3.しゃべったぁぁ
そういえば、人とまともに喋ったのなんて何年ぶり?喋り方どころか声の出し方を忘れてたかも。
「えーと、このローブ、けっこうちゃんとしたものだよね。あとで自分の服が手に入ったら洗って返すから、それまで借りてていいかな」
「もちろん。色々聞きたいこともあるけど、じっとしててもまた魔獣が出るのを待つだけだし、一緒に歩きながら話さないか?」
「い、一緒にいく!」
ノータイムでついて行かせて貰うことにした。
彼はどうやって道を覚えてるのか、慣れた様子で灯りを点けながら右へ左へと曲がり、後戻りせずに進んでいくので後ろをぽてぽて付いていくだけ。
「えっと、その……助けてくれてありがとうなんだけど。見ての通り、お礼に渡せるようなもの、今は何もなくて、ごめんなさい」
そういうと何故か彼は自分の黒髪をつまんで、ほら俺これだろ?と困ったように笑う。
「いままで手袋も無しで直接触っても吐かれたりしない人に会うの初めてなんだ。だから、俺の傍に居てくれたら充分嬉しいよ」
なんて、わざわざ振り返って笑顔付きなもんだから、言葉に詰まってふぐっとか変な声が漏れそうだ。
え、黒髪は呪われた子みたいな世界なの?でも虐められてるって雰囲気じゃないし、私のほぼ黒な髪には無反応だったし、これ下手に聞いたら地雷なやつ?
何も言えずに目を泳がせている間、彼の方はなんかすごいグイグイ来るというか、きみのことを色々知りたい、なんて言ってくる。
まず名前を聞かせてというので、自分の名前から名乗りなさいよって有名なセリフを言ってみたら、分かったと素直に話しだした。
彼の名前は08番で、愛称はオクティ。
彼女も花田千代子と名乗ろうとしたのだが、何故か何度も聞き返される。音を繰り返して「チョーコ」に落ち着いた
名前が番号ってどういうことかと聞き返したところ。
彼は『魔塔』という魔力に関する研究をしてる施設で生まれ育った実験体なんだとサラッと言った。
人間はだれでも生まれつき『火』『水』『風』の3種の属性のうち、どれが1つを持っているのが普通だけど、彼は実験の成果で3種全部を使えるし、魔力量もぶっちぎりで国一番らしい。
魔力には相性というのがあって、火同士とか風同士のカップルはいいけど、自分と違う属性の魔力を持った相手に触られると不快に感じるものらしい。魔力の弱い人同士だとその反発も軽いので耐えられないことはないけど。魔力が強ければ強いほど激しい反発が起きて、具合が悪くなったり吐いたり気絶したりするらしい。
で、その人がどの属性の魔力を持っているのかは髪の色で分かるんだそうだ。
火はピンクや赤系、水は白や青、風は黄色や緑、そして全属性は黒。
黒髪は誰が相手でも必ず相手の持ってない魔力を持っている上、魔力量がダントツに高いオクティに触れられると大抵の人は吐くか気絶するし、オクティにとっても魔力のバランスの悪さが凄すぎて、それはそれで吐きそうになるほど気持ち悪くて耐え難いのだという。
黒髪だから触れられないってそういう意味ね。でもそんな彼は私に触っても平気だったんだと嬉しそうだ。勿論私も彼に触れられて嫌な感じは全然しなかったというか、あったかくてすごく気分がよかった。
「なぁチョーコはどこから来たんだ?それだけの魔力量があって魔塔に関わってなかったとは思えないし、他の国から来たんだろ?」
えーと、どこからと言われても日本って言って通じるわけないしな……
「多分……絶対、知らない国」
「んーなんか色々訳ありっぽいし、話せるとこだけでいいから。チョーコのことをもっと教えてくれ」
話しても良いことって言っても、何を話したらいいんだろう。
えーっとえっととモゴモゴするだけで何も話せないまま歩いていく。
それでも彼は特に焦らせたりすることもなく、時々振り返って言葉を待ちながら先をゆっくり歩く。
いったいどうやって知覚しているのか、オクティはたまに足を止めては、行く先の天井の隅だの、壁に擬態して貼りついているだの、色も形も大きさも様々なスライムを風の刃や炎などでどんどん打ち倒しては、魔物の核だという赤黒い塊を回収して背負い袋に集めていった。
呪文を唱えるとかそういうのもなく、軽く手を振ったりはするけど、それだけでバッサバッサ魔獣が煙のように切り捨てられていく。オクティは相当レベルが高い魔法使いなんだろうなぁ。
「今の壁に擬態してたやつ、まったく違和感感じなかったのに……どうやって見つけたの?」
