37.たまねぎあった!
早朝、日の出を背景にユグードさんは1人で来たらしい。
同じく早朝に目覚めて皆で広場に集まり、朝の訓練をしようとしていた訓練生に揃って挨拶をされ、言葉が通じることに驚き、チョーコたちが実戦練習が始まったら通訳をする余裕がないだろうからと、一時的にテレパシーを使えるように訓練生用の装備を用意してくれたと聞いてさらに驚き。
チョーコ達が起きて来るまで訓練生とユグードさんで一緒に朝のトレーニングをしながら喋っていたそうだ。
一時間ほど遅れてチョーコとオクティが出てくると、もう既にユグードさんと訓練生たちはすっかり仲良く汗を流して打ち解けている様子。
「おはよう」
「お、おはようございます……遅れちゃったみたい?」
2人で声を掛けると、みんな揃って元気に手を振ってきた。
「おう、おはよう!相変わらず朝は弱いな2人とも!」
「規則正しい生活としっかりした運動、あと肉を食うのが強い身体を作る基本だぞ?まるで天人みたいに細っこいが……いや、2人とも魔法使いだったか、お前たちは天人寄りということなのだな」
パリィたち訓練生は薄着で汗ふきタオルにしては大きいバスタオルみたいなのを用意し始めていた。
「なあなあ、ユグードさんが海まで水浴びに行くかって誘ってくれたけどお前らも行くか?」
「海で水浴びって、近くに浜辺とかあるの?」
「いや、そのまま海に飛び込んで泳ぐらしいぞ」
「待って?!パリィも初めて海に入った時大変だったでしょ?それは溺れちゃうって!」
「俺が息継ぎ手伝わなかったら沈んで戻れなくなるところだったろ?」
私たちの慌てたツッコミを聞いて、ユグードさんがキョトンとした。
「――む?そうか。人間は長く息を止めていられないのか?それはすまないな。いつもは石瓶に汲んである水を浴びて済ませるのだが、ここへ10人分持って来るよりは浴びに行った方が早いかと思ったんだ」
流石に水泳経験2日と、未経験しかいない訓練生を海上にそのまま放り込むのはどうかと思ったんだけど。
竜人さんは肺活量が凄いみたいで、2,3分息を止めてても問題なし、身体に風を纏えば浮いてそのまま空へ飛べるので、海に飛び込んで身体を綺麗にして帰るのは気軽にやっちゃうことだったみたい。
天人さんたちも飛び込みはしないけど、時々羽を洗いに海上で浮かんでパシャパシャは子供でも気軽にすること、『海まで行って身繕い』がそんなに危険な行動とは思わず止めませんでしたと謝っていたので。
悪気が無いのは分かった。
「俺たちの魔力量だと全員分の水浴びをするほどの水を用意するのは流石に厳しいしな」
と、水属性の2人が言うので、オクティがいつも家で風呂用にしてる大きい桶と、汲むのに使えそうな小さい桶をゴロゴロ出して持っていく。
「水浴びの水くらいならいつでも俺たちが出すから、いきなり海に飛び込むのは本当に止めてくれ」
……竜人と訓練生は水浴びとなると平気で脱ぐので、その時点でチョーコはテントに強制的に戻された。
今日は実際に野生のワイバーンを使って殴り合い訓練と聞いていた通り。
昨夜顔見せに来ていた部下の竜人たちが、野生のワイバーンたちを5体捕まえに行っていて、この村に直接ではなく隣の丘に連れていって訓練はそちらでするように準備してくれているそう。
安全性を考え、全体監視のユグードさんとは別に、訓練生2人と竜人3人とワイバーン1匹の割り当てで、弱点の解説や実際に打ち込む練習を身体強化した拳で訓練をする予定。
15人も竜人がいるので、のんびり翻訳しながらやったところで訓練生たちに危険はないつもりで準備していたが。訓練生にも一時的にテレパシーを使えるようにしたと聞いたといって。
「やっぱり言葉が通じた方が訓練はやりやすいな。助かる!」と喜んでいた。
チョーコとオクティも付いていくかと誘われたのだが、翻訳機を作ったから通訳の仕事はほぼ無くなったと思うし、護衛はそれこそ竜人さんたちがたくさんいる。ワイバーンに乗りたいわけでもないので。
残って天人のサニーさんたちから他のダンジョンで取れる野菜や果物について話を聞かせてもらいたい、というかダンジョンを探索したいんだと主張したら許可が出た。
ダンジョン産の作物はアイテムボックスに入れたりしても品質は安定しているし、1週間くらいは何もしなくても日持ちするし、干したりしてもっと保存期間を伸ばすこともできるので交易品としては使いやすいはず。
それに天人さんが積極的に取りに行ってないだけで、高山にはかなりたくさんのダンジョンがあるらしいので、探せばすごい色んなものが見つかるはず!
