19.やっちまいなぁ
玄関から聞こえるノックの音に、パリィが先に戸の前に立ち、チョーコにはリビングに居ろというのでドアの隙間からそうっと覗く。
「誰だ?」
「おはようございます。わたくしはジュラ―ル宰相付き第一秘書。昨晩の一件について経過報告に参りましたが、今よろしいでしょうか?」
パリィがこちらを見たので頷くと、慎重に玄関の戸を開けた。確かに夕べ宰相さんの後ろに立ってた、そっくりな3人のうちの1人が背筋を伸ばして一礼してきた。
ご近所さんに聞かせる話でもないので、リビングに通す。
秘書さんの分も紅茶を入れて向かいに座る。
「思ったより憔悴はしていらっしゃらないようですね。何か良い作戦でも思いついてらっしゃいますか」
バレてる?
「えぇっと……そちらのお邪魔にならないのなら、いっそ直接乗り込んじゃって奪い返しに行こうかなんて話はしてましたけど。難しいですよね」
「流石はこの地域まで来られるほどの冒険者ですね。では先に一通りご報告させて下さい」
まずオクティの現状は予想通り、実験再開を名目とした衰弱状態、期間は相手が見つかるまで。
魔塔側の言い分は、奇跡的に現れた女性を宰相が囲いこみ、研究参加を拒否され、オクティの相手は魔塔で勝手に見つけろと言われたので、言われた通り可能性のある相手との子作りを試させる実験を再開しただけだということ。
拒絶反応による体調不良は交配実験において珍しいことではない。
昨夜は彼が暫く帰還出来なくなると同居の人間に説明するよう行かせただけ。実際に家宅に入ることもせず戻ったはず。拉致未遂や脅しと受け取られるのは心外。
宰相側の言い分は、魔塔の所長が先導したオクティとその母を認知する制約によると、家門の利益に寄与するならばこちらも報酬を出すが、損害を与えた場合は賠償をさせるとなっている。
所長らがオクティを故意に傷付けまたは監禁し、チョーコとの婚約に深刻な瑕疵を付けようとする行為は、チョーコが多大な利益を持つとみなして庇護し、婚姻相手に孫であるオクティを与えようと約束した宰相本人の名誉を傷つけ、重大な損失を与える行為であるとして魔塔そのものを訴える所存。
早急にオクティを返還するように要求中。
なお、孫である以前に魔塔の実験体であるという訴えは、所長主導で強引に宰相家に認知させたのだから却下する。
オクティの母である11番第二研究室長については、監督責任者としてこの度の実験にも関わり、加減を誤って体調不良を起こさせた疑いが濃厚。事実であれば彼女についての認知を直ちにはく奪し、最終的に制約に則った賠償を求める。その上で魔塔の賠償責任は所長に追及させて頂く。
という方向で進めているとスラスラ説明。
「昨夜の時点で文面は送付済み、本日は代理で第二秘書が出向いて裁判の前の聞き取り段階ですね」
「……実際に家に踏み込みはしなかったって、少なくとも大人数で家を囲んで連れ去り狙いで待ってたと思いますし。帰れと言っても庭に居座って帰らないのは不法侵入ですよねぇ」
ぼそりと言葉が漏れた。
「そもそもオクティに他の女の子を当てがおうとすること自体気分が悪いけど、私が来る以前からの仕事ではあるし。でも『相性の良い相手が見つかったらその女性とだけは子作りをさせる』と『相性の良し悪しを確かめるために以前ダメだった人も片っ端から何度も試させる』は違うよねぇ……」
すーっと深呼吸。
「だいたい、魔力研究に協力して欲しいんだったらまず話し合いとかお願いから始めるもんじゃないの。
初手オクティを拉致して脅しとか、誰が協力するってのよ……」
イライラからぼそぼそぶつぶつと呟き続ける私を見る秘書さんは涼しい笑顔を崩しもしないというか、むしろ面白いものを見つけたように楽しそうな目でチョーコを見る。
「どこまでこの国の状況を把握されているのかは存じませんが。魔塔の所長というのはこの国の皇妹でしてね。『皇族には誰も逆らえない』ので、好き放題でも通る、と彼女は考えているのです」
