41.困った時のチョーコ頼み
一方その頃、山の続きをもう少し。
牛の村に戻ったら、チョーコとオクティの代わりに魚人たちがいたので訓練生達も驚きはしたが、事情を聞いてみれば、事前情報は届いていて、森を抜けて消耗している民兵千人と本国の軍隊丸ごとの対決なら負けるわけがないし。
その上ふたりとも戻ったのなら万に一つもないと判断された。
今すぐ帰るとなったらせっかく捕まえたワイバーンを置いていくしかないし、訓練生たちはワイバーンを手懐けることを優先すると決め。竜人たちから基本的なワイバーンの世話を教えて貰うことに。
竜人のユグードは新しく捕まえたワイバーン達の馬具を作って貰いに行かないとな、とハーピーを10体分括ってワイバーンに吊るしつつ……
「む。しまった、チョーコ殿に来てもらう予定だったが帰ってしまったのだったな。ではそちらの魚人……オグ殿と言ったか、一緒に付いてきてくれ」
「私ですか?はい」
魚人が天人のように浮いたり飛んだり出来ないことは分かっているので、後ろに乗って腰に捕まっていろと指示される通り、ワイバーンに立って乗るユグードの後ろに乗って腰にしがみつく。
体格が比喩でなく倍くらい違っていてオグは驚くけれど、ユグードはもっと細い天人で慣れているので、むしろ毎日泳いだりしている魚人はまだ筋肉があるなと褒めてワイバーンを空へ。
「うわ……高っ!これは凄いですね?!」
上空の冷たい乾いた空気は魚人にはかなり肌に来るはずなのだが、今は海の石を身に付けているので辛くもならず。まず魚人が見る機会のない景色を見て、それを素直に感動することが出来る。
「空の上も良いものだろう?俺も海には潜ったが、深い暗いところは流石に行ったことがないな」
「深海は暗くて何もないと思われがちですが、暖かく優しく、生き物がとても沢山いて賑やかな所なんですよ。……そういえば、どこに向かってるんですか?」
「北の洞窟に住む小人のドワーフ種の所へだ」
「ひいっ?!こ、小人っ?!いやぁぁぁっ、なななんで私を?小人への貢物か何かですかっ?!」
小人、と聞いた途端、それまで落ち着いた様子だったオグが突然子供のように半泣きで怯えだした。
「通訳を頼むだけだ。何をそんなに怯えている?」
「小人は半魚人でも蛸人でもなんでも捕まえて焼いて頭からバリバリ食べるんですよっ?!近付いただけで鉄鎖の網とか刃物が飛んでくるんですから。私が行ったら焼き魚にされて食べられちゃいます……うぅぅ」
「こら、男がメソメソ泣くななさけないっ。魚人が狙われるのは、海の中で服を着たり武器を持ったりしないからだろう。
小人は亜人か人族かを、服や装飾品など明らかな人造物を身に付けているかどうかで判断しているんだ、水の中でも着られる金属の装備を作って貰え!」
「じゃあまとめて作って貰ってきて下さいっ。行きたくないです怖いですぅぅ……」
オグは逃げたいが、下が水ならともかく岩では飛び降りるのは無理だし、そもそも逃げたところで山から自力では帰れない。
「通訳を頼みたいと言っているだろう、危ないからしっかり掴まっていろ」
「でも、これまでずっと通訳なんて要らなかったんじゃないんですか?」
「それはだな……」
竜人たちは先祖がドワーフやノームと交流を持った時にちょっとだけ地界語を習ったので、それを代々子孫に伝えており、今でもハーピーを渡しては装備品やら馬具やらの金属製品を作って貰えるくらいの関係は築けていた。
しかし、ユグード達の代になって暫くしてから、ハーピーに飽きたのかなんなのか、妙に機嫌が悪くてたびたび仕事を受けてくれないことが増えたのだという。
もっと前の代には自分たちよりは地界語の堪能な人が居たので理由を聞いて貰えたはずだが、折り悪く小人たちの機嫌が悪くなりだしたのは、地界語が得意だった古い長老が亡くなった後暫くしてから。
「ーーというわけで、今はどうして彼らの機嫌が悪いのか聞き出せなくて困っているのだ。お前が食われないように絶対守ってやる。手伝ってくれ」
「うぅ……わかりました。絶対守るとまで言うのなら信じるしかないです」
「あぁ、頼んだ」
辿り着いた洞窟は深く、奥まで行ったら熱気が凄そうな気配だが……取引をしている所はかなり入口に近いせいなのか、むしろ山よりかなり過ごしやすい。というか……なぜか水の魔力まで感じる?平地のように色々混ざった場所だった。
