22.ウォータースライダー?
下の方からノックの音がしてすぐに、パリィの声と玄関のドアの音がした。
ふっと目が覚める。オクティの背中に縋りつくような恰好で寝てたらしく、首の後ろ辺りを枕にしていた。起きようとしたらオクティが腕を掴んで、ころんと寝返りを打ってそのまま布団に抱き込まれて動けなくなる。むにゃむにゃしていてはっきり喋ってないけど、もうちょっと寝ようよと言ってるらしい。
昨日は暗くなってすぐくらいに寝たはずなんだけど、一日中歩き続けたせいか足がだるい。
「おはようございます。パリィア殿はいつも反応がお早いですね。チョーコ様のご様子は如何ですか?」
「そりゃまぁ、護衛の仕事中だしな。チョーコはまだ寝て……いや、起きてるな。呼ぶか?」
「いいえ大丈夫ですよ、こちらがお届け物です」
「ん、多くね?」
「おひとりで塞がれていらっしゃるかと。新しい料理道具など揃えさせて頂きました」
「あぁ、喜ぶかも……お疲れさん」
少し間があって、パタンとドアが閉まる。階段を上る音は聞こえなかったけどノックの音だけで、ドアは開けてこない。
「おーい、起きてんだろ?荷物下に置いとくから早く出てこいよー?昨日の続き楽しみにしてんだから」
「あいつ元気だなぁ……昨日あれだけ歩き回ったのに」
「パリィは鍛えてるもんねぇ。私もちょっと足は疲れてるけど、海は早く見に行きたいし、さっき秘書さんが何か新しい調理道具も持って来てくれたのはちょっと気になるから、下に行かない?」
「あぁ、チョーコが行きたいなら行こうか」
「うわぁ……多いって、本当に色々持ってきてくれたんだね?!」
下に降りると頼んでおいた蓋つきのフライパンとフライ返し、バーベキュー用の焚火の周りに刺せる串のほか、水切り籠やボウル、まな板になりそうな表面の綺麗な厚手の板、包丁ではないけど大型のペティナイフみたいな刃物、新品の桶、麺棒に使えそうな握りやすい長めの白木の棒、燻煙機や蒸し器まで。
多分商品組合で絵を描いていたものを、既にあるからと言われたものも含めて片っ端から揃えてくれたんじゃないかと思う。
今すぐ使えるものも使えないものもあるけど、これはもうありがたく。アイテムボックスに一旦全部しまった。
「望んでたものと違ってたら言ってくれって」
「今すぐには使わないものもあるからそれはその時にならないと分からないけど、見た感じ大丈夫そうだと思う!」
「あと、多分オレンジと焼き魚の匂いだと思うんだが。嗅ぎ慣れない良い匂いがするから、また新しいものを見つけたのなら教えて欲しいってさ」
「ふあっ?!お、オクティ、ど、どうしよう?」
「黙ってても怒られないだろうけど……いろいろ片付いて落ち着いたらで良いんじゃないか?」
「そ、そうだね?引き籠りが終わってから、相談しようかな」
いい匂い……そういえばオレンジってコロンとかにも良く使われる香りだよね。
オレンジの皮をポプリみたいにするのも良いかも。
こういう落ちものの植物から染料とか絵具とか作れたりしないかな。
染料や絵の具で調べると、どうやらオレンジで布などを染めると直後は染まっているのだけど。煮ただけでは1ヶ月もすると色が抜けていってしまうらしい。
色落ち防止の加工にはどこかの洞窟で手に入る素材を使えばいいらしいが、まだ見えない。
ポプリなども干すだけだとダメで、こちらは2週間ももたないようだ。
どうも死体などがすぐに分解してしまうのと同様、色や香りは消えやすいので専用素材が必要みたい。
チョーコのアイテムボックスの中なら関係ないけど、日持ちがしないなら商品化はむりそう。直接オレンジを栽培する果樹園を作ってもらって、都度作って使うしかないかな。
「おーいどうしたボーっとして?まだ眠いのか?早く行こうぜー!」
「あ、パリィ。チョーコは急に色々思いついて考え込む癖があるから、悩んだり困ったり危なくなければそっとしておいてやってくれ」
