20.ゆくえふめい(仮)
全身で抱きしめた時。
女性の感触に苦痛を予感したように、最初だけビクッと身体が跳ねたが、すぐになんか辛くないなと感じたのか、落ち着いたのか、身体の緊張が抜けたのが分かる。
手袋をポイして素手で頬を両手で包んで暫くすると、開きはしないが目蓋が震えた。
「オクティ。起きてる……?」
……?ちょ……こ?
ほぼ口パクだがなんとなく分かる。
「オクティ、もう大丈夫だよ。起きれる?」
ま、りょく、なぃ
初めては起きてる時にしたかったけど。
「ね、口、開けて……?」
ちゅ、と唇を重ね、軽く口を開けてオクティの唇に舌でそっと触れる。
黒砂糖でも流し込んでいたかと思うくらいに甘い、そのまま深く口付けた。
「ん……」
「――んんっ?」
大きくビクッと震えたので目を開けると、見開いた金色の目と合う。
混乱しているようで起き上がろうとしたり何か話したがってるのは分かるが、唇を離さず続ける。
身じろぎはするが拒絶する様子はなく、目だけで周囲をキョロキョロしてから。開き直ったように両腕でぐっと抱きしめ、唇を食んできた。
急に積極的にオクティの方から求めてきて、その勢いに引こうとするが、頭の後ろをガッシリ掴まれてしまう。
身体の形をした風船の中に甘い空気が吹き込んできたみたいに、喉とか胃とか関係なく全身に感じる感覚は、文字通り中身が溶けて液体になってしまったような錯覚を覚える。
胸がきゅうと締め付けられるような緊張感と、溶けるような安心感。目を閉じて増していく熱を感じているうちに、いつの間にやら彼と自分の位置が入れ替わって覆い被さられていた。
あ、あれ?いつの間に?と慌てて周りに視線を動かすと、彼の目が笑うように細まる。
ようやく唇が離れて、彼が起きて隣に座った。
「とうとう幻覚見るなんて、流石に俺の状態ヤバいのかと思ったら……その魔石の付いた服、パリィに会ったんだな。俺を助けに来てくれたのもあいつの協力?」
「うん、あと……宰相さんにも連絡した。パリィはオクティはただの魔力切れだから、回復するまで私とふたりきりにしとくのが良いだろうって、下で待ってると思う」
「そうか。ごめんな、俺が捕まって動けなくなったりしたから、色々心配したよな」
頬を撫でられて、その手を掴んで顔に押し付け目を閉じる。
「制約条件の中であれこれ押し付けられたら断れないんでしょ?それはしょうがないよ。えっと、制約のことを読んで調べたんだけど。――って。こういうことなんだって。もし制約の上書きとか、別の担当者と改めてって時は。こっそり条件をこっちで決めちゃえばいいと思うよ!」
「『制約言語』か……おかしいと思ってた。『制約』って皇族の血族のなかでも選ばれた奴しか使い方を習っちゃいけない魔法でさ。今帝国で使えるのは皇帝と皇妹だけなんだけど。なぜか制約だけは『呪文』を唱えてから発動させる魔法なんだ。でも俺の時に魔眼で見てたら『呪文』って魔法を発動させるための部分じゃないってのが見えてて……そういうことだったんだな」
「ズルだよねぇ。私もそれ読んだから、もし皇帝とかが私に制約で何かしようとしたら仕返ししちゃおうって思ってるの。人族至上主義帝国なんて言ってるんだから、人間だけじゃなくて人族全部尊重して、平和な交易しなきゃいけない!とか」
「ぶふっ、縛るのそこなんだ。チョーコと俺の身の安全保障しろとかじゃなくて」
「制約したから安全って……嫌じゃない?それに制約ってあちこち穴を突いて色々出来ちゃうものじゃん。例えば森に出たら危ないからこの国から一歩も出しません!だって、身の安全でしょ?」
「それは、そっか。俺も、この国のために魔力研究すること自体は良いことだと思ってるしな。あの実験だって無駄に苦しいことは出来る限り省いてくれれば、協力する気もまぁ……ないとは言わない」
「本当に必要なことだけだったら、私もオクティの仕事なんだからって割り切るよ。でももし、将来それで私より相性良い子が見つかったら、私だけ国から出て……」
「それはない!」
食い気味に言って顔が近付いた。
「でも、先のことだし、いつか私より……」
