4.落ちもの疑惑
教えて貰ったキャンプ地に使える行き止まりに到着、通路側にオクティが魔法でカーテンのようなものを作る。視界阻害がかかっていて外からはただの壁に見えるらしい。そして横になれるベッドマットのような細長いクッションを取り出してパタパタ振って膨らませて床に敷く。
そこに座って良いと言うので座らせて貰うと、コップを取り出し魔法で水を注いでくれる。
続いて手を差し出すように言われ、素直に出した手のひらに。謎の白い錠剤がざらりと盛られた。
たぶん、大さじ一杯分くらいあると思う。
「えっ?」
薬っ?いや妙に多いし、いきなり薬、なんで?
彼の方も私の隣に腰を下ろすと、コップに水を出し、自分の手にざらりと同じように盛って、何の不思議もなさそうにそれを口に入れて水を飲んだ。様子を見て動けずにいる私を見て、オクティがちょっと首を傾げる。
「あれ、粒は苦手?俺はこの方が飲みやすいと思うけど、粉のままの方が良い?」
謎の選択肢がすぎる。
「いやいやこれはなに?」
「何って、若い木の中心部分に入ってる粉だよ。ただ練って固めただけだけど見たことない?」
「え、まさか食事ってこれだけ?」
「少なかった?もっといる?」
これは、魔塔の研究者って食事に興味なくて、栄養剤だけで食事済ませる人が多いんだよねーみたいな雰囲気じゃない。それ以外の食べ物って何?という雰囲気を感じる。
混乱しながらも、少ないならと追加を出そうとするのを必死で押し留めて、足りてる大丈夫すぐ飲む!と口元に持って行った。
ちょっと匂いを嗅いだらふんわり黒砂糖みたいな甘い香りがして、あ、見た目は錠剤だけど甘い砂糖菓子みたいなやつかな、と油断して。彼がやったようにざらっと口に放り込んで。
あまりの粉っぽい味に吹き出しかけた。
なんとか吐かずに耐える、すぐに水で流し込んで飲み切り、水のお代わりを貰う。
いや、錠剤で良かった、粉のままだったら間違いなくスプラッシュしてた。
確かに甘みはある、でも生の小麦粉に黒砂糖を混ぜただけって味。
おもいっきり生っぽいし粉っぽい。生の小麦粉味をそのまま食べるのってお腹を壊しそうな不安があるんだよね、いやこの世界の人は皆ふつうに毎日食べてるんだから大丈夫なんだろうし、大匙一杯くらいじゃ死にやしないだろう、でも!これはない!
え、毎日これしか食べられないってマジなの?ゲームでも美味しそうな料理の映像あるやついっぱいあったじゃん、よりによってごはんの概念ない世界に来ちゃったか……
確かにびっくりするほどお腹は膨れたっていうか、身体に力が満ちた感じがするし、毎日1~2回これを飲んでるだけで健康に生きていけるって確信がある。でも、もし、食べ物が本当にこれしかないんだとしたら、いくらなんでも耐えられない。私、この世界で生きていくの無理ぃぃぃ。
そんな不安と絶望で遠い目になるチョーコの様子を見ていた彼が、これまた難しい顔をしている。
「もしかして、チョーコって『落ちもの』なのか?」
「えぇとその『落ちもの』って、さっきタイチョーさんも言ってたけど、何?」
「どうもこの世界は他の世界よりも下の方にあるらしくてさ、他の世界から唐突に落ちてくるものがあるんだ。普通は何かの鉱石の欠片とか、宝石とか、種とか小さいものだけど。『落ちもの』は大抵とても特別な力を持ってるって言われてる。さっきの獣人たちなんか正にそうだろ?」
頷く。まぁ私は転移したんだろうなって最初から思っていたし。でもどう説明すべきかまた黙ってしまっている間に、彼は話を続けてくる。オクティが何でチョーコが落ちものだと難しい顔をするかって話になるんだけど。
オクティが住んでいるところは元々放浪生活をしていた人間たちが、数百年前に魔獣が湧いてこない安全な土地を見つけて街を作ったんだけど、安全なところに定住すると当然人口が増える。そしてなぜか人口が増えるほど近隣に湧く魔物も大きく強いものが増えていく傾向があって、どんどん遠征のリスクが高まって。街に引き籠ってれば安全なら出歩くのは止めようと防壁を作って街の中に引きこもるようになって。
先代の王様が老いてきた頃には国の人口が一万を越えてて、このまま増えていったら安全地帯からはみ出すから、他の土地を追加で探さないと。危険でも外に出なきゃって軍事に力を入れるようになったんだけど、平和な生活に慣れちゃった人間たちは遠征を嫌がって、結局防衛を強化するだけに留まったらしい。