天人が収穫しに行くのは入口付近でサラダ用の葉野菜が取れる小型ダンジョンと、果物のダンジョンと呼んでいるところくらいで。
玉ねぎやニンニク、かぼちゃなど生で直接齧っても美味しくないものや『甘くない果実』は全部放置されているし、『苦い果実』の場所以外は、食べない物の生えている場所などほとんど把握されてない事が判明。
根菜、芋類は一度も見たことがないというか、根まで引き抜いて食べる発想がなかったので知らないというから、ジャガイモとかも探せばある……?でも人参やダイコンみたいな根っこが太くて土から見えているようなものは知らないって、本当にないか覚えてないだけか、どっちだろう。
――あ。根菜はあるけど、芋類は洞窟なのね。
トマト、ナス、きゅうりなども知らないというけど『甘くない果実』判定で全部放置されてる可能性がありそう。
つまり昨夜食べたレタスとセロリとパインとメロンとバナナ以外全部。例えば玉ねぎが欲しいんだったら自力で探し回らないといけないってことか。
もう気になりすぎて仕方がないので、早速サニーさんの案内で牛の村に一番近くて、普段は完全放置されているという小さいダンジョンから連れて行ってもらうことにした。
オクティに抱えてもらったら、それなりに距離があるので私が一緒に飛ばしますよと、飛行はサニーさんが手伝ってくれることに。
空を飛んで山から離れる時に気付いたのだけど。
……牛の村がある山。その周囲だけ亜人が避けてない?
訓練に使う予定っていう隣の山にはたまに襲いに行くのが見えるのに。
気になったので少し山の周囲を調べてみたら、本当に牛の村の山だけぽっかりと何も寄り付かなくなってるし。試しに一番近くにいた亜人にそーっと近寄ってみたら、明らかにチョーコを見た途端に跳ね上がって、全力で逃げられた。
ほかの亜人も同様で、チョーコが近付くと全力で逃げられ、どんどん牛の村の山の包囲ラインが広くなっていくばかり。風下から近付けば近付けるけど、風上に立ったらそれだけで逃げ出してしまう。
――あれ、これは『威圧』効きすぎてるんじゃない?
『牛の村はやばいやつの縄張りだ』と亜人に広まっちゃってるのか。完全に匂いを覚えられてしまってるっぽい。
それはそれで牛たちが安全になるからいいのかもしれないけど……
これは訓練現場に近寄ったら邪魔しちゃってた気がするので、やっぱり翻訳の仕事は翻訳機に任せて正解だったみたい。
一番近いダンジョンとして案内されたところは本当に規模が小さそうでワンフロアの広さも狭いし構造も単純。ここはそのままでは食べられない辛くて匂いのキツイ草と硬いツルしか生えてないので放置されているところだそう。中は比較的小柄な走って突進してくる魔獣が湧くだけ。壁は定期的に光る石のついた石の柱が立っている以外は土壁、床も土、天井は石。
オクティとサニーさんがついてたら、細かい魔獣が幾ら湧いたところで居ないも同然なので、チョーコは安心して中を見て回り。魔獣の核はサニーさんは別に要らないというので、オクティがせっせと回収していった。
壁いっぱいに濃い緑と白っぽい薄緑のツルがこれでもかと走っているけど、ツルには実も葉っぱも付いていない。ただ、試しに触ってみたらツル自体が切って焼いたり茹でたりするとアスパラとホワイトアスパラの味がする、美味しく食べられるものらしい。
試しに取って火の魔力で焙って塩掛けて食べたら美味しい!ほんのり甘くて歯ごたえもある。
サニーさんも美味しいと言うけど、生では硬くて火の魔力を使えない天人は食べないと断り、回収したものはチョーコのアイテムボックスに全部貰った。
床に生えるものは何故か廊下には生えなくて、小部屋などにまとまって生えているものらしい。このダンジョンでも確かに廊下の地面は土なのに何も生えてなくて、4つほどある小部屋の床だけはみっしり草だらけだった。
最初の小部屋を覗いてみたら、ニラ畑!