ただ、ハーピーを持って来られたドワーフは今日は特に機嫌が悪そうで。
「あぁん?今日は鳥だけじゃなく魚の肉も持ってきたから作れってのか?硬いワイバーン肉よりはマシだが、つまみばかりじゃダメだと言ってるんだっ!」
と炎のように真っ赤な目をギラつかせて凄い勢いで怒鳴る。
「ひぃ、やっぱり魚の肉だと思われてます」と泣きつくと、ユグードはすぐに「コレ、チガウ!」と片言で言って後ろに庇ってくれた。
「おぉん?なんだぁ?珍しい喋る魚だと思ったら、あの鳥みたいなやつらの服を着てやがるじゃないか」と興味を持たれ。
後ろを覗き込もうとするのをユグードは上手く間に入って庇っていてくれる。
「なんだよ、見せろって」
「チガウ!チガウ!」
とぐるぐる。
オグはユグードの背中に隠れていたが、どうやら敵意は無さそうだ?と顔を上げると、数回ぐるぐる回ってからドワーフも両手を上げて足を止めた。
「あぁ違うのは分かったって。ちょっとそいつと話させろ」
「あ、分かってくれたみたいです。守ってくださってありがとうございます!もう大丈夫です」
オグがひょこりと顔を覗かせると、任せたと前を退いた。
「初めまして、私は通訳で来た魚人のエルフ種でオグといいます。竜人のユグード殿は先代様ほど地界語が得意でなく、どうしてハーピーを渡しても装備を作ってくれなくなったのか、理由が全く聞き取れなくて困っているそうです」
「俺のことはドットでいいぞ。はー……なんだよ、やっぱり全然聞こえてなかったのか。いいか?俺たちは酒が欲しいんだ!酒!それもきつーく酔えるやつ!この辺にも酒の実があるだろう?昔はたまに持って来てくれたのに最近は全然持って来やがらねぇ。つまみばっかりだ!ケッ!」
「ユグード様。こちらのドットさん曰く、彼らは強い酒が好きで、酒の実というのが欲しいらしいんですけど、何ですかそれ?」
「あぁ、酒の実が欲しかったのか……風の地域のダンジョンの中には野菜や果物が多く実っていて。深い階層には魔力を多く含んだ、食べると酔える果物がなっていることがある。それのことだ」
「あー、深海に生える、酔い水草のようなもののことですね」
「うぉー!伝説の酔い水草ってのぁあれか?!苦みと辛みがきゅーっと!たまんねぇーっ!それだーっ、持ってこい!オグ!持ってきてくれたら俺たちが良いもん作ってやる!」
「なんだって?」
「えぇと……海へ連れてって貰って良いですか?酔い水草も欲しいそうなので、ちょっと私も取ってきます」
「分かった。俺も酒の実を取ってくるから、戻ったら迎えに行こう」
ここから海はかなり近いらしく、ワイバーンも繋いだまま、ユグードが直接オグをひょいとお姫様抱っこで抱き上げて直接海へひとっとび。
「わぁ本当、ユグード様って逞しいですね……私が雌だったら惚れてるところです」
「は、何を言ってるんだお前は……」
多妻多夫の魚人的には『惚れそう』くらいは社交辞令で軽く言うことだったのだが。
真面目な竜人には通じなかったらしい。心底呆れたどころかまともにドン引いた顔をされてしまい。容赦なく海へ放り投げ、酒の実を取りに行ってしまった。
それでもきっちり迎えに来た律儀なユグードにお礼は言いつつも。
「もー服のまま放り込むなんてひどいじゃないですか」とぷんすこするオグだった。その辺りの態度で何となく察したのか、ユグードの方は軽くため息を吐いて水面から胴のあたりに腕を回して小脇に抱え。
「くだらん冗談を言うからだ、少しは反省しろ」
と一蹴しつつちゃっちゃと回収して洞窟へ直行。酒の実と酔い水草を渡してワイバーンの装備を作って欲しいと頼むことに。
「うっひょー!!野郎ども、酒の実と酔い水草が届いたぜぇ!!宴の準備だぁ!」
狂喜乱舞したドットが奥へ声を掛けると、ドワーフとノームがぞろぞろと集まってきた。こんなに居たのかとびびるほどの人数だが、ざっと見ヒゲがあるかないかの違いしか分からないので、女性と男性なのか?と思ったらそうでもなさそう。
コソッとユグードに聞くと、髭のある方がドワーフ種で鍛治が得意。ない方がノーム種でこちらは石工や宝石加工を得意としているらしい。
男女の見分けはユグードには出来ないそうだ。
話しているうちに少しだけ奥にある大空洞へ連れて行かれ、酒の実と酔い水草とハーピー肉で宴会をすることに。
通訳の甲斐あってユグードの目的だったワイバーンの馬具を10組という注文は最優先で作って貰えることになったのはいいが。