「周囲の魔獣が強いからって、どうせもう国から出られないから言うこと聞くしかないだろうと思ってそうで不快ですよね……来たんですから出られますし、なんなら私がオクティを誘って二人で旅に出たって良いんですよ。私にとってオクティは命の恩人の上に始めて出来た恋人でもあるので離れたくないし、彼自身が旅に出たいわけではないからこの国に留まってるだけで、いつでも出ていくつもりはあります」
ヒュウ♪とパリィが口笛を吹いた。
「チョーコ様だけならともかく、オクトエイド様まで連れていかれては大損害ですねぇ……」
困りました、と秘書さんが眉を下げる。
「宰相さんみたいにきちんとお互いのメリット提示して交渉してくれるなら、話し合いくらい応じますけど、こんなやり方でオクティが戻って来なくなるなら攫って出ていきますよ」
「……おそらく今すぐに直接魔塔へ直談判されましても、これ以上の情報は出ないと思われますが。『護衛から決して離れないということであれば、直談判は好きにしろ』と主人から伝言です」
「えっ私が殴り込みに行くかもって予想されてたの?!」
「はい。また『直談判のついでに力づくで奪い返してくるかもしれんが、もしそうなったら護衛につけている冒険者の雇用期間を娘が1人になる間ではなく、裁判が終わるまでに変えておけ』とも申しつかっております」
ぶふっとパリィが吹き出す。
「いいじゃん、行くか?俺は行きたい」
「魔塔の壁とか派手に壊しちゃっても大丈夫かな?」
「物損はさほど問題になりませんのでお好きに。人死にはなるべく少なくして頂けると後処理をせねばならないわたくしが助かります」
第一秘書さんはすっかり面白いものを見る顔でニコニコしている。
「俺たちで乗り込んで面会させろとごり押しして、場所を特定したら壁とかは壊して構わないから、人はなるべく無傷のまま3人で逃げ帰ってくりゃいいわけだ?俺でも理解できる作戦だぜ」
「ではわたくしは一度報告してからまた来ますね」
***
またローブやフードなどをしっかり着せられ、パリィにお姫様抱っこで運ばれる。魔塔は城壁に近い街外れの区画にあり、貴族街よりずっと近く。物々しい高い塀に囲まれた石造りの研究棟が見えた。
「チョーコ。あんまり魔塔の連中に顔を知られると面倒になりそうだし。所長かオクティのどっちかに会わせて貰えるまでは俺が行った方がいいかな。暫く顔隠しといてくれ?
「ありがとう、わかった」
抱っこされたまま両手で顔を覆って、ついでだから何かいい案があるか集中して情報探してみよっと。
「よーし、邪魔するぜー!」
パリィは門番が門の脇の駐在所みたいなドア無しの小さい小屋に座っていたけど無視し、チョーコを抱っこしたまま門をガーンッと蹴り開ける。そのまま中へ入ろうとすると、門番が慌てて前へ走ってきた。
「お待ちください!ご用件を!」
「俺のダチのオクティが酷い目に遭ってるらしいじゃん。この子の婚約者だってのに、何の相談も無いまま実験のために閉じ込めて家にも帰さねぇんだって?せめてあいつの無事をこの目で確かめたいって言うから連れてきた。案内する気がないなら失せな!」
「オクティ、婚約者……はっ、し、少々お待ちくださいっ。所長よりそちらの方は丁重にご案内するようにと、ですが、えー、失礼ですが貴方様は?」
「宰相さんから雇われてるこの子の護衛、んでオクティの冒険者仲間でもあるパリィだが?この子以外誰も付いて来るなとか言わねえよなあ?それならそれで俺は勝手に探させてもらうけど?」
「う、え、勝手には困ります!こちらでお待ち頂かないと」
「オクティはなぁ、そうそう動けなくなるようなタマじゃねぇ。具合が悪くて帰れねぇだぁ?そんなん信じられるかよ。やり過ぎてうっかり死んでるか、本当は元気で閉じ込められてんだよなぁ?」
「い、いえ本当に今はそのような状態でして」
「この目で直接姿を見るまでは納得しねーっつってんだよ、どけっ!」
――オクティは確かに魔眼持ちだけど、直接見るだけじゃなくてダンジョンで角の向こうにいた魔獣とかにも気付いてたし、目を閉じてても周りの気配とかが分かってた。ある程度近い範囲の気配とか魔力とかを、視界に頼らず探すような魔法があるんじゃない?
出来ればこう、狙ったものの位置を占うようなやつ……!
