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飢えないだけじゃ生きられない(日・水・更新中)  作者: なるねこ


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76.南の海と商会紋

――家に帰ってローブを脱いだところでロイドさんが来て、今日の打ち合わせを反映した、商店街の地図最新版を渡しに来たと。店の位置や店舗が扱う品物、開店予定日、必要な魔道具は水かセットかなどの詳しい情報まで分かるよう大きな紙に書かれた地図を巻いたものを届けに来てくれたので。

お礼を言いつつ水の魔道具30個の追加を渡すと、目を丸くしつつ受け取って帰った。


まだ昼過ぎでオクティは帰って来そうにないし、食堂の机に地図を広げて読んでみる。

けっこう詳しく説明や注釈が付いてて分かりやすいが、お茶を持ってきたミナが興味深そうに見ながら時々解説を入れてくれた。


レストランの厨房はともかく、屋台は火が近いので不死族に任せない前提らしい。揚げ芋とか串焼き屋とかは入口すぐのうっかり日が差すかもしれない所に固まっているし、辛い物のお店も入口にしかない。

両側の車で通るところも入口に近いところは両替商、郵便受付、レターセットと万年筆、手土産用の粉の飲み物、包装した手土産用の果物など不死族と関係なさそうな店ばかり。


ちなみに商店街のレストラン関係は全て、胡椒、唐辛子、カレー粉を多く使った辛い料理には不死族に提供してはいけないことが客に分かるように必ず掲示されるし注文時に口頭注意もされるそうだ。


当人たちは鼻が利くので知らずに食べるということはないけど、誓っていないお客さんは悪戯で無理に食べさせようとしないとも限らない。もし無理に食べさせた場合、悪質な嫌がらせに当たるので罰則を決めておこうと。


ただ不死族たち側は、辛いもの食べると吸いたくなっちゃうだけだから。試しに一口食べてみてくらいのお願いだったら夢見サービス注文してくれるって言われたら食べちゃうかもと軽い感じ。

よっぽど、例えば複数人で押さえつけて1皿食べさせる暴行レベルの話じゃなければ気にしないから、辛いもので罰則なんてなくて良いと言っているらしい。

身体強化が使えるから女性でも全く非力じゃないし、そんな事件はなかなか起こらないと思いたい。


事件といえば。車道、店舗とあってその裏側にはスタッフ用通路が設けられ、そこから地上へ生産物を取りに行ったりする出入り口や倉庫、スタッフルームや会長室、副会長室、事務室、商会員寮などの各種設備が繋がっているのだけれど、その施設の中に『地下牢』『取調室』と雑に場所だけ書いてあるところがあった。

位置的には一番最初に深層へ飛び込むのに使ったあの深い穴があった場所らしい、あの穴は既に地表部分は塞いでしまっているそうだ。


商店街内で暴れた人を捕まえたとして、ずっと表に縛って転がしておくわけにもいかないから一旦裏に連れて行って話聞く必要はあるし、一般人でも身体強化持ちだったりするからただ事務所に連れて行ったんじゃ危ないこともあると。確かに必要は必要かぁ。


ふーん、最近の串焼き屋は魚の干物を炙ったのも取り扱うんだ。

早速ポップコーンが屋台ラインナップに入ってた!どうやら沢山植えると凍土化防止にも役立つというので、木が枯れてしまっている範囲でギリギリ育つ限り植えまくり、そこに魔獣の核も撒いて土地復活を狙っているので、このまま味噌と醤油とポップコーンは凍土の特産品にする気みたい。

味噌焼きおにぎりと立ち食いうどんまで……


今も街で人気の1杯銅貨1枚のジューススタンドもあるけど、殆どは炭酸入りとかホイップクリームの乗った贅沢なのがメイン。平民街では高級なカットフルーツなんかもあって、支払いは全部銅貨数枚で鉄貨で買えるものがない。やっぱり全体的にお高めな商品が揃っていそう。


平民が利用できるお店は食べ物だけかと思ったら、布屋というのが普通は平民用の服とかタオルとかを纏めて扱っているところでそこも平民が入れる。

そして商店街では一緒に純白のハンカチや布小物などの貴族が持ってもおかしくない物も扱うということで、布屋はかなり手前の方ではあるけどちゃんと貴族も入れる広い店舗が確保されてた。


