21.川下り
宰相さんの指示でしばらく行方不明になっていてくださいということだが。
オクティは実際に死にかけそうなキツイ監禁をされていた魔塔での扱いとは違い、物資調達は全部やってくれるし、チョーコと共に家に引き籠っててくれれば良いという大変ゆるい扱いなので文句はなく。
元々重度の引きこもりだったチョーコも、オクティが拉致されて傷心のふりをして自宅から出ないでくれ程度の条件であれば全然問題ない。オクティとパリィがそばに居る分、ボッチだった元の世界より賑やかだ。
なんなら新しい料理に挑戦したくて。処理済みのブタ肉の塊に、がっちりした蓋の付いた煮込み鍋をサイズ違いでいくつかと、火箱という取っ手の付いた鉄箱の下に空気穴が開いて中に薪が入れてある、言ってしまえば携帯焚火みたいなものやその上に乗せる金網、トングにお玉や色んなサイズの壺や皿などをあれこれ買い揃えて貰ってしまったくらいで。
……自宅焼肉とオレンジジャム作りをやりたいと思ったら、肉の塊を見た時点で、あまりにもいい匂いを近所に漂わせるのは傷心で引きこもりという設定的にどうなのと2人同時に突っ込まれたので、一旦アイテムボックス行きになってしまった。
なお、明日はフライパンやバーベキュー串なども追加で届く予定だったりするんだけれど。
そんな楽し気な2人はともかく、問題なのは泊まり込みの護衛として雇われたパリィ。
趣味は冒険、剣術、筋トレ、最近は街での買い食い。引き籠れと言われるとトレーニング以外やることが無くなってしまう。
いつまで続くか分からない、街にも冒険にも出られないと聞き。せめてもと近所を走ってきているが。
近所を走るにも限度があるし、遠くまで行っては護衛として問題があるし。襲撃だとか偵察や家宅侵入してくるものも見当たらないし。流石に暇すぎると室内にいる間中筋トレをし続けている姿を見ると、チョーコ達の方がちょっと気になってしまって。
「ねぇオクティ……パリィはテレポートのこと知ってるんだし、食材探しにでも行かない?」
「そういえば海を見に行ってみようかって言ってそのままだったな」
自分の名前が聞こえて腹筋の途中でピタッと止めて顔だけこちらを向けていたパリィが、そのままグッと起き上がって歩み寄って来た。
「お?なんだなんだ、あの魔法でどこか連れてってくれんの?」
「秘書さんは朝にしか来ないし、襲撃が来そうな様子もないもんね」
「そりゃ襲撃なんて、パリィが泊まり込みしてる限りは来ないだろ。行くか?」
「行く行く、やったぜ!」
パリィの身支度用に水場へ水の入った桶を用意して、チョーコとオクティも厚手の服に白いローブと外用の靴に、冒険用の荷物セットを担ぐ。
オクティが二階の寝室と倉庫だけ夜帰るまで保ちそうな程度に灯りを点けるのを待って。
まずはオレンジ狩りに行ったあの場所へテレポート!
