47.引っ越しの宴
家に戻ってバナナミルクや、砂糖は控えめにオレンジ皮で香りをつけたソーダ水の準備をしていると、外がガヤガヤと騒がしくなってきた。
ドンドン!
「おーい、オクティとチョーコさんよー、屋台持ってきたぜ?家の前に設置しちまっていいかー?!」
聞き覚えがあるからいつも焼肉屋台をやっている人達の誰かだなとわかる。
「俺が出るよ」
「ありがとう!」
外でガタゴトと材木やら鉄板やらを組み合わせる音がしばらく続いたあと、オクティが大きめの木箱をひとつ持って戻ってきた。
「飲み物用のコップは各自持ってくるだろうけど予備と、大きい水差しを何個も持ってきてくれてたよ」
「あ、助かるー!玉ねぎ切っておいたから、焼肉担当の人に先に渡しちゃって貰える?」
「わかった、持ってくね」
後で肉を巻く葉野菜と切った玉ねぎのカゴを外に運んでもらってる間に、飲み物を水差しにそれぞれ分け、氷も入れて溶けたり炭酸抜けたりしないようにアイテムボックスにしまう。
ついでにアスパラを薄切りの豚肉で巻いて細い串に並べて刺したものに塩と胡椒を使い、これは材料がある限り沢山作ってみた。
コショウ味は竜人さんが来てないから多分まだ国に入ってきていない味だと思うし、味見出来ない人がいたら可哀想だもんね。
アイテムボックスの中にまだまだあったから、カットオレンジも沢山用意してアイテムボックスにしまっておく。
折角炭酸水が作れるならアルコールでハイボールっぽいのを作ろうかとも思ったけど、平民街でそれをやるのは後で怒られそうな気がするから踏みとどまった。
茹で豚や燻製を持ってくると言ってた人もいたし、焼肉と葉野菜はたっぷりあるし、少食な人が多いから十分かな?
足りなかったら葛湯なりわらび餅なり食べておいてもらえばいいし。
アスパラ巻きを盛った大皿を抱えて外に出ると、見覚えのある体格のいい5人が担当する屋台が塀の外に設置され、既に近所の人達が座れそうな木箱や古い机などを持ち寄り、コップやお皿なども持ち寄りで沢山用意している最中なのが見える。
その中にメイドさんが1人混ざって準備を手伝っているのも見えた。
肉の切り分けや串打ちの手際が良いと軍部の人に褒められると、オクトエイド様の新居でメイド長として料理を任される予定ですの、と少し得意げな顔をしながら仲良く支度をしてて。
近付くと玄関からは塀に隠れて見えなかったけど、オクティが屋台の近くに設置された木の椅子と机に座らされて紅茶を置かれ、若干所在なさげにそわそわしていた。
「あっ、チョーコ様もいらっしゃいましたのね?手伝いはわたくしに任せて、まずそちらにお座り下さい。」
問答無用で持っていた大皿を回収されて座らされつつ、何故か隣に蓋付きで大きめの木箱を置かれる。
「アイテムボックスからものを出す際には箱の中で出してから机に置いてください。運ぶのはわたくしが致しますから」
ひそっと言われてハッとする。
とりあえず既に肉は焼き始められているようなので、カットオレンジの大皿を幾つか出して机に。あと早速飲み物をまずは大きな水差し2つずつ出して皆に配り始めてもらう。氷が溶けちゃうから無くなったら交換で。
「チョーコ様。バナナミルクと緑茶は分かりますが、このシュワシュワした水はいったい……?」
「それはソーダ水っていって、黒砂糖と風の魔力が溶け込んだ水なの。さっき商会組合で新しい素材を調べてた時に見つけたからそのうち街でも出回るんじゃないかな」
「ま、また新作が。しかもこのお肉も何か見たことのないものが包まれていますし、嗅いだことの無い香りがしますわ」
「それはアスパラの豚肉巻きでね、火の地域で取れるコショウっていうスパイスを竜人さんたちから分けてもらったからそれも使ってみたの。焼肉のところで一緒に焼いてもらおうと思って」
「なんてこと……素晴らしいですわね。あのっ、ひとつだけわたくしもご相伴にあずからせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「勿論。これはちょっとしかないから商会にも卸してないけど、まだあるから。気に入ったら他のメイドさんたちの分も作るね」
