6.なんとトイレは行かない
オクティが寝返りを打って腕の拘束が無くなったことではたと目が覚めた。
抱きしめてくれていた腕が離れてちょっと寂しいとか思ったりしちゃってるなと自覚してもだもだしつつ、もうちょっとゴロゴロしちゃおうかなとのんびりしかかった所で違和感に気付く。
あれ待って、トイレに行きたいって今まで一度も思ってないの、おかしくない?
気絶してた間も含めたら丸々一日以上過ぎてるはず。
魔力のことみたいに知識があるかと目を閉じてみるとわかった。
そもそもこの世界、生きるものは植物も動物もバケモノも何でも、全て分子じゃなくて魔力の粒で出来ているらしい。分解しやすいとかしにくいとかはあるものの、食べたものは最終的には全て吸収されるか空中に放出されるかして消えてなくなるため、正常ならば大小ともに排泄は一切しないそうだ。
消化器官はあるし、お腹を下すこともあるけど、排泄は嘔吐や吐血と同類の体調不良。
ちなみにトイレ行かないどころか。この世界に細菌や微生物といったものは存在しないから腐敗もなければ発酵もない。
汗や垢に菌が増殖して匂いが、なんてことも起こらないので、風呂は足の泥を落とすくらいで娯楽の位置付け。湯船に浸かってリラックスするのが貴族だけっていうのは色んな作品でもあるな。
腐敗がないって肉とか放置しても新鮮なまま?と思ったら、死んでから時間が経って瘴気の溜まった肉を食べると酷い消化不良でお腹を下すなんて言葉が出てくる。
『瘴気』というのが、この世界においての老廃物と呼べるものらしい。
垢も汗も流れた血も、使い終わった魔力も全て、いつの間にか瘴気になって空気に溶けて消える。
生物は魔力を使って瘴気を吐き出し、瘴気が溜まるとそこから魔獣が生まれ。魔獣は周囲の瘴気を取り込んで大きく育ち続け、それが倒されて得られる核には新しい魔力が詰まっている。
核の魔力から植物が生まれ、植物から妖精たちが生まれ、他の生き物が妖精を食べて。
生きて育って瘴気を吐き出し、そこから魔獣が生まれ。
そうしてその地の魔力は巡っていくのだと。
生き物が死んだあとの死骸も、数日から数か月の時間をかけて徐々に瘴気へと変化して消えていく。ただその途中経過で発生した瘴気が溜まってきて死体の中で核に変わると、死体が魔獣と同じように勝手に生物を求めて動き出すらしい。
なにそれこわい。
そんなことを読んでいると、もぞりとオクティが動いたので、目を開けてみた。
数秒の間のあと、バッとこちらを振り返りながら起き上がった彼と目が合ってまた少し止まる。
「おはよう?」
「あぁ、おはよう……チョーコはちゃんと寝たのか?」
「寝たけど、もう寝すぎて眠くなかったから魔法のこととか色々情報読んでた」
「そっか、実践してみるか?威力はちゃんと抑えてくれよ?」
やってみる、と起きて動ける支度をして、魔法の練習をあれこれさせて貰うことになった。
オクティの指導で基本の方から少しずつ、色んなジャンルの魔法を試させて貰う。
それで分かったことは、まず”概念”で発動した火や水などは、通常の火魔法で作った火には負けない。
つまりオクティが出した火をチョーコが水で消すことは出来るけど、チョーコの火はオクティの出す水では消えない。
”概念”というのは普通の火とかの属性魔法より強いみたいだとオクティが言う。
でも『盾』のような物理的なものを作ろうとするのはすごい難しくて。作れることは作れるけれど、それ1つにかなり集中していないと、ちょっと気が散った瞬間に消えてしまう。
『水』みたいに、私が凄く具体的に物理的なものとしてイメージ出来るものは消えてないから、練習次第だって言われたけれど。魔法で作った盾が物理的な何かだと思えないし、オクティが出してた『結界』なんかも、なんかよく分からないんだもの。
それになぜか回復の魔法も苦手で、せいぜい痛みや吐き気を感じさせなくなる程度のことしか出来ないから、もうその辺は全部オクティに丸投げすることにした。
プラシーボ効果では頭痛は消えても切り傷は治らないよね、うん。
なんというか、攻撃はどんな属性でも得意だし負けないけど、防御や回復は全くできないって、魔力量と威力に全てのステータスを割り振り尽くした攻撃特化の魔術師って感じ?