無属性は今のところチョーコしか見つかっていないけど、今後絶対産まれて来ないとは限らないし。オクティと同じ完全同バランスの黒髪だったら、実際生まれているんだから他に居る可能性はある。
「確かに俺がチョーコと恋人になりたいと思った最初の理由は属性の相性だったよ。でも次は見た目が可愛いと思った、その時点でもう属性関係ないだろ?それで一緒に過ごすようになったら、新しい食べ物を作る実験とか、色んな人族に会いに行きたいとか、絵を描いたりとかをしてる時に目がキラキラしてる所も好きだし。頭良くて色んなこと知ってるわりに、お人よしすぎて心配なことあるし。臆病に見えて、思いついたらいきなり大胆になったりするし。そのくせ抜けててよくピンチになるし――もう、目が離せないんだ」
ぎゅうっと抱きしめられる。
「……私、元の世界でもボッチだったって言ったでしょ?だからホントに、付き合うのこれが初めてで。私のことを選ぶ人なんていなかったから、自信なくて。だから、今、選んで貰えてるのは、私しか触れられる人が居ないからって理由が大きいんじゃないかとずっと……」
「昔のチョーコがどんなだったかは知らないし、俺が初めてなのは単純に嬉しいけど……チョーコこそ、俺と違って相手を選ぼうと思えば選び放題だけど?もっと条件の良いやつ見つけたらそっち行くのか?」
「っ!行かないよっ。だってもう、オクティのこと、好き、になっちゃったから」
「――例えば、パリィとか、男として見たらけっこう良くない?」
「え?……パリィはまぁ、モテそうだなって思うけど。どっちかというと芸術?うん、あの完璧な筋肉!絵の題材としてはめっちゃくちゃ良くって!あ、一枚書かせて貰ったのがリビングに飾ってあるの。まだインクに膠混ぜてないから水かけたら消えちゃうし、何とか保存方法を考えたいなって思ってたりす――ひゃっ?!」
かぷっと耳を噛まれて焦る。
「良かった」
それだけ呟いて、オクティはゆっくり先にベッドを降りた。中に何も着てないし、靴が無いのに気づいたが、家の中だしいいかと言いながら、チョーコに片手を差し出す。
「心配してると思うし、一旦下行ってパリィにも挨拶しとこうぜ?」
続いてベッドを降りると、潰れたスカートとか捩れたリボンとかをささっとオクティが直し、緩んだ髪までポニーテールに結び直してくれる。
「あ、ありがと」
「むむむ、こういう凝った服、俺からは贈ってないのに。めちゃくちゃ似合ってて……パリィの奴」
オクティの指が肩に縫い込まれた魔石を指でなぞる、間違いなくオクティの魔力100%の魔石が何個も付いている。
自分で贈った服ではないけど、自分の贈った魔石が飾ってある、というのがとても複雑な気持ちにさせるようで、不服そうに口元が尖っていた。
「これが人から初めて貰った服ってわけじゃないし、そんな気にしなくて良いじゃない?私は、ただ似合ってるってオクティが思ってくれたら嬉しい」
「似合ってる、それはほんともう、あー……でもムカつく」
むぎゅーっとまた抱きしめられて、気分が落ち着くまで背中を撫で返す。
「あのね、この魔石に触れて『捜査』を使うと、オクティの場所が分かるの」
周囲の魔力が動き、手で触れている胸の魔石とオクティがすっと魔力の線で繋がった。
「あぁ――そう、か。チョーコがこれで俺の場所を探してくれたんだな……」
私には見えないけど、座標としてそこに繋がってるんだと思う、胸のあたりにオクティが触れている。
「ねぇオクティ、後で魔石の作り方教えて?私でも作れるのかやってみたい」
「わかった。あとで魔獣の核から用意する」
「作れたら最初にオクティにあげるから。ずっと持ってて、私が居なくなったら探してね?」
「うん、ずっと持ってる」
ようやく機嫌が直ったらしい。再びリビングへと足を進め始めた。
「おっ、もういいのか?」
「無事回復されたようで何よりです」
リビングの机には小さな金属のフォーク付きのわらび餅の皿が4つと緑茶の粉の入った茶壷と美しい彫刻が施された白い石の水差しが置かれ。
さっきの秘書さんとパリィが向かい合って座っている。
「うわわ?!秘書さんまで待ってたなんて、すみませんっ」
「誰?」
オクティが呟くと、シュタッと秘書さんが素早く直立して頭を下げる。
