24.海水浴向きではない
飛び込み台のようなものは岩場の形を生かして作られており。その脇の岩はちょっと崖っぽくなっているところもあれば、登れる程度の斜面になっているところもあって、斜面の途中から砂浜になって海へ続いているところは入り江のようで人が降りられそうに見えた。
透けて見える水底は砂っぽい白と、岩っぽい灰色と、ところどころ黒く土色の部分にはみっしりと水草の薄い青緑が覆っているのが見えるし、たまにウニっぽいグリーンも見える。遠く魚人のような青光りしたものや、タコのような赤い影もあった。
海の中で色が付いて見えるのは、生き物ばかり。
砂浜は透き通るように白くて、遠目には砂浜らしく見えたが。着地して若干透き通っているそれを手に取ってみると、砂に見えたそれは全て水草の粒やその砕けたものの堆積物。
木の粉と同じように妖精や人族が食べて、残って水の中に散らばった分が流れに寄せられて集まったにしても……凄い量。
皆で靴と靴下は脱ぎ、改めて波打ち際に寄ってみる。
「うぉー!すげー!広いーっ!」
波打ち際に足を踏み込んで、波に足元の砂が攫われるときにバランスを崩しかける感覚を面白がりながらパリィが全力ではしゃいでいる姿はほっこりするけど。
海だけ白黒の絵画になってしまったような違和感は、チョーコしか理解できない。
オクティは初めての海にワクワクもするし興味もあるのだが、チョーコの雰囲気に気付いてしまったようで、少し気遣わし気な顔をした。
「元の世界を思い出しちゃった?」
「んー。海の色がね。全然違っててちょっとびっくりしただけ。ここの海は青じゃなくて白黒なのね」
「かなり過剰に魔力が溜まり過ぎてる感じだからこんな真っ白なのかもしれないな。川の魔力はもっと青に近い穏やかな感じだったし、俺ももっと青っぽいのを想像してた」
魔力の溜まり過ぎ、ということはこの色は異常現象だったりするのかも。
そう思いながら波打ち際に来ると、波間にかなり透き通っていて見えづらいが何かが沢山浮かんでいるのが見える。
そうっと手を入れてみたら、ベレー帽くらいの丸い透き通った足の短いクラゲが無抵抗で拾えた。水から持ちあげていると、上の方の水が無くなってきた部分から徐々に白く濁った色になっていく。
クラゲって刺すんだっけと捕まえてから少し心配にはなったものの、情報を見てみると、刺すどころか自力で泳ぐこともなく、ただただ波間を漂い、足に触れた水草の粒を吸収するだけで、水から出されたり水草に触れないまま2日ほどすると死に、死ぬと氷が溶けるように水になって消えてしまう生物だという。
なお、毒も血もなく生で齧っても害はないが、身体がゴムタイヤのように固く、味も一切ないので亜人もなかなか食べようとはしないらしい。
火で炙るか風で一気に乾燥させると保存がきくが、とても燃えやすいので風の方が乾燥は容易。
生でも干したものでも、水に入れて煮込むと溶けて粘性の高い透明な液体となり、液体で形を作ってから乾燥させると良質で耐久性の高いゴムが出来るそうだ。
「それは?」
「これがゴムの素材になるって言ってたクラゲっていう妖精」
パリィも近寄って来た。
「そりゃ何だ?あんまり旨そうな匂いじゃねーな」
「うーんとね……これは味も何もなくて硬すぎて食べられないみたい。ゴムっていう便利な素材になるけど、水から出したままだと2日で死んで、死ぬと溶けて消えちゃうらしいから、ここで加工して持ち帰るしかない感じかなぁ」
死んだら消えちゃうものはアイテムボックスにも入れられないし。
「加工して持って帰るのは良いが、それは流通させる前の説明にちょっと困るな?」
言いながら、持って帰るつもりならばと海からポンポンクラゲを拾って砂浜に積み上げてくれている。
「そう、だねぇ……」
私も火箱や使えそうな大きな鍋などを選び始めた。
これは保存の為に一気に乾かすか、煮溶かして液状に加工すると言ったら、拾ったクラゲの何匹かをオクティが干してくれる。形は違うけどガチガチのスルメイカのような、かったい干した海産物っぽいものになった。
一匹一匹がベレー帽くらいの小ぶりなおかげで、乾かすのは風の魔力持ちなら誰でも苦労しないくらいの簡単さだというので、干し方さえ教えてしまえば持ち帰るのも可能かもしれない。
「おっ!あそこの底に沈んでる奴、あの緑色の丸いやつじゃねぇ?やっぱ海には居るもんなんだな!」
しかし完全に頭まで沈む深さのところなので、パリィも飛び込むのは躊躇しているみたい。
「水の中ってどうやって進めばいいんだ?そのまま底を走って……いけるか?浮いちまうよな」
生まれた時から海どころか川も見たことない、風呂も貴族のみ、公園に池や噴水があったりもしない国に居たら、そりゃあ泳ぎ方なんて知るわけがない。
「水の中は泳ぐっていって、あの半魚人みたいに水を手や足で身体の後ろへ押すようにして進むんだけどね。人間は顔を水に入れてると息が出来ないでしょ?だから大きく息を吸って止めてる間に潜って、息をする時は顔を水から出して息継ぎをするの。
いきなりやると危ないから、足がつく浅い所で練習した方が良いと思う!でも……ちょっとこの海、浅い所で泳ぐとクラゲまみれになりそうで嫌かも」
練習のためには付き合って、実際に息継ぎをしてみせるとかしたほうが良いと思うんだけど。
正直、赤潮やクラゲの大発生真っ最中に見えてしまうこの海に入って泳ぐのは、日本育ちにはきつい……富栄養化とかいったっけ、川から流れ込んだ栄養が外へ出て行っていなくて溜まる一方みたいな、そんな状態?
