5.たぶんチュートリアル
なんだか暖かい力を感じて目を覚ましたら、死ぬほど焦った泣きそうな顔で私の全身に回復魔法を使いまくっているオクティが目前にいて死ぬほどビビる。
マットにローブを着たまま寝かされてることに気付いて、思い出そうとする。どうやら私は鑑定と呟いたあの直後に鼻血を噴いて仰向けにぶっ倒れたらしい。
「よかった。もうずっと、半日くらい目が覚めなくて、回復しても回復しきってる実感が無くて、もう目覚めないかと……」
覆い被さるようにしてぎゅうぎゅう抱きしめられてちょっと苦しいけど。手を伸ばしてそうっとオクティの背中を撫でる。
「ずっと付いててくれたんだ、ありがとう。頭が痛いとか具合が悪い所もないし、もう大丈夫みたい」
憔悴するほど不安な顔をしている彼には悪いけど、たっぷり寝て凄いスッキリした気分で目がさめたし。これがチュートリアルってやつかも、と納得するくらいの情報量が頭の中に増えていた。
ただおそらく詰め込み過ぎてキャパオーバーしたんだろう、全部が読めるわけじゃない気がする。
まず、私に『属性』はない。そして『適正』は“空間”と”概念”の2つだけだった。
”空間”で使えるのは容量無限の『アイテムボックス』ちなみに時間停止付きで生物は不可。それと、今いる場所から指定した地点に瞬間移動する『テレポート』の2つ。それだけでチート無双する作品もあった気がするし、実際凄い強力だと思う。
更に”概念”は、平たく言えば『オリジナル魔法を作成して使えるチート』ってやつ。ただ既に誰かが使ったことがある魔法なら、発動する魔法の型みたいなものが既に出来ているので同じようにやれば発動出来るけど、オリジナルの呪文は、なんか根本的な魔力回路の構築がうんたらで、とにかく相当練習しないとだめ、らしい。
オリジナル魔法で何でも好きにやろうと思ったら難しいけど、この世界の人が使ってる魔法は使おうと思えば全部使えるってことだよね?それだけで充分すぎると思う。
で、私の目は正確には魔眼ではなくて、魔法を使う時の発動体というか、魔法の杖みたいなものなんだって。魔法の杖で相手を指しながら飛んでいけーって言ったら指した相手が吹っ飛ぶみたいな感じで、指す代わりに目で見ればいい。例えば『テレポート』の座標指定で、あそこに見える地面まで飛ぶぞって指定なら見ただけでOKってこと。
魔法の使い方を知らなかったのに『テレパシー』がナチュラルに使えてたのは”概念”が魚人の持つ”精神”の完全上位互換だからで。他に魚人が使うっていう『魅了』も無意識で使えるってことだけど、効果が『相手の好意や性的興味を増幅』なので、無理に好意を植え付けるんじゃなく、元々良いなと思ってくれてる相手にしか意味がないらしい。
最初から好きじゃなきゃ好きになってくれないし、逆に増幅しなくたって惚れる時は惚れるし。使い道ない……あれ?もしかしてオクティのあの態度、勝手に発動してたってことない?