「失礼、ご挨拶が遅れました。わたくしはジュラール宰相直属の第一秘書でございます。チョーコさまがオクトエイド様を救出するにあたり、未確認の魔法を使用され。それについての詳細をどこまで説明するかは、オクトエイド様の体調が戻り次第ご相談するとのことでしたので。お待ちしておりました」
ささ、と手振りで席に着くように勧められる。二人が座るのを待って、執事のように美しい手つきで二人のカップにお茶の粉と水を注いで出してから秘書さんも座った。
「まずはわたくしから状況のご説明を。オクトエイド様は現在、公式には行方不明となっております」
優雅にほほ笑みながら、言葉を続ける。
「本日、チョーコさまは不当に魔塔へ留め置かれることとなった婚約者の扱いに不服を申し立てるため、宰相家より雇われた護衛のパリィア様を伴って魔塔へ直談判に向かわれました。魔塔側はパリィア様の戦力に対抗できる人材、並びにチョーコ様を説得する材料を何も準備されていなかったため、一時的にお部屋に閉じ込めてお待ち頂こうとしたところ。壁に穴を開けて帰られてしまいました」
そこまで言って、チョーコの目を真っすぐ見てくる。
「時を同じくして、魔塔側はオクトエイド様が突如行方不明になった――と。不可解な主張をされております。オクトエイド様は当時、意識不明の重体であったとされており、ご自分で去ったとは思えない。治療薬投与のため定期的に様子を見ていたが、扉を開けた形跡すらなく、煙のように消え失せていたとのことです」
パリィも頷いた。
「俺が体験した内容も、ほぼその通りだ。俺が壁に穴を開けて、チョーコを連れて飛び降りた。その時にチョーコが何か特別な魔法を使って。魔法を使い終わった時には、オクティと俺とチョーコの3人で、この家の奥の倉庫に居たってわけだ」
「補足致しますと。わたくしはお2人が魔塔へ向かうのを見送ったのち、こちらの家の玄関の鍵が開いておりましたので、内側で鍵を閉めてお帰りをお待ちしておりましたところ。オクトエイド様を加えた3人が玄関を通らず奥の部屋から出ていらっしゃったのを目撃致しました。状況の説明は以上です」
チョーコがオクティを見る。
「そこまで状況証拠が揃ってるなら、チョーコが言って良いと思えることは説明するしかないんじゃないかな。パリィと宰相までしか広がらないと思うし」
「この国では知られていない『テレポート』という魔法があります。今いる場所から指定した場所まで、瞬間的に移動する魔法です。――私が本気でこの国を出て行きたくなった時、この国の重要人物の一人でもあるオクティを攫って一緒に国を出られると思っている理由の一つがこれです」
秘書さんは少し考えて、頷く。
「監禁部屋からはそれを使わず破壊して脱出したようですが、単なるかく乱ですか?」
「本当はなるべくこれは使わずに、オクティの監禁場所も破壊して走って逃亡する予定だったんですけど、深い地下で正面突破が難しい場所だったのでそこだけ使いました」
「オクトエイド様の監禁場所はどうやって知ったのですか?」
「テレポートの移動先の指定方法として、私がとても良く知る特定の魔力に限りますが、現在地を知ることが出来るんです。感覚的に分かるのは、立体的に私から見てどの方向のどのくらいの距離にあるかだけですけど、実際の建物を見ながらなら厳重そうとかもちょっと分かるので」
「なるほど。それが、どのような状況からでも、オクトエイド様を連れて逃げられるもうひとつの理由ですね。閉じ込めたり居場所を伏せても無駄。消失したと思われる目を離していた時間帯は非常に短かったそうですし、おそらく見張りを付けても防ぐのは難しいのでしょうね。……理解致しました。テレポートというのは恐ろしいほど有用な魔法ですが、使い方を教えて頂くことは可能でしょうか?」
「かなり大量の魔力を一気に使う魔法なんです。魔力枯渇で死なれたくないので、私やオクティくらいの人にしか教えられません。それに、行く先の指定は本当に感覚的なので、魔力さえあれば出来るわけではないみたいです」
「残念です。わたくしもあちこち走り回りますので、そのような移動手段があれば夢のようなのですが」
「使い放題なら便利なんですけどね。――魔塔を訴えるっていう話がどうなったのかも、進展があったら教えて貰いたいですけど、オクティが行方不明になって、どうなりそうですか?」
