38.戦争?
しっかり眠ったおかげで次の日は日の出前後に目が覚めたけど、やっぱりパリィの方が早く起きてて。桶の水でハンドタオルを絞って顔を拭いている音が聞こえた。
「ん。おはよう、今日は早いんだな?」
「おはよう、パリィはいつも早いね」
どうやって気付いたのか、身動きをしたつもりもないのに振り返ったパリィが挨拶してきて、その声でオクティももぞもぞと動く。
「おはよう……」
「オクティも起きたか、おはよ。あのニンニクってやつ?凄いな。昨日はマジでけっこうキツめのトレーニングしたのに、全然疲れが残ってねえんだ。今日もバッチリ鍛えられそうだぜ!」
「ほんと?肉体疲労の回復に効果があるらしいから、効いたみたいでよかった」
パリィはたすきみたいな布に翻訳機を固定して、それを背中に括ってからシャツを着る。
オクティはむにゃむにゃしながらまだチョーコに回した腕を解こうとしてないけど、チョーコは一旦目が覚めてしまうと人の目が気になるので、腕から抜けようとする。
「オクティ、そろそろ起きよう?」
「んん、もーちょっとだけ……」
手際よく服の上から防具を取り付け始めたパリィが呆れたように声を掛けてきた。
「おーいオクティ、いくら訓練には参加しねぇっつっても、一応俺ら人間代表なんだからもうちょっとしゃんとしとけ?つーかこんなとこ来てまでチョーコの布団に入るなよ。事後だったらどんな顔したらいいのかって朝からドキドキしちまったじゃねーか」
「するわけないだろ。ゆうべはただチョーコが寝れてなさそうだったから……んー」
流石に目が覚めてきたのか、不満げな顔でチョーコを手放して起き上がり、オクティも顔を洗いにむかう。
パリィの方はもう防具を装備し終わり、軽く身体を動かして様子を見てから出入り口の方へと歩き始めていた。
「んじゃお先!俺は広場の朝練に行くけど、お前らは行かないんだよな。折角起きてるんなら天人たちも朝から働いてるし、そっちの手伝いでもしとけば?」
「あ、そうする。頑張ってねー」
相変わらず勤勉だなと感心しながらゆっくり支度をして2人で外に出ると、既に広場の方からはトレーニングの掛け声が規則正しく響いているのが聞こえてくる。
周りを見ると牛に草をやったり水をやったり白く長い毛にブラシをかけたりしている天人たちの姿が見えて、そちらへ近付いていったら、3人ほどこちらへ振り返って手を振ってくれた。
まだ少し顔を覚えてなくて自信ないけど、初日の飲み会でオレンジカクテルに一番最初に飛びついてきた甘味大好きなお姉さんだと思う人が牛にブラシをかけながら話しかけてくる。
「おっはよー、チョーコたちは通訳のお仕事で来てるからトレーニングはしないんだっけ?」
「あ、そうです。少しは身体を動かした方が良いのかなとは思うんですけど。あの人たちに混ざると少しじゃ済まなそうですし」
「あははー、言えてる。人間って竜人みたいに鍛える人もいれば、チョーコ達みたいに魔法タイプの人までいて、色々いるのねぇ」
「ですね。人間は全種族中で一番多様性があって、色々な地域にも適応できる種族、らしいですよ」
「そういえば、人間って山に来ても体調崩したりしないみたいだけど、大丈夫なの?平地より寒くて乾いてるらしいんだけど」
言われても、ひどく喉が渇くとか寒いとか、そういう感覚は全然ない。
「特にそこは普通だと思いますけど……涼しくて気持ちいいなってくらいで気にならないです。毛布一枚じゃ耐えられないほど寒いとか、そういう感じも全然ないですよ?それより何か手伝うことありますか」
「大丈夫!今はお客さん来てるからっていっぱい人が集まってるんだー、だから人手が足りすぎてるの。そういえばさっきサニーがチョーコたち起きてるかって聞いてたような……あっ、あそこに居る」
『ーー!』
彼女が口に手を当てて叫ぶ仕草をしたのに何も聞こえない、と思ったら、かなり離れたところを飛んでいた人影が振り返ってこちらに飛んできた。
「えっ?今叫んでましたよね、何も聞こえなかったですけど」
「そりゃあ風で声を飛ばしたもの、こっちには聞こえないわよ」