何か専用の魔術とかあるのかなと気になって、それだけ聞いてみる。
「あぁ、俺は魔眼持ちだから魔力が見えるんだ」
とんとん、と自分の目を指して説明を始めた。魔眼というのは見ただけで、どういう種類の魔力がそこにあるか分かるし。集中して見れば、そこに掛けられている魔法の効果まで見えるらしい。
魔獣の核の位置とかも分かるから便利だよと言われたので、あーえっと、私、そもそも魔獣って一体なんなのかよくわかってないんだよねぇ、と言ったらそれも説明してくれた。
発生原因とか仕組みはまだはっきり分かってはいないけど、人間が多く住んでいる地域、それから今居るようなダンジョンの中に突然発生して、近くの生きてて動くものを無差別に襲う生物。魔獣同士は離れてれば興味をもたないけど、すぐ近くに居ると共食いもするそうで、そのせいか細かいやつにワラワラ取り囲まれるってことはないらしい。
同じダンジョンに発生する魔獣はだいたい同じタイプしか出ないけど、違うダンジョンや違う地域だと、形や色とか、噛みついてきたり爪があったり、全然違う攻撃をしてくるやつもいる。ただ種類が多いからそれぞれを区別するような名前は無くて、全部ひっくるめて魔獣と呼ぶらしい。
かたちが違っても共通してるのは、必ず体の中に核があって、それを身体から取り除くと一瞬で跡形もなく消滅するということ。
核はそう硬いものじゃなくて、砕くことは簡単らしい。ただ外から砕いただけだと魔獣は動きが鈍くなったり、死んだように動かなくなったりはするけど、暫くすると砕いた核がくっついて復活するから、魔獣の核は砕くだけじゃなくてちゃんと取り除かないとダメ。だそうだ、
集めている核を一つ取り出して触らせてくれる。手触りは角もなく丸っこいけどつるつるでもなく、ちょっと爪を立てるとすぐ傷ついて簡単に削れる。硬めの泥団子か、蝋とか石鹸の柔らかめな感じかな。
この魔獣の核には強めの魔力が含まれていて、砕いて土に撒くとそこから木が生える。木には本当に様々な使い道があって、食料は勿論、若い木の皮から取れる繊維は糸や布、木材として建材に、更に大きく育った木の随の部分は白く硬い石に変化していて、それを削ってボタンや食器なども作られるんだとか。
だから冒険者が街の外やダンジョンに行って、魔獣を狩って核を集めるのは立派な仕事になるらしい。
彼は魔塔で魔力の高い子供を生み出す交配実験のために育てられたんだけど、今いる女子の中に相性の良い相手がひとりも居ないと分かって。相手になる子が新しく生まれて育つまで十年以上も俺が出来ることないんだからしばらくは自由にさせてくれって無理矢理納得させて、魔塔に籍を残したまま冒険者してるんだとか。
冒険者というのは集めた核や、襲って来た亜人を生け捕りにして奴隷用に売ったり、護衛などの仕事をして生計を立ててる職業。
亜人?と私が洩らした疑問符を聞き逃さずに、人族と亜人と妖精についても説明が始まった。
二足歩行の人型生物は人間だけじゃなくて、魚人とか竜人とか色々いるらしい。
その中で、人間みたいに社会性を持った知能の高いものを『人族』と呼ぶ。
『亜人』は二本足で歩くけど、肉食で知能のあまり高くない猛獣らしい。
奴隷として買われたは亜人には、荷車を引かせるなどの肉体労働や、街の外周に鎖で繋いで警備兵的な戦力にするなど、馬か番犬のような仕事をさせるみたい。
そして、人型ではない生物は、虫や鳥、獣なども全て一括で『妖精』と呼ぶ。地面を動く妖精と魔獣の違いははっきりしていて、妖精は見た目がどれほど凶悪な顔をしてても、例外なく草食だそうだ。
人族がエルフとかドワーフとか国を作ったり言葉とか文化を持った種族、亜人が獣人とかゴブリンとか二本足で歩くけど野犬や猿くらいの知能しかない肉食獣、妖精はそれ以外全部って括りだとざっくり理解。
ちなみにこの世界の獣人は全身モフモフ獣タイプで、耳と尻尾だけタイプじゃないらしい。萌え萌え猫耳メイドとかが街で店番してたりはしないのか。あ、でも獣タイプなら肉球はあるかな、ちょっと気になる。
説明を聞きながら歩き回ったからか、戦ったりなんて何もしてないけど、疲れやお腹が空いていたのを思い出してしまった。くぅ、とチョーコのお腹から音がしたら、オクティが進もうとした足を止め、少し見回してから違う脇道に入る。
「キャンプを張れそうな行き止まりの通路を探すよ」
