15.婚約者ということで
はぅ、今日は人に会ってたくさん喋って疲れた。
「あぁお風呂入りたい……」
「お風呂?貴族がやるってやつ?」
「えっと、それほど大げさじゃなくて、お湯溜めてそこに浸かりたいだけなんだけど」
「浸かれるくらいのお湯か……じゃあ倉庫にある一番大きい桶で試してみようか」
桶を洗って設置してみると、水場の床を片付けてギリギリ置けるサイズなので窮屈な見た目だけど、桶は意外と深くてひとりずつなら何とか肩まで浸かれそう。
風呂桶一杯分のお湯を用意するというのが、そもそも水属性と火属性を複数人集める必要があって大変だから貴族の贅沢とされているんだと分かったけど、全属性魔力特化の2人にとってはお互いに大した量じゃないのでよかった。
先にオクティがチョーコの分を用意して、終わったらお湯を入れ替えてチョーコがオクティの分を用意するという約束で遠慮なく楽しむ。
折角なので柚湯ならぬオレンジの皮を浮かべて香りもプラス。
「ふひゃー……久しぶりのお風呂きもちいいー」
普通お湯につかってから身体を擦ったら垢が出ると思うけど、一切出ないのが奇妙な感覚。そして髪もただのお湯で洗ってしまっても、軋んだりする感触がない。目を閉じてみるとやっぱり、生きた髪は自分の身体から魔力を吸って回復しているので、表面の傷は放っておくと治るという情報が出てきた。
なんか、髪色と本人の魔力の質が直結しているのもその辺りが理由みたい。ついでにこの世界の人は年を取っても白髪にも禿にもならないし、魔力枯渇を起こすと髪も艶が消えて枯れたようになるという。
人間の場合髪は生まれてから十年くらいは放っておいても伸びるけど、それを過ぎると伸びなくなるらしい。なので切りすぎてしまうと戻らないが『再生』の魔法をかければ伸ばせると。
ほへー。と目を閉じて情報を読みながらゆったり長風呂をして、続いてオクティも風呂に初挑戦。オレンジの皮を入れたお湯はかなり気に入ったようで、チョーコに負けず劣らずの長風呂を楽しむ。
ぽかぽかに温まってパジャマに着替えてベッドに入ったら、すとーんと眠りに落ちてしまい。オクティが戻ったことさえ記憶にないくらいだった。
***
2人揃って、目が覚めたのは次の日の昼も過ぎそうな頃。
玄関の戸を叩く音で目を覚ます。
耳を澄ますと結構な人数の気配があった。隠れてるような怪しい感じではなく、楽しそうにがやがやわいわい、バーベキュー楽しみだなと声がしている。
オクティが降りていくのを、階段の上に隠れるようにしながら様子見していると。
商会組合の人が、昨日持ち込んだバーベキュー関連に必要な道具を鍛冶屋に作って貰って来たから見て欲しいと言っているのが聞こえてきた。
これがバーベキュー用の足がついて自立する焼き網、地面に刺せる金属製の串、手に持って食べるのに使いやすそうな小さめサイズの串、トングのサンプルを作ってきました。そして血と骨と内臓を抜いた妖精肉というのはこれで良いのか状態確認お願いしますと。
昨日の今日で全部揃えた?!
仕事が早すぎる、どれだけ楽しみだったのだろう。
急いでパジャマからワンピースに着替えてチョーコも玄関先に走り、実物を見せて貰った。焼き網だとかトングとか、サイズ感も網の細かさも見た目は完璧!
ついでのように大きめの皿数枚と切り分けるナイフ、塩と黒砂糖、薪の入った木箱まで持ってきている上、なんか7人全員、目をキラキラさせている。
あ。実食したいんですね?
