59.自画像
新居の水場に設備が増えているというので食後に見に行ったら、一人で入るにはかなり大きめなゆったり足が伸ばせる新品の風呂桶があった。中に栓があってひっくり返さなくても水が抜けるタイプ。
風呂桶の隣には石を彫刻で削り出したらしい小さめのサイドテーブルと水差しとコップ、出入りが楽になる小さい踏み台や、滑らないように水はけのよい裸足で踏んでも柔らかい敷物。
着替えを置く棚には脱いだものを入れる籠と畳んだパジャマとタオルが2人分既に用意されている。
「水場に敷物……管理が大変だから貴族しかやらないやつだ。すごいな」
「わぁ……広いし綺麗!ゆったりお風呂入れそうでいいね!こっちはなんだろう?」
湯上りに涼む用のベンチというには違和感のある……言ってしまえばトランポリンのような?、水はけの良さそうな厚く編んだ布が張られた寝転がれそうな台があるけど、ゴムが仕込んであって、かなりクッション性が高そうに思える。
「風呂で暖まり過ぎた時にこっちで少し涼んだり、マッサージとか受けたりする台だろ?」
「へぇー……なんか、貴族っぽいね」
試しに座ってみると、思ったよりしっかりしてて、トランポリンみたいにビヨンビヨン跳ねるわけじゃないみたい。
「チョーコ、また風呂で眠たくなったからって、そのままここで寝るなよ?」
少しからかうように言われて……しまった反論できない!
「はぁい。前にお風呂の中で寝落ちしちゃったのは心配かけたと思ってるし、気を付ける……」
「……こっちの広い桶だと本当に寝落ちたら死ぬかも。疲れてる時はちゃんと誰か呼んでお世話を頼んでくれよ?もし1人で入って寝落ちたら、次からは俺が風呂まで着いてくからな」
からかいじゃないのが分かるトーンだし、これは本当に本気だと思う。
「……わかった。メイドさんにお願いするね」
「今日はどうする?」
「んん……ねぇ?お世話してもらうのって面倒を掛けちゃうって思ってたけど。マナはむしろやりたいみたいだったじゃない?迷惑じゃ……ないのかなぁ」
「いや、チョーコの世話を頼んで迷惑に思われることは絶対にないと思うぞ?
まず主人の世話を頼まれたなら、美容だとかに使う新作をあれこれ買い揃えても経費で落ちるだろ?それにマナはそもそも好みの外見の主人に自分が着せたい服を着せたりあれこれ世話をするのが楽しいらしいし、隙を見てお世話したがるって言ってたからな。……チョーコだって『同盟締結についてこい』は嫌でも『魔獣の核を沢山集めてきてくれ』で山のダンジョンへ行くなら、むしろ休日の楽しみじゃないか」
「確かに、そっか」
「チョーコが目を見て話すと相手の心が読み取れることはちゃんと、メイドたちには伝えておいたから。確認したかったら遠慮なく目を見て素直にこの仕事内容は好きか嫌いか聞けばいい。――というか、俺たちは金銭管理を丸投げしてるからあまり実感はないが。俺たちに振り分けられてる予算は膨大で、金換算で毎日千や二千くらい使ったって全然構わない、溜め込まないようにもっと使わせてくれって言われてるらしいから」
「そうなの?!」
「ようやく貴族用の家に移ると思えば一番小さいので良いと言うし雇用も最小限。もっと人を雇うとか凝った家具を買うとか消費してくれなんて。財務が珍しいこと言ってたって秘書たちから聞いた時は笑ったと言ってたよ」
「えーっと……人を雇って色々やって貰うって、別に自宅周りの事だけじゃなくていいよね……職人さんたちに開発資金を援助するとか、街道整備とか、ダンジョン開拓とか、新しく使える土地が出てきたら農場とかニワトリとか広い水場で水の妖精と水草を育てるとかに予算回してもらえたりするかな?」
「その辺りは国ぐるみで動いてるから、単純に個人で資金だけ援助っていうのはあまり無いかもしれないな?例えばどこかに食事やお酒を出すような店を作る目的で、そこに使う食材や機材なんかのためにあちこち支援して開発から進めていくのはありかもしれない」
