35.人族はお客さん
疲れてはいたけど流石に早々と引っ込んだおかげで、次の日の『遅めの朝』の秘書さん訪問は、ちゃんと起きて服着て出迎えることが出来た。
第一秘書さん1人で来たので、リビングに通して温めたミルクティーを出しつつ席に着くと、彼が持ってきていた箱を開けてチョーコの前に置いた。タイピンの形に作られたアクセサリーで石を脱着できるものに5つセットが付けられた状態のものが、布を敷いた箱に綺麗に揃えた形で並べられている。
「ありがとうございます、大変役に立ちました。いや、わたくし達のようなものにとっては、このままでも十二分に便利なものですね。特に通信機能は素晴らしい、またお借りしたいくらいですよ。まだ正式な完成品ではないとのことで、表沙汰になるのは不本意かと思い。現状は報告も控えさせて頂いておりますのでご安心ください」
「あ。まだ宰相さんに報告はされてなかったんですね」
「えぇ。味方側の陣営内で、明確な許可を取らずに情報を流すことは致しません」
そういえば、報告しますって明言はされなかったかもしれない。
「……またこのお茶は新しいものですね。香りは紅茶に似ていますが、なにやら白くてまろやかな感じが致します。ふむ。これはこれでなかなか新しい」
「えーっと、紅茶に、高山地域で天人や竜人たちが飼っている牛という落ちものの妖精から取れる牛乳を入れたものです。牛乳は日持ちがしないんですが、火の魔力か抽出で処理すれば一週間くらいもつので。天人さんたちが運搬の部分を手伝ってくれるなら交易品として取引出来るようになるかもしれません」
「牛というのは、こちらでは育てられないものですか?」
「一応木の粉でも育てられるみたいですが、草で育てた方が美味しくなるらしいです。餌用の草を輸入して育てるのは可能だと思いますけど……あ、でもそもそも高山で亜人にけっこう食べられて数が減ってるので、まず分けて貰えるかどうかですね」
「ふむ。牛そのものの輸入は難しく、生産物が日持ちもしないとなると、入手は完全に天人任せにするしかないということですか」
「いちおう、人間が行き来するための道具は作るの成功してるんですけど。勝手に設置するわけにもいかな……」
「お見せいただいても?――あ、失礼」
めっちゃ食い気味でギラっと目が輝いた気がする。転送盤セットを出して説明すると、ほうほうと表から裏から良く眺めた後。
「この板……魔石の塊ですか?これに魔力を一杯に?どれだけ必要なんでしょう」
「俺が入れた時の感覚だと……貴族用のちょっと大きめの風呂桶1つ水で満たすくらいだな」
秘書さんは微妙な顔をして、ちょっとがっかりしたように見える。
「そういえばテレポートもおふたり程の保持量がない方が使えば、魔力枯渇で死ぬと……納得です。オクトエイド様の方は魔塔の資料でしか知りませんが、チョーコ様の魔力量が常識外れなのは、城の水場をおひとりで満たしていらっしゃったので、よくよく理解しておりますよ」
「あーそう言えば……あの時皆さん居たんですよね。魚人ちゃんたちの事しか考えてませんでした」
秘書さんは若干、もの言いたげな目で微笑んでオクティの方を見る。
「オクトエイド様?やはりチョーコ様の為にも、この警備が皆無の家から速やかにお引越しを考えて頂きたく。それからわたくし達の従妹姉妹がそろそろ仕事に出せるくらいに育っているのでご紹介させて頂けませんか?」
「悪い話じゃないと思うけど。今すぐは決められない、考えさせてほしい」
「わかりました。どちらにせよ、おふたりはもうすぐ山へ向かって頂くことになりますので、細かいお話はお戻りになってからになりますし。ごゆっくりお考え下さい」
「分かった」
「もうすぐって、山に行くメンバーの選出って終わりそうなんですか?」
「はい。ハーピー避けの火属性3名、生活のための水属性2名、本命の風属性5名で選出しようという話になったところ、火属性と水属性でもどうしても乗りたいという方が多くまず一波乱あり、次に火属性の枠に遠隔の魔法が使えないパリィア・グラス主級冒険者が割り込んでもう一波乱あり、兎角大騒ぎになったそうなのですが……一晩殴り合って今朝には10人が決まったそうですよ。今日中に、早ければ昼過ぎにでも出たいという声が上がっているくらいです」