妖精肉は既にお店の切り分けられた後の肉になっていて元の姿は全く分からない。ツチノコ、ブタ、ミミズそれぞれ持って来たそう。ツチノコは鳥むね肉みたいに白っぽく、ブタは脂身がしっかりあり、ミミズは赤く透明感があるのでぱっと見はマグロの赤身みたいに見えるんだけど、触り心地がかなり固くて想像がつかない。
庭は狭いので、家の前の道で焼くことになった。
準備をしながら話していると、最初に商会組合から来たのは2人だけだったらしい。軍部へ焼肉用の妖精肉と焚火用の薪を用意して貰うために行ったら、焼肉と聞いた人達に囲まれたという。
やっぱり妖精肉は亜人たちが美味しそうに取り合って食べるから、軍部には肉食に挑戦する新入りが毎年必ずいるそうで。でも毎回必ずお腹を壊すのを見てきていたし人間は肉を食べられないんだと思っていたけど。食べ方があるんだって?と興味津々。
人間には死んだ肉に残った血が毒であるから、血抜きをしっかりして内臓と骨を除き、そして食べる前に中まで火を通して浄化しなければいけないらしい。と説明を伝え、肉の処理を任せろというのでしてもらったら。準備したんだから試食までさせろと荷物持ちを口実に5人もついて来てしまったと。
すみませんと言われたけど、作れる人が増えるのは良いことだし。構わないですよと伝えて、焼く前の準備も説明しながらやってみてもらう。薄切りにして網に並べるのと、一口大に切って串に刺してから網に並べるのと、少し大きめの塊を大きい串に刺して遠火で焼くのと、色々試してみた。
見た目の印象からは大きく離れず、ブタはブタっぽく、ツチノコはさっぱりしたササミ肉っぽかった。ミミズだけ想像が付かなかったけど、かなり硬めで弾力があって、風味は強くて牛スジみたいだと思う。大きく切ると全く嚙み切れないから、これは焼くより煮込む方がいいのかも?
唯一、薄く切って網焼きしているのは、噛むほど味が出る感じで美味しかった。ジャーキー的な酒のつまみとしてはすごく良いかもしれない。
塩だけもいいけど、少し黒砂糖を足しても良いぞ!焼肉うめーっ!と家の前でわいわい騒いでいたら近所の人たちが徐々に集まり始めてしまう。
妖精の肉を焼いて食べていると聞いたらおののく人も多かったけど、食べている人が美味しいと言っているので1人2人と味見を始めたら、あっという間に手が伸びてきて全部無くなってしまった。
来るのが遅くて結局一口も食べられなかったと悔しがる人も何人か居たけど、皆で片付けは手伝ってくれて。組合の人がもう明日にでも広場の店で扱う予定なので、皆さん来てくださいと宣伝をしてから帰っていった。
さぁ私たちも帰ろうとなった時、オクティとチョーコが2人で一緒に家に戻ろうとしたのに近所の人が気付く。
あんな可愛い子この辺にいたか?とか、黒髪と薄い目は似てるけど顔立ちは似てないね、兄妹じゃないのかい?とか、などなど興味津々な様子で声をかけられ、散りかけた人々が再び集まってきてしまう。
勢いに押されて自己紹介をすることになった。
チョーコです。旅の冒険者をしてました。チームが全滅して自分も死にかけていたんですが、偶然オクティに救われてこの国に来ました。怪我もオクティのおかげですっかり治りましたし、他国の人間ということでジュラール宰相と面会して、知っている情報はあるかと聞かれたから、料理のことを教えたら気に入られたみたいで。オクティの婚約者として今後もこの国に留まるように薦めて貰えたんです。
という説明をしたら、皆のテンションが急に盛り上がった。
オクティくん、黒髪だし魔力が強すぎてお嫁さん候補が誰も見つからないから一人で住んでるって聞いて心配してたのよぉ!こんなかわいい子が見つかるなんて良かったわねぇとか。
大変だったね、大怪我したそうだけど、無事に治って良かったな。他国の料理って、今の焼肉がそうなのか?今後が楽しみだなと歓迎ムード。