口を開くと叫び出しそうなのか、満面の笑みで必死に口を結びながらぺこべこと頭を下げまくり。
ふひゅーとちょっと興奮しすぎな深呼吸をひとつしてから、素早く肉巻きを焼き肉班に届けて説明をつけ加え。
肉の配膳をする机にオレンジの大皿も置き。
では皆様にお飲み物を配って参りますっ!と気合を入れて、両手に3個ずつ水差しを持って踊るような足取りで集まり始めたご近所さんたちに飲み物を配っていった。
焼肉の匂いが漂い始めると、釣られたように遅れた人たちもコップと皿とフォークを手に次々出てきて道いっぱいに人が集まる。
並んだ皿に焼けた肉が次々分けられ、飲み物を先に配り終えたあたりで、いつも積極的に話しかけてくれるおじさんが
「よーし、そろそろ皆あつまったみたいだぜー!皆、飲み物は足りてるかー?」
「「おーっ!」」
「だそうだ、オクティ!主役からひとこと頼むぜ」
と音頭を取ってくれた。
オクティもちょっと照れたように笑いながら立ち上がって、手にお茶のコップを持つ。
「俺が魔塔を飛び出して冒険者として働き始めてから1年くらいか、外に出たことなくて常識知らずだった俺に色々教えてくれたり助けてくれてありがとう。今日は引っ越しの挨拶で集まって貰ったけど、新しく住むところは魔塔の幹部用の住居だからここからかなり近いし、街への行き帰りで通ることもあると思う。何か困ったことがあれば冒険者組合にでも気軽に言付けておいてほしい。
ーー祝いの杯を交わそう!」
「祝いの杯を!」
皆で一斉にコップを掲げてからぐっと飲む。
ソーダ水を手にした数人がうひょーとかきつー!とか初炭酸の一気飲みのキツさに変な声を上げつつ、大笑いで飲んでいる。
杯を交わした後は皆で一斉に肉の皿が並んだ机に群がって。
でも取り合ったり押しあったりはせずにバケツリレーのように後ろの人にパスしてあげたり、この皿はお前のだよなーとか取って渡してあげたりしながらワイワイと分け合い、席に戻る人もその場で立ったまま食べ始めてしまう人もいる。
玉ねぎと豚肉の相性の良さにテンションが上がる人、塩ゆでの豚肉や燻製肉も葉野菜に包んでみたりする人、カットオレンジを摘んでこれまだ栽培してるやつはまだ苗木だよなとか首を傾げる人、何も気にせず食べてうまいうまいと笑う人。
やっぱりコショウ味の肉巻きには驚く人が多く、興奮した様子なのが伝わってくるけど、スパイスは果物と牛乳を越える高級食材に違いない、貴族の一員になる祝いとして振舞ってくれたんだなと、かなり慎重に味わっているみたいだった。
……知り合いだからで色々と出したけど、そっか、正規ルートで商会から買って手に入れようってことになったら、確かにかなり入手困難なものばかりかもしれない。
メイド長はチョーコ達の分のお肉が乗ったお皿を持って来てくれたあとは。
空の水差しを持ってきては無くなった飲み物の種類を言って箱から受けとり、コップの空いた人を探しては注いで回ったり、コップやカトラリーを落とした人に予備を届けたり、チョーコ達が食べると料理を追加してくれたりとくるくる働いてくれている。
おかげでふたりとも一切席を立つことなく、挨拶しに来る人たちへの応対だけに集中できた。
引越し自体は実際たいした距離を移動するわけではないというか、貴族街と違って魔塔はかなり平民街寄りにあるのでそこまでお別れっぽい雰囲気にはならず。
むしろ明日遠征隊が予定通り帰ってきたら母親に挨拶して、結婚宣言の日取りを決めるという話が既に知れ渡っているので。
その祝いの宴にも自分たちを忘れず呼んでよね?貴族になるからって貴族のお屋敷だけでお披露目して終わりになんてしないでという念押しをしてくる人がほとんど。
チョーコの方には、結婚生活はともかくまだ若いし子育てとなったら大変だろうから、何かあったらなんでも相談してくれていいからね!と、既にその先の心配をする声掛けばかりされる始末。