「コンビニ!は流石に無理か……」
「こんびに?上の世界の店の名前か?」
「昼でも夜でもいつでも開いてて、何でも揃うお店のことなの。不死族さんたちの土地に作って他からも転送盤で通えたら面白そうかなってちょっと思ったんだけど、難しいよね」
「いつでも開いているのは昼は遠征隊の誰かが店番して、夜は不死族が立てば良いが。何でもそろう……?商店街を丸ごと1つの大きな店にするのか?」
「それは百貨店とかデパートって呼んでた。でも最初はその方が楽なのかなぁ?いちおう、一つのお店に色んな生産者が売るものを卸していって、そこに行ったら何でも揃ってるみたいなお店がイメージなんだけど。普通にただの商店街でもいいかも」
「うーん、大々的に不死族を働かせるのなら、いっそ地下に商店街を作るのもありかもしれないな……」
「あぁ!元々の穴には、他から来た人が降りていくのは大変すぎるし、迷い込んで迷子になる人が居ても困るから。もう少し浅い所に地上と出入り出来るようにした専用の地下道を作る?」
「それに主な施設を地下に作れば、地上は全部、農場とか植林場とか純粋に広さが必要なものに使えるな……。何よりチョーコがやりたいなら、俺は応援するよ」
「うん!……あ、警備で雇う人たちに誓いの碑文ってニナに聞いてくれた?」
「使えるのならもちろん使いたいそうだが、炎人に個人的に作ってもらえる事にするのか、炎の印のことをメイドの中では共有していいのかは確認したいって。どうする?
碑文には『屋敷の敷地で見聞きしたことについては極秘であり、一切の口外を禁じる』という内容が入っていれば良いそうだ」
「メイドさんには、私の能力のことはもう全部共有したっていいと思う。どちらか死ぬまで付き合っていこうって決めたんだし」
「そうだな。彼女たちはそう飛び抜けて魔力が高いほうじゃないが、貴族の血筋ではあるし、百年じゃ終わらない付き合いになるはずだからな」
「うん……信用できる、一生着いてきてくれる人が何人か出来たって思うと、ちょっと落ち着くかも」
ぎゅっと抱きしめて頭を撫でられる。
「死ぬまでそばに居るって……やっぱり傍に置く従者は女性だけにしておいて良かった」
「ふふっ、確かに、結婚宣言にちょっと似てるかもね」
「……チョーコのそばに居たいって言ったのは俺の方が早かったからな?」
「分かってる。ねぇ、宣言はいつにしようか?」
「あー、それなんだけど……ミラルダさんがさ、知り合い総出でレース編みを頑張ってベール付きの総レースの白衣装を作ろうと思ってるから、少し長めに時間をくれないかって言ってたんだけど。どうする?」
「手編み総レースでベール付きのウェディングドレスを、作る……?そ、れはちょっと頑張りすぎじゃないかなぁ?!もっと地の布は全部無地の布そのままで、縁どりだけレースで囲むとか、そういう感じで良いんだけど」
「子や孫の結婚宣言の衣装は親の愛情なんだとか、本来は祖母とか叔母とかも含めて生まれた頃からちょっとずつ準備するものだから、いきなり増えたら時間がかかるものなのって言うんだよな。……チョーコが思う総レースじゃないデザイン画を届けて、それを直接作ってもらえば良いんじゃないか?」
「ーーそうだね!明日向こうのお絵かき部屋の荷物をこっちに移動して、ドレスのデザイン画と自画像描こうかな」
そうと決まれば、今日はさくっとお風呂済ませて寝てしまおう。
オクティの分のお湯を入れて先を譲ってから、チョーコはメイドさんを探しに水場を出てきょろきょろ。
多分ミナだと思うけど、何だかほんのりチョコレートのような香りが漂ってるので食堂の方へ行ったら