店頭で買って帰るだけの店は、わらび餅など木の粉由来のものが和菓子屋と呼ばれてて、小麦粉やうどん粉由来のものはケーキ屋かパン屋。ゼリー屋には甘いのも野菜系のもあるみたい。花屋、香り石鹼、雑貨屋、金物屋、木工、ジュエリー、靴に帽子とカバン。本当になんでもある。


布屋以外の店舗系は貴族向けでお高い、銀貨数枚から高いものは金貨、家具やジュエリーなどの高級品は注文販売で配送みたいだけど、ミスリル貨のものまで扱っている店もあった。


奥の店と比べて店頭に必要なスペースが少ないからか、持ち帰りのケーキ屋さんなどの裏手は両方の通路共に工場のような広い調理場や高価なものの特別な倉庫、各種製造の作業スペースなどに使う大きなスペースが取られていた。


店頭で売る持ち帰り用商品だけでなく、奥のレストランで出すデザート類の基礎部分や製麺機を使ったパスタやうどん、屋台用の串を打った状態の肉、レストラン用の肉、オコメをおにぎりの形にするまでと言った食べ物関係から、持ち帰りのショップバックなどの製造なども。

まとめて出来る作業はそこで大量生産し、スタッフ通路で運んだりする予定になっていたり、色々工夫が見えて面白い。


どのお店も道に対する横幅は動かせないけど奥と下に向かっての拡張はかなり融通が利くので、利用人数によっては後から拡張することも視野に入れているらしい。


メイク道具とかは売らないのかと思ったら、不死族が作る製造が複雑なものは薬の括りになるので、商店街のサービスで使うのはいいけど売るのは薬屋……あ、確かに元の世界でも化粧品が買えるのってドラッグストアだったな。

香水と花と石鹸まではダンジョン作物と同じような扱いみたい。


あ。添い寝屋さん、気になってたんだけど。なんと完全フリータイム、満足するまで延々寝てても構わないスタイル。本当に隣で並んでただ寝るだけ、夢見サービスとは違うらしい。オプションは腕枕サービスなんてものがあった。

素泊まりホテルが1泊銀貨3枚からスタートのところ添い寝屋さんなら銀貨1枚、お安い。


ただしレストランなどの割引利用券は付かないし、飲食持ち込み禁止、ご飯食べに1度外に出てしまったら再入店は都度払い直し。サキュバスだけかと思ったらヴァンパイアの人も、男女も選べるというのがちょっと気になる。


奥に入ると風呂屋(マッサージ別料金)、レストラン、素泊りホテル(夢見サービス別料金)の3点セットで中流から高級まで4ヶ所運営予定。

レストランのみの店や風呂付のマッサージサロンは今のところ1つずつ、あとはメイド喫茶、影猫カフェ、緑茶専門店、紅茶専門店、コーヒー店、チョコレートフルーツパーラー、白砂糖茶屋、酒場、ヘアサロン、メイクサロン。

そして病院と薬屋。


白砂糖茶屋と酒場別なの?と思ったら、最近は甘くない酒を専門で扱うお店を酒場と呼ぶらしい。

街では静かに酔いたい人が酒場を選ぶことが多いようだが、ここの酒場は綺麗な不死族のお姉さんを店員として雇用予定。

砂糖で酔う店とアルコールで酔う店は差別化され。白砂糖茶屋は『大人の女性が通う甘味処』として認知されてきており。店員は顔のいい男性を採用し、不死族の募集も男性を雇用したいコメントが付いている。コンカフェ……かな?


メイド喫茶もあるんだ……緑茶と紅茶で別々なのは面白い。

両替商で古いお金や他国の通貨は全部新硬貨に両替出来るし、郵便局もあるんだ、まぁ必要か、注文販売のお店も毎回注文受けるたびにいちいち倉庫まで行きたくないもんね。


――ふふ、影猫カフェも予定を繰り上げて早く開くみたい、楽しみだなぁ。

なんかワクワクする!