止まれ!私が『魅了』発動してるなら止まれっ。口には出さないけど強く念じておいたのできっと止まったはず。わからないけど。
これから先会う人会う人片っ端から一目惚れして寄って来られたらどうすんの、怖すぎ……
「おーい?」
オクティが呼びかける声が聞こえる。
脳内の情報を読むのに目を閉じて集中していたから、目を開けたらオクティが心配そうに顔を覗き込みながら、目の前で手をひらひらしている顔が近くてまたちょっとびっくりした。
「いきなり考え込んだと思ったら難しい顔で目を瞑って集中し始めてさ、でなんか、さっきチョーコが纏ってる魔力が急に一部消えたから気になって声かけたんだけど、大丈夫か?さっきまで倒れてたんだし、もうちょっと休むか?」
「いや、今は凄く調子いいの。回復してくれたからかな、ありがと。さっき倒れた原因のこととか色々思い出してたんだ」
「思い出す?」
「さっきは自分で使える属性が何かとか、私の目って何が見えるかって考えていたら、うっかり色んなものの情報を詳しく読みとる魔法を使っちゃったみたいなのね。多分だけど、ただ漠然と使ったせいで、この世界のありとあらゆる情報を見ようとして倒れちゃったんだと思う。心配かけてごめん。でもおかげで、私が持ってる力のこととか、ちょっとは分かったの」
”空間”と”概念”が使えるらしいと、さっきの考察を細かく説明していく。
ちなみにチョーコがナチュラルに『魅了』を使っていたのは本当で、最初抱きしめたまま手放さなかったりしてた時は影響受けてたんだって。でも一旦我に返って『魅了』だと気付いたからもう大丈夫らしい。オクティくらいの力があれば、魅了が使われてると知ってれば簡単に弾けるんだと。
さっき止まれと念じた甲斐もあったようで、今はちゃんと止まってるよと言ってくれてホッとする。
実はオクティはチョーコのことを、人間以外の人族の何かが人間に化けていると思っていたらしい。
治療中に全身見たから人間以外の特徴はないと知っていたけど『魅了』を使えているし、人間なら必ず持ってる火、水、風の属性が一つもないことも魔眼で見えていたし。
もう最初から、今は種族を隠して人間のふりをしているから色々話せないことが多いってことなんだろうなぁと思って黙っていたそうだ。
初めて触れても大丈夫な相手に会えて嬉しかったし、普通に可愛いし、人間の根絶とか全員奴隷にしようとか、よほど危険なことを考えてるとかじゃない限り、別に人間じゃなくてもいいかなと思って、仲良くなりつつチョーコの本当の目的を聞き出したかったんだと。
冒険者のことや魔獣と亜人の区別とか、人間が勝手にそう呼んでいるだけで、他の種族だから知らないってことは当然あるだろうなと思ったからあれこれ詳しく説明してくれていたし。
魔塔のことをサラッと話したのも、人間に対して何かしろとか、何かを調べて来いとかそういう理由で来ているのなら、少なくとも魔塔の話には反応するだろうと思って話したけど、そういう反応じゃなかった。
何かについて知りたいと自分から探ってくる様子もない。
オクティと同行したい、ということだけは即答だったけど、人間を魅了で虜にして連れ去るために来たとかそういう目的なら、もうちょっとなんというか、色目を使うような行動をするんじゃないかと思うけどそうでもない。
ずっと目的が分からないことだけが疑問だった。
でも、食事に出した木の粉の加工品を見たことも食べたこともないというのは、いくら何でもおかしい。
だから『落ちもの』じゃないかという結論に至ったと。
そういうことだったんだと納得。
一緒に行こうって誘いに飛びついちゃったのは、それはその、私、元の世界で凄いボッチで。両親ももういないし、家に引きこもりで、外で会う友達も居なくて。
その時はずっとそうだったから、それが普通なんだと思ってたのね。
でも……この世界に来ちゃって、改めて色々状況を考えたらさ、向こうでは突然行方不明になったはずだけど、あれっ、誰も気付いてくれないよね。あ、私ひとりぼっちだったんだって分かったら急に寂しくなっちゃってたの。
あっちでも1人だったけど、こっちでも1人だし、周りは変なバケモノだらけだし、やだって泣けてきて。
その時にオクティと会って、すごく久しぶりに人と喋って、触れたらあったかくて。もし一緒に行かなかったら、オクティと離れたら……また1人になるって怖かったから。
話してるうちに色々思い出して。だんだん俯いて、泣きたくなってボソボソ喋っていたら、正面から包むように抱きしめられて背中を撫でられる。
幾ら回復したって言っても、半日気絶していた直後だし、寝よう?俺も疲れたし一緒に寝るから。と言って、抱きしめたまま一緒に寝る姿勢に。
慌てるけど放してはくれず、オクティの胸に顔を埋めた状態で抱き枕状態。暫くすると、彼の方はサクッと寝落ちてしまう。ちょっと泣きかけていた涙は引っ込んだみたいで、乾いたシャツにスリッと頬を寄せてみたが反応はもうない。
そういえば、チョーコが半日気絶していたという間ずっと回復魔法をかけまくり続けてくれて、本当に疲れてたのかも?と思い当たった。
もしかしたら、脳味噌爆発しそうになって気絶したっていうのに、頭痛も残らないで元気に目覚められたのはそのおかげかも……
抱きしめられたまま、力を抜いて目を閉じる。
誰かと一緒に寝るなんて、それこそ修学旅行以来かな……
確かまだ父親だけじゃなく母親も生きてた頃?
