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飢えないだけじゃ生きられない(日・水・更新中)  作者: なるねこ


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78.在りし日の記憶だった

倉庫の事務所のところに飛んでみたら、今日はリックが居る。

色々な所からの問い合わせに可と不可のチェックを付けてリックのサインを書く作業をすぐに切り上げて出迎えてくれた。


「お疲れ様ですオーナー、昨日マイクから新しい食器のセットをお持ち頂く予定とお話は伺っておりますが、その件でしょうか」

なんか面接してた頃に比べて段々マイクたちの口調が慇懃になってる気がする。


「あ、あの、雇い主の立場ではあると思うけどもう少し気軽に話してもらって良いです。はい、その食器と……あと、新しい魔道具を商会で使うのに良いかなと思って、試しに作って持ってきてみたんですけどね?」


「新しい魔道具……まず倉庫に行きましょうか。食器の方から見せて貰っていいですか」

口調は若干直ったけど、余計にシリアスな表情になりながら倉庫へ案内してくれる。


まず、食器と酒器など11点セットで一式台の上に並べ。おまけで鉄のみの飾りのない酒器セットを別で並べてみる。


並べてみるとグラスとかのカーブ具合とかも同じサイズのもの同士は同じっぽいし、ベースの型は一律で混ぜて使っても違和感はなさそうな感じ。

元々銀のように輝く加工を施された鉄だけど、テーブルセットの方は縁を金で縁取られ、その下にやや白光りした銀が重ねられ、クズ宝石だと言うけれど、完全に粉状にしたものをガラス状の透明な塗料に混ぜたもので絵付けがされていて、大粒の宝石が貼られているかのような煌めきを見せている。


「う、ぁ……」

リックは口をパクパクしながら言葉を失い。暫く呆然とした後。立ち直ってそれぞれを手にしてじっくり吟味し始めた。


「耐久性は十二分に高く、確かに店舗で高頻度の使用にも耐えられるものとお見受けします。……一軒のレストランで50……500あれば、まずベーシックな皿類とグラスとカトラリーはレストランに、余る酒器類は酒場と砂糖茶屋、水差しの半分と広口のカップは喫茶店関連に回します。喫茶店などでカトラリーと茶菓子の皿などは300程度必要となるでしょうけれど、その辺りは通常の鍛冶屋から購入してもよろしいでしょう」

「一応千セット用意してきたので、800なら使っちゃってもいいかなと思いますけど」

「これほどの品はアルコールでの支払いはできないでしょうから、今後拡張などの際にまた追加購入をお願いすることになってしまうかもしれません」


「あ、さっき洞窟へ行った時に、純アルコールが美味しく飲めるカクテルの作り方を教えてきたんです。緑茶と白砂糖と黒砂糖とオレンジも一緒に持ってきてくれたら、純アルコールでの支払いも受け付けるって言って貰いました」

「なんと……そういうことでしたら大分話が変わりますね。ありがとうございます」


千セットを倉庫に預け、折角なのでチョーコ達の家でも使いたいとミナが声を掛けたので10セットは戻し、鉄一色の酒器セットの方を逆に酒場の目玉として渡し、鉄一色セットやフルセットの部分購入ならばアルコールやらで買いに行けるはずだから後はお任せ。


「それで、オーナーが先程言っておられた新しい魔道具、とは一体……?」

「天人さんが使っているアイテムボックスの簡易版です」

「は……?」


木箱ごと出して開けて見せて、使い方を説明すると、硬直したままだがしっかりと聞いてはいるらしい。

「洞窟のドットさんが言うには、()()()()入るそうです。この輪を壊したり、ずっと魔力補充しないでこの琥珀色の部分の色が消えた状態のまま使い続けると、中に入れた商品が全部消えるので、取り扱いは気を付けて欲しいですけど。……商会でダンジョン探索をする時とか。天人さんがずっと付いてきてくれるとは限らない時にこれがあったら便利かなって思ったんです。使えそうですか?」


「……」

両手で顔を覆って天を仰いで黙ってしまった。


「リックさん?」

「――正直のどから手が出るほど欲しい気持ちはありますが。万が一、億が一にも、破損や紛失、盗難が起こった場合の賠償が恐ろしすぎます。特に……盗難の恐れがかなり高いですよ。これは」

