17.帰ってこない
「魔塔に行くの……大丈夫?私のことで色々言われないかな」
私は宰相さんの後ろ盾があることになってるけど、オクティはまた事情が違うだろう。
「大丈夫だよ。俺が『制約』でちゃんと縛られてるのは、『魔塔が交配相手として定めた女性との子作りを拒否しない』と『身体検査を月に1度以上受ける』だけだから、それ以外は関係ない。『伴侶を得たら必ず報告する』もあるんだけど、これが制約の『穴』ってやつで『婚約者であって伴侶じゃないから、報告の義務はまだない』んだ」
「あ、宰相さんの『当面は婚約者としておけばいい』ってそういう。そういえば『実験用の子供が欲しいなら相手は魔塔側で勝手に準備しろと言うだけだ』とも言ってたっけ。最初に言ってた『知ったらではなく聞いたら報告の義務が発生するから喋っちゃだめ』っていうのもそれっぽい」
「宰相は皇帝の最側近の一人だから、色々制約結んでる中に『落ちものが見つかったと聞いたら必ず報告しろ』もあるんだろうな」
「ありそうだね」
「まぁそういう感じだからさ。なんでチョーコのことをすぐ報告しなかったって、相当ネチネチ怒られはするだろうけどね。それでチョーコを連れて来いとかは制約をかけ直すしかない。本人の了承なしには書き換えられないから。大丈夫だよ」
「……わかった、でも、オクティも気をつけてね」
***
朝一で行く必要もないので、ゆっくり昼食を取ってからオクティは出かけていったが。
待っても待っても帰ってこない。
もう少ししたら夕方になるかなというところで、ノックの音がした。
一応白いフードを目深にかぶって、開ける前に誰かと聞いたら魔塔のものだというのでドアは開けずに対応することに決める。
「すみません。宰相様から、私の身は宰相家で預かるので、魔塔とは直接関わってはいけないと言われていまして。先にそちらへ話を通してきて下さい」
扉越しで微かにだがチッと嫌な舌打ちが聞こえた。
「ああいえ、実はオクトエイドが検査中に体調不良を起こしまして、魔塔で治療中のためお返し出来ないことをお伝えしに参った次第です。回復次第お返ししますが、いつになるかはまだ不明でしてね。詳細な状態説明などをご希望でしたら魔塔へおいでください。宜しければこれからご案内致しますよ?」
「……説明を聞く必要があれば自分で行きますので、今はお帰り下さい」
イライラしている雰囲気は感じるが、彼らはそうですか、とそれ以上言わずに黙る。
ただ何というか、ドアの前や庭のほうなど、なんとなくゴソゴソと人が居る気配が残ったままで、帰っていこうとしない。
私が宰相さんへ連絡するために、外に出てきたところを捕まえようとかそんな感じなんじゃないかな。
スマホとかがないから、連絡は直接人が動かなきゃいけないからね。
『威圧』が効けば話が早いんだけど、『仕事で魔塔に呼び出せと言われてる』が明らかにその人の害意か?って微妙だと思うんだよね。『ドアが開いたら袋に詰めて拉致しよう』くらいのことを考えてるなら効くだろうけど……
そういえば街の中には自宅の倉庫以外どこにも目印付けてなかった。一番近いのがダンジョン、あとは獣人村とオレンジのある川。
しまったなぁ。街の中でテレポートするといきなり目の前に現れて騒ぎになったりしそうだから付けないでいたんだけど、念のためにどっか目立たない所探して付けておけばよかった……
窓や壁に耳をくっ付けて外の様子を探っていると、ひそひそ話していたり、幾つも気配があるなと分かる。
音を立てないように二階に登って、上の窓をそうっと開けて外を覗いてみた。
かなり家の壁に近い所を囲んでいるみたい、顔を出さずに見ようとするとアーミーグリーンのローブの端だけがチラチラ幾つも見える。詳しい人数は分からないけど、全体こんな感じで囲まれてるっぽい。
窓の隙間から周囲をキョロキョロ見回してみる。ほとんどの屋根は見分けがつかないけど、商会組合の建物だけは立派な3階建て建築で。他の建物より縦にも横にも大きいからすぐ分かる。
大きな窓はほとんど閉まってたり風通し程度に少し開いているだけだけど、3階の端の部屋だけは思いっきり全開で、後ろにひっつめて結んだ鮮やかな赤い髪の後ろ姿が見える。部屋に他の人は見えない。
あれって組合長さんだよね。あそこにならテレポートできるな、と思う。でも、これだけ囲まれた状態で居なくなったら余計に何かあるって思われそう……