と脇道に進んでいく足が途中で止まるけど、今回はいきなり魔法を撃ったりしないで待つ。すぐに、後ろ足でしっかり立ってる人間サイズの狼みたいなものが奥の方から走ってくるのが見えた。
あれが獣人、と思ったら、その狼が口を開いた。
「ワゥオーン!入口通路に人間が2人!ただちに排除するっす!」
「えっ、あれっ?!あの獣人普通に喋ってるけど?!」
「キャウーン?!に、人間がしゃべったあぁぁぁ!」
「え、いや喋ってないだろ、普通の遠吠えだったぞ」
「いや、めちゃくちゃハッキリ喋ってるってば!」
「しゃべる人間んんんっっ!!」
言い張って騒いでいると、声に呼ばれてきたのか今度はゴールデンレトリバーそっくりの長いミルクティー色の体毛を持つ大きめの獣人が出てきた。
「ワッフ?!本当に人間が喋ってるっす!!」
「新しく出てきたの喋ってるよ?!ねぇ?あれっ?獣人って亜人の括りだよね?肉食で獰猛で言葉とか持たない猛獣って話じゃなかった?」
「ワフン!オイラたちはほかの獣人とは違うっす!ずっと昔に『落ちもの』のご先祖さまが来て、その子供たちがオイラたちの一族っす」
「そうっす!オイラは使えないけど、このタイチョーなんて火の魔法まで使えるっす!」
「す、すごいね?……えっとオクティ、こっちの大きい方の獣人はタイチョーさんって名前で、火の魔法が使えるんだって。なんかね、落ちもののご先祖さまがいて、この子はその子孫だから特別なんだって言ってる」
「そうっす。えっと、人間は名前あるっす?」
「私はチョーコでこっちはオクティだよ」
「しゃべる人間はチョーコ!覚えたっす!」
「うーん確かに言われてみれば毛のツヤが薄く赤っぽく見えるくらいには火の魔力を感じるな。だが、これだけだと見分けが難しい……俺が知らずに捕まえた奴らの中にもこいつらの仲間がいたかも?」
「ワウ?なんて言ってるっす?」
「今まで襲ってきた獣人は捕まえて売ってたから、間違えてタイチョーの仲間を捕まえちゃったんじゃないかって」
「少なくともオイラたちの中に、人間を襲おうって奴はいないっす。居たとしてもそんなことして捕まったのなら奴隷になってもしょうがないっすよ!」
「オイラたちは匂いでわかるけど、人間は分からないっすからねー。一緒にされても仕方ないっす」
「んん?普段は襲わないのに、今は向かってこようとしてたよね?」
「実はこの通路を真っすぐ行くと、オイラたちの隠れ家があるっす。今は子供も居るし、そこに人間が入ろうとしたから追い払おうと思っただけで。普段は人間に見つかったら全力で逃げろって教えてるっす」
納得したので休む場所を探してるので場所を知らないかと聞くと、すぐ近くに2人くらいならゆったり休める場所があると教えてくれた。
お礼を言って去ろうとすると、あ、折角だしオイラ達の友達の印にあげるっす!と見るからにタイチョーの抜け毛の塊にしか見えない、ミルクティー色の犬毛ボールをポンと渡され、困惑。
タイチョーの抜け毛?と聞いたらそうだという。
獣人は鼻が良いので、これを見せてタイチョーの友達だと言えば、落ちもの獣人は皆同じ一族だから通じるし、普通の獣人相手でも、タイチョーは強い獣人なので、その匂いに警戒して襲ってこなくなると。
それは便利そうありがとうと言うが、犬毛ボールを持って歩くのはちょっとなーと思い、塊を3つに分けてから細長く伸ばして撚り合わせ、三つ編みのミサンガをささっと作って腕に付けた。
ウォーン!すごい、器用!とキャンキャン騒ぐ獣人たちが押し合いながら鼻を近づけてくる。
いやそんな、他の毛玉ボールがあれば作ってあげようかと聞いたら、オイラ達の毛じゃなくてチョーコの匂いがするやつが欲しい、チョーコの毛で作ってくれという。
おぉう、自分の髪の毛で編んだミサンガとか、呪いアイテムにしか思えないんだけど。でも期待で目をきらっきらさせて口を開けて舌を垂らしているタイチョーや、何故か隣の子もそんな感じなのを見るとなんか断りづらい。
元々膝よりも長くまで伸びまくってしまった髪は切るつもりだったし、生やそうと思えばまた生やせるだろうから。毛先を掴んでまとめ、腰くらいで切り揃えたいとオクティに頼んで切り取って貰ってから、数本の三つ編みリングを編み上げ、まとめてタイチョーにプレゼントすることにした。
ワオーン友達の証だー!と謎にテンションを爆上げしながら受け取ったあと、チョーコはオイラの友達だって皆に教えておくっすー!と大きく吠えてから隠れ家の方へ引き上げていった。
嵐のようだった。