そういう意味では、どのジャンルでもまんべんなくサポートしてくれるオクティに最初から出会えたのってめちゃくちゃラッキーかも。
それから、”空間”で使える『アイテムボックス』は、何らかの容器(服のポケットでもカバンでもコップでもかまわない)を入口として指定しておけば、そこから無尽蔵に物を出し入れできる。持って中に突っ込んで手を放すと消えて、中に手を入れると中に入った物のリスト的なものが頭に浮かんで、取りたいものを選ぶと掴めて、引っ張ると取り出せる。
水を入れたコップとか、皿に乗った粉とかも、そのまま入れてそのまま取り出せちゃう。
種なんかを入れた場合は死んでしまって発芽しなくなるみたい。珍しい植物の種とか持ち帰りたいときは入れちゃダメ、そこは気を付ける。腕を突っ込みすぎたら危ないのかと思ったら、手首のちょっと先くらいまでしか入らない。生物を突っ込んで手を放した時点で死ぬってハッキリ脳内に出たので、ひぇってなった。
オクティに試して貰ったら、入り口に手が入らないし、物を押し付けても入らないけど、触ると中身は分かって取り出すだけは出来た。ただチョーコと手を繋いだりした状態でなら入れることも出来る。
彼が色々入れたり出したりして試したところ、中途半端に入れた状態で手を放すと重い方に引っ張られることと、フックなどで外に引っ掛けてから突っ込むと引っかかったままなこと、完全に中に入り切るまでは死なないので、うっかり中に押し込まれそうになった時は入れ物のフチに掴まっておけば助かることが判明。
アイテムボックスにうっかり入れてしまって殺してしまう事故は、私がやる気じゃなければ起こらなさそうでよかった。うん。
アイテムボックスで時間停止付き、お皿に乗った物もそのまま入るというのはロマンをくすぐるよね。世界のどこかに白い粉じゃない食べ物が、いつか美味しい出来立て料理を入れて持ち運べる日が来ると信じたい。
という仕様が分かって、便利だとテンションが上がりかけたけど。
入口に指定した入れ物を一旦解除するとその時入っていた中身が全部消えるという危険仕様だった。
しかも試しに2つ袋を指定したら、Aから入れたものをBから取り出せたんだけど、Aを解除しようとしたらBも一緒に解除されて中身が消えたのね。
基本的に私かオクティしか使わないからそこまで気にしなくていいかもしれないけど。指定したり解除したりを頻繁にやると事故りそうだから、指定はあまり増やさないように気を付けよう。
今のところは消えたら致命的にヤバいって思うような持ち物もないし、オクティがキャンプ道具とは別に、魔物の核とか後で食料にしようと思って切った木とかを入れるのに使ってる袋だけ、一旦中身を出してから指定することにした。
指定した袋自体は、誰が持ち歩いててもいいってことも分かったし。荷物が軽くなるのはいいし。
使っている感じでは、ずっと袋に魔力吸われっぱなしなんてこともなさそう。あとは使用中に私が寝たり遠くに離れたりしたら解除されたりするんだろうかとか、その辺を細かく見ていこうというくらい。
とりあえず『テレポート』で見える範囲を飛んでみたりしたくらいでは何ともなかった。
あとは『テレポート』の座標指定のやりかたが幾つかあることが分かったくらい。
まず実際に目で見ている地点は無条件に行き先として指定できる。それから『マーク』という”概念”の目印を付けた場所は、どんなに離れていても見えてなくても、そこを指定してテレポートができた。
直接見えるわけではないけど、テレポート先として選ぶ時、どの印がどこに付けた印なのか、ちょっとわかる。ゲームとかでマップ上に表示されるテレポート先のアイコンっていうか、出現場所の小さい絵が付いてるみたいな感覚に似てるかな。印の周辺の環境がなんとなくわかるの。
印を付けた所にマットとか荷物を置いたりすると、何かそこ塞がっててちょっとずらさないと飛べないなってことも分かるし、大丈夫そうなところにずらして飛ぶのもやってみたら出来た。
そのうちお引越しするかもしれないけど、落ちもの獣人の隠れ家の入口通路には、練習の時に印を付けさせてもらった。これでまたいつでも遊びに来れる、嬉しい。
他の人も手を繋いだり抱えたりしてくっついていれば一緒に飛べる。オクティに魔眼で詳しく見て貰ったら、直接私と手が繋がってなくても、大人数で輪になって飛ぶなんてことも可能っぽい。今は試せないけど。
いまのところ、1人で飛んでも2人で飛んでも消費量に違いどころか、魔力を消費した実感すら全くなくて。
その程度の消費は何ともないならいいけど、残量を把握できてないと困るなとか考えていたらオクティーが何を悩んでるのか聞いてきたので、そう話したら、じっとチョーコの頭の上から胸のあたりまでを見てから『何ともない』の方だねと断言してくれる。
チョーコの魔力は出力こそ俺とそう大きくは変わらないけど、保有量の上限と回復量が異常なんだよね。一気に百人くらい飛ばしたらちょっと休憩必要だろうけど、5人くらいまでならほとんど減った感覚もないんじゃないかな。
そんなにか。ていうか、出力なくても百人飛ばせるんだ。
魔眼で見てると、まずチョーコから飛ぶ先に魔力でパスが繋がって。移動する瞬間、身体の中から直に消費されてるみたいだね。保有量の低い人間が使おうとしたら、飛んだ先で魔力枯渇の死体になって転がっててもおかしくないかな。
こわ。移動先塞がってるなと同じ感覚で、これ全部まとめて飛ぶの無理だなって分かるんじゃないかなって気はするけど一応やり過ぎには気を付けよう。