「うおーっ、なんだこの綺麗な色の丸いやつ!なんかすげーいい匂いするな」
「オレンジっていう果物でね。皮剥いて食べると甘酸っぱくて美味しいの。オレンジ色は綺麗だよねー」
オレンジ園は相変わらずどっちを向いても豊作で、落ちた実を食べにブタやツチノコが来ているらしく、よく見るとたまに食われかけの死体が落ちていたり、それを食べに来た亜人や魔獣がひしめいていたりする。
最初は暫くそれらを倒したり、こっそり威圧で追い払ったりしてからオレンジを集め、ついでに妖精の皮の切れ端も食われかけの死体から洗って回収しようかと思ったのだけど。
実物を見てみるとツチノコの皮は薄すぎるし、ブタの方は柔らかく油が多く含まれていて、膠を取るには使いづらそう。情報によるとミミズの皮が分厚くて最適らしいのだけど、ミミズはオレンジの木や実が好みじゃないみたいでここには見当たらなかった。
オレンジなどを集め終わる頃には近隣から集まって来ていた魔獣たちも一段落してきたので、川べりに火箱を置いて火を点け、アイテムボックスから取り出した豚肉で焼肉を作りつつ片手鍋くらいの手ごろな鍋でオレンジジャムを作る。
贅沢に白砂糖でやってしまった上に分量の加減を間違えて追加でオレンジを足したりしているうちに、食べ過ぎ注意の魔力回復剤が片手鍋じゃなくて両手持ちの鍋一杯に出来てしまったんだけれど。
3人共平均よりはかなり魔力は多い方なので、多少はいいよね?……アイテムボックスに入れておけば腐らないし。
ついでに一回り大きい鍋でブタ肉の脂身を集めてラードもとってみたり。
オレンジを薄切りにして火で乾かしたり、絞ってジュースにしたり、皮のオレンジ部分だけを干したり、ジャムは紅茶に入れたり、つまみ食いをしながら存分に楽しんだ。
パリィも『川』を知らなかったので、これがいずれ『海』へと流れていく話を聞かせる。
「ってことは水が流れる方へ追いかけていくと海へ行けるってことだな?!行こうぜ!」
「折角だから歩いて行くか?」
「そうだね、川に沿って海まで行くのは楽しそう!」
火箱とかをポイポイとアイテムボックスに片付けている間に、また周りが騒がしくなってきた。
「ん、さっきあれだけ倒したのにまた魔獣が集まり始めたな。よーしやるぜ!」
「あっ、オクティ。そういえば魔獣いっぱい居たから核採れたよね。あとで魔石の作り方教えてくれる?」
「いいよ『圧縮』と魔力の籠め方だね」
「あぁ、やりたいことあるなら今やってていいぜー?俺は身体動かしてっからー!」
既に楽しそうに暴れ始めているパリィは、確かに何の心配も無さそうだ。
「じゃあ任せる、頼んだ!」
『圧縮』の魔法を教えて貰い、何度か繰り返したらうまく使えるようになった。
最初はなかなか均一にはいかなくて粘土を斜めに押しつぶしたような歪な魔石になっていたけれど、きちんと真っすぐ力を掛けて圧縮すると、ころんと丸い厚めのおはじきのような形に仕上がって綺麗。
「上手い上手い、魔力を籠める時はこんな風に……」
説明しながら手のひらの上に乗せたまま石を黒く染めて。チョーコに渡す。
オクティの場合は自分の属性の力を均等に押し込む感覚でやっているらしいのだが。チョーコの場合は元々属性というものがないのでどうなるのか。
「自分の持つ力を平均的に……ん-、よく分からないから特にこれって指定しないでやってみようかな?魔力よ魔石に籠れ――うわっ」
「入れすぎっ!」
手と魔石の間、魔石とチョーコの顔の間に同時に『盾』が出現し、パァンッ!と弾けた石の欠片がカンカン弾かれて落ちる。
「ごめん、俺は魔石の中へ直接力を押し込むイメージでやってるけど、チョーコにはただ周囲を濃い力で包んで吸わせるイメージを教えた方がよかったな。ちょっと力は無駄になるけど、押し込むと今みたいに入れ過ぎた時割れるから」
怪我がないか手を取られたけど、大丈夫。
「ありがと。もう一回やってみるね。魔力よ魔石を包め」