「?おう、了解」
「あっ、だ、大丈夫。行けるよ!普通に声かけてくれていいからね!」
「いいのか?じゃあ昨日の続きだな」
「よっしゃー行くぜっ!」
昨日と同じように準備して、暗くなる前に残した印の所へテレポート。
出現した途端周りをゴブリンに囲まれていたので咄嗟に『威圧』を発動したら、地上だけではなくて、川の中でも大きな水音と共に何かが下流に向けて猛スピードで逃げ出した。
走るとか、そんなスピードじゃなくて、エンジンの付いたモーターボートみたいに水を切って泳いでいく波が見えるので、興味を引かれたパリィが足に力を入れてダッシュで追いかけていく……のだが、パリィが身体強化で疾走しているのと引けを取らないスピードらしく、なかなか追いつかなくてどんどん姿が小さくなっていく。
「わわ、置いてかれちゃいそう」
「先回りしようか」
オクティが素早くチョーコを抱き上げて空へ、パリィを追うように斜めに高度を上げていく。幸いパリィのピンクの髪は結構目立って、離れても見つけるのは容易だった。川の中の白い波とパリィの追いかけっこを上空から見ると、若干パリィの方が早いようでジリジリ追いついていってはいるがその差はわずか、しばらくかかりそうだ。
「少し先の方へ、テレポート」
先回りして数秒したら、急に水の中の何かが急ブレーキをかけ、逆走しようとし始めたのだが、後ろにはパリィが居てあっという間に捕獲される。
水の中で両手を掲げているパリィの頭の上に、怯えて両手両足を縮こまらせているのは、何とも凶悪なトゲトゲした風貌の『半魚人』だった。
オクティが飛んで近付き、チョーコに見えるようにしてくれる。
水に住む半魚人。これは足が2本のマーマン種だが人魚のようなマーマンテイル種もいるらしい。その足の特徴は魚人と同じ。知能は低く完全に肉食。亜人の一種。
「なぁなぁ、こいつも食える?」
「これは半魚人っていう亜人だから食べない方がいいかな。怖がってるし、逃がしてあげていいと思う」
「食えないのか残念。ほい、じゃあ帰りな」
ぽい、と川に投げ戻すと、半魚人はまた慌てて下流へ向けて泳ぎ下っていった。
立ち止まっていると徐々に集まり始める魔獣を片付けながら、また川でパリィがサカナを探して2匹も捕まえてきた。全力で長く走ると空腹になるらしい。
食べ切れるならいいかと、今回は新品のまな板とナイフを使ってチョーコも一緒に捌くのに参加し、今日は網焼きではなく串に刺して炙ってみることにした。
一気に随分川を下ってきて、川幅はジャンプで越えるにはちょっと無理のある幅まで広がり、深さもチョーコの腰なら沈む程度。周囲の水の跡を見る限りもう少し大きな川になっててもおかしくない感じだけど、先の方を眺めてもこれ以上は広くなっていかないみたい。
こころなしか、魔獣の出現頻度が落ち着いている気がするし、街に近い魔獣の多い地域は抜けたのかもと思う。
のんびり緑茶を飲みながらサカナが焼けるのを待っていると、川の対岸側の浅い所に小さめの枕くらいありそうな、丸い……棘のない丸さぼてん?正体不明のものが沈んでいた。
石というには鮮やかなグリーン。でも植物ではなく、ゆっくりとにじるように川底を動いている。
「あれ動いてる……妖精?魔獣?」
声でオクティがそれを見る。
「核は無いから妖精かな?ちょっと見てみる?」
チョーコの傍の地面までふよっとゆっくり飛ばして着地させてくれた。
『棘なしウニ』水の地域に発生する妖精の一種、生きたまま捌けば生食可能。焼くと美味しい。
「……ウニ?川に?」
「なんだそれ、それも食えるのか?うーんそのデカさだとついでに食うにはちょっと多いかなー」
「うん……食べられるみたい。このままだと死んじゃうから、食べないなら逃がそうか」
「そうだな。どうせこれ食ったら移動だし、食う時になってから探そうぜ」
「じゃあこれは一旦逃がしておこ」
「わかった」
