐中時計のサイズ。


「えっ、秘書さんたちが抱えて歩けるくらいまでなら小さく出来そうな気がしますけど……そんなポケットに入るようなのはどうでしょう……作れるかどうか聞いてはみますけど」

「開発できたらすぐに手に入れてくれ!価格はお前達が決めて構わん」

「わ、わかりました」


「よし。この時計は帝国全体で同時にからくり時計を導入するという名目で、余計な混乱を防ぐため秘密裏に用意していたことにする。城、広場、魔塔に1つずつ設置。商店街の分は1つになってしまうが、国からの賜り品としてシンボルにしておけ。帝国へ小人製のカラクリ時計を()()したコンヴィニ商会の功績に対して褒賞金を出し、商会からはその3分の1をお前の口座への支払いとさせれば商会の懐は死なずに済むだろう。

お前に入る額面は正直この時計の値としては安くなるが、帝国を代表する商会として便宜を図ってやるというところでここは納得してもらう。それでいいな?」

「えっと、はい。あ、ありがとうございます?」


たぶん、帝国と商店街で同時にからくり時計を導入するだけじゃなくって、こんなお高い時計を4つも商店街用に買わせたら商会のお財布が死ぬから、なんとかなる方法を考えてくれたんだよね?


帝国と同時にからくり時計を導入するなら街の要所に設置する時計も必要になるから、商店街に置く大きい派手な時計はこの1つだけにして、大時計から遠いところには後で小さい時計を追加発注すればいい。うん、ドットさんならサイズも色々作ってくれそうだし。


褒賞金は商会にまとめて渡して、3分の1は商会から私に払われる?……別に商会からの支払いはなくてもいいんだけれど。何かあるんだろうから、素直に受け取っておこう。


「よし、今日のセレモニーで商店街へ向かう車に積んで、美術館の入口にでも設置するシーンを追加させるか。帝国内でも正午に広場でこの時計を設置する式典を――うむ、すぐに進めるぞ」


宰相さんは幾つか秘書さん達に指示を出すと、では解散と声を掛けて即立ち去っていった。

緑髪の秘書さん2人は3つの時計を城と商会組合と魔塔へ届けにいく。


「オクトエイド様、チョーコ様、わたくし達も席を外しますので、後はこちらの秘書に任せても宜しいでしょうか」

「分かった。行ってらっしゃい」

ルナとミナが頭を下げてきたので頷くと2人はすぐに出かけていき、次男さんらしい秘書さんがにこやかに商店街用の時計を受け取って一礼。

「では本日これより式典が終わるまで、わたくしがコンヴィニ商会の付き添いを担当させて頂きます」

「よろしくね」


秘書さんの案内でチョーコとオクティは出発セレモニーをやる予定の門の外の方へと向かう。

結婚宣言に使ったのと同じ大型獣人車が既にオープンカー状態で置かれ、まだ獣人さん達は繋がれていないし、不備がないかチェックしている作業員がいるだけ。


チョーコ達が来るのを見ると、梱包材らしい木箱と詰め物を抱えた作業員が走ってきて、急いで時計をクッションを敷いた箱に仰向けに入れ、転送盤で飛んでいった。

転送盤の行先は既に、地上から屋台広場入口に移動してあるんだそう。


「あれ、時計って商店街へは私たちと一緒に車で運ぶんじゃないんですね?」

「運んだ大時計をその辺に立てかけてはい終わりとは出来ませんから、高い場所に掲げるのに必要な広さや安全な留め具の強度を確認して準備するのに現物が必要です。イベント前にこちらへ戻すそうですよ」

「あっ……す、すみません」


ほんとに、イベント開始の6時間前を切ってからこんなことを持ち込んで申し訳ない……

若干凹みかけたらオクティがポンポンと肩を叩いて目を見てくる。

『確かに持ち込んだのはそうだけど、今日から一斉導入しようって決めたのは宰相だからさ。チョーコが落ち込むことはないと思うよ?』

『そ、そうだよね?ありがとう』


そういえばいつも転送盤かテレポートで行っていたから距離感がわかってなかったけど。

商店街入口は帝国の門から直線で一番近い境界線へ寄せて建てられており。そのトンネルからストローのように瘴気が吸われるので街道はかなり安全なうえ、道も整備済みで森と違って移動しやすい状態。それでも、徒歩だと5~6時間。獣人車でも1時間半~2時間はかかってしまうそうだ。


普通に行こうとしたらそんなに遠かったんだ……それは気軽に立ち寄ってもらいたければ転送盤を往復無料にしようってなるわけだわ。

今日は行きも帰りも凄い人数が行き来するとみられているので、フィフィとラヴィだけではなく転送屋の天人さんたちを数人雇って交代で手伝ってもらう予定らしいし魔力補充は大丈夫そうかな。