オクティと一緒になること自体を心配する声はひとつも無くて、自然と笑みが浮かぶ。
……うん、皆から慕われてるというか、やっぱりこの国がオクティの居場所で間違いないんだな。
勢いで逃げて追いかけさせたりして、二人で亡命なんてことにならなくて本当に良かった。
オクティの方を見たらすぐに目が合って、ふわっと微笑まれた。
「こうして皆に祝われるのって良いな?」
「うん。最初は結婚宣言って、ふたりきりで充分だって思ってたけど。こんなに皆が喜んでくれるんだったら、ちょっとお祭りみたいになってもいいかなって思うんだよね」
「お祭り?儀礼的なやつじゃなくてこうやって集まって騒ぐって意味のやつか。確かにそういうのはないな、皆が楽しめて喜んでくれそうだし良いかもしれない」
「あ……そっか、美味しい物食べたり音楽を奏でたり踊ったりって、どれもこの国にはなかったんだもんね。それなら商会組合長とミラルダさんに協力して貰って盛り上げるのは意味あるかも。やっぱり時々はお祭りして美味しいもの食べすぎたり、飲んで騒いで酔って夜更かししちゃったりって日があってもいいと思うもん」
「おおー?うまいもん食って夜まで騒いで楽しむイベントだって?そいつぁいいな!特に美味いもんには期待してるぜ」
がはがはと大口で笑いながら絡んできたのは音頭を取ってくれたおじさん……
「え、酔ってます?」
「まーだまだ、酔っちゃいねーよお!ちょっと黒砂糖のタレをかけ過ぎたか、ソーダ水を飲みすぎちまったかなぁ?」
「それ絶対酔ってる人のセリフ」
「あぁ、ソーダ水はそろそろ止めて燻製か茹で肉食べなよ。魔力少ないから暴走はしないけど、これ以上飲んだら寝落ちるぞ」
「いやー、タレたっぷりの熱い焼肉をこのソーダで流し込むのがたまんなくってよぉ!俺んちはそのすぐ目の前だし、カミさんもそっちにいるから心配ごむよーだぜぇ!オクティ達の結婚宣言の宴ん時もうめーもんたらふく食わせてくれよ?頼むぜー?!」
「あはは……分かりました、なにか探しておきますね!」
明るいうちから始めた宴会も、日が落ちてくる頃には一通り挨拶したい人たちが声をかけてくるのも終わり。たっぷり食べて飲んで、黒砂糖だけでぐでんぐでんになった人達がちらほら寝落ちし始めた。
その家族らしい人達が徐々に潰れた人たちを担いだり数人で浮かばせたりしながらそれぞれの家に連れ帰り始めたら宴会はお開き。
残った食べ物や飲み物はめいめいが持ち込んだ皿やコップや水差しへ適当に分け合いながら持ち帰るし、自宅から持ってきた木箱はそれぞれ自分の家へ。洗い物やら周囲の掃除なども屋台の人たちとメイド長が中心になって、まだ酔っていない人達が手伝って手際よく片付けられていく。
流石に少しくらいは手伝おうかと席を立ちかけたら、メイド長がすすっと近寄ってきて。
「お疲れ様でした。もうあとはわたくし達で片付けますので、おふたりはお休み下さい」
と有無を言わさず帰宅を促された。
「片付けのお手伝いくらいは……できるよ?」
「本職のわたくしが居れば片付けの手は足りております。後日他のメイドたちの分も含めてあの料理をまた作っていただけるのでしょう?希少な食材のお礼はこの程度では釣り合わないくらいですわ!」
「な、なるほど?」
「じゃあ任せて戻ろうか。チョーコも沢山人と話して疲れただろ?」
「まぁ、うん」
本当にいいのかな?とちょっと申し訳なく思うものの、確かに皆の動きはてきぱきと手際よくて、問題なく手が足りてそうなのは確かにそうだし。以前よりはずっと人と話すのも疲れなくなったけど、全く緊張しないわけじゃないから、疲れたかと言われたら頷く。
腰に回った腕にエスコートされて帰宅すると、オクティがお風呂の用意をしてくれたので素直に先に入らせてもらうことにした。
結婚宣言のお祭りで皆が喜んでくれそうな新しい美味しいものかぁ……
明日オクティのお母さんに会いに行くのは午後だから、午前中はヒマそうだし。少しどこかに探しに行くのもアリかも?