「無理そうでしたら家で使うので持ち帰りますけど」

「いえ、本当に心の底から欲しいものではあるんです。えぇ――マイクにも相談して決めさせて下さい」


なくしたら怖いというので、一旦持ち帰ることにする。

げっそり疲れた顔になったリックに硬い笑顔で見送られ、家へと帰った。


まだちょっとオクティが帰って来るには早いので、ミナに紅茶を入れて貰って食堂に座る。

新しい食器のセットはミナも凄く気に入ったみたいで、早速広口カップと小さいお皿とフォークを選んでケーキを小さく切って美しく見える並べ方を研究したりしながら出してくれた。


「ねぇミナ、アイテムボックスの盗難って……どうしたら防げると思う?」

「パッと思いつく限りでよろしければ。普段は天人のユーゴ様にお預かりいただくか。チョーコ様がお持ちになり、冒険者チームが出発前にここへ受け取りに来てから出発し、荷物を倉庫へ運び終わった後はチョーコ様に返還する。厳重な警備を付けて保管する。腕の立つ冒険者チームを選び、その者たちが管理するなどでしょうか」

「普段はうちの調理場に置いておいて、使う時だけ借りに来て貰う?」


「んん……警備面で紛失が怖いのはここでも同じことですが。えぇ。わたくし達でお守りしてみせますので、その運用方法でも、よろしいですわよ」

「そんなに怖がらなくても……壊しちゃってもバラバラになっただけなら部品集めてドットさんに持って行けばいいし。盗まれたら私が探せるから大丈夫!」


「――あ。そう言えばマナが言っておりましたわね。チョーコ様はご自分が作られた魔道具の場所も調べてそこへテレポート出来るようだと」

「うんまぁそんな感じだから、なんとかなるの」

『炎の導き』があれば作ったものに限らず探せるけど。たまたまなのか、オクティしか居ない時に渡されたから、多分あまり周りに知らせるなってことなのかも。


「なるほど。そういうことであれば、安心ですわね。探せることは説明が面倒になりますから伏せるとしまして、こちらの邸に置いてわたくし達が守っているということにすれば、チョーコ様達がお出かけの間も貸し出しは可能ですし、よろしいでしょう」


オクティが帰って来てから、商店街の襲撃事件のこととか、ドットさんに仕上げて貰ったアイテムボックス改のことやその運用方法についてとか、お土産で作ったカクテルは気に行ってくれたみたいとか、あれこれと話しながら夕飯を食べ。


食べ終わった頃にようやくマナと末っ子さんが揃って帰って来た。


「あれ、遅かったね?」

「すみません遅くなりましたっ!」

「家まで無事に送り届けましたので、任務完了ですね」

「うん、ありがとう」

「では」


話も始める前に末っ子さんはとっとと帰ってしまい。まぁいいかと皆で食堂へ。


「いーやぁ、大変でしたっ。思い込み激しい方々ってほんと困りますよね」

話を聞くと案の定。不死族の人たちが丁寧に話したにも拘らず、優しい御使い様が困っているところにつけ込んで手を貸すと持ち掛けておいて都合よく働かせるなんて……!と抗議は止まらず。


不死族の人たちも完全に敵対ならともかく、自分たちの改善待遇を要求して泣き喚く者たちを罪人扱いで罰するというのもなんか違うし。ちょっと気を抜くと人間や建物に攻撃を加えようとしてくるし。

マナも近くで見ていたので何度か攻撃は受けそうになり、末っ子さんが来てくれたので助かったと言うのは癪だけれども、実際助かった場面もありましたと。


末っ子さん的にはこんな相手なら多少痛めつけておとなしくさせてからにしましょうよと言うけれども。メイドさんたちは暴力反対の誓いが掛かってるので痛いことは極力しない方向で!と不死族たちも交えて相談した結果。