「地図」風魔法
魔力量により索敵効果範囲は変化する。周囲の地形と生物の位置を知る
完全に密閉されたものの中を知ることは出来ない
マップ表示!最初に欲しかった!
「捜査」無属性魔法
特定の生物の位置を調べる。全く同じ魔力を持つもの、特に本人が魔力を籠めた物品や髪の毛など、を握ってサーチすると、正確な位置座標が分かる。
これだーっ!魔力を籠めた物品!
そっと片手だけ胸の魔石に当て、できる限り小声でサーチと呟く。ふわりと周囲の魔力を感じ、真っすぐ、そう遠くはない距離の今いる場所より深い方、地下に向かって真っすぐな魔力の線が伸びて繋がった。
『生物の位置を調べる』つまり……ちゃんと生きてる。
オクティが居るのは自分がいる場所よりずっと深い、地下室。
座標が掴めているので、それをテレポートの目印としても使えると感じる。パリィごと隣に飛べる空間もありそう。
ちら、と目を開けてみると、いつの間にか門番に案内されて、オクティがいる建物とは違う。一番奥の石塔が着いた建物に向かって歩いてるところだった
ひそひそっとパリィに声を掛ける。
「ごめん、なにも聞いてなかった、今どこに向かってるの?」
「所長が会って話したいって、所長室に案内されてる」
「わかった。居場所は見つけたから。会わせてって要求してダメって言われたら素直に帰って平気」
「お?おう、わかった」
ヒソヒソ喋ってる間に入口に通され、階段を登り、登って登って、塔の5階。
その間パリィはずっとお姫様抱っこしてくれているしチョーコは顔も隠したまま。
扉を門番が開けると、奥に豪奢な真っ青のドレスを着た真白い髪の若い女性が、高そうなソファに座っている部屋に通された。
2人が入ると、後ろで扉が閉められて施錠した音がする。
向かいのソファは1人用なのだが
迷うことなくパリィはチョーコをお姫様抱っこのままドカッと座って、まず相手が話しだすのを待つ。
窓はなく、天井からはシャンデリア。絵画や彫刻などが所狭しと並べられている。入ってきた扉とは違う扉が奥にもある。
どちらの扉も金属製で人を確認する覗き窓がついたタイプ。所長室のドアに?よほど警戒心が強いとか、恨まれている自覚があるとか?
なんとなく今までずっと顔を手でおおって隠していたけど。周りを見終わっても彼女は優雅に座っているだけで何も言わない。
なんか変だよね?とパリィと目配せし合う。
「風よ、彼女の髪をなびかせて」
小声で囁いてみる。
風にも靡かず彼女の姿は一切変わらなければ、違和感を感じたようにも見えない。
「幻?」
彼の膝から降ろして貰って、彼女に手を伸ばして肩に触れるとスカッと突きぬけた。
幻の人影を作っていたのは『影写』という、写真のように動かない映像を半日くらい映すだけの魔法だと分かる。
壁の周囲やドアをぺたぺたと触って部屋をぐるりと一周。
美術品の類も全部映像だったし、座った一人用の古いソファだけが本物で、所長側の椅子や、おそらくシャンデリアも偽物だろう。
壁は石に金属が含まれている非常に頑丈な素材で、ハンマーでちょっとやそっと叩いたくらいでは傷もつかないらしい。勿論ドアは閉まっているし、覗き窓はどうやら内側からは開かない仕様みたい。
まさか、話し合いの欠片もなく閉じ込められるとは……
ヒソヒソと
「ここの壁って壊せそう?」
軽くコンコンとやって。
「これならいける、余裕」
もうここから直接テレポート……ううん、多分行ける所までは物理で行った方がいい。どうしようもないところだけ。
「この壁の外は建物の裏側に出られると思う。ここに穴を開けてもらいたいの。そしたら、さっきみたいに私を抱えて、下に飛び降り……って、結構高いけど大丈夫?」
「任せろ。んで、降りたらどっちに向かえばいい?場所は見つけたんだよな」
「それが、どうも深い地下みたいで。掘っていくのは時間かかると思うの。時間を掛けたら間違いなくオクティが盾にされるよね」
「それはそうなるだろうな」
「――飛び降りて着地したくらいで急に景色が変わるはずだけど。絶対驚いて私を落としたり手放したりしないで。いい?」
「分かった。んじゃここをまずぶち壊す。チョーコはこの辺で立ってろ。開けたら抱えて飛び降りる」
「うん、おねがい」
目を閉じてサーチする。座標確認、彼の場所は、変わってない。すぐ隣に飛べる空間、ある。
破砕音が響いてすぐ、ぐんっと抱き上げられ、浮遊感。
着地して反動が消える瞬間『テレポート』
目を開き、目の前のベッドに横たわる彼に手を伸ばし。
彼の腕をがしっと掴んだ直後に『テレポート』
――自宅奥、倉庫の中。横たわった姿勢のまま中空に浮かんだ彼が風の支えもなく落下するのを見て、反射的にパリィがチョーコを抱えたまま動いて、彼の頭の下に入り、チョーコも彼を必死で抱き寄せて、意識のない上半身が床に強打されるのは防いだ。
ガシャンばしゃんガラガラッ!