力を抜いてしばらくじっとしてた。
でも……本当にたっぷり寝た後だから全然眠くならなくて、だんだんヒマになって、さっき読みかけていた脳内に刻まれてる知識をまた読み始めた。
簡単な水や火や風を指定した場所に出したり消したりするやり方を覚えておきたい。
私が火をつけたり消したりするには、自分の目で対象を見ることが基本。そして具体的にどうなるかのイメージと、発動させたい魔法の範囲を示す言葉が必要らしい。
漫画みたいにつらつら長い言葉にする必要はないけど、繊細なコントロールが必要な場合は、きちんと説明を入れた方が正確にコントロールできるそうだ。
繊細なコントロールに重要なのは正確なイメージ。イメージさえ出来ていれば、言葉はどんどん短くて済むようになるらしい。
私の魔力の出力は実際かなり凄くて『小さい火の玉』指定で四畳半くらいの部屋が燃やせるし、『水よ出ろ』なんて言ったら放水車みたいに水が出るそうなので、実際試すことになったら『野球ボールくらいの火の玉』とか『バケツ一杯の水よ出ろ』みたいにちゃんと指定しないと危なそう。
魔力の出力とか魔力量というのの概念も長々と書いてあるけど、普通に魔力が強いとか弱いと言われるのは水よ出ろって言って『一回で出せる』水の量。魔法で勝負みたいなときは、一気に出せる量が多い方が大体勝つ。ただ、普通の人は一回出したあと、もう一回力を貯めてから次を出すのだけど
私はその回復がものすごく早いというか一瞬というか、止めない限りその勢いで出し続けられるらしい。
だから水よ出ろみたいに範囲を指定しないとその勢いで出続けて放水車になるわけね。
普通はそんなことになったら、魔力が無くなる魔力枯渇っていうので死ぬらしいんだけど
私の場合はどんどんお腹がすくんだって。魔法を使い過ぎたら飢え死に注意だって。
あぁ……食べまくっても太らなそうな世界なのに、食べ物は粉だけってのが残念過ぎる。
異世界まで来てラーメンとか和食までは求めないとしたって、肉とか魚とか果物とか……え?あるよね?
とにかく、私にも魔法は使えるらしいけど、きちんと範囲や強さを指定してイメージしないとだめってことだから、無駄に使ってお腹空かないように訓練しようと思う。
オクティが魔法を使う時は全部無詠唱でホイホイ使ってるけど、彼は生まれた頃から魔塔で育って、全属性持ちで歴代有数の魔力持ちって期待を背負い、あらゆる魔法の使い方を教えられてきたからこそなんだって。
今の私が無詠唱で使えるのは『魅了』と『テレパシー』それから『威圧』らしい。
『威圧』の効果は『自分に対して害意を持っている相手にのみ効果があり、害意が強いほど強い恐怖を与える』というもの。
害意ってなにと集中すると、害意とは物理的や精神的に損害を与えようとする意思らしい。
つまり『ぶっ〇してやる!』とか『よくない噂を流して精神的に追い詰めてやる』って人がいたら、私が睨んだだけでビビっちゃうってことね。
ただ、単純に強く怖がらせるだけの魔法だから、魔獣みたいな『殺意とか恐怖の概念』がないものにはそもそも効かないらしい。あと大義の為には己の命を捨ててでもみたいな覚悟決まってる人は怖くても止まらないみたいだし。
『聞いたか、あの正体不明の女、めちゃくちゃ怖いやつらしいぞ』なんて噂が広まるのも嫌だし。なるべく使わない方が良いかも?
落ちものじゃない野生のモフモフ獣人とかは戦いたくないけど、野生の獣人はタイチョーの匂いがあれば襲って来ないって言ってたもんね。夜盗とかいるのかな、そういうのだけにしよう、うん。
……あれ?色々考えているうちに寝ちゃってたみたい。今日会ったばかりの男の子に抱きしめられてるのに。落ち着かないどころか……なんだかあったかくてすっごい落ち着くんだよね。
錠剤と水しか食べてないせいなのか、汗臭さとか一切感じないし。あのほんのり甘いような匂いや、土や木の混ざった自然な匂いに包まれているうちに再び意識が落ちた。