確かに生で齧ると辛いし、匂いが強くて牛も食べないので放っておいているというけど、これもフライパンを出して炒めてみたら普通に美味しいニラだった。ああ醤油が欲しい!でも塩コショウで炒めればお肉と合うから夕飯のバーベキューの時にでも出してあげようと思ってこれもチョーコのアイテムボックスへ。
別の部屋にはたまねぎ!
いや、生え方絶対違うけど!触ったら玉ねぎってあったからこの世界ではこうなんだろう。
よく見る長ネギの緑の葉っぱ部分だけみたいな、青ネギという太い葉っぱがみっしり生えた畑の中に、キャベツみたいなノリで球形の茶色い実がポコポコ生えていて、それが玉ねぎだった。
青ネギも食べられるものの、肉の煮込みを作る時の臭み消しくらいしか長ネギの青いところだけを使うイメージってないので、とりあえず今は玉ねぎメインでいっぱい収穫。
小ネギみたいに細いやつはお味噌汁に刻んで入れたりするけど、この世界って何もかも大きめなのかなぁ。
「えへへ、こんなに早くたまねぎ見つかるなんて!火を通せば甘いけど、生でも薄くスライスして軽く水に晒せば辛くなくなるから食べられますけど、サニーさん達も食べてみます?」
「水にさらす……えぇと。海の水は何かを洗うならまだしも、口に入れるものに使うのはちょっと、ごめんなさい」
天人さんや竜人さんは水分とらなくても生きていける種族だそうで、果物と牛乳の水分で十分すぎるくらい、ただの水を飲むことは一切なし、海の水は食用ではないもの認識らしい。
「正直、あの水は口に入れるものとしてあまり美味しいとは思えませんし」
「確かに、あの水は泥臭かったですもんね」
「人間の街で出されたお茶も最初警戒しましたけど、人間が水の魔法で出したもので汲んで来たものじゃないと聞いて飲んだら美味しかったですから、水が飲めないわけではないんですよ。
人間と取引をすることになるなんて考えたこともなかったですが、街で火や水を使ったものを食べたら正直かなり心惹かれるものがありました。このまま仲良くやっていけたら良いと思っています。
ただ……人間の街は風の魔力が薄すぎて、長く住むには息が苦しい場所に感じましたね」
「魚人さんたちも、海の石を持ってないと長い陸上生活はつらいって言ってたし、一緒に同じ所で住むのはなかなか難しいんですね」
「今は転送盤で直接帝国とは繋がったわけだし、必要になった時だけ遊びに来たら良いんじゃないか」
「そうですね!あれは画期的ですよ。あれなら行きも帰りも一瞬ですから、好きな時に遊びに行けます」
「そのうち海にも転送盤を置かせてもらおうかなぁ」
水の魔力も調理に使うには魚人か人間頼りとなると、玉ねぎも難しそうということで。結局全部チョーコのアイテムボックスへ集めることになった。喜んでたっぷり回収させて貰い、どんどん先へ進む。
ダンジョン作物は例え全部取り尽くそうが数日で復活するそうなので、遠慮なく取らせて貰った。
大体同じダンジョンの中で生えるものは2~4種類程度に絞られるものだそうで、ここは2種類だけみたいだけど、深い層には別のものが出ることもあるらしい。回収しながら下のフロアを目指す。5階層めで最終階層らしいちょっと広めのフロアに到着。そこには一回り大きくて白い玉ねぎ……かと思ったら、丸々としたニンニクだった。ワンフロア全て、ニンニクの芽と巨大ニンニク畑。取り放題で取りまくってアイテムボックスに入れていきながら、解説を読む。
魔力だけではなく体力の回復効果に精力の増進効果もあり、肉体労働者の疲労回復には最適だそうだ。
皮ごと焼いてから剥くとホクホクして甘いらしいので、取り終わってひと休みする時、1つ表面がこんがりするまで焼いてお皿に中身をあけてみた。
ニンニクの粒の1つ1つが見たことないくらい大きい!