「おめえ、言葉が分からなくて酒が持ってこられなかったんだって?」と、髭がないノーム種たちがユグードに近寄り。
「地界語を教え直してやる、時々酒の実を持って習いに来い!」「とりあえず今はどのくらい喋れるんだ?」と口々に話しながら彼を引っ張っていってしまった。
完全肉食の宴会には参加もしづらいし、ユグードとも引き離されてしまったし、思ったほどキツくはないけど上よりかなり暑いし、守ってくれる彼が居ないと怖いし……オグはまたちょっと怯えて隅に居ようとしたが。
まだ濡れてあられもない姿のままなのを見たドットを始めとしたドワーフたちがわらわらとオグを取り囲み、金属を細い糸にして編み上げた、極細の繊細な鎖で出来た布のマントや腰巻、トーガなどをほらコイツが酒の礼だ、水中で着られる服だぞと見せてくる。
取り囲まれてマゴマゴしているうちに、寄ってたかって濡れた布を剥ぎ取られ、一番サイズの合うトーガに着替えさせられ、女性ものっぽいものも何点かサンプルに貰ってしまった。
「どうよ!今後も酔い水草を持って来てくれればこういうのを作ってやるぞ?!」
半分諦めた心地でされるがままだったオグが我に返ってみると、伝説級の見事な細工に感動すら覚える仕上がりの衣類たち。
「うわ……素晴らしいです。でも私たち魚人は自力でここに来ることは難しいので、酔い水草は竜人殿に預けて届けて貰いますね」
「おや、知らねぇのかい?」
「何がです?」
「こっちだこっち、ちょいと来てみな」
と何故かドワーフたちにそのまま上の階へ連れて行かれ。
取引の部屋の奥をもう少し登った所から、海のある方角へ向けて下りの洞窟になっており、そこが先の方から完全に水没しているのを見せられた。
「そっから海へ降りられるんだ」
「わあ本当に海の水だ……」
と中へ見に行くと、奥の方に2人ほど蛸人がおり、魚人を見つけて突進してきた。
ひゃあ?!と叫んで下がろうとしたら、後ろからドワーフたちが手斧に鎖を付けた武器を一斉に投擲して一瞬で仕留め、仕留めた蛸人を鎖で引き上げて、つまみの追加だー!と持ち帰っていく。
……ひぇ。
腰が抜けて水の中にぺたんと座り込んだオグを覗き込める位置に、大丈夫かよ?と声をかけながらドットがしゃがみ、水没したトンネルの奥を遠い目で眺めた。
まだ立ち上がれないオグを横目に、そのまま遠い目でドットがポツポツと昔話を話し始める。
昔は海を挟んだ向こうにある火の大陸とこの海底トンネルで繋がっていたのだが、巨大な水の魔獣が上を通った時に踏みつけたせいで天井が崩落し、穴から水が入って通れなくなり、こちらに取り残されたのが彼ら小人たちの先祖なのだという。
「さっきみたいな蛸とか魚がよく出入りしてるし、ここは海の中から直接入れるはずだからよ。いつでもきてくれや」
「火の大陸に繋がる洞窟……私は来たことない場所ですけど、どこの海かは分かりました。……火の大陸といえば、魚人の禁足地なので」
「だろうな。火と風、水と風の相性はまだ悪くないが、火と水は相性が悪いし。俺たちドワーフやノームはまだましだが、あっちにいる炎人なんかは、魚人と会えばどちらかが死ぬもんな。
……どうしてっかなぁ。あいつらも酒は大好きなんだが、なんとか持ってってやれねぇかなぁ」
「火の大陸にお酒を運ぶ……ですか。あんな場所までお酒を持って行ってくれそうな人といえば……あぁ、あの人なら」
「おっ、誰か知ってんのかい?」
「私をここに紹介したのは、チョーコ様という人間族の女性なのですが。大いなるエスの祝福を受けられている方なのです。
番様共々とても魔法に堪能で。様々な場所を旅するのも好きですし、珍しい素材や食材や色々な種族にとても興味をお持ちですから、頼めば行ってくれるかもしれません」
困った時のチョーコ頼みを提案してみるオグだった。
***
元に戻って帝国。
ミラルダさんから次の日の昼過ぎにお茶会しましょうと言われて受けてしまったので、2日続けて宰相さんのお宅にお邪魔することになったのだが。
おそらく次男さんっぽい青緑髪の第二秘書さん曰く、今日はお礼のドレスをプレゼントするのと髪結いがメインで、お茶会はただの顔合わせだけだからすぐに終わるし。
女性の身繕いに男性が付き添ったって暇なだけ、あとで迎えにいらっしゃい、とミラルダさんが言っていたそうなので、チョーコだけ連れていかれることになった。