***


じっくり見終わったのにまだオクティが戻ってこないので、ちょこちょこサーチで見ていたけれど、見る度に魔塔内で移動しているのがわかる。

結局オクティが帰ってきたのはもう日も沈みそうな夕飯ギリギリくらいの時間だった。


「オクティおかえり、今日はあちこち回ってたみたいね?」

「あぁ、就任挨拶で魔塔中を回ってたんだけど。どこへ行っても魔道具についての質問と研究を一緒にやりたいばっかりで、チョーコと2人で足りてるから無理と断るのが大変だった」

「お疲れ様。私の方は商店街の最新見取り図も貰ったんだけど、けっこう詳しく色々書いてあって面白いよ。あとは……特になかったと思う」


「あらチョーコ様、不死族に高麗人参を提供した話はいいんですの?」

ずっとサンプルを使って色々試していたらしく、今はほんのりと浮かない程度の薄いお化粧に落ち着いてほんわりラベンダーの香りを纏っているリナ達。


「一応言っておいた方がいいかな?なんかね、サキュバスの王様とヴァンパイアの女王様が凍土化しても国を捨てられないって意地になって、無理して住み続けたから核が傷ついちゃって。高麗人参くらい強力な回復剤じゃないと治せない状態だったんだって。

伴侶とかを合わせると17人もいたから回復薬を作るのは間に合わないと思ってたけど、おかげで治せそうだって。お礼に早速化粧品とかを作ってもらえたから、リナ達が毒性のチェックを兼ねていろいろテストしてるところ」

「良いタイミングで持ち込んだんだな、間に合いそうなら何よりだ」

「その際、リシャール様はチョーコ様に感激のあまり握手をしただけでは足りず抱きしめようとされましたが、そこは阻止しましたのでご安心くださいませ」


「んん……習慣的に身体接触が多い種族だから、握手くらいは許してもいい。それ以上は止めてくれてありがとう」

「リナ、何もなかったんだからそれは説明しなくてもよくない?」

「次にお会いした時にリシャール様から直接聞きになられる方がまずいですわ」


「まぁ、今リナから先に説明されたから冷静に聞けたけど。もし直接彼から伴侶に触れてしまってすまなかったとか急に言われたら、自白かな?って思うから、1回軽く燃やそうとしてたかも」


「えっ、あ……そっか。知らないと誤解が起こる可能性はあるもんね。ごめん、とりあえずお疲れ様」

ぎゅっと抱きしめてあげたら、本当に疲れたっぽい顔でうんと言ってからチョーコを抱えて癒される。

「挨拶回りのスケジュールだけで明後日くらいまでかかるってさ。それさえ終われば楽になるけどね……今までの所長は役員に丸投げだったから、俺も自主的にやりたい研究とか、積極的に運営したいんじゃなければ、そんなに毎日詰めなくてもどうにでもなるらしい。ただ最低限2、3日に1度、報告書に目を通すくらいはしろと言われてる」


「そうなんだ。あ、高麗人参納品して、商店街の病院も少人数ならすぐ入院受け入れ出来るようになるらしいから、落ち着いたら魔塔の実験体で問題抱えてる子を預けに行きたいね。――ただ一時的なものじゃなくて生まれつきのものだと完治はしないから、定期的に薬を飲み続けるか、一生入院になるかもって。その薬は安くないから、どこまで治療を望むかは本人に話した方がいいみたい。私が納品した分の高麗人参に関しては、そんなに金額考えないで使って貰っていいんだけど」

「使う側はいいけど、本人はそこまでして貰って申し訳ないとか居心地悪い思いもするかもしれないからな。ちゃんと本人に確認してからの方が良いってのは同感だ。でも……チョーコは一歩間違えたら俺がその立場だったかもしれないって思うと気になってるんだろ?全員、説明した上で希望するなら治療は受けられるって話しておくよ」


「うん……ありがとう。あとね、商会紋のデザインの相談も兼ねて、またマリアンたちの家に集まってお茶会しようってことになったから、明日はそっちに行ってきて良い?」

「うん、楽しんできな」


――その日の夕飯に出されたものを見た途端、チョーコがえぇぇウソォ?!と叫んだことにミナが一番驚いた顔をしたのだが。


オコメとなめこの味噌汁、干したやつじゃなく生魚の切り身の焼き魚。出汁たっぷりで煮込んだ大根とミミズ肉に生姜と醤油味をプラスしたもの、デザートもわらび餅黒蜜と緑茶という、完全和食。


