2.わたしはだれ
道の隅に座り込んで俯いて、元の世界のことを思い出す。学校卒業してからすぐイラストレーターの仕事始めたけど、受注も納品もオンラインのやり取りだけだし、元々外出がめんどくさくて滅多に外に出てはいなかったけど、親が死んでからは完璧に引きこもり、本当に誰にも連絡を取らなくなって、はや7年くらいになる。
勿論好きなアニメなんかの情報交換のためにSNSの相互フォロワーはそれなりに居たし、オンラインゲームのギルドメンバーとは昼でも夜でもメッセージのやり取りしてたから、友達は居るつもりだった。
でも、同人誌とか書くわけじゃないし、人混み苦手だし、オタク系のイベントも行ったことないし。もちろん気軽にお茶を飲むような関係の子もいない。
親戚からは年賀状ももう来なくなって、困ったら連絡するようにと連絡先だけ貰ってるけど一度も連絡したことないし。光熱費だとかいろいろな支払いは全部定期振り込みか自動引き落とし。パソコンとタブレットがあればどうせ家から出ないしスマホも要らないと解約済み。仕事で受けたキャラクターアイコンの納品は済んでて、現行の仕事は何もない。
仕事終わったし遊ぼうと、のんびりネットで動画を見てた。そして、今がある。
……あれ?もしかして、私がいきなり行方不明になったことに、誰も気付かないんじゃない?
死んだわけじゃないから、腐乱死体の匂いや虫で発見なんてこともない。銀行の預金が尽きて、色々な引き落としが出来なくなって初めて連絡が来て、通知に反応がないのがガン無視じゃなくて行方不明だって分かるの……いつ?
ゲームの知り合いなんて、最近繋がないね、辞めちゃったのかなぁ残念って言って終わりだよね?うわ。今の今まで、一応知り合いとか友達はいるって思ってたけど、私ってめちゃくちゃボッチだったんだ。
思えば母親が先に亡くなってから既に学校あまり行かない引きこもり気味で、学校の友達っていうのもほぼ居なかったし。数年でそこから回復して暫くしたら今度は父まで亡くなって、それからもう完全引きこもりになったんだった。
幸い両親がしっかり遺産を残してくれたし、私も贅沢には興味なかったから死ぬまでこれでいいかなって思ってたのに……
誰にも、居ないことに気付かれさえもしないまま、こんなとこでひとりぼっちで死ぬのかなぁ。
そう思ったら目の辺りが熱くなって、なんか無性にボロボロ泣けてきた。
どぼっ。
じゅわぁぁ……
頭の上に枕くらい大きな水っぽいものが落ちてきたと思ったら、何か焼けるような感覚が染み込んできた。
「あっ、あぁぁああ!?痛っ、あっつ、ごぼっ……!」
天井からどぼどぼと続いて落ちて来るスライムにあっという間に全身飲み込まれてしまう。痛みと熱さに悲鳴を上げながら転げ回っても、引き剥がそうと手で拭ってもどうにもならない。
目があかない息ができないどころじゃない、いたいあつい死ぬっ!
すぐに身動きも取れなくなって、このまま死ぬんだと思った……けど、なんかその時が来ないというか、むしろ痛みが和らいできたような?
なにかに抱き抱えられてるみたいな温かさと優しい感じに包まれたら。全身の焼けるような痛みがどんどん楽になって、手足とかも徐々に動くようになってきてるし。まぶたも溶けてくっついたと思ったけど、動く。
目を開けたらまだ少しはぼやけてるけど、見える。そう思ってる間に視界はどんどんクリアになる。
くすんだ茶色のフードを被った顔が下から覗けた。別に漫画の王子様みたいなキラキラ美形ではないけど、顔のパーツの大きさや配置のバランスがすごく私ごのみの男の子が居る。ちょっと目つきがキツめで、今はそれが悩ましそうに顰められてもっと不機嫌な表情に見えるのも好き。
黒々とした髪と金みたいに薄い茶色の瞳、その目に赤と青、白、緑といった色んな光がせわしなく踊るように映るのがハッキリ見える。目がカラフルに光る様子は違和感も凄いけど、なんだかとても綺麗で、じっと見つめてしまっていた。
彼の視線は私の顔じゃなくて、ずっと私の身体の方を向いたまま。
ふと、下を向いて自分の現状確認をしようと思ったら。全裸。
ぴょあ!?とかちょっと変な悲鳴を上げ、彼を突き飛ばしそうになったけど、何とか堪えた。
今まさに自分の太ももの皮がべろんべろんに溶けていたのが、逆再生の動画みたいに白い肌に戻っていくのが見えてしまったから。
そして、顔や頭の皮が突っ張ったような感覚が戻るのと一緒に、視界の上の方からするすると、髪が伸びてきているのも感じて、両手で頭を触って髪を掴んでよく見る。
日本人らしい、光に透かせば茶色く見えるけどぱっと見は黒い、そんな色は自分の記憶と同じだけど。髪の艶がもう、ちゅるんちゅるんのつやっつやだった。
回復魔法で今まさに生えたてほやほやだからか?天使の輪なんて余裕のスーパーロングストレート!って伸びすぎでは。背中や腰どころか軽く膝を越えそう。
曰くお姫様抱っこ。今は彼の膝に抱えられたまま彼も地面に座ってるので、石畳の上を伸びた髪が広がっていくのが近くで見える。