と派手な音がして、彼の腕に繋がっていた何本もの管と、その先に着いてた金属のスキットルを平たくしたような入れ物が液体をまき散らしながら落ちて転がりまわる。
オクティの腕に何種類もの点滴が刺さっていると気付いて、まとめて掴み、腕から一気に引き抜く。
目を閉じて確認すると、睡眠薬と魔力回復薬と精力剤らしい。魔力回復薬に関しては砂糖水の方がよほど効きそうなくらい弱めのものだ。
おそらく。魔力が強い状態だと反発もより大きくなるからと、極限まで魔力切れに近い状態にしてから、死なない程度に回復薬を投与しつつって感じだったみたい。
本当に魔力が尽きたら死ぬというのに……
目を開いて、オクティとパリィの間からもぞもぞと抜け出す。
「玄関の鍵を閉めてくるから、先にオクティを2階のベッドにお願い」
「わかった」
パタパタと玄関に向かう、と、玄関の内側にさっきの秘書さんがピシッと直立してて悲鳴を上げそうになった。縦にぴょんと飛び上がったチョーコを見て、相変わらずのスマイルで会釈してくる。
「玄関が開いておりましたので鍵を閉め。お帰りの時に鍵が開かないとお困りになると思い、ここでお待ちしておりました。――はて、一体どのようにしてお戻りに?」
と言っていると、オクティを肩に担いだパリィが2階へ向かいながら「予想通り連れ帰ってきちまったから、俺の契約変更はよろしくな」と去っていく。
秘書さんが不動の微笑みでじっとチョーコを見ている。
「えー……と。今は、この国では知られていない秘密の魔法があるんです。としか言えません。詳しくはオクティが起きてから相談します」
「分かりました。言葉通りに報告はさせて頂きます。主人以外には漏らしませんのでご安心下さい」
あっさり引いて秘書さんが冒険者組合へ向かってくれたので、改めて玄関の鍵を閉めて2階へ向かった。
オクティはここの世界ではまだ見た事のない、長めの甚平の上だけというか、ボタンのない前開きの病院検査着のようなものを着せられ、下は下着もズボンも靴下も何も着ていない。
痩せてるとかそういうわけではないが、髪の艶が抜け落ちた、本当に『枯れて』いる感じがして不安に感じてしまう。
「とりあえず全部見たが怪我とか傷はねぇ。具合悪いのは全部、吐いたり魔力暴走したりを繰り返したからだろうし、今は単純に魔力切れだろうな。さっきのこととか色々ちゃんと聞きたいとこではあるけど、全部あとだ」
「あっと、パリィに1個だけ確認したかったの。着地して、オクティが目の前で寝てるところに変わった時、周りに誰かいた?」
「いや。景色が変わるって聞いてたから周りを見てたんだが、俺が見えた範囲にはいなかった。匂いと音まではさすがに分かんねーけど」
「それなら、もしかしたら大丈夫かも。ありがとう。……説明はオクティが起きてからでもいい?」
「頼んだ。俺ちょっと下行ってるから。……急がなくていいから、ゆっくりイチャついてな?」
「イチャ……うぅ」
言いたいことは分かる。大きく消耗してるだけなら、魔力相性のいい相手と触れ合っていれば回復するはず。さっさとパリィは出ていって、パタンと扉が閉まった。
オクティ……
寝込みを襲うみたいでごめん。
被っていたローブと靴を脱いでベッドにあがり、覆い被さるようにして全身で抱きしめた。