が、添えられているのはやっぱりフォークとスプーンでオコメやみそ汁が盛られているのは皿。


「なぁチョーコ、チョーコがたまに考えてる『ハシ』ってなんだ?」

形状を説明したら、材木の端で削って作ってくれた。形が綺麗な割りばしみたいな感じで思ったより使いやすそう。

「これっ!そう、ありがとう!こうして挟む、切る、刺す、掬う、とかこれだけで色々出来るカトラリーなの」


メイドさんたちは『オコメの皿を持ち上げて食べる』『スープ皿に口を付けて飲む』というのは難色を覚えたみたいだけど、故郷だとちょっと大きめの広口のカップみたいなのにオコメも汁物も入れてたと言ったら納得したみたい。

スープは大きめのコップ、オコメはサラダ用の小さめの鉢に入れて貰った。


便利そうだといってオクティとメイドさん総出で今日の夕飯は箸に挑戦して、チョーコの手元を見ながら頑張ったけど、やっぱりだいぶ難しそうだった。


***


次の日は朝の催促には来られなかったけど、メイドさんがしっかり少し早めの朝ごはんだと起こしに来て、ニナに急かされながらオクティが魔塔へ出勤。チョーコの方は見送りを済ませたら、お昼のお茶会までやることはないなぁと思っていたら、副会長のスザンナがそろそろ訪ねても大丈夫なお時間かと家に来た。


何かと思ったら、先日見つかった2国のちょっとだけ先に『川』があるという話で、ワイバーン部隊が上流を探したら湖が見つかり、結界で姿を消していたのに見つかったと魚人たちが大変驚いていたので、西の海の魚人たちと交流があることを説明。

彼らは南の海から来た魚人族で、西の海の女王が交流を持つ人間というのは、大いなるエスが遣わした風であるチョーコ様という方が所属している国だと聞いたけど、チョーコ様という人間を知ってるかと聞かれて肯定したら、急に交易を始めたいというなら彼女に会わせなさい、お話がありますと言われたらしい。


「な、なんで私に?」

「彼らは南の海の魚人で。西の海の女王はすっかり信用しているという話だったけれど、本当にうわべだけではないのか疑っている様子だったそうよ。お困りだった御使い様を保護するといいつつ自分の店で昼夜なく働かせるとも聞いた。騙して奴隷のように働かせるなど許せないとね。交易なら、直接本人に会わないととても信用できない、とまぁ報告書として上がっているだけだから伝聞だけど。不死族への想いが強いとかかしら」


「えぇぇ、女王様の話を聞いた上で信じられないって『騙すつもりはない』っていくら言っても信じないタイプの人なんじゃ……?それは、説明のしようがないから、あまり会いたくないかも……西の海の女王様は、ローレライ種の人たち全員連れて、すぐに死の大陸まで泳いで行って直接不死族の人たちに話を聞いて確認したって言ってたし、その魚人さん達も不死族の皆さんに直接聞きに行って確認されてはいかがですか……って伝えて貰って良い?」

「ではそれを一旦伝えて、また改めて結果はご連絡するとして……こちらはその魚人たちが湖で育てていた作物なのですが、見て頂けますか?」


そう言って取り出されたのは、ココナッツ!これまた人の頭より大きいサイズだったので、ちょっとメイドさんに持って隣に立って貰いながら説明をする。

こっちのココナッツは殻が凄く薄くて卵の殻みたいに綺麗にペリペリ剥けるので、ちょっと上の方の殻を割って剥がし。元の世界のココナッツは薄い硬い実で中が水だったと思うけど、こっちのはかなり分厚い白い層があって、小さめの内側はあのグニュグニュ食感で半透明のナタデココがみっちり。


ナタデココはそのままアロエとかと同じく食感を楽しむもので、殆ど味はないから味のある飲み物とかゼリーの中に混ぜて食べるもの。白い部分はすり潰してココナッツミルクにもできるし、そのまま削って食べても良い、乾燥させるといわゆるココナッツチップでお菓子類のトッピングになる。また白い部分は抽出するとココナッツオイルが取れるといったことを説明。