「これは……魔力回復剤より精力増強剤に近いな、チョーコも食べるなら1つだけにしておけよ?」
「そうだね。説明見てもめちゃくちゃ元気になりそう。肉体疲労時の回復には最適だって」
少しだけ塩を振るとまるで栗みたいにほっくりして甘くておいしい、しかもサッパリしてるからつい1粒食べきってしまったけど。本当に身体がちょっと熱く感じるくらい体力がみなぎる感覚があった。
「確かにこれは食べ過ぎ注意かm」
「あ、ふぅ……」
隣で何かちょっと色っぽい吐息を漏らしながら、へにょへにょとサニーさんが地面に座り込んでしまった。顔がほんのり赤らんで汗もかき、くらくらして立っていられないっぽい。
「あぁぁ、効きすぎちゃってる?!どうしよう」
「取り終わったし、チョーコのテレポートで牛の村へ戻ろう!」
戻って、すみませんこれを食べさせましたと焼きニンニクの残りを手渡しながら説明。
天人は魔力と精力がほぼ直結で、単純に回復が上限突破するとこうなっちゃうんだそうだ。
診てくれたお姉さんがただの魔力過多だから、聖域で風の柱に魔力を注げば治るし連れていくわとサニーさんを抱えて預かってくれる。
風の柱に魔力を注ぐ?と聞いて説明してくれたことによると。
高山各所にある風の柱は魔石に近いもので出来ており、天人たちの魔力が籠められているので、彼らがどこからでも場所を知ることが出来るし、テレポートの基点として使えるということらしい。
天人たちは小さな頃から、高山地帯中の全ての風の柱を回って、柱に魔力を注ぎながら場所を覚え、周辺のものを教えて貰ったりしながら育つそうだ。
もちろんよく人が集まっている場所とか、その人がいつも拠点にしている場所などはある程度限られるけれど、柱の魔力は時と共に更新されていくので、たまに全部の柱を回ったり暫く違うところに住んだりする習慣があるみたい。
なるほど。広大な高山中をしょっちゅうふらふらする生活なら、暫くいなくても騒がれないわけね。
サニーさんが連れていかれたあと少しすると、今日の訓練が一段落したメンバーが戻ってきた。
再び水浴びタイムの後、今日もバーベキューするかと準備を始めることになったものの、ニンニクで一気にお腹いっぱいになってしまったせいでチョーコたちは食べられそうにないと言おうと思ったら、パリィがなんだかとても美味しそうないい匂いがすると言いながら寄ってきた。
「お前ら、俺たちが訓練してる間どっかで美味いもん食べてきたなっ?ずるいぞ!俺たちにも食わせろ」
「実はこれを食べちゃって今お腹空いてないの。食べる?」
「やった、食う食うー!」
「なんだなんだ、新しい美味い物があるのか?」
さっき取りまくったニンニクをゴソッと出したら、パリィたちはもちろん竜人さん達まで良い匂いがすると食べたがったので、今日はバーベキューは本当に最低限にして、ニラの塩コショウ炒めとニンニクの丸焼きを幾つか作って配った。
「うめーっ!なんだこれ?!」
訓練生も竜人さんたちも、肉体労働系の人たちだからなのか、ニンニクをちょっと食べただけで疲れが取れる!おなかに貯まるから携帯食料にもなる!と大興奮。試しに生でも齧ってみてたけど、効果も味も生のままより焼いて冷ましたものの方が断然いいらしい。訓練生に火魔法使いが居るので、休憩で食べたい時は焼いて配ろうかと話している。
精力増強剤の効果があるから食べ過ぎ注意と言って配ったので、訓練生たちは1片ずつに抑えてあとは焼肉とニラと玉ねぎを食べてたけれど、竜人さんの半分以上は特に気にせず2個目に手を出し平気な顔でムシャムシャ。
大丈夫なのかと聞いたら、竜人はパートナーが出来て初めて性欲のスイッチが入るから、独り身のうちはそういうものは一切効かず、単純に体力回復剤にしかならないそうだ。ユグードさんとか、少ししか食べずに止めるメンバーは奥さんや恋人が居るっぽい。
もっと食べたいけど食べられないと残念そうな顏をされているので、とりあえず竜人さん達には全員に丸ごと焼いたのを1つずつお土産に渡したら、パートナーにもお土産が出来たと凄い喜んでくれた。