不死族たちが総出で魚人さん達を全員抱えて捕まえ、地下牢と取調室と名が付けられていた、最下層直通の穴がある大部屋へご案内。

そこで不死族の皆さん達にペイントボール(ローションタイプ)を使ったマッサージの講習会をすることになった。

取調室と牢は完全防音なので色々安心らしい。


被験者が男女混合で60人も居るし練習には丁度いいと思ったのだが、不死族は2千人近かったので、1人30回以上。フルセットの施術を受けることに。


うへぇ……私だったらマナの施術10分も受けたら意識が飛ぶよ?1人5分だって2時間半、帰ってくるの遅いなと思ったけど、そういうことだったのね。


まぁ、そんなわけで静かに話を聞かせることにようやく成功。

まずは、そもそもどうやってここまで移動して来たんですかと問い詰めた結果。


西の海で転送盤も設置して貰って交易をしているという話から転送盤を使って転送所へ飛び。警備の人間などの思考を読んで外の転送盤を使い、地上まで来てそのまま突っ込んだらしい。

定住民の家に居た人間達は、ここに居る御使い様達の伴侶様で、人質に取られているに違いないので傷付けなかったと。


まぁうん。そこで人間だからと無差別に危害を加えてたら、流石に話し合いで済ますの難しくなってたと思う。


その話を聞き出し終えた頃に穴の方からぞろぞろと飛んで上がってきたのが、チョーコが持ち込んだ高麗人参の治療を受けて回復し、誓いを終えたサキュバスの王様王妃様達とヴァンパイアの女王様の14人。

なお伴侶の人達は身体が魚人族と海神族のものなので、死にはしないけどそこまでの超回復はしないからまだ養生中らしい。


チョーコ様に希少な薬草を大量に用意して貰ったお陰で妾たちが助けられたのだぞ、我らの恩人に対してなんてことを言うのかと一喝され、用意された薬草の希少さを説明され、その分働いて返すくらいは義理を果たす意味でも当然であると叱られまくって、ようやく。――本当にようやく。


不死族は自主的に恩を受けたから人間へも恩寵を与えてやってもよいとお考えなのであって、恩義を盾に仕事で返せと強制的に迫られているわけではないのだなときちんと納得したらしい。


御使い様が礼を尽くそうとしている相手に無礼を働いたことを謝りたいというので。明日チョーコとオクティの2人が来るので謝るなら直接本人にどうぞと伝え。

不死族への詫びとしては壊した建物の修復や建材の提供や建築作業だとか、水の魔道具代わりに水汲みの仕事だとか、償えるところはあると思うので考えてくださいと話して帰って来た。

――ということだった。


「大変だったんだな。だが……それなら明日チョーコが顔を見に行くという話も安心して良さそうだ」

「うん……本当にお疲れ様、マナ」

「いえいえ、思う存分試せたので面白かったですよっ!」


「じゃあ、事情が分かってた方が良いと思うから、明日の付き添いもマナにお願いね。ニナかミナのどっちかはアイテムボックス出しておくから、商会から人が来たら対応して貰って。リナとルナはお化粧品とか薬品関係のテストが忙しそうだからそっち頑張って貰っていいかな」

「「はいっ!」」


***


心配していた南の海の魚人たちとの邂逅。

商会からはバロックさんが付いてきて、商店街の坂を降りきった辺り、もう瓦礫は概ね片付け終わっているが、本当に手前2軒分ほどの建物と屋台の建物の一部が削れて無くなっていた。


そこへずらりと集められていた魚人たちに、五体投地の勢いで60人纏めて地に伏せて謝られ、交易の話は是非喜んで受けさせて頂きますし、壊した建物を直すなどの作業も手伝いますということだったので。

「誤解が解けたならそれでよかったです。壊した建物の修復は勿論手伝ってもらいますけど、それ以上はもういいし、今度からは仲良く交易をしましょう」と返すとようやく頭を上げた。


マナと末っ子さんの努力のおかげと、不死族の王様と女王様一行の説得のおかげで、本当にすっかり憑き物が落ちたようにおとなしく。そのままマナが前に出て、色々条件を確認しますと。


深海で産出する魔石板は大きいのも小さいのもチョーコが必要とする時は譲ること、不死族への奉仕のため、今後は魔獣退治を頑張って、核を集めて死の大陸に沢山捧げること、あとはこの商会からの交易に応じること。

今回はやらかしているので、ここで働く前に重い方の碑文に誓ってもらう。それで法的にも許すということになった。


おかげで魔石板の大小は充分に補充出来ることになったし、サンゴも足りそう。魔石板は後で商会を通じて家に届けて貰えるらしいので……

大きい方は転送盤の転送量不足で困った場合の補修素材として、小さい方はドワーフ達にお湯、水、氷や温風機を注文する時の素材として使えることを説明して、普段は商会の倉庫で預かっておいてもらうことにした。