「ほーう、ああいう使い方もあるのか……なるほど」
オクティは見ていたみたいで面白そうに目を光らせている。
すぐにサニーさんがパタパタと目の前に降りてきた。
「ありがとうマリー。おはようございますチョーコさんとオクティさん」
「「おはようございます」」
「昨日はみっともない所をお見せして失礼しました。ちゃんと連れ帰って頂いたお礼です」
わざわざ取りに行ってくれていたのかな?バナナ……だと思う、匂いは完全にバナナだけど黄色くない、赤い。そしてヘタのところがツルに繋がっていてブドウみたいな形で切られている。
見ようによっては巨大な長細いバナナ型の赤ブドウかもしれない。
「ありがとうございます!バナナだー!」
30本くらいマジックボックスからまとめて出てきたので、こちらのボックスに移して、2本だけオクティと分ける。
皮をむいたら中身は白い普通のバナナで安心した。
「それ、牛乳と合うのよね、私も好きよー」
マリーさんと呼ばれたお姉さんが搾りたての牛乳も出してくれたのでありがたく、彼女にもバナナを1本渡して牛乳と一緒に食べた。
「んんー、バナナと牛乳合う!」
「本当だな、うまい」
「教えてもらったホイップクリーム、今天人の中で大人気でね!私も牛乳目当てで牧場の手伝いしに来てるのよ!」
「甘い果物と合いますからね」
「チョーコが持ってきたオレンジ?あの果物もすごく良いわ!あれって人間の街で手に入るのかしら」
「今栽培できるか試してるところなので、少ししたら収穫できるようになると思いますよ」
「じゃあ新しい果物が手に入るようになりそう?!取れるようになったらメロンとかと交換で山にも送ってね」
「そういえば、天人さん達ってこんなに野菜か果物しか食べない生活なのに他の果物食べたくてダンジョンを探す人って全然いないんですか?」
「探してないわけじゃないんだけど、小さい所は全部見ても、甘くて美味しい果物ってこれしか見つからなかったのよねぇ」
ん?とオクティが首を傾げる。
「小さい所しか行かないのか?」
聞いてみると。
高山のダンジョンは放置されてるせいで、ちょっと大きめのところはハーピーの巣になってることが多いんだそう。
小さい所はあらかた回って、今のところめぼしいものは他になかったけど。
もっと大きめの未開拓のダンジョンを回るってことは亜人を大量虐殺するってこととほぼ同じ意味なのが行きたくない理由の第一位らしい。
「そういえば……ここの人たちって火の魔法使えませんよね。亜人と戦った時の死体の処理とか、普通に人が亡くなった時ってどうするんですか?」
「ハーピーの死体は竜人が飼ってるワイバーン達が喜んで食べるからアイテムボックスで回収して全部渡しちゃうわね。天人や竜人が死んだ時は、皆で火の山へ焼きに行くのよ」
「火の山?」
「この山の北の方に洞窟地帯があるんだけど、そこよりもっと先の海を越えて飛んだ先、燃える山と砂漠で出来ている『火の大陸』っていうところがあるの。
そこは全ての罪穢れを焼き清めるという言い伝えがあるから、私たちは死んだらその燃える山の中に落として遺体を燃やすのよ」
「なるほど……」
「ちなみに山で悪い事をした罪人はねぇ、竜人に捕まったら火の山送りになるから、悪いことはしちゃダメなのよー?」
両手を怪獣のように構えて子供を脅すような語り方をしてくる。
「ひえぇっ?!」
「ここで火の山送りになるようなことって、どのくらいのことをしたら、そこまでの罪になるんだ?」
「特にしっかりした決まりがあるわけじゃないわ。謝っても許されないようなことをしたらって感じね。
普通はわざとじゃなかったり、本人がすごく反省していたりしたら許すから、竜人にまで話を持っていくことなんてないし。天人同士でそこまで拗れたことなんて少なくとも私が生まれて50年くらいは見たことないけど……」
「一度も重大犯罪が起きてないってことか?それはそれで凄いと思うんだが。うーん、例えばなにか弱みを握られてて、皆の前では許すと言わざるをえないとか、そういうことは?」
