18.一晩考えてみた
冒険者組合の裏口から出て、周囲の景色やどこから入るというのを確認しながら帰路につく。
パリィが周囲を注意深く睨みながら家に向かうが、いきなり襲われるようなことは今のところない。
ドアの所まで来て、すっとチョーコの前に腕を横に伸ばして止まるように黙って促してから、猫のように足音なく扉に近付き、音を立てずに開いた。
そういえば鍵とか持たせて貰ってないので、玄関開けっ放しだったんだ。
パリィはそうっと中を伺った後、更に扉を開けてチョーコを手招く。
一緒に中に入って扉と鍵を閉める。
「多分玄関を開けはしたが、家に入ってはねえな。取っ手だけで、中の床には匂いが付いてない」
そう言うと、慣れた様子でランタンを点けながらリビングの方へ入っていった。
「匂い?」
「俺は魔法を使うのがド下手な代わりに、身体強化が得意でな。匂いとか音とか、そういうもので大体分かるんだ。あー、ちょっと腹減ってきたな。水くれる?」
使ってないコップを持ってきて、自分のと2つ水を用意すると、パリィは葛湯と黒砂糖の粉が入ってるらしい小さな袋を出してそれぞれに入れた。
「そのままよりちょっとこいつを入れた方が元気が出て好きなんだよなー」
ちびちびと飲みながら、はーっと幸せそうにため息をついているが……彼もやっぱり不安そうに見えた。
チョーコも黙って葛湯を飲んでから。さっき置いてそのままだったプレゼント箱を引き寄せる。
「開けてみて、いい?」
「おぉ、開けてみ。好みかどうかは分かんないけどな」
大きさ的にアクセサリーとかじゃなくて、大きいものだなと思いながら開けてみる。結んである幅広のリボンもたっぷりレースが使われていて、腰を結ぶリボンにだって使えそうなものだし。箱の中はいつものつるっとした帆布のような硬い布じゃなくて、凄い柔らかく仕上げられたふんわりした手触りの布。
広げてみると髪を縛るのに使える幅のリボンと、長袖のワンピースのセットだった。肩の所だけ露出するように、身体と袖が分割されている姫袖のタイプで、胸の上側にも、確実に谷間が見えそうな位置に菱形の穴が開いている。そして、髪留めリボンの両端と両肩のカッティングと胸の穴の周囲部分にレースが施され、それぞれに真っ黒な魔石が縫い込まれていた。
肩出し、姫袖、この胸の切り込み、童〇を殺す服ってやつでは?!と思ったが、そこにセットされた魔石を触ったら馴染みのある感覚がした。ふわりと暖かくて落ち着く気配。
「この黒い魔石って……オクティの?」
「おぉよく分かったな、やっぱ魔力相性が良い相手って分かるもん?ほら、相性良い魔石を身に着けると良いって言うだろ?ちょっとあいつに作って貰ったんだよね。冒険者はネックレスとか耳飾りとか、首が締まったり落とすから嫌だってやつが多いし、服に直接のがいいかなと思ってさ」
「うん、ありがとう!」
「……やっぱお前笑うと可愛いな。あーあ、俺も黒髪に生まれてチョーコみたいな子と結婚してぇわ」
「ふぇっ?」
「ははっ、だったらいーなって話だよ。あいつほどじゃないが俺もそれなりに魔力強いから、属性合わない奴と付き合ったらキツイのは知ってる」
「……触るだけで気持ち悪くなっちゃうのは、つらいよね」
「あいつもいちいち言わなかったけどつらそうだったし。チョーコとあいつが出会えて良かったなって思ってるが……ホントな、魔塔の奴らときたら……」
やっぱさっきのやつら問答無用で全員ぶちのめしとくべきだったか、とぼそり。
「そういやぁ、チョーコは冒険者でオクティ並みの魔力持ちだろ?隠れてないで倒しちまえば良かったんじゃねーの?」
「あの、私、力の加減がすっごく苦手なの。相手が魔獣なら良いけど、亜人とか人間相手はあんまり。できれば戦いたくない、かな」
「あぁー、いたいた!毎回魔獣を核ごと木っ端みじんにしちまって拾えなくするやつ!なるほどなぁ、殺さないように捕まえるのが苦手か」
「うん」