取った時と同じように、水の中にふよんと落とす。
焼けたサカナを食べながら、また何か珍しいものでもないかと周囲を見回すけれど、今のところ他に面白そうなものはなさそう。
「そういやぁさ?さっきゴブリンに囲まれた時、あいつらいきなり逃げたよな。俺はまだ剣も抜いてなかったし、お前らのどっちか、何かやった?」
「?!ごふっ、こほ、ぅぐ」
油断して何も考えてなかったタイミングだったから、驚いて欠片を吸い込んじゃって咳き込む。
「だっ、大丈夫か?ほら水」
オクティが背中をさすってくれる。
「え、俺、何かまずいこと聞いた?」
「ぇあ、ちょっとびっくりしただけ、ごめんね。んと、ただ私に向けられた殺意とか敵意を相手に返して怖がらせるだけの魔法なんだけど。獣人とかゴブリンにはよく効いて便利だから、急な遭遇があると使っちゃうんだよね」
「俺が習ったことない魔法だから、帝国じゃ珍しいって言ったことがあって。あんまり使えることは言わないようにしてたんだ」
「へぇ?強いって分かると逃げたりするやつもたまにいるけど、魔法で強制的にそうさせるのか。スゲェな、確かに便利そうだ。どうやんの?」
「うーん……実はいつの間にかできるようになってて、ちゃんとわからないの。『威圧』!って思いながら強く見るだけ」
「俺から見ても、ただ目に強めの魔力を込めて見てるようにしか見えなくってな。詳しくなにやってるのか分からないから、真似できないんだよ」
「目ぇ合わせて威圧の気持ちで睨んでも、そんな効果出たことねぇよ。やっぱ魔力の高さとか魔眼とかがなきゃそこまでの効果は出ないんだろうな。単純に殴り倒すしかなさそうだ」
「うーん、そうかも」
「誘拐されそうって時もそれ使えばよかったじゃん?」
「1人か2人なら試してたかもしれないけど、人間って亜人みたいに単純な殺意だけで襲ってくるわけじゃないじゃない?だから、人によっては効かないかもって思うと試せなかったの」
「あー、単純に仕事だとか、気持ち的にはめちゃくちゃ同情してるとかか」
「あの時は……頑張って窓から飛んで逃げるか、どうしようか凄い迷ってたから。パリィが来てくれて助かった。ありがとうね」
「先に俺の魔石を身に着けられるように加工して、それ持って謝りに行くって話をしてたからさ、万が一俺が帰れなくなっても、パリィがなんとかしてくれるって期待はしてた。俺も感謝してる、ありがとな」
「へへ、怖がらせた分くらいは役に立てたなら良かったが。改まって言われると照れるな。お互いあれはもう清算済みってことで。これから仲良くしてこーぜ!」
「うん、よろしくね」
「今後とも、よろしくな」
「さーて。朝飯も食ったし、また海を目指していくか!」
荷物を纏めて再び、だいぶ湧きの落ち着いた魔獣を倒しながら進む。あのウニは珍しいのかやっぱり川にいるのが変だったのかサカナしか居なくてパリィが残念がっていたけど
本来海にいるはずで川にいるのが変だったのかもと言ったら、そうか海に行けば居るのか、と素直に納得していた。
もう少し行ったら今日も一旦帰ろうかという話が出始めたくらいで、行く先の地面が段々灰色とか岩っぽい色に見えてきた。
「ねぇ向こうの地面、色が違うように見えるよね?」
「海か?!」
「水の魔力がそれほど濃い土地じゃなさそうだから、多分違う。岩場とかそういうのじゃないか?」
少し速足になって、日が落ちかける頃にその岩場に辿り着く。これまた広大な、見渡す限り岩や土が混ざり合った土地の、土の部分にだけぽつぽつと木が生えている感じ。
そして川は岩場をまっすぐ大きなU字に削ったような部分を勢いよく流れていっている。
なんというか、削れ方が自然ではないような。いや、この世界ではそうなるものなのかもしれないけど。まるでプールのウォータースライダーみたいな、でっぱりや引っ掛かりがないスムーズな水の流れになっていて。多分このまま海まで直進なんじゃないかな……?