――考え事をしていたら風呂の中で寝落ちていたらしい。
気付いたらタオルで巻かれてベッドの中にいて、さらに上から毛布もぐるぐるに巻かれて動けなくなっており、隣のオクティは後ろを向いて寝ていた。
まだ部屋の中は暗くて窓からの明かりはほんのちょっとだから日の出直後くらい?とりあえず布団から出て着替えようかと芋虫みたいにもぞもぞ動き始めたら、オクティも気付いたみたいで振り返る。
「おはよう……身体は大丈夫か?」
「あ、おはよう。うん、えっと……ごめん?いつ寝ちゃったのか覚えてないんだけど、身体がきついとかそこまで疲れてるつもりはなかったんだよね」
「多分単純に食べ過ぎて眠かったんだと思うよ。あの後調べてみたんだが、ソーダ水は消化吸収を促進する作用もあるみたいでね、消化に良いからお腹に貯まりにくくていつもより多く食べられるし、酔いが回って眠くなるのも早い。それほど強い効き目ではないけど、気を抜いたところで一気に眠気が来たんだろう。それより……一応風で乾かしてしっかり巻いたけど湯冷めして寒かったりはしてない?」
「うん、むしろしっかり巻かれ過ぎててちょっと暑いくらい、ありがとう。とりあえず着替えるね」
日が沈んですぐに寝落ちたし、かなりたっぷり寝たからもう完全に目は覚めてしまって、日の出直後でまだ早いと言ってももう一度寝なおす気分でもないし。パジャマじゃなくいつものシンプルなワンピースの方をアイテムボックスから出して着替えた。
「あ。ねぇオクティ。お義母さんに結婚のご挨拶って、少しはちゃんとした格好の方が良いのかなぁ?って思ったけど……このシンプルなのと、前にパリィに貰ったあれと、ミラルダさんに貰ったのと、どれが良いんだろう」
「うーん……。正直母も俺もいわゆる『ちゃんとした服』ってやつは持ってないし、母は何着ていっても気にしないとは思う。『ご挨拶ならきちんとしていかないとね』って近所の人たちは言ってたけど、その格好でも髪とかしてリボンでも結んだら充分可愛いと思うぞ?」
「私ひとりだけあんまりバチバチに着飾ってもおかしいもんね。――あ、結婚宣言の時ってお義母さんも呼ぶ?私たちの衣装だけじゃなくて、彼女の分も用意して、招待するときプレゼントしたらいいかなって思うんだけど、どう?」
「そうか、今は私財没収されてるから新しいのも用意出来ないもんな。今日会えたら、聞いてみようか」
「うん」
――バサッ、バサッ、とあまり聞き慣れない音が窓の外から聞こえて、しかもそれがどんどん近付いてくる。
「え、何だろうこの音」
「――近付いてくるのはユグードの魔力と同じ色だな、竜人か?ちょっと外を見てくる」
「わっ、私も行くよ。ユグードさんかその知り合いだったら危なくはないよね?」
日の出直後の早朝に一体何があったのだろうかと慌てながら、2人で服装を軽く見直してローブを掴み、急いで階段を降りていった。