「なんかねぇ、竜人って普段からそういうことしようと考える人はどす黒く見えるらしくって。見過ごせないくらい黒いと周りにも素行に問題ないかって気になって話を聞いてきたりするのよ。
小さいことや一時的なこととか、そもそも被害者が笑って許してるなら見過ごされたりするけど、明らかに無理してそうとか、長くそういう状態が続いたり、被害が広まれば捕まると思うわ。
――ってことを私たちは知ってるから、そもそもそういう発想で罪を隠そうとするのは危ないって思って最初からやらないのよねぇ」
「竜人さんって本当に正義の人っていうか、厳しいんですね」
「それでも一応、他種族のあれこれにはあまり首を突っ込まないように気を付けてくれてはいるのよ?頼まれもしないのに勝手に処罰するような真似は絶対しないし。
たまに少し虐められ体質っていうか、言いなりになりがちな子がいたとしても、どうしても対処できない時は早めに頼れって声を掛けてくれるだけで、無理に説得とか強引に保護とかそういうことはしないの」
なるほどなぁとオクティも頷く。
「竜人同士だとそういう遠慮がないから、それこそ悪即斬なんだろうな」
「そうなんだと思うわ。一度竜人が村に降りた時にワイバーンをうっかり繋ぎ忘れて、近くに居た天人の子供とその子が引いて草を食べさせてた牛がワイバーンに食べられちゃった事件があったんだけど。
その竜人は自首した上に自分から凍土の真ん中で土下座しに行って、天人の親が許すって言ってくれるまで衰弱しても出てこなかったそうよ」
「潔いな」
「うん潔いね……火の山送りで火山に投げ込まれるのと、凍土で魔力枯渇で死ぬのと、どっちが辛いかって言われると分からないけど」
「あ、火の山送りは火山に落とされることじゃないわよ?火の大陸に住んでいる魔人族っていう炎や砂で身体が出来た種族のところに罪人として引き渡されるの。
言い伝えだとね『魔吸いの首輪』っていう枷を付けられて、魔力を吸われながら死ぬまで閉じ込められるらしいわ」
「ふえぇ、それは……怖いですね」
「私たちは子供の頃からよく聞かされる話だけどね。お友達に酷いことしないの、仲良くしないと炎人に捕まっちゃうわよーって」
「ああ子供向けのおとぎ話にありそうです……」
「しかし、それがおとぎ話じゃなくて本当に連れて行かれるんじゃ洒落にならないな」
「他の子に酷いことさえしなければ良いだけだし、しちゃったらちゃんと謝って許して貰えば大丈夫よ?別に竜人は私たちにまで日の出から日の入りまで訓練と仕事をみっちりやれとか、規則正しい生活をとか厳しいこと言うわけじゃないもの」
うん、竜人さんと天人さんが仲が良いというのも良く分かる気がした。
「――あ、そろそろ訓練組が出かける時間のようですよ。皆さん見送りに行きましょうか?」
サニーさんが広場の方を見ながら声を掛けてくる。
天人たちと一緒に見送りに出ると、ユグードさんが昨日のニンニクのお礼だと言って手の平サイズくらいの石製の壺にかなりみっちり詰まった胡椒の粉をくれた。
「こんなにですか?ありがとうございます!」
「貰ったものたちで出し合ったら増えたんだ、美味くて効果の高いものを見つけてくれて感謝する。疲労回復効果が素晴らしいし、訓練の質がかなり高まるので今後は訓練生のカリキュラムにも取り入れていきたいな」
訓練生を受け入れている限りは人間の火魔法使いがハーピー避けで参戦するだろうし、居ない時は小人に頼む手もある。入手はキャンプから一番近いダンジョンで日帰りできる。確かにいいかもしれない。
軽く話して彼らを送り出してから。
天人さんに誘われてフレッシュチーズと葉野菜を食べさせて貰い。お返しにアスパラ炒めを塩コショウで作ってあげたらすごく喜ばれ……
と、のんびり軽食タイムを過ごしていた時。
突然、私たちのテントの近くに設置していた転送盤が光って3人飛んできたのが見えた。
帝国の街に残っていたはずの男女の天人さんと魚人のオグさんだ。軽食を楽しんでいるのを見て、オグさんが小走りに近づいてくる。
「え、あれっ?チョーコ様、訓練生と一緒に出掛けてるんじゃ……」