「まぁ普段はそれで全然いいし、今は俺が護衛だから安心しな。もし今後、本当に戦うしかねぇって時は、腕か足を狙うといいらしいぞ。部位狙いなら殺さないで済むってそいつが言ってた」
「あ、うん……なるほどね。ありがとう」
確かに威力指定や範囲指定より絞りやすいかもしれないけど、手足を吹き飛ばすのだって充分凶悪だよね。本当は『威圧』で睨んで何とかなってくれたら良いんだけどなぁ。
「さて、夜だし飯食ったし、そろそろ寝るか。寝る部屋は2階だよな?俺はこの辺でゴロ寝しとくつもりだが、近くで守ってて欲しいんならそうするぜ。どうする?」
「ううん、好きな所に居てくれたら、大丈夫。でも床でごろ寝……せめてマット出すよ?」
「直に床についてた方が、寝てても音が分かるからいい」
申し訳ないなと思いながら、パリィの分の水をコップに幾つかリビングのテーブルに置いて、貰った服も持って二階へ。
二階にはパリィも一緒に登り、しっかり窓が閉まってるかとか全部確認する。
他の空き部屋も全て、誰も潜んでないかを調べ、窓を確認し、大丈夫だと確認してから降りていった。
魔石の付いたリボンを手に巻き付けて、ごろんとベッドに仰向けになって目を閉じる。
『制約』か……実験の為に指定した相手と強制的に子作りって結構えぐいよね。触っただけで気持ち悪くなるのに絶対無理って相手も居たって言ってたし、体調不良って絶対それでしょ……
なんとか掛かってる『制約』を外す方法とか、ないのかな。
『制約』無属性魔法。
『誓う者の指定(指定しない場合は自分と相手の2人となる)』『双方が守るべき条項の魔力を籠めた口述』『双方の了承』が必要。
当人が持つ能力を上回らない範囲で、全ての条項を最優先で守らねばならないという強迫観念を与える。
能力を上回る条件については、達成できないことを理解し強迫観念は起こらない。
条項同士が矛盾している場合、両方の条項が消滅する。
指定された期間が過ぎるか、どちらかが死亡した時点で全て解除される。
指定期間が過ぎる前に同じ者と再度『制約』を行おうとする場合、以前の制約は直ちに解除され重複はしない。
うわー、何というブラック企業魔法。めんどくさいとやりたくないを絶対許さないマン。そもそも不可能な条件なら強制もされないんだ。でも頑張れば行けるって人は限界まで頑張りを強制されるんだ。出来る人とか真面目にやらなきゃって人にだけ負荷が集中するやつじゃん。
制約内容について、1人が複数の言語で違う条件を口述した場合、その全てが有効である。また、口述される条件の全てを双方が理解している必要はない。制約を扱っている人間族の大半において、王族のみが学ぶ『制約言語』が存在する。
んー?王族って王族以外が知らない言語で、こっそり追加条件盛り込んでるってこと?
それは流石にズルでしょうよ。そういうの纏めて弾く方法ってないもんなのかな……
1人ではなく、複数人が条件の口述を行った場合、最も魔力の高い者の口述のみが有効となる。
お?これオクティなら出来るよね。相手が制約言語とやらであれこれやってる間に『魔塔は今後俺に関わらないようにする』とかボソッと言っちゃえば良いんじゃない?
うん。私との間に子供が出来たら寄こせとか、条件変えるために制約し直そうとしてくる気するもん、その時に……なんとかこのことこっそり教える方法ないかなぁ。
通信魔法……スマホ……電話、見えない相手にテレパシーとかどうだっと念じてみたけど、そう都合よくはないみたい。何も思い浮かばなかった。
概念魔法があるから、完全オリジナルで作ることは出来るはずだけど。料理と同じって思うと分かる。卵と酢があったらマヨネーズが作れるのかって話よね。
魔法の原理が分からないと新しいのは作れる気がしない。
あぁぁぁ……もういっそ、パリィに付いてきて貰って魔塔に乗り込んで、面会させろって暴れちゃだめ?
お話聞きに来ました、先にオクティに会わせて下さい!って、会えたらパリィに手加減して見張りを倒して貰って逃走――割といけそうな気もする?