「一晩殴り合ったって……どれだけ行きたいんですか」
「竜人のユグード様はやる気があって宜しいとおっしゃっていたとか。殴り合いの様子もご覧になって、身体強化系のメンバーが集まったのもありますが、腕力的にも充分期待出来るとのことでした」
「腕力……んん、望みがあるのはいいことですよね」
「――そういえば、昨夜の城での歓談の様子も聞きたければ伝えるようにと言われておりますが、軽くご報告しておきましょうか?」
「あ、はい。お願いします」
「まず。城に他の人族が客として来ているという話を聞いて、皇帝がご挨拶を要求されましたので。対策の一環として、天人の方々が魚人にご自分たちの衣服を貸し与えていらっしゃいましたし、おそらく裸を気にされるだろうという理由で、魚人の娘たちに舞いに使う華やかな衣装を着せて皇帝を囲むように席を配置致しました」
確かにそれは賢いと思う。
「予定通り、初めてひらひらとした美しい衣装を着た彼女たちは大層皇帝に感謝しまして、皇帝は彼女たちの相手に忙しく、殆どのやりとりは重鎮が行い。皇帝は許可だけを出す形で話はスムーズに進み。
心配していた女性の天人への侮辱的な言動も『彼女たちより愛妾の方が可愛いので要らない』の一度だけで留まりましたし。
皆様から、人間の街が海と山のほぼ中央に近い所によく見かけられるという有益な情報も得ることが出来、今後の遠征隊の捜索目標が定め易くもなった大変有意義な話し合いでした」
「大きな問題が起きずに済んだみたいで、よかったです」
「そうなんです、問題が起きなかったんですよ。当然のように皇帝が『有用な人族たちには帝国の為に力を尽くすと制約を』と持ち掛けた一幕があったのですが。魚人のオグ様が、亜人ならともかく自分たちに制約程度の精神系の魔法は効かないので無駄であると答えた上で、
『私たち魚人族は他種族とも隣人として付き合うことを望んでいます。同盟関係で縛らず、ただ隣人、友人として、お互いに足りないものを交易で補いあえる良い関係でありたいのです。いかがでしょうか?』とおっしゃいましたら……
『うむ。帝国が同盟を組むのは人間の国だけとしよう。他の人族とはよき交易相手として、利のある取引を目指すものとする』と即座に宣言されたのです。あの皇帝が、ですよ?」
皇帝に掛けた『人族を尊重し、互いに利のある交易を目指すべきだ』の制約が上手く働いたんだろうなぁと思いつつ。……秘書さんの視線からは目を逸らす。
「よ、よかったですね」
「えぇ。……そういうわけで、帝国内における他人族の扱いは『客人』と決まりました。細かくは婚姻による帝国民化を除いて永住は認めず。何らかの事故や事件があった場合の処理は被害者側の人族のルールに合わせる。ということです」
「なるほどです」
「昨日天人達がいらしていた北門の前に入出国のためのエリアを作り、テレポートなどの使用はそこからという話も出ておりましたので……この『転送盤』も、丁度いいのでそこへ設置しましょう。片方はおふたりがワイバーンの訓練隊と共にあちらへ渡った際、キャンプ地に設置させて貰ってください」
「分かりました」
1枚を秘書さんが預かり、1枚はこちらでしまう。
「正直……いろいろと、問いただしたい気持ちはいっぱいでございますが……」
ものすごく笑顔のまま沈黙されると、落ち着かない。
チョーコが落ち着かない顔になるとすぐ、オクティが口を開いた。
「なぁ。俺たちは今のところ宰相にも良くして貰ってるし、この国に害を与えようとは思ってない。それで良くないか?」
「あぁ申し訳ありません。使える切り札が増えるのなら増やしておきたいという、ただそれだけでした。無理に聞き出すつもりはございませんので警戒なさらないでください」
制約言語で好き勝手やっている皇族相手に苦労していると、何らかの手があるなら握っておきたい気持ちは分からなくもないけど。そもそも明かした所で魔力の強さでごり押ししてるだけって、他の人の役には立たない情報なんだよねぇ。危険視されるのも嫌だし、利用され続けるのも困るし、なるべくこちらに頼らないで、そちらで勝手に頑張っていて貰いたいのが正直な所。