***


スザンナさんとロイドさんとバロックさんがかわるがわる来ては、式の流れだとか変更点を説明してくれたり、オーナーとしてスピーチをするとかしないとか相談したりしていた。なるべく前で挨拶はしなくていいように調整するけど一回くらいはどこかで喋るかもしれないから覚悟を決めておいてほしいと言われ、それっぽい内容を考えようとしても思いつかず。秘書さんにアドバイスを貰ったりいざという時の為にちょっと練習したりしているうちに昼が近付いてくる。


なんとか、イベントの準備は間に合ったらしい。

全責任がこちらにあるわけじゃないとはいっても、急遽色々変更することになって本当に申し訳ないと思っておりますごめんなさい。

メイドさんたちも本当に全然戻って来られなかったし、忙しくさせてしまった……


昼前に商会組合前の広場に集まって、からくり時計を導入すると告知するセレモニーから全部にチョーコも商会オーナーとして参加することに。

前に立つのは死ぬほど緊張するけどオクティが隣に居てくれたので何とか耐えられた。オクティは商会の関係者ではないけど。要人が夫婦で参加するのは当たり前なので。先に宣言しておいてよかった……


式典中は作り笑顔でも良いからとにかく平気な顔をして立っていろとだけ言われ。広場ではほぼ全て宰相さんが喋ってくれた。


からくり時計は日時計のように目盛り同士の長さが違うようなこともない非常に正確な時計であり、優れているためぜひとも帝国の時刻基準とすべきであると考えて準備をしていたのだが。

異なる時計が混在することを避けるため、導入のタイミングまでからくり時計の存在は完全に秘匿していた。からくり時計を納めたコンヴィニ商会が商店街をオープンさせるこのタイミングが良い区切りだろうと今日からの導入を決めており、とうとうこの日がきたといったことをスラスラと語る。


これまた突貫で作ったらしい木と金属で作った櫓のような塔の上に時計が引き上げられ、広場に正午を告げる鐘2つが響き渡ると周囲から歓声が沸く。

思ったより広範囲に高い音が響き渡るけど、耳に柔らかい音でびっくりはしない。


そしてコンヴィニ商会へも時計が1つ授与されて広場に移動させておいたオープンカーに積まれ、御者は秘書さんが担当。時計と一緒に後ろに乗るのはチョーコ、オクティ、ロイド、バロック、スザンナ、マイク、リックの7人。

引くのは柴犬さんで全て揃えられていたが、どうやら柴犬さんは獣人の中でも特に足が速いのだそうで、1時間ちょっとで商店街入口の前までついて、地上で一旦降りてテープカットの式。


そして再び車に乗ると、テープの前で道の脇に獣人車を止めて並んでいた貴族たちが後ろに続いて商店街の中へと流れ込んでいく。

オープンカーは屋台広場のすぐ先を左へ曲って美術館の前で止まり、他の車は直進して空いている車止めを探し。同時に平民などの徒歩客の転送も開始されて、続々と屋台周辺に人が入り始めた。


たしか『時計は美術館の前に設置する』と言っていたので、どこのお店の事かなと思っていたのだけど。

いつのまにか歩道の折り返し地点がUターン用の道路ではなくピンクの遊歩道が延長され、その先のただの太い岩の柱だった所が、追加で建てられた真っ白い神殿風の石造りの門になっていた……


今回はセレモニーということで特別に遊歩道部分にオープンカーが乗り上げて、車の荷台部分が商店街開幕の挨拶をするステージを兼ね、時計はその神殿の中央上部に、商会紋と同じようなかたちで高く掲げられるのだそう。


車の後ろにある門からは、更に地下へ降りる美しい白く艶やかな階段が見える。美術館の建築作業と言っていたのは、商店街に沿うように長細く、美術館用の地下空間を新規に堀っていたらしい。


……規模が!大きい!

バロックさんの口ぶりだと、空き店舗を1つ使って、好きな絵とか美術品をズラっと並べて、ひと部屋画廊みたいに商店街に来てるお客さんたちが気軽に立ち寄れるような感じにするんじゃなかったっけ?!