でも、今の王様が継いですぐに『隷属の石』という落ちものが突然目の前にポンと現れたんだって。
『自害せよ!』みたいな無茶なものまで含めて、強制的に命令を聞かせるというかなり強力なもの。
新しい命令を与えると前のは解除されて一度に一つの命令しか出来ないとか、そもそも自分より魔力の低い相手にしか使えないとか、欠点は見つかってるらしいんだけど。それでも凄いものであることには変わりない。
それで王様は自分が即位した途端このようなものを与えられた。余は天に選ばれているー!ってテンションが上がっちゃったらしく、国の名を『人族至上主義帝国』にすると宣言、自らも皇帝『エルダード・ウルド・エルドウム』であるなんて名乗って、まず人間の国は全部征服して支配下に置き、亜人は奴隷に、人間以外の人族にも隷属の石を利用して全て支配下に置くぞ!と野望を持ったらしい。
オクティが思いっきり巻き込まれている魔力の高い人間を生み出す研究はまさにその一環で、隷属の石で全てを従えるには、特に魔力の強い人間を用意せねば!魔力研究をしながら交配実験を行って、他の人族を越えるくらい魔力の強い人間を用意するぞ!という考えで始めたらしい。
ただ、あまりちゃんとした交流がないのでほぼ伝説でしかないんだけど、他の人族というのは平民同士で比べた場合、人間の十倍以上魔力があるのが普通らしい。
魔力の全体量とか回復速度とか色々あるけど、魔法同士のぶつかり合いで魔力が強い方が勝つというのは、勢いが強い方が勝つってことだから、一番大事なのは出力。
人間の基準はざっくり言って。平民は一気に2リットルの水が出せる。貴族と名乗る人なら3~5リットルくらい。王族や高位貴族、魔塔の職員などは8リットル。実験で生まれてきた者は10~12リットル、オクティは飛びぬけてるけど16リットルって感じ。
ぶっちぎりで強いはずのオクティでも十倍までは行けてない。
まあ伝説は伝説なのでどこまで正確かは分からないにせよ。普通に十倍はあるというのが本当なら、オクティくらいが他の人族の中では一般人基準?と予想されるわけ。
魔力研究を始めてから既に30年くらい経った今でそれ。
更に現時点では人間の中にオクティの子孫を生める相手は存在していなくて足踏み状態。
軍事訓練は変わらず進めていて、街の近くの5つのダンジョンやその外側の地域を開拓しようと頑張ってるみたいなんだけど、安全地帯の外側に出ると明らかに魔獣が出やすくて。外に拠点を作ると夜中に拠点の中で魔獣が湧いたりするなんてこともあるから、ラインギリギリの内側に開拓拠点をいくつか作って、そこから毎日、日帰りの魔獣討伐をしているだけだそうだ。
日帰りのみだから決まった範囲までしか調べてないし。当然他に住めそうな土地を探すとか、他の人間の集落を探して交渉なんてことも出来ているわけがない。
そんなわけで、新しい土地の確保という目的が全く達成できないまま何十年も過ぎてしまって。
エルダード皇帝は進まない遠征にイライラ。隷属の石だけで全てを支配するのは難しいというなら、更なる落ちものを探すまでだ!必ず探して報告しろ、魔塔でそれを研究して有用なものであれば発見者に大きな褒賞や地位を約束する!とか言っているのが今なんだそうだ。
「あのさ……一応聞いとくけど、私のこと、内緒にしてくれるよね?」
「当たり前だろ?報告するくらいなら2人でどこかに逃げよう。確かに帝国の周りは魔獣がたくさん湧くけど、その地域を抜けてしまえば落ち着くはずだ」
「そういえば、なんで帝国だけ安全なの?」
「帝国の土地に直接魔獣が湧いてこないわけは、魔塔の研究もあまり進んでないんだ。ただ、綺麗に5角形の形にダンジョンが並んでいる場所でね、その並びに何か魔法的な意味があるのかもってだけ。理屈はなくても実際その範囲には魔獣が出現してないってこと」
あぁ五芒星の中だけは守られて安全とか、確かにありそうな設定だなって思う。
「その安全地帯には魔獣は入ってこられないの?」
「いや、内側で湧かないだけ、外で出現したやつが入ってはくるよ。今は内側で軍とか奴隷の亜人が守ってるから入ることはないけど」