「もう少しだから、動くな」
わぁ、若そうに見えたけど声変わりばっちり、低くて優しく響く声も好み。
周囲にあのバケモノは居ないっていうか、戦いの跡みたいなものが全くない。バケモノの死体とか、飛び散った何かとかが残ってなくて、最初から何もなかったみたいに綺麗な床が見える。
こんな風に完全に敵の死体が残らない仕様ってことは、やっぱり電脳世界とかゲームの中に転移しちゃたパターン?とか考えていたら彼がまた話しかけてきた。
「誰かを呼ぶような叫び声が聞こえたから見に来たら、きみが魔獣に喰われかけてたんだ。本当に、間に合って良かった」
私を襲ったあのドロドロスライムは『魔獣』と呼ばれてるのか。
そして一度目が合ったら何故かめちゃくちゃ見てくる。ガン見しすぎ!穴が開きそうデス!引き籠り喪女にはタイプの顔した男の子と至近距離で見つめ合うとかキツインダヨ?!勘弁してこっち見ないで。
思わず両手で顔を覆う。
しかも私は全裸状態、纏ってるのは伸びすぎた己の髪のみってかなりいたたまれない状況すぎる。
彼は頑張って話しかけてきてるのは聞こえるけど、ごめんなさい無理っ!無理なんです。
何でこんなところを一人で探索したんだとか、こんなところに来られる実力があるのに魔獣に食われかけるとか油断したのかとか、他に仲間が居たけど先にやられたとか?おーい、と。
話しかけられればられるほど、口が動かなくなって、必死で顔を手で覆ったまま首をフルフル横に振って黙り込む。
なんか事情があって説明できないのか、と彼もちょっと困った雰囲気で一旦黙ってくれた。
ちょっと静かな時間。
……そうだ、なんやかんやいってこの人は私の命の恩人じゃないか、ということを思い出す。
流石にちょっと一旦起きてお礼は言わなきゃ、と、顔から手を離そうとした途端。急に抱き締められた。バッと顏から手を外すけど、両手が彼と私の身体に挟まれてて抜けない。
「ふぎゃあっ!?な、なになに」
「なぁ、仲間とはぐれたのなら、俺と行かない?」
抱え込んだまま一向に放してくれない。ジタバタするがダメ。余計に抱き込まれる。
「逃げないでくれよ、一緒に居たい」
囁かれる声は、熱に浮かされたって言葉がぴったりなくらい色っぽく聞こえて、シチュエーションによってはかなりときめきそうなものなんだけど。違う今じゃない。
「ちょ、まって一旦!一旦放して……っていうか!服!」
叫びながら彼の顔を両手で押してぐいっと引き剥がしにかかる。
ハッと彼が我に返ったみたいに腕の拘束を解いて、そっと膝から降ろし、自分が着ていた茶色のフード付きローブを脱いで着せてくれた。
布は多分麻みたいな植物繊維だけど、ざらつきとか肌当たりの悪さは全くない、ボタンやフックは白い石か貝か分からないけど金属じゃなさそう。ちゃんとボタンで前を閉めれるタイプで良かった。彫刻とか縫い目とかさりげないアクセントの刺繍が施されてるし、結構お高いやつなんじゃない?
てるてる坊主みたいなポンチョタイプじゃなくてちゃんと両袖が付いてるタイプの上着だけど、袖を通したら両袖の先の方が溶けたみたいな破れ方をしてたので、彼の手の方を見る。
彼が下に着ていたのは長袖の生成りの上下で、その両腕は手首とひじの中間くらいで破れて、その中はつるっと白い肌、傷ひとつどころか少しの汚れもない綺麗な手。
おっと?これはつまり私を助けた時、彼の両腕も肘まで焼けて、一緒に回復したってことでは?思いっきり彼も巻き込まれ負傷しちゃってましたよね?
視線を受けたのか彼も自分の破れた袖を見て、あぁ破れてるから良いか、と肩の縫い目辺りに手を当てて、袖をべりっと割いて取り外す。そのまま私の前に跪いて、袖を私の足に靴みたいに巻いて結んでくれる。
「裸足で石畳を歩くと危ないから、とりあえずはこれで」
目の前に跪かれて素足を触られるのもめちゃくちゃ緊張するし。でも巻き込んでごめんと助けてくれてありがとうを目を合わせずにごにょごにょもにょもにょ言いながら、視線を落として自分の手を見ると。
自分の手じゃなかった。
いや肌が生まれ変わったように綺麗とかそういう話じゃなくて。骨格とかがもう根本的に違うの。
イラストの練習で自分の手はめちゃくちゃ見たから間違いようがないけど、ここまで違ってたらだれでも分かると思う。
ローブの襟から中を覗いて自分の身体も見てみる。今までガリガリなのに運動不足で締まりのない不健康な感じだったのが嘘のよう、中高生みたいな若々しい細さの上にちゃんと肉が乗っていて、やや発達途中の胸もあり、バランスのいいスレンダーな身体が見えた。
うわぁ鏡が欲しい、カメラでもいい、デッサンしたい。まさに絵に書いたような美バランス。流石ゲームキャラクターの身体って感じ。
「どうした?ちゃんと治療出来たと思うけど、どこかまだ違和感あったか?」
心配そうに聞いて来る声にハッとして、服の中を覗くのを止めた。流石にこれはよろしくない。
「大丈夫、ちゃんと治ってる!ありがとうっ!」
と、今度はさっきよりしっかり声を出してお礼を言えた。