これで店舗が増えたりしても属性魔石を作って酒の実かアルコールを持っていくだけでいい。


丸く収まって良かったけど……南の魚人さんたちは熱心過ぎる人が多いみたいなので、ここで一緒に働きたいと言うなら接客は外して貰おう。不死族の居住区でのお世話とか薬草園の水やりとか、特に裏の量産調理場は人間だけだと魔道具で水を全て賄うのが難しいので、魚人さんに手伝ってもらう方が良いかもしれない。

と、バロックさんに一応伝えておく。


女王様達との挨拶は何もトラブルなく。リシャールさんと共に重ねて礼を述べられ、こちらの大陸に避難した国民の受け入れも感謝しているし、死の大陸が復活するための知恵も貸して貰ったと頭を下げられてしまった。


「――その上、リシャールが人間達から聞いた話によれば、そなたは芸術にも通じており、素晴らしい絵を描かれるそうではないか。一度見てみたいものだな」

「えっ?!絵は描きますけど、ただの趣味ですよ」

「あっ、チョーコ様!天人たちの所で何枚か描いていらしたらしいじゃないですか。わたくしあの時同行していなかったので、実物は見せて頂けてないんですよ!見たいですっ!」


マナが見たいなら出そうかとは思うけど。『海』はサニーさんにあげちゃったし『夜』は一応オクティにあげると言った気もしたので、チラッとオクティを振り返る。

「俺の分は別に描いて貰ったから、あれは見せても良いんじゃない?」

「うん……」


『夜』の絵を取り出して見せると。

ひゅっと息を飲んだような音が聞こえ。

前で話していた王様を押しのけるように、女王様が乗り出した。

「よく、見せて貰っても良いかえ?」


手を伸ばされたので渡すと、絵を取り囲んで14名が皆揃って覗き込んでは、時々ちらちらとチョーコを見る。

「えっと、不死族の人たちの境遇だとか、能力とか、そういう話について聞いていた時に、頭に思い浮かんだ光景をそのまま描いただけなんですけど」


「余の持っていた別荘地の庭にそっくりだ……」

「あぁ……妾の愛した薔薇園が……懐かしや」

目元を拭う女王様や、王妃様たちと違って王様は泣かないが、いつまでも絵をじっと見続けている。


「チョーコ。この絵、改めて見たら影猫も描いてあるし……本当に彼らの過去の光景の絵だったのかもしれないなら、この商店街のどこかにでも飾っておいて貰えば?」

「ん。オクティがそれで良いなら任せるけど」

「ずっとアイテムボックスにしまっておくより、見て喜んでくれる人に見て貰えた方が絵にも良いんじゃないかな」


「じゃあ、リシャールさんに預けておくので、お任せして良いですか?」

「拝命致す。……女王たちは国に戻る予定ではあるが、度々こちらへ不死族たちの様子を見に来られるということなので、見えるところへ飾らせて頂こう」

「妾たちの城へ飾りたい気持ちもあるが、この絵は魔力を保っておるゆえに色が残る。凍土へ置けば消えてしまうからの……人と妾たちが手を取り合って作り出す店というものにも興味はあるし、我らが子ら達も多く世話になるのだ。妾たちの方から足を運ぶことに異存はない。ゆっくり行く末を見守らせて貰おうぞ」


バロックさんがちょいちょいと小声で声を掛けてくる。

「オーナー、まだ空き店舗があるんで場所は用意できます。美術品や絵画なんぞを展示するだけのスペースも作りますかい?」

「あ。美術館?いいかも。不死族の人たちそういうの見るの好きそうだし、ここにあったらそれっぽいよね!」


「ほほう。美術館とな……それはよき響きじゃ。なんぞ持ち寄れるものがあれば見繕ってくるとしよう。もう石像程度のものしか残ってはおらんと思うが」

「よろしくお願いします」

「んじゃ後で会長達にも伝えときますね」


***


なんだか毎朝毎朝、朝食の頃に誰かしら呼びに来ていた日々はそれで一旦落ち着き。

『商会のアイテムボックス』は天人3名と専属の冒険者8名チームと商会幹部のみに存在を伝え。毎回チョーコの家まで借りに行って、使い終わったら返すという形式に決まり。


ユーゴは送り迎えも手伝える時は手伝うが、フィフィとラヴィは人間の転送と商店街内の荷物運び担当、ユーゴは倉庫と各所を繋ぐ荷物運び担当として回ることになったので、それなりに忙しくなりそうで。