じゃあ完全に国の中はセーフティーエリアってことだ。日帰りで行ける距離に他の国はないって分かってるなら、亡命するのはけっこう危ない状態のまま長く旅しなきゃいけなくなるってことだよね。
オクティが強いのは確かだけど、昼も夜も戦いっぱなしとなると話が変わってくる。私が完全に足手まといだもんなぁ……
「もし私が落ちものかもしれないって話が皇帝の耳に入ったとしてね?例えば、オクティと必ずペア組ませてくれるんだったら国の為に働くよって言ったら、セットで安全保障してくれたりしないかな」
「難しいんじゃないか?まず落ちものだと分かったらチョーコの能力を調べられるけど、そこで凄い強力な能力があったとして。国の為にその力を使えって言われるだろ。その時例えば……そうだな。さっきのタイチョーが兵士に見つかって大怪我をしたとする。俺はその力で助けてやってくれって頼んで、皇帝はその力でトドメを刺せって命令したらどうする?多分だけど、チョーコは皇帝の命令より俺のお願いを聞くんじゃないか?」
「その状況だったら、そう、だと思う」
「だろ?だったらペアとして動かすより、最初から俺をどこかに閉じ込めて、しっかり働けばたまに会わせてやるって人質にするとか。チョーコくらい美人で魔力も高いなら皇帝が直接、正妃は無理でも側妃にして俺は排除するとか。そっちのほうが絶対あり得る」
「皇帝の側妃とかむしろ罰でしかないんだけど、うぅ、人質ルートは確かに、困るなぁ」
「あ、困ってくれるんだ、ちょっと嬉しいな。まぁ……どっちみちバレてどうにもならなかったら俺はチョーコと一緒に逃げようって思ってるからさ。ちょっと状況を見て、ここはもう教えた方がいいって判断するまでは、落ちものってことは秘密にしておこうぜ?」
「ありがとう。それはそれとして……やっぱり私も自衛手段が欲しいんだよね。武器とか武術は齧ったこともないから多分無理だと思うんだけど、私の魔力が強いってオクティが言ってたじゃない?魔法を教えてくれない?」
「分かった。んじゃ基本的な魔法についての説明からな」
魔法の使い方は、自分が持つ魔力の中から使いたい力を選んで、どう使うかを強くイメージしながら力を籠めると発動する。はじめのうちは『指先に灯れ小さな炎』みたいに言葉で自分のイメージを確定する言葉を言ったりする、と指先にぼっと小さな炎が現れて蝋燭のように照らした。
発動の仕方はどれも大体それが基本なんだけど、魔法には火、水、風の『属性』の他に『適正』ってのがあって。生まれつきそれを持ってないと使えない魔法がかなり多いんだ。普通の人間は属性だけで適正は持ってない。他の人族はそれぞれ種族に応じた『適正』を持っているから、彼らは人間には使えない魔法を平気で使ったりする。
有名なのは海に住む魚人族の持つ”精神”って適正で、彼らは『テレパシー』で他の種族と話したり、『魅了』で相手を惹きつけたり出来るらしい。彼らは昔から優しい種族だと有名で、色んな伝承に出てくるから適正の話まで知られてるけど、他の人族の適正はあまり詳しくは知られてない。
人間の場合は魔力さえあれば誰でも使える『無属性魔法』って呼ばれてるものを習うね。
そこに張った『結界』もそのひとつ。でも初心者なら攻撃を弾く『盾』の方が覚えやすいかな。ちなみにチョーコの傷を治すのに使った『再生』も無属性ではあるんだけど、これはけっこう魔力操作にコツがいるから最初からはお勧めしない。
今までのチョーコを見ていると、まず、魚人の固有魔法と言われていた『テレパシー』っていう、直接思念を言葉として喋ったり聞き取ったりする魔法が使えてると思うから、人間では珍しいけど”精神”の適正があると思う。
それからその目、金みたいな薄茶色の目で時々魔力の光がチラチラしてるから、凄く魔眼っぽいんだ。ただ、俺みたいに魔力や術が見えてる様子はなくてさ。似てるけど俺のとは種類が違うんだろうなってことしか分からない。人と違う何かが見えたりしないか?って聞いても分からないよな。
「そうだね、人と違う何かが見えるかっていっても分からないなぁ。うーん、よく見たやつでお約束の見える目っていうと……あ。そうか『鑑定』」
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目の前が真っ暗と真っ赤と真っ白にぐるぐる染まって、ブツン。