牛乳とは違うけどミルク感があるココナッツミルクは、高級品の牛乳とはまた別の素材として色々活用法が探せそうだとお礼を言ってスザンナさんは帰っていった。


「うーん南の海の魚人さんかぁ。不死族全員騙して使い潰すつもりなんだろう許さなーいって感じだったら本当に会いたくないけど。ココナッツの交易もしたいし、他のものも……直接話して貰ったら誤解解けてくれるといいんだけどね」

「一度思い込むとなかなか治らないということはございますから。いきなり直接お会いしない選択は正しかったと思いますわよ。ここは結果待ちということでよろしいでしょう。あの、それよりチョーコ様……商会にあれこれ開発を指示していらっしゃった際、口紅のケースやスプレータイプの香水瓶、とか?なにやら作りたい理想像があるような口ぶりでいらしたと思うのですが……デザイン画で見せて頂けませんか」


筒の内側をネジ型にして、ひねると出て来たり引っ込んだりして蓋も出来る繰り出しタイプの口紅ケースとか、マスカラを塗りやすいように櫛形に毛を植えたブラシとか、ポンプ機構は正直詳しくないので、一方通行の弁を2つ書いてそこに空気を吸ったり吐いたりすると一方方向に吸い出される仕組みを説明する図と、硬めの布をゴムで固めたスポイト袋のようなものをそこに付けて吸い出し、吐き出す所に細かく霧状に水を吹くような仕組みを付けるとメモ。


ついでに、髪用の洗浄剤とか顔に塗るクリームなどもポンプボトルにしたら使いやすいかもしれないので、弁の部分を縦にして伸縮性を持たせて、吸い出した先にノズルを付けて手とかに押し出せるようにするのもあり、とメモ。


「魔塔の研究者でもここまでのカラクリは作りませんけれど……エスのお告げというのは凄いですわね」

ほー、と描かれたデザイン画と説明をよくよく眺め。ありがとうございますと紙をしまってから代わりになにやら小さな、それこそ口紅くらいの小さな硬い紙製の筒がコロコロと3つ入っている小さい紙袋を出してきた。


「こちらをチョーコ様とオクトエイド様へお贈りしますと、秘書達……というか、末弟ですわね。彼からの伝言ですわ」

「なぁに?それ」

1個手にしてみると、構造的には卒業証書を入れる紙の筒と同じ、厚紙の筒で引っ張れば外せるようになっており、表面は汚れにくいようにかゴムコーティングまで施されていて。手に取ると中に何か入ってるようでコトコト何か揺れる感触。


「危険物ではないので、開けて大丈夫ですわ。先日頂いた録音石を利用した『指令書』ですのよ」

「しれいしょ?」

引っ張って開けてみると簡単に開いて、確かに1箱渡した録音石が1つと、小さい紙片が入っている。


紙片は002-05と2回書かれた細長い紙で、真ん中にミシン目があるので千切れるようになっていたが……つまりどういうことだろう。


「使用する際はその紙を千切って、片方を筒に入れ、片方はご自分で持っておいていただきます。そして、録音石にいつまでに何をどうしろと指令のメッセージを吹き込み、その筒に入れます。盗み見の心配がありませんので、わたくし達や秘書達の誰でも渡して頂ければ、そのまま本人に届けて参りますわ」

「直接本人に仕事があるから顔出してって伝言して貰うんじゃダメなんだ?」


「その指令書の使い勝手を試す意味で。自分の主人以外の誰かに何個か配って仕事を受けてくるということになったのですわ。一度現場に近い環境で使ってみないと分かりませんもの」

「お願いするようなことないんだけど……あ。私はいつもマナにマッサージして貰えるけど、オクティはして貰ってないじゃない?秘書さんにならオクティのマッサージ頼んでもいいかも?」

「お心遣いは理解して頂けると思いますが……マナがやりましょうかとお声がけをした際、女性だからではなく、腕などならともかく身体を他人に直接触られるのが嫌いだとおっしゃっていましたので、無理強いは宜しくないかもしれませんわね」


「あ、それは駄目だね……私がマナに習ってやってあげるくらい?そうなると本当に、どうしよう」

「ただのお試しですから、思いついたらでよろしいのですわ。オクトエイド様の帰りが遅いので動向を確認して来いとか。マリアン様達への手土産に良さそうなアクセサリーやお菓子を探してこいとか、ちょっと今手が離せない時に代わりにやって貰うなどに使えばよろしいかと」