そういえば……栄養が溜まり過ぎてるというには藻や腐敗臭はないよね、というか波打ち際に居るのに潮の香りも全然しないし、海を触った手が塩でべたつく感じもない。違和感を感じて水を掬ってちょっとだけ舐めてみたら、真水だった。
しかも泥臭くてまずい。
ぺっぺっとしていると、またパリィがあっちなら行けっかも!と言いつつ服を脱ぎだして。素早くオクティに後ろを向かされている間に、バシャーンと飛び込む音。
「うおー、思ったより水の流れがつえぇーっ!わははっ、すっげー!」
とうとう行ったと慌てて首だけ振り返ったけど、まだ全然足が付くようで走ってたし、ちゃんと下着というか長めのハーフパンツみたいなのを下に履いてた。大丈夫。
「あいつは俺が見とくからさ、チョーコはそのクラゲを加工するっていうの、やってみたら?」
「あ、うん……」
ガチの水泳初見者をいきなり波のある海、しかも塩水と違って浮きにくい真水。ハラハラして様子を見たいけど、私がずっと見守るのはオクティが嫌なんだろうなぁ。
不安そうな顔に気付いたようで、頭を撫でてにこっと笑む。
「心配しなくてもちゃんと見てるって。遠くまで流されても飛んでって拾って来るし、沈んで息出来なくなったら風を送って浮かすからさ」
「そっか、オクティが見てれば大丈夫だよね。じゃあ……パリィの気が済むまでこっちで作業してるね」
チョーコは海の方を見ない向きで火箱を設置して、大きい鍋に水を入れ、クラゲを洗ってからゴム液制作に挑戦してみることにした。
寒天を煮溶かすような感じで、沸騰させれば簡単に溶けていく。不純物もあまりないのかいくら入れても透明なまま。濃いほど粘度が強くて、よく伸びる接着剤か水飴みたいになる。
味は一切ないし毒もない、食べても平気な安心素材。
冷めても固まらないけど、乾くと真白く透明感のないゴムになり、一度固まったらもう煮ても溶けないし水を弾く撥水性がある。
ブルーシート代わりのゴムシートなんかは簡単に作れそう?シリコン蓋みたいに乾燥を防いだり落し蓋に使ったりも出来そうだよね。
油を塗ったものや金属など、水が染み込まないものにはくっつかないので、金属型の外側に塗って乾かして剥がせば、ゴム手袋や多少複雑な形も簡単に作れそう。
水、油は弾いて染み込まないってことなので、布袋の内側に塗ってみたら水も汲めちゃうくらい防水バッチリ。ゴムだけを固めたものの伸び具合は記憶にある輪ゴムにかなり近いと思う。引っ張り過ぎると千切れるけど、かなり耐久性は高いみたいで伸ばして戻すを繰り返しても全然傷んだ様子がない。ただ、火と刃物には弱いみたいで、固まったゴムに火を近付けると蝋が溶けるみたいな簡単さで消えていった。
熱湯は大丈夫だけど加熱した油はだめっぽいかな。
元の世界にあった衣料用の白いゴム紐は細かい糸状のゴムを編んだり織って布にしてるのと、表面を細かくデコボコにしてるのがあったっけ?針金みたいなのに付けて乾かしたら糸っぽくなりそうだから、器用そうな職人さんに編んだり織ったりしてもらったら服に使えるものも出来そう。
試しに金属の壺の外側に丸く塗って乾かして剥がすと簡単にゴム輪が出来た。これで髪留め用のシュシュとか作っても可愛いし便利だろうなぁ。
輪ゴムの大きさ違いを色々作ってみたり、自分の靴の裏に滑り止めで塗ってみたり、色々試してみる。手に付いても乾けば剥がれるから、手袋代わりに先に塗って作業して終わったら剥がして捨てるとか……いや爪のところとか穴開きやすくてやりづらいかな。
分厚く塗りすぎると表面だけ固まって中が液状のスクイーズみたいになるけど、風の魔力を加えると中まで固まるとか。逆に風の魔力を加えなければ中は固まらないので、壺とかで保管して表面が乾いても、そこを剥がせば中は使えるとか。