車を止めた人たちが戻ってくる頃を見計らってオープンカーの上から神殿上部へと時計が吊り上げられていきながら、結婚宣言でも聞いたような楽器の演奏が始まる。

そして人々が集まりきったあたりで音楽が止まって、オープンカーの荷台部分をステージ代わりに会長や副会長、リシャールさん達不死族数人がそこに立って商会の代表挨拶をしてオープニングイベントは終了というところ。


商店街の代表挨拶はロイドさんとリシャールさんがやってくれるというので、今回はスピーチなしで済みそうだと後列待機で油断していた。

……が。

途中で彼女がオーナーのチョーコ・オクトエイドだとバッチリ名前を呼ばれて再び前に出ることになり、そのまま「皆様のおかげでここまでこぎつけることが出来ました……」を喋らされることに。


焦ったけど、一応噛まずに言えたし。

「コンヴィニ商店街を通して、便利で平和で人族同士誰とでも仲良く暮らせる世界を目指したいです!」

という宣言には会場いっぱいの拍手も貰うことが出来た。なんとかなった!と、思う。


なんとか無事にセレモニーを終えてホッとしたところで、リシャールさんが約束通り美術館を案内しようと言ってきてくれたので、素直にそのままオクティと2人で招待されることにした。

全体的に美術館内は全ての壁が白い石に貼り直されて、地上の灰色っぽい石で組まれた入口よりももっとギリシャ神殿のような雰囲気。会場中にところどころ縦ラインの入った白い柱があるのもそれっぽい。


2階分の長い階段を降りてすぐの展示室は長四角の階段を囲んで一周できる回廊のような構造。

天井も普通の高さで、飾られている物もサンプルで渡した覚えのある豪華な大小のゴブレットやグラスや水差しだとか。クリスタルや黒曜石などを使った彫像だったり、銀製に見える良く磨かれた大きい綺麗な彫刻の壺など。

比較的小ぶりで貴族のお屋敷なら見てもおかしくないようなものが並ぶスペース。


1フロアだけではなく、奥にある下への階段を降りるたびに天井が一段高く、部屋も豪華になっていき。飾られているものの大きさや豪華さも徐々に派手めのものが増えていくらしい。

宝石類が多く使われているようなものは透き通る柵に囲まれて直接展示品には触れられないように工夫があったり、防犯対策もちゃんとされているようだ。


ちょっと面白かったのが、2回くらい降りたところにあった、縦も横も背の2倍を越える巨大な真っ白いキャンバスに黒で商会紋の薔薇の描き方で下3分の1ほどに薔薇園が描かれ、サキュバスと天人が仲良く黒い空に浮かぶ大きな白い丸の前を飛んでいる絵。

満月の夜だろうけど、星がないので見ようによっては昼の空にも見える描き方がされてる。


全体的には白キャンバスに黒インクで。

天人の髪だけが黄色、サキュバスの唇と下の一番大きな薔薇にだけ赤が使われ。

サキュバスが手に持っている薔薇は青、天人が手に持つ果物は橙。

薔薇園は全部ではなく何本かの薔薇だけが色付いて。茎が緑色に塗られ、大きな赤の薔薇以外は全てピンクと紫の小さい薔薇。


『愛の花束』

描画者ミーティア・グラッツェの名のパネルには、商会紋のデザイナーであるとの記載。


オクティが視たところ、カラーの部分にはカプセル作物の殻で作ったインクではなくて、天人の絵の具が使われているらしい。

……あの絵具、これを描くのに使ってくれたんだ。


そして入口のフロアから3回追加の階段を降りた先が最終フロア。正面行き止まりに作られた大ホールは壁全体が額であるかのように飾り彫りを施され、生い茂った植物のようなレリーフに覆われており。

そこには明らかに人は住めないサイズで模型と分かるけれど、背丈よりずっと大きく灰色の石造りの、洋館と城を合わせたような建物と、その周りを埋め尽くすように育てられた色とりどりの薔薇園が、優雅な門扉のような黒い金属柵に囲まれて展示されていた。


その巨大建築物模型が置かれた隣の白い壁に、銀製の額縁に入ったチョーコの『夜』が飾られている。

建物を見ながら想像すると、よりリアルに不死族たちの姿を想像出来そう。


ホールは一つの部屋の形になっていて、左右に外へ抜ける穴があり、外側はそのホールを囲うようにかなり長く天井も高い回廊で一周できるようになっていた。


最下層に展示されているものたちは大きな石像や崩れた石柱などの大掛かりなものが多い。幾つかの金銀や宝石で作られた大きな壺や食器などは古過ぎてやや輝きや色が褪せている。遺跡の出土品と言われてもおかしくないようなものばかり。

どれもこれも、悠久の時を経て、静かに眠っているような感じ……

おそらく、このフロアにあるものは全て。不死族が死の大陸の凍土からまだ形を保っているものを探して集めてきたもの、なのかな。


まだ展示物は少ないけれど、徐々に増やしていくつもりなのだろう、展示物が来たら飾るために空けてあるだろう空間がまだいくつもある。時々死の大陸へ戻って思い出を探してはここへ運ぶのだろう……


「いつか死の大陸の凍土化が治って、不死族の人達が元のように暮らせる土地になるといいですね」

そう呟くと、リシャールさんが複雑な表情ながら、ゆっくりと微笑んだ。


「あぁ、我々もそう願っているし。――それはいずれ叶うと信じているよ」

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