「ん、わかった。オクティにもちょっと聞いて考えてみる」

「そろそろお昼になりますし、マナを呼びますわね」


――マリアンのお茶会でチョコレートケーキとコーヒーを楽しみ。ミナのケーキやミラルダさんのところの料理長にも負けない腕だと皆で褒めまくり(これもお茶会のマナーの1つらしいけど本当に美味しかった)一段落してから。

皆にお揃いの小銭入れを配って、バラの現物を見せた時の皆の反応は凄かった。


特にマリアンとリリアンは真っ赤なバラに一目惚れ。マイクとリックに貰ったペンダントよりもこっちを貰えたら嬉しいというコメントは、そのまま伝えると流石にあれだから濁して伝えることにして。

やっぱりお揃いのものは大体マリアンが赤、リリアンがピンクを使うことが多いらしく、バラもピンクがあったらいいのに、と言うので、それは不死族の人に聞いてみないとわからないから、今度聞いておくねと。


そして改めて今日の本題のつもりで来た『コンヴィニ商会の商会紋』の話をする。


貰った小銭入れを大興奮の顔で黙って見つめていたミーティアが「描きたいわっ!」と珍しく人前で大きな声を出し。そのまま紙束とインクと、ミーティアの希望で平筆が持って来られた。


完全に白黒で、かつ一切ぼかしを使わずに引かれた線。

鋭角と丸みを巧みに使って同じ幅の線で描かれた印章らしい『デザイン』で表現された白いバラ、茎とギザギザのある葉。そしてとてもフリーハンドで描いたとは思えないコンヴィニの美しい飾り文字。

本当にミーティアはレタリングが上手だと思わずほわーっとため息がでてしまう。


「確かにこれだったら彫って印章にも使えそう、すごいね……私はぼかしたり細かく書いちゃうから、どうしてもこういうデザインっぽくはならないの」

「私もだ、どうしてもこのようなシンプルで美しいデザインにならないのだよね」

「んまぁ上手だわぁ!商店街の商品も、オリジナルのものならこれを彫りこんだりして独占販売してもよいのよ。ほら、食器の工房印みたいに」


「えっと、小人さんに頼む金属製品とか魔人族のガラス製品とかは買って来たものだけど。不死族の作るお化粧品とかこういう香水だったら商店街のオリジナル商品って言っていいんだよね?その入れ物とかにこのデザインを付けて売るのね」

「そうそう!このバラを全面的に押し出したデザインの小物なんかもいいわよね」

「面白いかも!あっ、そうだ……ミーティアにデザイン料は払わないと。こういうのって相場が良く分からないんだけど」


「お店や商会で独自の紋を発注する場合は金貨5枚からとなっているけど。予定されている商売の規模が大きいほど高く払うものなの。1つの店でたくさんの商品を扱う大店からの発注は金貨50枚だったし、コンヴィニ商会の紋ならミスリル貨数枚出しても良いんじゃないかしら。それとアクセサリーなどで商会紋そのもののデザインを使ったオリジナル商品を売る場合にはデザイナーにも還元するの」