まだ食堂の机のところに2人座っていて、小皿に入れた赤いのと緑のインクのようなものや白いクリームやオイルを並べた前で、小さい鏡を置いてあれやこれやと。
ドアを開けたら振り返った2人の唇がぶるっぷるに真っ赤でツヤがあり、目元にグリーンのシャドウがほんの少し。頬もなんとなく赤みが差した感じに見える。
「わぁ、それでメイクしてたんだ?可愛いー!」
「チョーコ様はこれを知ってましたの??」
「私はやってないけど、そういうのがあるのは知ってるだけ……爪とかも色を塗ると可愛くなったりするけど、家事はけっこう手を使うから擦っちゃって落ちちゃうんだよね」
「爪に……指輪の一種で爪を覆うのありますけど、あれはゴツゴツして存在感がありすぎるので敬遠してましたのよね」
「色だけだと、あらあら?……思った以上に素敵ですわぁ!水で洗えば落ちてしまうのが残念なくらいですわね」
「口に入れないのならニガブドウとゼラチンを混ぜてもいいんだけど、指とか口紅はちょっと怖いよね」
「なるほど色々研究してみますの!……あ、すみません、チョーコ様は何かご用がおありではありませんでした?」
「今オクティがお風呂入ってて、終わったら私が入るんだけど。もしまだ疲れが残っててお風呂で寝落ちたら危ないから、お風呂入る時はお世話を頼みなさいって」
「お風呂の付き添いの許可なんて、マナが聞いたら飛んできますわね」
「今のうちに私が引き受けちゃおうかしらぁ?うふふっ」
「あの子、大抵のイタズラや嫌がらせはスルーするけど、こういう事だけはからかったら怒るわよ?夜じゅう恨み言を囁くとか、結構しつこく復讐されるんだからやめときなさい」
「まぁ確かに、マナって怒るとけっこう怖いですわよねぇ……」
「ふぅん、マナって怒らせると怖いんだ?」
「チョーコ様に怒ったりしませんよっ、リナとルナに何を吹き込まれたんですかっ?」
「ひゃっ?!」
「あぁぁぁすみませんすみません、驚かせちゃいましたっ?!」
ドアが開けた所でそのまま喋ってたから聞こえていたらしい。足音もなく真後ろにいて、ぴょんと飛び上がる。
「マナ、主人に話しかける時はまず視界に入れって習ったでしょう」
「あーあ、せっかく今日はチョーコ様のお風呂に1人付き添いに付いて欲しいっておっしゃってたのにぃ?」
「えぇぇぇ、行きたいです!今度から気をつけますっ!せっかくなのでオイルマッサージとか試させてくださいよぉ!」
「オイルマッサージって……お風呂なのにベタベタにならない?」
「気になるのでしたら是非!過剰なオイルは拭き取りますし、よく眠れると思いますよぉ?」
***
「あっ!あー……っ、そこ、あっ!」
「んふふ、女性相手は自信あるんです。この辺なんて特に気持ちいいでしょ?」
「あ、いい、すご、気持ちぃ……!」
ーーお風呂後にマッサージをしてもらって、拭き取ってまた軽くお湯で流してから全身乾かしてネグリジェを着せられる。
全身ぽっかぽかだしなんだか凄く気持ち良い気だるさに包まれて今すぐ寝そうな気持ちになりながら水場を出ると、階段のすぐ下のところでオクティとメイドさん達が全集合で何やら話している。
「あれ、オクティ先に寝たんじゃなかったの?」
「え、いや……チョーコの声が気になって降りてきたんだけど。大丈夫だから邪魔するなって、何してたんだ?」
「今日取ってきたオリーブオイルで全身オイルマッサージして貰っちゃったぁ!マナがすっっっごい上手でぇ……うぷ?!」
オクティの方に歩いていくと、そのままいきなりむぎゅーっと抱きしめてから抱き上げられる。
「えっなになに?」
「なんでもない、寝よう」
「???うん……メイドさん達もおやすみなさーい」
揃って頭を下げて見送られながらベッドまで真っ直ぐ運ばれ、スリッパだけポイッと投げて抱え込んだまま横になった。
「なんかこの体勢、初めてのダンジョンで眠った時に似てるぅ……」