訓練生用には、大量に集めて来たので木箱一つくらい皆で自由に食べられるようにアイテムボックスから箱で出しておくことにする。
牛の村で貸してもらってる家に箱を置いておいて、訓練の合間とかに食べたいなら、その日に食べる分を持ってってもらえばいい。
それと竜人さんに、今日サニーさんに連れて行って貰った、この村から1番近いダンジョンの最下層にいっぱい生えていたのだと説明したら、礼は明日持ってくると言って、その日はもう寝て明日早朝から訓練すると竜人達は昨日より早めに引き上げていった。
訓練生の皆も、たっぷり1日動いて、食べて回復もしたので寝るといってあっさり部屋へいくし。パリィはいつも通り、横になったらぐっすり即就寝。
チョーコたちも昨日と同じようにマットを敷いて横になったんだけど。
まだ寝るには時間もかなり早いし、ニンニクで過剰回復したからか寝れそうになくて困ってたら、オクティの方から一緒に寝ていい?と寄ってきた。
「うん。流石にまだちょっと寝るには早すぎるよね」
「日の出も早いから暗くなったら寝た方が良いっていうのは分かるけど、まだ暗くなってないしな……なんだかいつもと寝起きの間隔が違って変な感じがする」
「時差ぼけもちょっとありそうだし、日照時間が違うところで生活すると体内時計のリズムが狂うって聞いたことがあるかも」
「その辺はよく分からないが、周りの魔力の比率が違って視界もずっと変な感じだから、住み慣れるまでは暫くかかりそうだな」
「あぁ、魔眼持ちの人はそこもあるんだ……違う環境に住むって大変なんだね。でもすぐに玉ねぎ手に入って良かった。コショウも訓練ツアーが終わったら手に入りそうだし、帰ったら小麦の様子も見に行って、色々作れるようになりそうで楽しみ」
オクティはそんなチョーコを抱きしめながら、俺もそれ食べるの楽しみと幸せそうに笑んでから、少し真面目な顔をした。
「あのさ。宰相の秘書も早く引っ越せとか言ってたけど。実はチョーコのためにも俺の立場をちゃんとした方が良いって宰相が考えてくれてるらしいんだ。実験体から繰り上げて魔塔の幹部として、貴族階級を与えるように動いてくれてるって」
「実験体から繰り上げ?それが出来るなら勿論嬉しいけど、出来るものなの?」
「皇帝が人族に対してガンガン支配するぞ派から、交易して共栄しよう派に変わっただろ?だから『隷属の石を使うために人族を越えるほどの魔力を持った人間を生み出す』という研究は急務ではなくなったし。
まだ5歳と2歳で俺より魔力は少ないけど、ちゃんと黒髪の男女で実験体として生まれている子供もいるから、単純に交配実験として見れば、俺が必ずしも実験体として居続けなくてもいいだろうって主張してるらしい」
「あぁそっか。交配実験ってそもそもは隷属の石をうまく使うために始めたって言ってたもんね」
「うん。丁度その黒髪の男女の2人は魔力量が近くて、相性も仲も悪くない。俺が女の子を触った時は吐いたりはしなかったけど魔力が強すぎるって全力で泣いて怖がられて、男の子が割り込んで俺から守ったら泣き止んだんだよ。でも大きくなったらまずは俺から試すからって言われてて、そこだけは俺もちょっと気が重かったんだよね」
「他の黒髪の子ともそんな感じだったの?」
「ん-、実は他の黒髪は三つの魔力のバランスが良くないせいか、先天性の魔力過多症か欠乏症を持ってるんだよね。
殆どがすぐ死んだり、大きくなってもとても子供を作れるような状態じゃなくて。まともに育ちそうなのは今のところ俺とその2人だけなんだ」
「そっか……他の子たちは本当に実験の被害者って感じだね」
「まぁ、でも。それがなければ俺は生まれてないのも確かだから微妙なところだよな。俺自身が黒髪でも健康に生まれたのはかなり運が良かったんだなって思うくらいだ」
「それは本当に、そうだよね」
「でね。今は俺と魔塔の間で交わされている制約の中に、伴侶が出来たら魔塔に連れて行って伴侶も実験に協力させるっていうのがあるから、婚約者のままで止めているけど。立場が変わることになったら、制約をし直すだろ?