窓を開けて直接風の魔法で飛ぶのは、まだちょっと自信がない。特にご近所さんの屋根を飛ばしたり色々壊したりしてしまうと思う。オクティは軽々とやってのけるけど、あれは絶対高等魔法のはずだ。
それに追いかけてくるのも魔法が使える人たちだから、私より早く飛べて捕まるかもしれない。
相手が魔法使いだろうと、倒すだけなら全然勝てる、それはそう思う。でも……人間相手に魔法を撃つのは流石にちょっと、無理だ。
脳裏に浮かぶゴブリン集団のバラバラ死体で、背中がヒュっとする。
うんうん悩んでいたら下からちょっと聞き覚えのある大声で「お?テメェら、魔塔の服は着てるが怪しいな。何モンだ?」とガラ悪く凄む声が聞こえてきた。
ちょっとだけそっちに顔を覗かせてみる。
木箱のような四角に白いフリルの布リボンで可愛くラッピングされたものを小脇に抱え、ピンクのくせ毛を短くして後ろに流し、とても動きやすそうな冒険者風の服で、肘や足などに金属の防具を付け、背中に大きい剣を斜めに背負ったガッシリと背の高い青年が、オクティの家の『塀の上』に堂々と立っていた。
下にいる魔塔の人たちがザワッとしたけど、私もけっこう動揺したわ。
音を立てたつもりはないのに、そっと顔を出してすぐに彼とバッチリ目が合って、彼の目が見開かれる。髪と同じ明るめのピンクで、オクティほどではないけど街で見る人の中では格段に魔力が強いみたい。でも光ったりはしないので魔眼ではなさそう。
彼が視線を再びローブの人たちの方へ戻す。
無関係な一般人は帰れとか、魔塔のことに口出しするなとか色々聞こえるけれど、彼は塀を飛び降りて玄関の方へスタスタ歩いていく。
「そっちこそ、俺は彼女に話があって来たんだ。邪魔すんじゃねえよ。ケンカなら買うぜ?文句あんならかかってきな」
なんとなく、ローブの人たちは彼と戦いをしたくないみたいで、彼が玄関に近付こうとするとジリジリ後ずさっている。
あ、彼に宰相さん家か商会組合か冒険者組合辺りに連れて行って貰えれば、怪しくないかも!
窓を閉めて下へ、玄関の方へ行ってみる。
コツコツ、とかなり優しめのノックの音がした。
「はい……」
「嬢ちゃん、家の周りに変な奴らがいるけど、困ってるんなら手ぇ貸すぜ?」
あぁでもやっぱり彼のことがが怖い。すぐにドアが開けられない。返事だけはしたが、オクティなしで彼と二人きりという緊張に声が震える。
すう、と深呼吸をした。
「ジュラール宰相さんと、連絡がとりたい、です。手伝って、もらえますか?」
「こないだは怖がらせたな……ごめんな?俺が護衛して連れてっても良いけど、まだ怖いなら伝言だけ俺が伝えてこようか?」
「……連絡したって分かったら、助けが来る前に強行突破されるかもなので……連れてってください」
「おっけー、ここ開けてくれ」
ドアをそろりと開けると、先にプレゼント箱がにゅっと差し込まれた。
「こないだ騒いだお詫び、持ち歩くのも邪魔だから適当に置いといて」
箱を受け取る。引っぱった箱に続いて、大きな身体を猫のようにするりと通して入ってきた彼は人好きのする笑顔を浮かべた。
こちらも釣られて少しだけ笑って、箱をリビングの机に置いてから、戻ってくる。
なぜか、私がきちんとローブを着てるか、手袋とかストッキング完備で肌が出てないかを確認したあと。
「よし行くぜ」とお姫様抱っこで抱え上げられ、そのまま玄関を出て猛ダッシュ。
「うひぃっ?!」
「舌噛むから、黙って捕まってな!」
お姫様抱っこされたら男性の首に腕を回してしがみつくとかよく読んだけど、抱きつきになんていけない、両手を縮こまらせて丸まってしまうだけだ。
それでもしっかり抱きしめてくる腕は力強くて、決して落とされはしないなと思えた。
オクティは背はあるけど細くて、魔力で浮かせているけど、こっちは文字通り鍛え上げた筋力。
丸太のような腕や厚い胸板など、走る度に躍動するしなやかな動きと熱が伝わってくる。
塀の上や屋根など、人の歩かない所を選んで駆け抜けていくのに、一切の不安定さがない。
ちょっと気持ちに余裕も出てきて、周りを見回した。駆け抜ける彼の姿に驚く人はいても、追いかけてくるような気配はないみたい。
しばらく走ると、庭も広いし大きな屋敷が多いなと思える地域へきた。
ずっと奥に、ひときわ大きな広々とした敷地のお屋敷が見えるので目を向ける。