抱え込まれて全然動けないけど、なんかすごい不思議なほど安心してしまう。
焦っていたあの頃でさえスッと寝れたっけ……
ーーやっぱりいつ寝たか覚えてない。
隣を見るとオクティが向こうを向いて寝ていて、ベッドのカーテンが閉まってるから漏れてくる光は暗いけど、外が明るくなっているのはわかる。
ちら、とカーテンの隙間を捲ったら、窓はすでに開けられていて外は完全に明るいけどまだ朝っぽい。
「ん、チョーコおはよう……?」
「おはようオクティ。あー、なんかすっごい足とか背中とか軽い!マナのマッサージ凄い。なんか元気だからパパッとお絵描き部屋の引越しだけ終わらせちゃおうかな」
「向こうに行って置いてあるものごとテレポートしてくるだけならすぐだな」
「うん。ホントすぐ終わらせてきちゃう!」
簡単にスリッパだけ履いて、空き部屋の中を確認。丸ごと飛ばしてきてもぶつかるものは無いと確認して印を付けたら前の家へテレポートして戻り、お絵描き部屋のものをまとめて持ったまま飛んで終了……
うん。ずっと開けてない紙袋も無事そのまま残っててほっとする。
イーゼルや椅子の位置を直して、腰くらいまでの大きめのキャンパスをセット。
そういえば黒インクの壺はカラー絵の具と交換したからまた作らなくっちゃね。
ふんふんと機嫌よく寝室に戻ると、オクティが着替え終わって振り返った。
「おかえり、向こうに侵入者とかいなくて良かったよ」
「侵入者なんて、泥棒に入るようなものないよ?」
後で絵を描くのなら、パリィに貰った可愛いワンピースの方を着ておこう。
着替えてリボンで適当に髪を結んでいると、ノックの音がして朝食に呼ばれた。
食堂に向かいではなく隣同士で準備されていたのは。
まずポトフのような澄んだ色のスープにゴロゴロと具材が入っているスープ。中には大きめに切った豚肉、ニラ、じゃがいもが見える。
葉野菜とトマトのサラダ。そしてホイップクリームにココアで作ったチョコレートソースを掛けただけの小さなデザート、暖かい紅茶の横にミルクピッチャーと砂糖壺。
「美味そうだな」
「わぁ……朝からこんな、すごーい!あ、そういえばオレンジジャムも壺に詰めたのがあるんだった。白砂糖すごい入ってるから食べすぎ注意だけど、皆も紅茶とかに入れたりして使う?」
「ありがとうございますっ!」
1つ壺を出した途端に飛んできて受けとった勢いを見ると、本当に食べすぎないか一瞬不安がよぎるけど。
じゃあいただきまーす!と朝食に手をつけた。
コンソメとかブイヨンは無いはずだけど、塩コショウが入っているとはいえかなりしっかり旨味があって不思議。
ミミズジャーキーを煮溶けるまで煮込んだスープがベースで、隠し味に干し昆布と干ししいたけを粉末にしたもの、そこに具や塩コショウを足して更に煮込んでいるらしい。
「作ってもらうんじゃなかったらこんな凝ったもの朝からは作れないよー、私が作るのはおやつか夕飯だけかも」
「豪華で美味しいのと、チョーコが作るのは意味が違うから、作りたい時に作ってくれたらお茶だけでも嬉しいよ」
「オクティも、作って欲しくなったら遠慮なく言ってね?」
サラダの塩加減もチョコソースの甘さのバランスも凄くいい。
食道楽で舌も勘も優れているんだろうけど、初めてみる食材でもほとんど説明もなく使いこなすなんて本当にすごい。
「カボチャとおっしゃいましたか、あれは1つが大きいので切るならしっかり使い方を考えてからと思ったのですが。あれはどういった調理法がおすすめなんですか?」
「カボチャは柔らかくなるまで煮るか、蒸すか、焼くか、熱した油で揚げるか、どれでも美味しいよ!甘みが強いから野菜として料理してもいいし、潰してクリームにして甘くしてデザートにしてもいいの」
「切ったらゴムシートをかけて乾かないようにしておくと良いらしいぞ」