そうしたら余計な条件は取り払えるし……結婚もしたいなと思ってるんだけど。チョーコはどう?」
「え。あ……そうだったんだ?てっきり一緒に居られれば充分だから、このままでいいのかなって」
一緒にこうして寝てても抱きしめる以上のことは殆どしないし、正直かなり予想外。嬉しくないわけではないけど混乱するし、恥ずかしいし、なんて答えて良いのか分からなくなってしまう。
「俺が貴族籍に入って結婚もするってなれば、ちゃんとしたところに住んで、護衛とかメイドとかと一緒に生活することになるから、そういう生活って嫌かなとは思ったんだけどさ。
チョーコは、きっと……俺と結婚すること自体は嫌じゃないはずってくらいには自惚れてても良いか?」
「う、うん。オクティと結婚すること自体は嬉しい」
そこだけはすぐ頷くけど、後の言葉が出てこない。確かにそういう風に生活が変わりそうって言われると躊躇する、でも、だから嫌って拒否するほどか?って改めて考えてみると、そうじゃないかも。
「えっと、確かにずーっとメイドさんが控えてて寝ても起きてもいつでも他人が居るみたいな生活は嫌なんだけどね。なんていうか、集合住宅的な?昼間だけ仕事しにきてくれて、夜は同じ建物でも世帯別に分かれてるような。お隣さんと家が近いくらいの環境なら平気……だと思う」
うん、ちょっと壁の薄いアパートの隣人くらいの距離感だと思えば気にしないで居られそう。
「わかった。そういう方向で……話を進めちゃってもいい?」
「いい。けど……私の意見だけ?オクティは、何か希望ないの?」
「俺は観察対象にされる環境に居たし、俺のことも家のことも興味やこだわりはないんだよな。ただチョーコの傍に他の男は置いておきたくないから、室内は護衛も全部女性だけにしておきたいけど、それはいい?」
「ふふ、そっか。うん、そこは任せる」
「あと、魔塔で幹部になるような功績として、俺が前から研究しようとしたけど行き詰って報告もせずに放っておいた何かが、チョーコから得た情報で一気に研究が進んで形になった、みたいな話になればやり易いんだけどって話があってさ」
「あ!それなら『魔石に魔法を籠める』のを研究をしてたことにしちゃわない?理論だけ出来てたけど実現は出来てなくて、私が試したら本当に出来ちゃったーみたいな。そしたら転送盤と翻訳機は魔塔の研究成果ってことで表に出しても大丈夫だよね?」
「いいのか?転送盤と翻訳機がそれで出来たことにすると、功績として残るのは俺の名前になるんだけど」
「私は目立ちたくないし、それでオクティが実験体から解放されるんでしょう?」
むぎゅ、と強めに抱きしめられた。
「ありがと」
「……うん」
ホッとしたからか、暖かかったからか。しっかり抱きしめ合って目を閉じていたら、いつの間にか眠りに落ちていた。