籠める魔力の種類を指定せず、ただチョーコの魔力で強めに魔石を包む。
ぱっと見は黒く見えるくらい濃く、透かすとわずかに茶色い、髪色そっくりの石が出来た。
「属性を意識しなくても出来たぁ」
「一人で籠めると本人の髪色が出るって聞くけど本当なんだな……」
「じゃあこれはオクティにあげるね。何かアクセサリーとかに加工した方が良いのかもしれないけど」
「そのままで大丈夫だ。ありがとう。練習になるし、予備に何個か作ってくれる?」
核を用意されたので、何個か追加で作ってそれもあげる。
貰った魔石を眺めて、文字通り目をキラキラ光らせているオクティはとても嬉しそうだった。
「よし、これで俺が仕事で離れることがあっても、チョーコの場所だけは常に分かるな……」
「えへへ、嬉しい。けど、ずっとはちょっと恥ずかしいね」
「え、まじ?今のオクティのセリフでその感想出る?」
かなりしっかり膨らんだ袋をぶら下げてパリィが戻ってきた。
「お疲れさま!その感想ってなにが?」
「……いやっ、気にすんな。お前らお似合いだな!」
「?まぁいっか、ありがと!」
「パリィに全部魔獣狩り任せてて悪いな」
「おもいっきり身体動かしたかったから良いんだけどよ。この辺の魔獣は倒しても倒しても、気付くと近くにいるんだよな。遠征だったらうかうか寝てられそうにねえや」
「俺たちの場合はチョーコのおかげで夜は帰ってゆっくり寝られるし、心配ないけどね」
「ほんと便利だよなその魔法。けっこう魔獣の核も集まったぞ、毎日この調子だと置き場所にも困っちまうかも。うはは、引き籠り明けの稼ぎが楽しみだな!」
「なんで引き籠り明けに核大量に納品してんだよ、俺か?取って来たの」
「そうしとけよ。自力で逃げたはいいけど、チョーコのとこ行ったら迷惑がかかるかもしれないって森にでも隠れてたんじゃね?」
「んー……?多分そうなっても、チョーコを置いて街から離れたりはしないと思うんだよな。近くで様子見ていたいし。自宅も冒険者組合も行けないなら、パリィの部屋に勝手に住む」
「ぶはっ、俺んとこかよーっ。そうすっとどこで集めたことにしよっかな。流石に邪魔になりそうだ」
「ん?核の置き場に困るなら私がまとめて預かっておくよ?」
「だな、俺が代わりに買い取るよ。取り分は半分ってことでいいか」
「預かるって……あれ、そういえばさっきの火箱とかも?……まぁいっか!オクティとチョーコなら何でもありそうな気がしてきた。んじゃ買い取りよろしく!」
アイテムボックスへざらざらと集めた核を入れる。パリィはいくら入れてもぺたんこのままのオクティの収集品袋を興味深そうに眺め、ちょっと触ってみたいというので触らせてみたところ、やっぱり引っ張り出すだけは出来た。
大きな丸太を引き出してスゲースゲーと楽しそうに騒ぎ、戻せなくて慌て、一通り遊んだ後、改めて川沿いに下流へ向けて出発することに。
凄く不思議なのだけど、他から流れこむ支流があるわけでもないのに、下流へ行くほどじわじわと水量が増えていってる。最初は気のせいかと思ったけど、簡単にまたいで越えられる幅だったのに、今はジャンプだけで越えるのはちょっと厳しいくらいの幅だし、深さも膝くらいは沈みそうになってきた。
ひっきりなしに寄ってくる魔獣を狩りながら進んでいると、前を進むパリィがいきなり水の中に片足を踏み込み、両手を突っ込んで何かを掴んだ。
「おっ、なんかいたーっ!」
「えっ!ちょっいきなり……魚?」
パリィが掴んで持ち上げたのは、ビッチビッチと暴れている、大きな鯉かな?ヒレは短く、つやっとした黒土色の鱗を纏う丸々とした魚だった。
「なんだそれ、核は見えないから魔獣じゃないな。チョーコ、水の地域に居る妖精ってこいつ?」
「水に住む生き物なのは間違いないけど、クラゲとは違うと思う。えーっと……」
そのまま『サカナ』という妖精だと分かる。普通にお腹を開いて内臓を出して水で洗えば血抜きまで出来るらしいので、自力で調理出来そう。
「食えるの?じゃあ食おう!!」