インク壺みたいな密封が必要なものの蓋に塗ればパッキンも出来るし、哺乳瓶の口とか赤ちゃんが口に入れてもいいおもちゃとか。色々なものに使えそう。
うーん。遠征で水の地域に行ったとかそういう話が出てから何とか上手く、なるべく色んな職人さんに触ってみて欲しい!すごい便利なものがたくさんできそうな気がする。
いろいろやるなら、水飴みたいにあっちこっちのびてべとべとするから、なんかこう、ドレッシングボトルとかマヨネーズチューブみたいな、扱いやすい入れ物が欲しいかもしれない。
結構な時間あれこれ弄り倒して、オクティが取ってくれたクラゲは全部乾かすか溶かしたし、ゴム紐の類も色々作って一旦満足したのでアイテムボックスにしまったところで。
「うおー!とれたー!」
とパリィのテンション高い叫び声が聞こえた。
ちら、と振り返ってみると、既に立ち泳ぎなのか足が着くのか、両腕を上げているパリィの手に、それぞれ棘なしウニが掴まれていた。
オクティがそれを受け取るとまた海に戻っていく。
「オクティ、こっちは加工終わったけど、パリィは調子どう?」
こっちは片付いたし、オクティの方へ歩いていくと、オクティが浅瀬を指さした。
「あんな感じで、顔だけずっと出して立ったまま浮かんで移動して、たまに潜ってなんか拾ってきてるみたい」
「えぇ、初水泳で立ち泳ぎと潜水出来るようになってるって凄いんだけど……パリィって身体を動かすことならなんでも出来ちゃうんだね」
「流石にまだ潜るのは難しいし、中々進めなくて息継ぎ間に合わなくなって手伝うことも多いけど、もうちょっとで何か掴めそうだから明日も一日泳いだらいけそうって言ってたね」
「じゃあ明日も海で泳ぎの練習かな」
「こっちに来ないとサカナ焼きも食べられないし、来たがるだろうね。今もこれが2つも取れたのに、サカナも食べるんだって取りに行ってる」
パリィがちょっと水しぶきを立てて慌てたように身体を動かしたので見ると、大きな抱えるサイズのピラニアみたいな、牙のある獰猛そうな魚を鷲掴んでいた。
「これは食えるやつー?」
「えっと……それは半魚人の子供ー!」
なんだくえないのかーと、ぶんっと沖へ向かって投擲。
再び潜るが、噛み付いてこない逃げ回る魚を海中で素手で捕まえるのはさすがに難しいみたい。
追加で更に2つのウニを拾って戻ってきた。
オクティが素早くパリィの身体を乾かして服を着させてから火箱の方へ集まってくる。
「で?で?これはどうやって食うの?」
「基本は焼くだけで、とりたての生きてるのは、生でも食べられるらしいけど……試す?」
「試すっ!」
「そしたらナイフでこう……」
背中側はやや厚く硬めの殻だが、腹側は薄く柔らかいので、刃物や手で割と簡単に割って外せると説明したら、サクサク横に切って丼の蓋を外すくらい気軽に剥がしてくれる。
こっちの世界のものはなんでも大型化しているんだろうか、ウニの身ってスプーンの先くらいのイメージだけど、手のひらくらいのドーンとしたかたまりが房になって並んでいた。
不思議なことにウニの中はすっごく潮の良い香りがする。
スプーンを出して配り、直接それをすくって食べてみると、泥臭い真水で育つとは思えない、磯の香りがほのかにして、程よい塩味ととろっとした甘みとウニの風味が詰まった美味しい身だった。
「わ、思ったより美味しい……!」
「はー!なんだこれ!味が濃くてうめぇな」
「これだけずっと食べてると喉かわくからお茶入れようか」
甘くないお茶と共に思う存分食べる。米かお酒に合うだろうなぁー!と思うけどどちらもまだ無いんだよね。今のところお酒の役割をしてるのが砂糖だから、甘いものしかない。
「生で食べていいのは本当に取りたての新鮮なうちだけだから、満足したら残りは焼きウニにしちゃおうね」