「うーん……秘書さんたちの切り札としてなら、これでどうですか?」
先程、箱で置かれたそのまま、蓋をして差し出す。
「わたくし達の、とは個人的に頂いてしまって宜しいと?」
「そこは任せますけど。たぶん皇帝に対する切り札を教えるより、こっちを渡す方が秘書さん達には役に立つのかなって」
「……本当に面白い方ですね。正しくわたくしの欲求を把握していらっしゃる。しかも5人分のセットを渡してくる辺り、もしやわたくし達が5人兄弟という事までお見通しだったりします?」
「えぇ?!いや、知りませんけどっ」
「そうなのですか?年子の5人兄弟でしてね。わたくしが長兄、3男と4男が双子です。末っ子は滅多に秘書をやりませんので一番最初に会議室で顔を見せただけですが、他は全員言葉も交わしていますよ」
「秘書さん以外は同じ色の髪の人と、もうちょっと緑っぽい髪の獣人好きな人しか知らないですけど」
「獣人好きの方が双子で、獣人車の行きと帰りで入れ替わっておりました」
「それは……わかりませんでした」
「いえいえ。もともとわたくし達は他人から見分けを付けられないために同じ格好をして、名前も名乗らないようにしておりますので。……内緒ですよ?」
「あっはい」
なんだろう……ますます謎が深まっただけのような気もする。
***
通信機大変ありがたいです、大事に使わせて頂きますと上機嫌な秘書さんが帰った後。
ほぼ入れ違いのようにして訪ねて来たのはパリィだった。
「やりーっ、俺も行けることになったぜー!」
「さっき秘書さんから、ハーピー避けの火属性枠にパリィがねじ込んで大騒ぎになったって聞いたけど、行けることになったんだ?」
「ワイバーンに乗るのは良いが、変な落ち方して死ぬなよ?」
「風属性に絞ったのは落下死対策なんだぞーって話は組合からも軍部からも散々聞いたよ。なるべく高度を下げてから飛び降りるとか受け身取るとか、それなりに気を付けるから大丈夫だって。他の奴らも大体そんな感じだぞ」
他の人たちは知らないけど、パリィは5階から人抱えて飛び降りて無傷な人だし、確かになんとかなるかもしれない。
「でもハーピー避けの人を減らしちゃうのはいいの?」
「別に魔法じゃなくたって、石投げて落とせばいいんだろ?」
「……それでいけるんだ」
「確かにパリィの石を風の魔法で逸らすの、意外と難しいんだよな」
「風を当てられる前に相手に当たってりゃいいんだから、なるべく早く飛ぶように投げるだけだぜ」
「す、すごいね」
「ユグードさんにも褒められたんだぜ?見どころがあるなって」
「ユグードさんって竜人の?」
「おう。今回行くメンバー決まって仮眠取って、ユグードさんが軽くスパーリングの相手してくれるっていうから皆でさっき身体動かしてきたんだ。真面目で強くてすげー良い人だった!」
「確かに竜人さんは真面目で強くて正義の人って感じするよね。――あ。竜人の適正って本当に”正義”なんだって。『嘘を見抜く目』を持ってるのと、『信念』っていう、何かに誓いを立てると力が増して、それを破ると弱くなるって魔法を使えるみたい」
「かっけえ!正義か、ユグードさんっぽいなぁ」
「敵に回すと容赦ないタイプなんだろうな。嘘を見抜くっていうのは、言葉が分からなくても見抜けるものなのか?」
「んーとね……正確には言葉の正否じゃなくて『相手を騙そうとする悪意』が見える目なんだって。だから言葉は分からなくっても、悪人オーラだけは見えるってことみたい」
「つまり竜人は種族的に詐欺師を見分けられるってことか。んー、人間の街を出歩かせたら怖いことになりそうだ」
「ユグードさんはいきなりキレたりしねぇし、ちゃんと叱ってくれるから全然怖い人じゃねーぞ?」
「それは私もそう思う」
「まぁそうか。――それはそうと、パリィは何か俺たちに連絡があって来たんじゃないのか?」
「あ。そうそう、こっちは食料とかの大きい物資の運び出しを天人たちが手伝ってくれて、めちゃくちゃ支度が早く終わりそうでさ。もう昼食食べたら出ようかって話になってんだけど、オクティとチョーコはすぐ出られそうか?」
「俺たちはいつでも、泊まる場所だって向こうで部屋は用意してくれるんだろ?特にないよな?」