「オクティ、あれがチョーコの『いきなり考え込む』ってやつだよな。今回はどうしたんだと思う?」
「困ってる感じじゃないから、何か違和感を感じたか、何か思いついたか……でも、もう遅いから思いつきを試すのも調べるのも明日にした方が良いな」
「そうだな」
目を開けて振り返ると、2人揃っておっという顔をした。
「だっ、だから普通に話しかけていいからね?!たまに考え込み過ぎて気付かないことはあるかもしれないけど、ちょっと考えてるだけの時は聞こえてるから」
「そうする。それでチョーコ、何か思いついた?」
「思いついたっていうか、そこが川の流れを使った、海までのウォータースライダーみたいになってるんじゃないかなーって思って」
「滑りやすくした斜面を水ごと滑り落ちることで、高速で移動出来るように加工してあるんじゃないかって?……確かに半魚人もこの先に逃げたはずだし、水の地域に繋がってる可能性は高いよな」
おぉテレパシー翻訳、思った以上に正確かも。
「チョーコってなんか色々難しいこと知ってんのな?素材とかだけじゃなくてカラクリも見て分かったりすんの?」
「そんな感じだけど、全部じゃなくて時々分かるだけだから、あんまり過信はしないでほしいかなぁ」
「なんとなくわかるだけでもスゲーよ。試しに行ってみたいが、暗い時に水の中から襲われると匂いが分からなくて反応しづらいし、一旦寝て明るくなってから行ってみようぜ」
帰って、今日はしっかりお風呂に入って足をほぐすことにする。
貴族みたいに風呂を楽しむという話にパリィは驚きはしたものの、この2人ならそうかとすぐ納得し、自分も入りたいと言ってきた。
いつもの桶だとパリィには狭くないかと見せてみると、胸まで入れれば充分じゃん?と。
オクティがパリィを風呂に入れている間に鍋一杯作りすぎてしまったジャムを、これまた沢山貰っている使いやすい大きさの幾つかの小壺に分け……いっぱい作りすぎたし調理道具のお礼に、宰相さんへこれをおすそ分けで届けてもらおうかと思い立つ。
いや秘書さんたちも食べたいだろうし2個?でも秘書さんたちって貴族だっけ、白砂糖どっさり入ってるから制限かかる?酔っちゃう?3人で分ければそんなでもないかなって思うけど。
宰相さんにはジャム、秘書さんたちの分は干した皮を刻んだのと紅茶の粉を混ぜたやつにして……いや、種類違ったら両方宰相さんに届けちゃうよね。
……まいっか、同じの2個渡しちゃおう!
届いた時の梱包材からツボが入ってた木箱や緩衝材を探してそれぞれ別で箱詰め。
アイテムボックスに戻して満足した気分になっていると2人が戻ってきて、チョーコ用にお湯は入れ替えたから行っておいでと声がかかる。
のんびりお風呂でマッサージしているだけでぐんぐん疲れが取れるのは、気のせいじゃないかもしれない。私もオクティのお湯を用意してから2階へ上がり……
やっぱりいつ寝たか記憶はなかった。