「先にご説明させて頂いた通り。主人がチョーコ様を庇護し、実孫であるオクトエイド様を与えると約束したのは、宰相家とこの国にとって大きな利益に繋がると判断したからです。それを妨害することは『宰相本人の約束を破らせるという名誉の侵害、および宰相家とこの国の利益を大きく侵害する』ということにあたり。現在、直ちにオクトエイド様をチョーコ様の元に返すことを求め。早急に返還されない場合は多額の賠償を魔塔に請求すると訴え、協議中です。
魔塔責任者である皇妹のエメディアラ所長がオクトエイド様の返還を渋っている間にパリィア様とチョーコ様が来訪があり、時を同じくしてオクトエイド様も行方不明になったので。魔塔側は返還に応じようにも勝手に居なくなって返せなくなった。そちらで逃がしたのだろうなどと言い出したのですが。調べても誰かが手引きして逃がしたり、本人が逃走したという証拠はありませんし。返還を拒むために魔塔が隠ぺいもしくは殺害して消したのでは?との疑いが濃厚です」
結果的に大変都合のよいかく乱効果が出ていますよ。と楽しそうに目を細めている秘書さんは、どこも焦った様子はなく、優美にわらび餅を口に運んでお茶を一服する。
「秘書さん。そういえば、魔塔は宰相家に利益を与えて報酬を貰う制約をしてるのに宰相家の邪魔をするようなことって出来るんですね」
「所長は皇族として制約魔法を行っただけで、制約対象者はアロニアロ様と奥方様ですから、所長本人には関係ないことですが。表立って制約に逆らうことをすると言ってしまえば、アロニアロ様はたとえ真意を理解していても阻止するために動いてしまいますからね。
あくまでオクトエイド様の状況を知ってしまったチョーコ様が自主的に魔塔に接触を持ち。個人的に魔塔との間で『制約』を交わした――としたかったのだと思いますよ?」
「やり方があまりにも……ですね。えっと、落としどころとかって、大体決まってる感じなんです?」
「エメディアラ所長は皇妹でもあり、エルダード皇帝直々に魔塔研究を始める際の責任者として立てられておりますので、残念ながら本人に懲罰を受けさせることは出来ないでしょうね。賠償も魔塔の予算から出るので懐は痛みませんし。代わりに、魔塔の研究に使われる実験体が『人族』である場合、最低限の尊厳や健康に配慮する基準を規則として設けるよう話を進めております」
「あぁ、そういう基準をちゃんと決めて貰えるのは安心ですね!」
「次に、アロニアロ第二研究室長ですが、制約により既に宰相家とは絶縁済みです。そして、どうやら平素より実験体への扱いが悪かったようです。特にオクトエイド様に対しては実子でもあり、早く成果を出そうと特に無理のある実験を行わせていたようで、多くの虐待の証拠が出ました。彼女を研究職から外すことは確定していますので、多少ご安心頂けるのではないでしょうか。戦力としては優秀ですから、私財没収の上、今後は魔塔からの戦力支援として国外遠征に強制参加して頂きますよ」
ちら、とオクティを見ると、確かに少しほっとしたような、安心した目をしてたので良かった。
「それと――皆様にお願いしたいこととして。暫く、具体的には魔塔における実験体の安全基準の話し合いに決着がつくまで。オクトエイド様には『行方不明』のままでいて頂きたいのです。
従順な返還にせよ強引な奪還にせよ『早期に返還した事実』があるのと『行方不明で返還出来ないと言い張っているが隠蔽している疑い』では話し合いのしやすさに差が出ますので」
「俺が行方不明になるのはいいが。それは、連絡があるまで家から出ないくらいで良いのか?」
「そうですね。チョーコ様も心労により外出やご近所付き合いを一切控えて頂きます。パリィア様にも引き続き護衛として泊まり込んで頂きますから、男性の声や気配くらいはあっても怪しまれないはずです。あぁ、チョーコ様の心労を見舞いに明日から、わたくしが来られなければ秘書の誰かが毎朝定刻に参ります。物資調達やお困りのことがあればお申し付けくださいね」
以上です、とほほ笑んで。
ゆったり午後いっぱいのティータイムも済ませ、秘書さんは帰っていった。