護衛の方はここで待っててくださいって引き離されるのがお約束だけど、その場合は引き離されるんだったらこのまま帰りますって言い張るとか。
よし、ちょーっと明日起きたらパリィに聞いてみよ。
色々考えて、少し解決の糸口が見えた気がしたし、今日は寝よう。
オクティの魔石効果か、すよーっとめちゃくちゃよく寝てしまったらしい。窓閉まってるけど若干明るい室内で目が覚める。
いちにっいちにっと小さく、パリィの声が聞こえてくる。リズム的に筋トレでもしてるのかも。
たっぷり寝てスッキリしたから、折角だし昨日貰った白いワンピースを着て髪をリボンで括る。
ついでに箱についてたリボンも腰リボンに使って、ちょっと下の水場へ行って鏡をチェック。
流石に髪のリボンは斜めってたから、一度解いてブラッシングからやり直し。
うーん、素敵。
胸の飾り穴は周囲がレースで埋まってるおかげで、思ったより全然隠れててホッとする。
白ゴスと呼ぶほどゴテゴテじゃなく、姫袖とかがシンプル可愛くてロマンチック。
いやー……もう私の顔と身体ではあるんだけど、ホント鏡の中を見ると可愛いな、色々落ち着いたらハーフサイズのキャンバス使ってガッツリ絵にしちゃおうかなっ。
「おっ?それ早速着てくれたんだ。チョー可愛いじゃん!」
「えへへっ、ありがとうね……っひょわぁっ?!」
パリィが横から呼びかける声が聞こえて振り返ったら、上半身裸が目に飛び込んできた。
「悪い悪い。何も襲撃来ないからヒマでさ。汗流したいからそこの桶に一杯水貰っていいか?」
はいはいと水を入れて、彼を視界に入れないようにささっと水場から出てリビングへ向かう。
自分のコップに水を入れて飲み。彼の分も水を足して待っているとさっぱりしたーと言いながら、腰タオル一枚で戻って来た。
「ちょ、ちょっと!ちゃんと服は着てってば」
注いでおいた水をぐいーっと一気に飲み、ごめんごめんとは言うのだけど、タオル被ってるし気にしないでくれよとすたすた歩いていって服を着始める。
わぁむっちゃくちゃ筋肉凄い背中……ボディビルダーみたいなモリっとしたのじゃなくて、実用的っていうのだろうか。美しいほど芸術的な、絞るとこぎゅっと絞った綺麗な筋肉だなぁ。
ついつい見てしまってたのか、振り返ったパリィがからかうように笑う。
「おーい、見せるなとか言っといてめちゃくちゃ見てくんじゃーん。堂々と見たらいいのに。ほれほれ」
腹筋見せてくれようとする。
「あぁもう止めてって!」
目をそらす。
「照れんなよ、見るの好きなんじゃねーの?」
「好きっていうか、絵に描いて残したいくらい綺麗な筋肉だなーって思っただけ」
「絵、描けんの?いいなー、描いてくれよ」
「一応インクはあるんだけど、まだ加工してなくって。擦ったり水でちょっと濡らしただけで落ちちゃうのよ。それでも良いなら試しに描いてみようか?」
「うん、見たい見たい。小さいやつでいいからさ」
新しい服汚れるのが嫌だし、両袖は取り外して、倉庫で不要品の服から伸びたシャツを選んですっぽり被り、二階からイーゼルと小さいキャンバスなどを持ってくる。
ささっとセットして椅子を持ってきて、空いてる床の所に立って貰いつつ。
「この辺で立ってりゃいいのか?」
「ちょっと剣持って構えて。あ、こっち見ないで。あっちに向かって構えて。そうそう少し剣を斜めに。いいよー」
筆どころか刷毛だから、目とか細かいとこはほぼ省略。筋肉の躍動感とか構えた剣の気迫が描ければいいと、勢い勝負で描いて、おっ、なんか、いつもより筆のノリが良い気がする。こっち来てからほとんどペン持ってないし絶対腕は落ちてると思ったのに。
いいねいいねーとテンションが上がるに任せて書き上げた。
出来上がった絵はやたらとパリィの何かに刺さったようで、おぉぉぉ!といたく感激される。
擦ると消えちゃうかもしれないからとせめて乾かしておくため、壁の釘にとりあえず掛けておいて。
手を洗って色々と片付け、袖を戻して二人分のお茶を入れる。
「んーとね、ゆうべ考えてたんだけど……もう直接魔塔に乗り込んじゃって、説明は聞いてあげるから、まずオクティに会わせなさいよっていっちゃダメかなぁ?場所さえわかれば、パリィが居るし、強引に奪い返してこれそうな気がしてて」
「俺はその方が分かりやすいしバッチコイだが。宰相の方でなんか動いてくれてんじゃねーの?こっちで下手に動いて邪魔しても悪いよな」
「そうなんだよねぇ。直接会わせては貰えなくても閉じ込められてる場所とかが分かれば、なんとかなるかなって思ったんだけど」
「おう、多少の石壁とか鉄格子くらいなら余裕でぶっ壊せるから、場所さえ調べてくれりゃあ脱出は任せてくれて良いぜ。んー、俺らが動いて邪魔にならねぇってのなら、マジで行くんだけどな」
――コンコン。
そんな話をしたタイミングで狙ったように、柔らかく良く響くノックの音がした。