送り迎えだけであれば転送屋などで働いている天人の誰かにちょっと頼んだりすればいいから、冒険者に天人はつかずに済ませると。


それだと新しい所とか深い所に潜るの大変じゃない?と思ったのだけれど。

高山の未踏ダンジョンの殆どは天人が放置しているところが多いせいで、魔獣の数がおかしかったりして進めないことが多いし、今見つかっている素材を集め直すだけでも結構な数のダンジョンを回らなければいけない。


まず一番狙いたいのはココアパウダーとうどん粉とパスタ粉とコーヒーに桃の酒の実まで取れるダンジョン。そしてトマトとオコメとカボチャとオリーブオイルが取れるダンジョン。あとは商店街必須のペイントボール各種とニガブドウ、バナナと棘草と眠り草とフローラル石鹸は上層だけ軽く回って十分に確保しておきたい。

確かにローテーションでダンジョン4つ回って途中休日を挟みながらとなったらそれで手一杯か……


ちなみに行けるならニラと玉ねぎとニンニクの所と、青りんごとハーブ石鹸と人参、大根、高麗人参の所や、髪艶草とレジアナ草の所へ白桃も取りに行きたいので、本当に1チームでは手一杯。休憩を取らせるために交互に働くもう1チームを組むかどうか悩んでいるくらいだと。


なので、新規開拓は他に任せるか、チョーコ達が行く方が良いみたい。

オクティはチョーコに付き添う時は休みを取り、チョーコがどこか行こうとか誘わない限りは毎日チラッと報告書だけ読みに行くというが。

何もなければ昼には帰って来てチョーコを構い。商店街の作業の進みを見に行ったり、卸売り倉庫の事務所に困ったことは無いかと聞きに行ったり、牛乳を汲みに行くついでに牛の村の苺の様子を見たり。


なんかすっかり平和になったし、そろそろ結婚後から保留にしていたオクティとダンジョンに2人で挑みに行く!というのをやっても良いんじゃない?という気持ちでいっぱいになってきた。


「オクティ、そろそろ小さくないダンジョンにしっかり行きたい。2人きりで!」

「わかった。行こうか」


魔塔へ連絡をして休みを貰い。メイドさんたちにも必ず通信石はすぐに触れられるところに付けておく。よほど安全そうじゃないなら夜は帰ってくる、など心配されながら。大丈夫だからと何度も伝えて牛の村へと飛んだ。


「おや、しばらくぶりですか?おはようございます」

のんびり牛にブラッシングしながらサニーさんが振り返る。

「おはようございます!少し休みが取れそうなので、ちょっと大きいダンジョンに2人で挑戦しに行こうと思って、お勧めありますか?」


お勧め……と呟きながら、サニーさんの目にちょっと心配とか不安とかそういうものが浮かんだ。

「見たことがないものという事であれば未踏のダンジョンはまだまだたくさんありますから選び放題ですが。どんなところが宜しいのでしょうか」

「……サニーさん、何かありました?」


「いえまだ、あったというわけでは。3日ほど前でしたか、剣を持った体格のいい人間4名と、ローブを着た魔法を使いそうな人間2名の男性ばかりのグループがここへ来まして。翻訳機も魚人の案内も無かったので少しだけ共通語を覚えた若い天人のリリーという女性が話を聞いたところ、『ダンジョン』『誰も行ったことのない場所』という事が聞き取れたので、ここから近い中型ダンジョンへ案内したのです。送るだけですぐ戻ると思っていたのですがどうやら付き添って欲しいと言われたようで。ついていったきり、まだ帰っていなくて」

「ちょっと心配ですね……」

「そうだな。中型ダンジョンと言っても規模は様々だし、下まで踏破しようとすれば3日では終わらないことはあるが。素性の分からない冒険者たちと一緒というのは。心配だな」