「焼いたのも味見したい!」
網の上に直置きは崩れて落としそうなのでフライパンを出して蓋をせずに残りは全部焼いてしまうことに。
半乾燥するくらいに焼いて味見をすると、食感がねっとりとカラスミのような風味が増して、ますますお酒のつまみになった。イメージとして完全におつまみなので、これ単体でずっと食べる気にはならないけど、美味しい。
「んー!これちゃんと乾燥させたら持ち歩いても大丈夫そうだよな。保存食として食いてえ」
「あぁうん、しっかり焼いて乾燥出来てれば、何日かもつみたい。もう護衛の仕事終わるし、帰る時にはお土産で持ってく?」
「よっしゃー!こいつ色々濃いせいか、ちょっと食っただけでも結構腹いっぱいになるんだよな」
「私たちだと2人がかりでも丸々2匹食べ切るには暫くかかりそうだよね」
「チョーコのカバンに入れておけば傷まないのが本当に助かるよな」
美味しい料理をそのまま入れておいていつでも食べられるのを夢みていたけど、近付いている気がしてちょっと嬉しい。
「あ、でもまだ皆が食べられるものじゃないから、他の人にはナイショね?」
「わかってるって。ソロ任務の時か家での楽しみに食うよ」
パリィは食べたらまた泳ぐというので、浜から溺れないかだけ注意しながら、2人はのんびり座って休むことにした。
海の魔獣はスライムか、蛸かクラゲみたいな触手持ちか、魚っぽい泳ぐのが早い形をしてるかで、水から出てくるのはスライムだけ。だから砂浜にいると思った以上に安全だったけど、海に入っているパリィはたまに戦闘してるみたいで、剣もないから素手で引き千切ったりしている。
日が傾き始めたころには泳ぎ自体もかなりうまくなっていたけど、流石にまだサカナに追いつくのは無理で。最後に取りたかったのにと悔しがり。
オクティが食いたいなら俺が魔法で取ってやろうか?と言ったら自分で取る!と言い張っていたから、少し早めに切り上げて川へ寄り、私とオクティはちょっとしか食べないので一匹だけ取って貰って、最後にまた焼いたサカナを食べ、その日は帰った。
昨日のお風呂が気に入ったらしく、パリィが入りたがったので今日も用意することになったので。今日はオレンジの皮を浮かべたお風呂にすることにして、最初にチョーコが入ってオクティの分を用意したら二階へ上がり、ぐっすり。
***
次の日は日の出よりずいぶん前にパチッと目が覚めてしまって、流石に早いので寝なおそうと思ったけど眠れない。
隣を見ると、オクティも起きたみたいで、目が合った。
「あれ、チョーコも起きたんだ……流石に早寝しすぎたね?」
「外に出かけて帰ってお風呂入ると寝ちゃうよね。まだ日は出てないしパリィも起きてる気配無いし、流石にもうちょっと寝……あ、ゴム液を小分けにするボトル作りたいからパーツをどこかの小物職人さんに頼んでおきたいかも」
「ふはっ、いきなりだなぁ。思いついちゃったならしょうがないけど……一旦、万年筆と紙貰って、色々書き溜めておいたら?」
「あっ、それいいかも。今直接説明すると色々面倒そうなものとか、書き溜めておいて後で出してよくなったら渡せばいいんだもんね。じゃあ今日秘書さん来たら頼んでおこ。あと一番大きいお鍋使っちゃったから、あれも追加で欲しいのと……」
「何作ったのか気にされそうだし、その辺りも今すぐじゃなくて良いんじゃないかなぁ?」
「それはそうかも……ふわっ?」
にゅ、と手が伸びてきて身体がふっと浮いて引き寄せられ、抱きしめられた。
「夜すぐ寝ちゃうから全然触れてないだろ?まだ早いし暫くこうしてたいんだけど……だめか?」
「……だめじゃ、ないけど」
改めて言われると恥ずかしい。
明るくなったら今日も早めに下に行こうと決めて、一旦、目を閉じた。