「あとね、皮が赤い方の芋はさつまいもっていって、形は違うけど使い方はかぼちゃとよく似てるから、ほぼ同じように使えるよ!」
「ふむふむ、切り分けて色々試してみますね!」
「ふー、美味しかったぁ。ーーあ、ワイバーン部隊の訓練生たち、昨日卒業式だったって聞いたんだけど、もう戻ってきたのかな?」
「昨日の夕方に10人全て、無事街へ到着して、引き継ぎなどをしているそうですよ。予定では今日の昼頃には済んで午後からは休み、明日から5人組で2部隊に分かれて活動をすると伺っております」
「あ、じゃあお祝い言いに行くなら今日の午後ね。ーー追加の転送盤も持ってかなきゃ。お祝い何にしようかなぁ?」
「訓練生の翻訳機は次のチームに譲ったはずだし、新しいのを作ってもいいかもな?」
「確かに。この先遠征するとして、地上部隊より先に接触するだろうから、少なくとも2チームとも誰かは持ってた方がいいし、2つずつくらい作っておこうか」
翻訳機4つに転送盤も4セットを早速組みたてて、転送盤の方は早々にメイドさんに渡しておく。まぁ足りなくなったらまた追加注文あるよね。
あと黒インクをまた壺いっぱいに作って、ゼラチンを混ぜて、ついでに紙を出してドレスのデザイン画を……
ベースは無地の布を重ねて透けないように。フリルはほぼなくシンプルだけど裾は大きく拡がって床に着くほど長く。ベールの方は元々透け感のある布でやはりシンプルだけれど大きく後ろに広がるように長く、前にも垂れて顔はしっかり隠す。
胸元、裾、ベールの縁全てに同じ意匠で大きさを変えたレースを切り込むように数ヶ所差し込みながら囲む
同じ意匠の刺繍を後ろの裾に少しだけ入れたローブも隣に並べて描く。
「結婚宣言用の衣装、ですか??見たことの無い様式ですのね」
「その、結婚するならって夢を見てたことがあって。誰にも触れないできた2人が結婚宣言をした後に初めてローブのフードとベールを外して誓いのキスをするっていう……
……やりすぎかな?やっぱり」
「いえ、やり過ぎなんかじゃありませんよ!今やチョーコ様は帝国中で注目を集めている存在ですもの、そのくらいのセレモニーはむしろどんどんやるべきですわ!」
「なんだかすごくロマンチックですね?!」
「黒髪のおふたりがそうやって結ばれる物語、観客も喜びそうですわ!」
「そ、そうかな……じゃあ、これはミラルダさんの所へお願いしていい?」
「すぐに!」
じゃあ、私は昼までお絵描きしてこようかな。
出来上がるまで見られたら恥ずかしいからひとりで。お絵描き部屋へ篭ろうかと思ったけど、鏡があった方がやりやすいのでイーゼルや椅子ごと水場へ行って、じっとキャンパスと向き合いながら時々鏡を見る。
私だけど私じゃない顔。
鏡の絵の中に、鏡に手を伸ばしている今の私を見えるままに描く。ハッキリ映る鏡の中には、ゲームキャラクターみたいな美少女が映って驚いている。
こちら側の私は同じように鏡に向かって手を伸ばしているけど、服装はジャージでメリハリのないただ細い体に、引っ詰めに結んだだけのろくに手入れもしていない黒髪。
斜め後ろからのジャージ姿の私の顔は見えないけど、耳や顎のラインは鏡の中とは全然違う。
覚えている限り、デッサン練習で描いた手や髪や体格を記憶から写し取って、貧相で地味で平凡に生きていた引きこもりの姿。
鏡の中にはチョーコ、外には千代子と。
小さく隅に書き込んだ。
……ふぅっと息を吐いて、絵の具やキャンパスなどをしまい。描き上がった絵を眺める。
天人の子たちから凄いいい筆を貰ってしまったおかげで無駄に線が細かくてかなりリアルなものが描けてしまったと思う。
しかも持ってる中で二番目に大きいキャンパスを何故か選んでしまってたし。
一旦絵もアイテムボックスにしまう。
……今の私の普通の自画像でもう一枚書き直そうかなぁ?