「訓練はともかく、実戦中に通訳とか難しいなって思ったから、海で魚人さんたちと一緒に作ってた翻訳機を訓練生の人たちに装備して貰ったんです」
「ん?じゃあ私も今は通訳の仕事が不要ということでしょうか。彼らが戻ったら、ユグード様に了解を取ってから帰……いやうーん、帝国から湖か海までの移動もありますし、しばらくここにお邪魔していても変わりなさそうですが。水汲みの手伝いでもしますかね」
「急ぎで海へ帰らなきゃいけないなら送りますけど……それより、なんで皆さんがこっちに?」
「あ!そうでした。帝国の方で、別の人間の国と戦争が起こるかもしれないから、客人は一旦山に避難するようにと送られたんです。それで、チョーコ様とオクティ様のおふたりを見つけたら、オクティ様に『冒険者組合から帰還命令が出ている』と伝言を頼まれました。その場合チョーコ様も帰られるのなら、私が通訳の仕事を引き継ぐことになっています」
「戦争?!どういうことです?」
「私たちに知らせに来た方々が掴んでいた情報によるとですね――」
オレンジと魚人の娘たちを見つけた遠征隊は、チョーコが以前丘を登った時に、坂の向こう側にも森の切れ目があるなと気付いたところを彼らも見つけて気になっていたので、今回そこを目指したらしい。
そしてそれは正解で、狙い通り別の人間の国だったそうだ。
そこは既に帝国よりもずっと人口が多くなって、もう溢れるところまで来てしまっていたらしく。城壁の外側に千人以上の人間が追い出されて森でさせられており。
まさに彼らが武器を手に、ほかの安全地帯を探しに旅を始めるぞ!と決起しているところに遠征隊が遭遇。
帝国側は今、街道の建築や維持、新たな土地発見のための遠征、新しく土地を見つけたらそこを維持するための人手も必要だし、高山のダンジョン開拓のための武力に、見つけた新しい作物の栽培、新しい素材を使った新製品の開発、その製造、運搬、販売などなど……
人手などいくらあっても全然足りない状態。
人手が余っているというならこれ幸いと、一緒に周辺開拓や商品開発をしませんか、同盟組みませんか?と持ち掛けようとしたらしい。
――が。何故かその人たちはちょっと様子がおかしくて。武器を握ったまま、とにかく我々が住む土地を寄こせ、お前たちの国に案内しろの一点張り。
全く話を聞いてくれないどころかそのまま武力に訴えて捕まりそうな勢いだったため、何とか宥めつつ、一度国に持ち帰って皆さんを受け入れる話し合いをしますから、と帰ろうとしたところ。
遠征隊の帰路をずっと後ろから付いてきてしまっていると。
今のところ襲って来てはいないものの、千人越えの群衆が、全員抜き身の武器だけを握って目が座ってる状態で土地を寄越せと言い続けている。雰囲気的に凄くヤバそう。……ということらしい。
もう近くまでは来ていることを、斥候というか先ぶれが先行して知らせてくれたので、魚人さん達が一時避難で山に送られたそうだ。
オクティは話を聞くと頷いて。
「その理性を失ってる感じからして、何かの制約に引っ掛かって視界が狭まってるというか、思い詰めてるだけだろう。だが千人規模で武器を持ってるとなると確かに危ないな。チョーコはどうする?俺は帝国所属の冒険者だから呼ばれてる以上は戻らなきゃいけないけど、ここで待ってるか?」
ぶんぶんと首を横に振る。
「オクティが行くなら付いていきたい。それに万が一ってことなら、城壁を突破されたりした時に危険なのは街の人の中でも城壁に近い平民街の人たちでしょう?防衛だったら私にもできることがあると思う」
「分かった。でも、今回呼ばれてるのは俺の方だし、国同士のいざこざだからね。チョーコはいざという時まで前には出ちゃダメだよ?」
「……わかった」
まぁ、来ているのは本格的な装備をつけた軍隊とかじゃないみたいだし、オクティの場合は飛行しちゃえば大抵の武器持った人間には負けないから、むしろ1人の方が安全に動ける可能性はあるかも。
魚人さんに後を託し。2人は一旦帝国へ帰ることにした――