全然怖じる様子はなく、捌き方をちょっと説明すると。パリィはサバイバルナイフみたいなものを出して躊躇なく頭を落として川で洗いながら捌き始めた。
火が付いたまま片付けた火箱を出すと、火は完全に消えた状態になっていたので火を点け直して。サカナの骨を抜いて塩をすりこんでから網に乗せる。
けっこう大きくて、一気には乗りきらず半身ずつ焼く。
皮もしっかり焼くとバリッと歯ごたえよく、塩が効いてふんわりジューシー。見た目のイメージ通り、白身でとても肉厚で食べ応えもあった。
「ふおー、肉も良いけど、俺これ好きだーっ!毎日食いてぇな!」
「サカナ焼きもうまいな」
「んん、川魚のはずだけど泥くさくもないし、さっぱりして美味しいー!」
これは食べきれないかと思ったんだけど、どうやらパリィはそうとう塩焼きが気に入ったらしく、半身丸ごと1人で食べたので残らずに済む。
「けっこう小食の人が多いと思ってたけど、パリィってすごい食べるのね?」
「ん?俺の周りは皆このくらいは食うぞ?これまで木の粉だけだとなーんか食い足りないなって思ってはいたんだ。やっぱこういうガッツリしたもん食うと満足感が違うぜ」
「あー……筋肉育てるにはやっぱり肉食べないととか、そんな感じなのかな」
確かに、焼肉の話に凄い勢いで食いついて来たのは軍部の人たちだったよね。宰相さんは食いつかなかったけど商会組合長も体格がいい人だった。串焼きも一皿を3人とかで分けてる人が多かったのに最初から大盛りがあったのも、割安なシェア用じゃなかったんだ。
「俺は別に粉でも満足してたけど、剣を振るやつらは肉好きだよな」
「マジで、昔っから肉を食える亜人がもう羨ましくってさ。だからチョーコには皆感謝してるんだぜ?」
「美味しいものが食べられるようになったのはいいよね!」
流石にこれ以上取ってもサカナは食べきれないので見るだけにして、更に下っていく。
「なぁなぁ、サカナじゃないけど、川の中に青いヒラヒラしたもんがあるぞ、あれ何だ?」
あれ、と指さしたものは中央付近の深い辺りで上からはちょっと見づらいが。青と緑を少し混ぜて薄めたような明るい色をしていて、えんどう豆の鞘のような形のものが川底から何本かずつ纏めて生えている。
情報を見ると『水草』と出た。水の中に落ちた魔獣の核からは木じゃなくてこっちが生えるそうだ。
良く膨らんだ鞘をむしって中を開くと粒が入っていて、木の粉と同じように食べられるというので、膨らんだものを選んでパリィに取って貰うと、思ったよりみっちり中身が入っている。
ほぼ透明に近い白っぽく硬い丸い粒で……私の感覚だと乾燥剤のシリカゲルに見た目がそっくりなので、あまり食欲がわかないのだけど。
やっぱり茹でると柔らかくなるらしいので茹でてみたら、完全に粒が小さいの方のタピオカになった。
紅茶に入れてもオレンジジュースに入れても美味しい!けど、これは木の粉とか葛湯と同じでお腹にたまるやつだったので、味見は一口で終わり。
木の皮部分とちがって、水草は生えている時は草っぽいけど、千切るとどんどん萎れて柔らかくなっていってしまい、中の粒以外はそのうちボロボロと水に溶けてなくなっていってしまうので、これは繊維とかお茶とかそういう使い方は出来ないみたい。むしってすぐに食べても味や食感はほぼないし、野菜や海藻としてでも使えたら良かったのにとちょっと残念。
――夕方までずっと魔獣を狩りながら川を下っていったけれど、その日の発見はそれだけだった。夜は自宅に戻って寝る。
倉庫に使ってないベッドもあるのでパリィの分を出そうと思ったのだけど、どうも野営やダンジョン暮らしに馴染みすぎて、ちゃんとベッドで寝る方が落ち着かないらしいので。毛布だけ渡してパリィはリビングの床に寝ることに。
一日中歩いたし、たくさん食べて、日も落ちて間もない頃には既に眠い。
オクティも同じようでうとうとした顔をしており、2人は先に二階へ引っ込むことにした。