「えっ、こんなの全然たいしたものではないわ?金貨5枚で充分よ……」

「だめよミーティア、仕事の対価をきちんと頂くというのは大切なことですわ」

「そうよ。仕事には相応の対価を払う、それが当然。遠慮すべきことと考えるのは間違いですの」

さすが商会組合長の娘というか、マリアン達はそういう所は譲れないらしい。


「うん。私もそう思うし、ちゃんと払うよ。――あ。お金を受け取りづらいなら物の方がいいかな、何か欲しいものあったりする?」

「欲しいもの……えっ、えっ『絵の具』……う、でも、本当に……『流石にねだり過ぎではしたないですわよね』ごにょごにょ」


「これは……相当欲しいものあるなぁ。なんだろ、ミーティアが好きそうで、よほど珍しいものか」

「うっ、ローレ、聞き出そうとするのやめてぇ……」


溢れだすというか漏れてしまっている要望は聞こえているけど、ここでパレットに乗った色絵具の粉をポンと出すのは不味いと流石に分かる。


「お絵描き仲間だし、絵を描くもので欲しいもの?あー、えっとちょっと待ってね。この前高山で良いもの貰ったからね、えっとぉ」

振り返るとメイドさんがすぐに飛んできてくれた。

「絵の具の袋持ってきて」

「「絵の具っ?!」」


絵具を出すから袋を持ってきて、と正しく理解してはいと頷いて一旦姿を消すメイドさんの声をかき消す勢いで全員の叫びが被った。


「知り合いになった天人の子が全色揃えてくれたから。といっても本当にちょこっとだけだし、私も使ったから使いかけなんだけど、ごめんね?」

「そんな貴重なもの、う、うれしい、でも、ほんとにいいの?」

「本当に使いかけだし。現金で売るのは禁止だけど、天人同士でも使い終わった絵の具の残りを友達に譲ったりしてるから。友達にあげるのは大丈夫なの」


持ってきて貰った袋の中に粉の乗った白い石のパレットを出してみる。うん、一番少ないのでも2回分くらいは充分残ってるね。


「量もバラバラだけど……粉に水を入れるとインクになるから使ってみて。赤と緑の絵の具はもう天人に頼まなくても手に入るようになるし、それ以外の色もこれから段々出てくると思うけど。折角天人の絵の具が全部揃ってるから使って」

「ほ、本物ぉ……あ、あ……」

ミーティアもほとんど泣きそうになりながら、手が震えてパレットを持つとこぼしそうだと。自分の家から連れてきているメイドを呼び、持って帰って貰う。家でじっくり大事に使うというので、こちらもメイドさんに袋を返した。


「良かったなミーティア。景色を写し取る天人の絵の具の話、ちっちゃい頃から憧れてたもんな」

「「……ほんと、とんでもないものが出て来るわね」」

「えぇ、楽器の時もそう思ったけど……」

「私は、チョーコの結婚宣言にあんな沢山天人と魚人たちが集まったことに驚いたわよ……?」


「あ。商店街にも3人だけ天人さんが来てくれることになったから、日中は徒歩用の出入り口の所で転送屋さんしてくれると思う」

「「「絶対行くから。楽しみにしてるわね!」」」

「商店街、うぅー、毎日通い詰めたいけど流石にそこまでお小遣いがもたないわぁ。天界語の学校に通わせて頂く代わりに花嫁修業や家政のお勉強もするって約束しちゃったから時間も減るし」


「あ、そういえばカリナって例の彼とは無事に別れたんですってね?」

「うん聞いてよっ!最初はすっごく泣いて縋ってきたのに、お父さまが手切れ金を多めに渡したらあっさりよ?!もうほんっと頭来ちゃうわっ!」

「揉めなかったのならよかったじゃない。あなた可愛らしいタイプのお顔なのだし、年上好みでしょ?ちゃんと可愛がってくださる方が好みっていうだけなら、すぐに見つかるわよ」

「それ!あのねっ、実は昨日歌の先生の所で初めてお見掛けした方が――」


どうやら直接家同士のつながりは無くて知らなかったのだけど、先日の結婚宣言でコーラスをしていた中の1人がずっと前から同じ歌の先生に師事していたのを昨日知ったらしい。

好きな歌の話で盛り上がれたし。美形ってわけではないけど、悪くない顔立ちだし。同い年の14歳で声変わり直後らしくちょっとハスキーだが、小さい頃は祝福の調べと呼ばれるくらい綺麗なボーイソプラノで話題になったことがあるそうで、その噂だけは聞いていたと。

もっと早く出会ってたら噂の歌声も聞けたのにとか声変わり後にどう落ち着くか怖いとか、あれこれ話しているうちにすっかり仲良くなって、でもまたいきなり引っ張っていって親に話すのは多分怒られるので、少し様子を見てからお互い親に紹介しましょうと約束したらしい。


「恋多きというか惚れっぽいというか……まぁでも、私としてはカリナがちゃんと前を見てくれているのは良いことだと思っているから、今度こそいい恋になるといいわね」

サラがカリナの肩をぽんぽんと叩き、皆で笑む。


――どうなることかと思ったけど、うまく落ち着くところに落ち着いたのなら良かった。

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