「あっちは城。宰相の家は手前の貴族街にある石造りのやつ。ほら、あれだ」
大邸宅かと思った方がお城らしい。お城のイメージって西洋の石造りのやつなんだけど、そういう意味では宰相家の方が総石レンガで塔まである、お城っぽい見た目の建物だった。
パリィは塀の上を軽々走って来たけど、敷地の中にいきなり飛び込むようなことはせず。ちゃんと大きな門の前にチョーコを抱えたまま飛び降り、門番の前に早足で近付いた。
「俺は主級冒険者のパリィア・グラスだ。ジュラール宰相が保護してる異国の冒険者が魔塔の緑のローブを着た集団に襲われかけていたから連れてきた。宰相に連絡を取りたいそうだが、居るか?」
そっと顔を上げて門番を見ると、門番と目が合ったので小さくペコっと会釈する。
「チョーコです」
門番が失礼しますねと手を伸ばしてフードを持ち上げ、前髪の色を見て頷いた。
「黒髪、金目の女性、チョーコ様、確認しました。主人は本日、冒険者組合で、遠征の打ち合わせの予定です。日が落ちるまでには戻ると伺っておりますが、伝令を送ってお待ちになりますか?」
「わ、私を呼び出す為に、魔塔にオクティが捕まってて……早く助けてあげたいんです」
「俺が連れて行ってもいいか?」
門番はちらっとパリィを見てから、チョーコに視線を戻す。
「伝令を送って待つより、直接向かって頂いた方が早いですね。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「邪魔したな」
挨拶もそこそこに再び走り出す。今度は大通りを抜けていった。夕暮れで視界も悪くなっているはずなのに、何かにぶつかりそうだったりといった事故もなくスムーズに走って行く。
ほどなくして、商会組合の建物より横に平たい石造りの建物の前まで走って止まり、ようやくゆっくりと足の方から地面に降ろして貰えた。
「ほい着いたぞ嬢ちゃん、立てるか?」
「あ、ありがとうございます」
彼は慣れた様子で先に立って扉を開き、中の数人にヨッと手を挙げて声を掛ける。
「今、ジュラール宰相が打ち合わせで来てるよな?ちょっと大事な用があんだけど、会えそ?」
パタパタと組合の職員らしき人が奥へ走っていくのが見える。
周りにはパリィほどではないけれどいかにも身体を鍛えてそうな人も居れば、ムキムキではないけど動けそうな人や、完全に魔法頼りかなって人もいる。皆チラチラとこちらを気にして話しかけても良いかどうか様子を探っている感じがしたので、こそっとパリィの陰に隠れた。
パリィがふっと笑った気配がする。
再びパタパタと音がして、さっきの職員が第一会議室へどうぞ!と呼びに来た。
後ろについて部屋に入ると、ソファに座った宰相さんと、その傍に三つ子のようにそっくりで秘書っぽく紙束を持った、たおやかな雰囲気の3人の男性たちが立っているほかは誰もいない。
ドアを閉め、ソファに座るように言われ、チョーコが座るがパリィは座らずにチョーコの斜め後ろに、向こうの秘書さんたちと同じような位置に立った。
「ふむ、今日は連れが違うな?」
「こ、こんばんは。えっとまず……今日の昼頃に、オクティは魔塔で受けないといけない検査があるからと言って出かけました。今の時間になっても戻らないと思ったら、魔塔の緑のローブを着た人たちが家に来て、ドアを開けずに対応したら。オクティが検査で体調不良になったから、治るまで、いつまでか分からないけど魔塔で預かる。詳細を聞きたければ魔塔へ来るように言いました。それで、帰って貰おうとしたんですが全然帰ってくれなくて。たまたま彼が近くに来てたから、頼んで連れてきて貰ったんです」
「検査で体調不良になったため、治るまで預かるか。なるほどな?」後ろの秘書の1人を見て「早急に現状の確認と、なぜそのような体調不良がおきたか、詳細に調べておけ」その秘書が部屋を出て扉を閉めるのを確認してから、宰相がこちらを向く。
「そこの冒険者は主級の証を付けているな。諸々片付くまでこの娘の護衛を依頼したい」
「っはい!ありがとうございます!」
パリィの声の大きさに宰相さんは若干眉をひそめるも、頷いてチョーコを見る。
「お前は国外遠征に参加する予定はあったか?」
「遠征?いえ、行こうか迷いましたが参加の予定はなかったです」
「何故だ?実力不足というわけではあるまい」