「近くの中型ダンジョンってどこなんです?」

「向こうの全く同じ形の山で色だけ黒と灰色っぽく見えるところがあると思うんですが。ここからあの二つの山の間に向かって真っすぐ行く途中にある、崖の中腹に穴が開いてます、そこですね」


ちょっとだけ、オクティの後ろで炎の導きを出して、リリーさんはどこかと念じてみると、確かにその双子山方向に強く引っ張られる感覚があった。


「どこに行くかも決めていなかったし、3日も掛かるような所なら挑戦しがいもありそうなので、そこにいってみます。ありがとうございました!」


――真っすぐ飛んでいくとすぐにそれらしい深い谷が口を開けているところに通りがかり、上から見てもすぐ分かる所に空いた穴が見えた。


入口周辺には多少の走る魔獣が湧いているだけ、土壁と土床に天井と柱だけ石という高山のダンジョンらしい構造。既に灯りは消えていたので点けて中を見ると、焚火をしたような跡と燃やして葬ったハーピーの死骸らしい跡がまだ残っていた。

ここのダンジョンの壁に生えた蔓は木の枝っぽい見た目で実がなく、焚火はそれを燃やしたんだと思う。


近くに寄って蔓に触れてみたところ。『油の木』とあり、木自体はコルクのように柔らかくてとてもよく燃える。抽出するとサラダオイルのような癖のない油が取れるらしい。

オリーブオイルが沢山あるから今すぐには要らないけど。まぁ後で冒険者が来るかもしれないから報告とかは必要かと通るところだけ軽く集めながら進む。


けっこうワンフロアが広いし小部屋が沢山あるし、丁寧に回ったら1層踏破するのに1日かかるかもしれない。


見つけた小部屋を覗いてみると『サトウダイコン』がある。アクが物凄くてそのまま食べるとエグイが、刻んで煮込んで徹底的にアクを掬えば砂糖が取れるあれかな?と思ったら、ここでは抽出一発で砂糖が取れた。

しかも直接白砂糖。

リリーさんは心配だけどサンプル集める程度には取りながら次。

小部屋の入り口で触って確認してサンプルを取ったものならスルー、新しければ回収して次、とどんどん巡っていく。


『サトウキビ』そのまま齧ったり絞るとちょっと独特な味の甘い汁が取れ、抽出で黒砂糖が取れる。『痺れ草』1本食べると半日ほど身体を弛緩させる効果のある薬草。『サラダ菜』葉野菜。

1フロアが広いので被りが多いし、しばらく回ってもこれ以上見たことのないものは見つからないかも。


全ての部屋を探すのはちょっと面倒になって来ちゃった。

「えっと……最下層以外でこのダンジョン内で見つけていない作物はどこ?」

炎の導きを出して確認してみたが、しーんとどこにも揺れない。

「ここで取れる作物は全種類揃ったみたいだな。――戻っていない天人を探してみよう。見たところ魔獣の湧きも少ないし、取れる作物もそこまで根こそぎ集めたいほどのものではないよな?」

「そうだよね……リリーさんはどこ?」

導きが下の階層を斜めに指すので、降りる階段を探して進み、下のフロアへ。ここももう灯りは消えてる。オクティが前を進んで通る所だけ灯りを点けながら、もう真っすぐに下をめざした。


3層目に降りると、階段周りはもう明かりが消えて暗かったけど、炎の導きが横を向いたのでこのフロアに居るらしい。


「この階層のどこかみたい」

「足音も立てたくないし、灯りを点けずに飛んでいくから、抱えてくよ?」

「うん。お願い」


オクティに抱えて貰って暗い中を飛んでいく。チョーコの目だと普通に真っ暗だったが、壁に掠ることもなく前から流れてくる風で曲がったりしていることは分かる。

と、幾つかの角を曲がった辺りでぼんやり明るさが感じられ、人の話し声っぽい音も何となく聞こえてきたかも。


そこでオクティがピタッと止まった。

「えー……っと、チョーコ。少しだけここで待っててくれないか」

小声でそう言われて地面に降ろされ、目を見ると。『見せたくない』ということだけが感じ取れる。

まだ離れているから灯りを1つつけて、行ってくると抱きしめてから頭を撫でられる。

「早く戻ってきてね?」


オクティだけ奥へ行くのを見送り。

灯りのそばに寄りかかって時々サーチで場所を追いながら、チョーコは通信石を握りしめた。

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