まだ昼までには時間があるし。
少し悩んでからお絵描き部屋へ戻って、どの大きさで描こうか考えながら、椅子とイーゼルをまず取りだし……
……あれ?さっき描いた絵が入ってない?
気のせいかと思ってもう一度アイテムボックスに触れるけどやっぱり入ってない。
あれ?あれ?
入れ忘れ……なわけないか。いくらなんでもあのサイズを置き忘れたまま帰るはずないし、そもそもどこかに置いたりした記憶が無い。
え、オクティ?!
どこにいるのかとサーチをしたら、寝室に居たのでそのままパタパタと走っていく。
ベッドに腰掛けて両手で絵を持ってじいっと光る眼で見つめていたオクティは、ドアが開くと顔を上げた。
ほわっと、いつもよりなんだか凄く嬉しそうに微笑まれて、文句を言おうと開きかけた口が閉じる。
「落ちてくる前のチョーコってこんな格好だったんだ?俺の前ですごい油断してる時みたいな雰囲気そのままだね。顔は描いてないけど、後ろ姿は似てないから、顔も似てないのかな?」
「えっ、と、あ……描き直そうと思ったのに、なんで見ちゃうの……」
「折角俺の注文聞いて描き始めたはずの絵なのに、俺には見せてくれなさそうな気がしたから」
「……なんで」
「俺は鏡の中の姿しか見た事ないし、確かに中身を知らないけど。チョーコにとっては、こっちが本当だったって今でも思ってるんだろう?だったら、俺は全部知りたいよ」
「……」
「時々出てくる、変に自信が無さすぎる性格の理由が元のチョーコに繋がってるんだろうなと思ってるんだけど。……本当の自分が目を引くような美人じゃないからだめだとか思ってるのか?」
「多分……そんな感じ」
「俺がなんか変な薬品とか、リザレクションで治らない傷を受けて顔とかぐちゃぐちゃになったら、チョーコは俺の事見捨ててもいいと思うか?」
「えっ。ーー面影もなかったら悲しいけど、それだけだったら変わらないと思う」
「俺もそうだよ。今のチョーコの方が好きな顔かもしれないけど、他が全部変わるわけじゃないと思う」
「……」
「魔法を使えるようになったのは落ちてきてからだよな?出来ることも大幅に変わったから、違う自分って思ってるんじゃないか?」
「それも、あるかも……うん。異世界転移の特典でチートを貰っただけで、凄いのは私じゃないし、貰った力がすごいだけだなって、思ってる……ね」
「俺の魔力が多いのも、俺の声が低いのも、俺の顔がチョーコの好みだってのも、全部貰っただけだ。貰っただけの力が凄いだけで自分が凄くないってのは、たまたまこの顔に産まれたから好みだと思われただけでチョーコは俺のこと好きになるわけないって言ってるのと同じだぞ?」
「う、え?声、とか……なんっ!」
「初めてチョーコを見つけてスライムから引っ張り出して治療してる時に……めっちゃくちゃ褒め殺された。おそらく本当に死にかけで朦朧として、うわごとみたいなのが止まらなくなってるだけかと思ってたんだが。後で考えると、あれが初めてのテレパシーの使用で心の声が全部、本音のまま聞こえてたんだろうな」
「ーー!!!!」
思わず。チョーコは両手で顔を覆ってよろよろとしゃがみこむ。
「……治療中で見た目も分からなかったけど、正直あの褒め殺しでかなり、持ってかれてたんだよね。あれは本当に中身そのままの本音だったはずだろ?外見も魔法も関係ない。少なくとも俺はチートとやらの部分がなくても好きだよ」
言葉が耳に染み込んでくるけど、今は反応できない。
「あれが本音の中身だとして、今のチョーコの姿や力だって、新しく出来るようになっただけで自分の一部ではあるんだ。先は長いし少しずつ受けいれていこうぜ?」
ただ、まず『あの時の私でいい』のか。と何だかストンと胸に落ちてきた。
まだ顔から手は離せないままだけど。
しゃがみ込んだまま、こくんとひとつ、頷いたーー