「えっと……変に目立ちそうで、ですね……」
「その冒険者も、秘密を漏らすようなことはしないだろう。きちんと説明しろ」
「あっ、はい。私は知らない素材でも、実物があれば使い方が大体分かると言いましたが。素材に限らず生物でも同じで。他の種族の言葉も分かるし、その種族がどういう特性なのかも大体分かります」
宰相さんは相変わらず表情が読めない。言葉を続けろというように、軽く頷いただけだ。
「この国の遠征のスタンスは、人間も人族も征服して支配して、言葉が通じないなら全て奴隷にすると聞いて、凄く嫌になりました。私が参加してたら、他の人族に会った時に言葉が通じるから、友好的な交流が持てるかもしれないし、参加しようかなと思ったんですけど。国の方針に逆らうって思われるのは困るし、目立つから、今回は止めておこうって思いました」
「あやつは何か言っていたか」
「オクティは、私が他の種族の言葉や特性が分かるってことを先に宰相さんに伝えておけば、新しい人族が捕まった時にまず会わせてくれるだろうから。扱いを間違えると死んだり弱ったりするような特性とか、出来る仕事とか、やる気が出るような報酬を聞いて教えてあげたらいいって言ってました」
「まぁまぁだな。新しい素材だけでなく、亜人や人族も、一度こちらで調べると進言しておく」
「あ、ありがとうございます」
「……そろそろ俺は戻らねばならん。お前たちはあやつの家に戻れ。お前に対する襲撃や家探しの事実があれば、むしろ俺は動きやすいからな」
にやりと黒い笑みを浮かべながら立ち上がった宰相さんは、秘書2人を連れて席を立ち、パリィにしっかり守れ。と声だけ掛けてさっさと出て行った。
「……嬢ちゃんを囮にしろってか、悪どいこと言うなぁ。ホントにあそこに戻って大丈夫か?」
パリィは流石に聞こえないようにか小さくそう言って、後ろからひょいと顔を覗かせてくる。
「オクティが実験で体調不良ってだけだと今すぐに抗議は難しいけど、魔塔から『私が』何か危害を加えられたって事実があれば、すぐに抗議してオクティを連れ戻せるってことだよね?うん、やる」
「けなげだなぁ」
ローブの上からワシワシ、と頭を撫でられて。ちょっとだけ不安が和らいだ。
「えと、パリィアさん、ありがとう。囮でも、パリィアさんが側に居てくれたら、大丈夫」
「なら良かった。俺の事はパリィでいいぜ?俺もチョーコって呼ぶからさ、な?」
「はい」
「まぁ、魔塔にとってもオクティは魔力保持量ぶっちぎり1位の大事なやつだ。すぐにどうこうってことは無いって!宰相さんも頑張ってくれるみたいだしよ、落ち着いて待ってようぜ?」
「はい」
小さく頷くと、よしっとにっこり笑まれて、いくぞと手の代わりに袖を軽く摘まんで引かれた。
ちょこちょこと後ろをついていくと、途中にパリィと同じくらい上背も横幅もある、水色っぽい白髪の男性が居て、パリィに話しかけてくる。
「パリィ。宰相から経緯は大体聞いてる。次の連絡が来るまで泊まり込みで護衛だな、頑張って来い」
「うっす。なぁ組合長?オクティのこと、こっちから抗議しちゃいけないんスか?」
「彼の冒険者登録は、あくまで『研究の条件が揃っていない、待ちの時間だけ』自由に冒険者をしていいと許可が下りている。所属が魔塔にある以上、研究を再開したと言われてしまえばそちらが優先だ『冒険者』の立場では動けん」
「……了解。オクティの家に彼女を戻して、魔塔の奴らが襲撃してきたら、全員とっ捕まえてやります」
はっと、思いついた。
「あっすみません、組合長さん。一つお願いがあるんですけど。もし襲撃とかでパリィとはぐれて私だけ逃げるようなことがあったら、夜中とかでも逃げ込んだり隠れたり出来るような人目に付かない場所ってないですか?」
いつも鍵が開いてるって言ったら、と冒険者組合の裏口から入れる資材搬入倉庫を案内して貰えた。
倉庫内から建物に繋がる扉の傍に、不自然に見える大きな石の四角いブロックがいきなり置かれている。
「これ石に見えるだろ?実は中が空洞で、1人くらいは中に隠れられるんだ。んでな、ここに何か重いものが置かれると、建物の中に報せが行くようになってる。
ここは荷物の搬入口で、外に繋がってるあの扉はほとんど鍵を掛けないから、一旦逃げ込むには良いと思うぞ」
「ありがとうございます」
見て回りながら、空いている場所に目印を付けておいた。