「うん。大体はアイテムボックスの中にあるし、自宅で使うものってベッドとお風呂くらいだもんね」
「やっぱりチョーコのそれって天人の使ってるやつと同じか……」
「あ。……まぁパリィなら良っか。そう、他の人族の魔法を使える適正があるの」
「うえ、そんなとんでもねーもんだったのか。何でも使えんの?」
「たぶん使えると思う。魔眼みたいな身体についてるものは魔法じゃないから真似できないけど」
「……実は夕べわざわざあの三つ子が来てさ、チョーコとオクティが信用しているやつを護衛を付けたいって。俺が10人の中に潜り込むか、誰かふたりと仲が良くて護衛を頼める奴がいないかって聞かれたんだけど、お前らって特に軍部のやつとか他の冒険者たちともそれほど付き合いはねーだろ?」
「お前が後から無理に割り込んだのってそのためか?」
「いや俺がワイバーンに乗りたかったのも本当だぜ?だから割り込むことにしたんだけどよ。こんな無茶が通ったのは、手が回ってたんじゃねーかなとは思う」
「なるほど」
「つってもお前らの場合、他の人族の土地に行く方がこの国の城に行くより安全なんじゃね?って俺は思ってるし、三つ子にもそう言ったんだけどな。逆に他の人族と仲が良すぎて向こうに永住するとか言い出しかねないから、そういう意味でも気を付けてくれってさ。ははっ」
「あははそっかぁ。人間の国に居られなくなったら山とか海に逃げちゃうって手段もあるのね?」
「うぉーい俺を置いてくなよー?ってか、宰相の後ろ盾も得て、魔塔でのオクティの扱いも今んとこ本当に検査だけしかされないように規制されて、実験再開までは自由に冒険者やってていいって話になったんだろ?逃げなきゃいけねーような問題って特になくね?」
パリィだけではなく、オクティの視線もチョーコに向く。
「この国が他の人族と仲よくしようって気持ちで動いててくれるうちはないかな。でも、んー……」
「なに悩んでるの?制約関連?」
「うーん。人族の国はともかく、この先人間の国を見つけたら、同盟組んだり戦争したりするかもしれないじゃない?そうなってからどうなるかなって」
オクティは少し考える素振りをしてから、難しい顔をする。
「俺が心配なのは戦争より、他の国の王族にめちゃくちゃ魔力高い奴がいて、あっさり同盟の主導権をそっちに奪われることだな」
「あー、それ考えてなかった!そっか、そうだよね。折角他の人族と仲良くしようと皇帝に思わせて、色々流通網作っても、それを全部持ってかれたらたまったもんじゃないわ」
「王族同士のあれこれに巻き込まれるだろうのは面倒だろうけど、そこは必要だろ?」
「うん。思いっきり巻き込まれそうで面倒くさいなぁって思ってたわ。けどたしかに、そこだけは巻き込まれておいた方がいいみたい」
「そのうち面倒くさくない方法も思いつくかもしれないけど、それまでは頑張ろうか?」
「そうする!」
ふと見ると、パリィが渋い顔でこっちをじっと見ていた。
「制約関連?王族同士?あー、俺は聞かなかったことにしといていいか?」
「はっ?!うん。忘れて!ごめん」
「了解。ま、チョーコの迷いがなくなったってことだけ分かったから、良かったぜ」
「俺は、本当にこの国でいいのか?とは思ってるけどな。ほぼ俺のためだろ。我慢してないか?」
「むしろオクティの為なら今からどの国に行ってもいいけど。……今はね。私もパリィとか宰相さんとかお店の人たちとか、ご近所さんたちとか。この国で会った人たちともちょっとは仲良くなれてきてるのかなって思えてきたの。だから、この国に住んで豊かな生活出来るように目指すつもり」
「そっか。チョーコが我慢してないなら良い。俺も手伝えることは何でも手伝うからな」
ぎゅ、と抱きしめられて抱き返すとパリィが呆れたようにため息を吐いたが。顔は全然笑顔だ。
「はー。ったくお前ら、ほんといちゃいちゃし過ぎな?俺もいること忘れてんだろ」
「あ、ごめ……オクティ?」
すぐ離すかと思ったら、全然解放してくれなくてチョーコもちょっとモジモジする。
「向こうに行ったら暫く共同生活なんだろ、今しかチャンスないじゃないか」
「さっさと結婚しちまえよ、くっそー」
笑いながら少し話して。一息ついたら門の方へと向かうことになった。