宰相さんの家へ行くと、入口のホールにランジェリーショップのマギーさんと、全く同じ色のピンク髪をした、背筋はまだ伸びているがかなり年配の女性がミラルダさんと一緒に出迎えてくれる。
「チョーコさん!新素材すっごく良かったわ!新作のショートストッキングとチューブトップブラもいい出来に仕上がってるのよ、是非見て頂戴!あ、こちらは私の母でね、今日の髪結いを担当させて貰うの」
「ガーネットです。娘ともどもお世話になっております」
「あ、よろしくお願いします……」
若い頃からミラルダさんのお世話に、と聞いていたけど、どう見てもこの場ではダントツで年配に見える。
平民だと50年くらいしか生きないとか、4、50代になると明らかに見た目が違うとか。そういえばオクティから聞いたような気が……
「ガーネットの髪結いの腕は本当に凄いのよ!わたくしもほら、先ほどやって貰ったの」
ミラルダさんの声にはっと我に返った。
いつもキッチリバッチリ結い上げているから、正直違いは分からないけど、今日はいつも以上にキラキラしている、かも。
「いつも素敵ですけど、今日はもっとキラキラしてますね」
「そうでしょ?さぁチョーコさんも素敵に仕上げて貰っていらっしゃい」
「ふふ、ありがとうございます。ミラルダ様には若いころから本当にお世話になっておりましてね。さぁこちらへどうぞ」
宰相さんの家の水場というところに案内されたら、まるで美容院のような広さで鏡がいくつもある空間だった。
髪結いのためのゆったりした木の椅子や、広めの水桶、湯上りに寝そべってマッサージ出来そうな木の寝台まで設置されている。
「わ、わぁ。貴族のおうちの水場ってこんな感じなんですか?」
「こちらの宰相邸は特に設備が揃っておりますわね。さぁそちらのお召し物は着替えて、こちらへお座りくださいな」
まず服に切った髪が付かないようにとツルッとした布で出来たスリップのような恰好に着替えて、布で首から下を覆われて座ると、手馴れた様子で全体の長さを整えてから結われるのだが、彼女の手には白いピッタリしたゴム手袋を肘まで装備しているのが見える。
「髪結いの時は直接触って不快感を与えないように手袋は必須なのですよ。こちらのゴム手袋は布と違ってズレないし細かい作業も楽々、途中でずるずる落ちてきたりしないので素晴らしいですわ!」
「使いやすいものが出来てよかったです」
あれもこれも新しくできたのだと、髪ゴムにシュシュにヘアバンドと次々に見せられ、今回使いたいものがあればと選ばせてくれて見せてもらったが。
貴族の装飾品の扱いになるのだろうか、想像していたようなシンプルなだけの髪ゴムやヘアバンドはほぼ無く、おそらく手編みの総レースの布地やふんだんに色石を縫い込まれた豪奢なものが盛りだくさん。
とても選べなくてお任せにしたら、シンプルな髪ゴムで高く括ってお団子を作り、逆毛を立てて膨らませ、レースで飾られたシュシュでまとめた上に宝石とリボンの付いたピンを沢山刺した結い上げヘアにしてくれた。
きらっきらで結婚式の二次会に出られそうな頭だけれど、その後に持ってこられた服もまた貴族らしいフリルや色石たっぷりのものばかりで、つり合いは取れているかも……
下着やアクセサリー類の装着。ガーターベルトのベルト部分や手袋の手の甲に魔石を外から見えないように仕込めるものなど、色々見せて貰い。その他にカラフルな石のネックレスや腕輪、イヤリングなど色を合わせた数セットを見せられて、好きなものを選んで付けて、それはそのまま差し上げるからと言われ。
全然わからないのでそれもお任せにしたところ、持っていたオクティの魔石は全て見えない部分で直接肌に触れるタイプのアクセサリーで身に付けたあと、黄色やオレンジ系の色石が並ぶ柔らかい色合いのイヤリングやネックレスのセットに、ドレスにもふんだんに同じ色の石が縫い付けられたものを揃えられた。
ドレスはおそらくコルセットに慣れていないだろうからと、ガッツリ締めてから上に着るタイプではなく、腰のあたりに固めの幅広ベルトが仕込まれていて、直接軽く絞ってラインを整えるだけのタイプでちょっとホッとする。
パニエをたっぷり重ねてスカートを膨らませ、薄く透けるようなショールを掛けてブローチで留めて以前お茶を飲んだサロンへと案内されると。
――見るからに貴族の奥様方やお嬢様といった人たちが合わせて20名近く集められていた。