他国の料理というのは他にもあるのか聞かれたが、宰相さんに伝えたものは商会組合と話をして、近いうちに色々なお店で売り出すって言ってましたよと答える。
「あれっ、それって宰相にアイディア取られてないか?大丈夫かいチョーコちゃん」
「いえ、ちゃんと商会の組合長が間に入ろうか?って言ってくれてたんですよ。でも私は商人じゃないので契約とか数字のこととか分からないし。宰相さんが私たちが困らないくらいの生活費は出すし、必要なものは全部用意するって約束してくれたのでお任せしたんです」
おそらく普段商売をしてるであろう人たちは『それは上手いこと持っていかれたな』と言わなくても分かるくらい苦笑いをしている。
「あー、まー、相手があの宰相ならその辺の約束はしっかり守ってくれる人だし、安心は安心か!」
「だよな、宰相が後ろ盾になったってことだろ?」
「確かに!オクティと二人で幸せになってくれればそれで十分だな!」
「困ったことがあれば言うんだよ!」
などなど。
途切れない声掛けになんとか微笑んで返して。無事に近所の人たちとの会話を終え、オクティに手を引かれて帰った。
「ふえー、やっぱり大勢の人と話すってそれだけで疲れるね」
「あぁ疲れたね?俺も。疲れたしたくさん食べたし、今日は休みにしようか」
またベッドに戻って一緒に寝そべっていたら。ころんと近寄ってきて抱きしめられた。
「婚約者だってお披露目したし、このくらいならいいよな?」
「う、うん」
そうっと肩に頭を乗せると、オクティは満足そうに目を閉じる。
「……チョーコの髪が”濃い茶”じゃなくてちゃんと”黒”って見られて良かったな」
明るい所で見たら無属性だと気付かれるかも、と心配だったみたい。
「ねぇ?もう普段はわざわざローブで隠さなくても大丈夫だと思う?」
「いや外では着てた方がいいかな、俺も着てるし。他の人にうっかり触ったら気持ち悪くなるから外では厚着が欠かせないって所は同じにしておこう。チョーコの場合、逆に魔力が強いのに誰と触っても気持ち悪くならないから、魔力の強い人間に触ったらそこで全属性じゃないのがバレると思う」
「そっか。全属性で魔力が強いと誰と触っても気持ち悪くなっちゃうけど、無属性は逆に誰と触っても気持ち悪くならないってことね。それは確かにあれ?ってなるから隠した方がいいかも」
「うん、明日は手袋とかも揃えに行こうな」
***
次の日に街へ行くと、もうジューススタンドのようにお茶と葛湯を売っている店が出始めていて。思った以上の長蛇の列が出来ていてびっくり。
お店はインスタント粉と水を混ぜて売る形式を取っており、温めても美味しいと聞いて火属性持ちの人が知り合いのも一緒に温めてあげている光景もあちこちで見られるし、違う種類を買ってお互いにシェアしている姿もあちこちにあった。
店員がカップ1杯鉄1つ、入れ物付きは銀1つと呼びかけながら、用意されているカップを見せている。下側がぽってり丸く太く。重心が低くて転がらない形をベースに、手が滑らない彫刻が適度に施された中々見事なものだった。
入れ物持参の人たちはシンプルイズベストな服装がほとんどで、カップ付きを買う人達は宝石やフリルが縫い付けられた服装の人が多く。見ていると広場の近くに止まっている獣人が引いている人力車みたいなものの所へ運んでいたりする。
貴族の人がうわさを聞いて飲みたいと言ったのかもしれない。
最初から砂糖入りの販売はしていないようだった。
そういえば、砂糖入りのお茶って飲み過ぎたら魔力暴走しかけてテンション上がっちゃたもんね。
いきなり売るのは危ないか。
バーベキュー串のお店もさっそく出来ていて、こちらも並んでいる。店の人の数人に見覚えがめちゃくちゃあると思ったら昨日来てた軍の人たちだ。他の店員も体格が筋肉多めな人が多いから、軍部の手が空いた人達がやっているのかもしれない。
妖精肉のバーベキュー、本日はツチノコ焼きだよー!と聞こえるので、料理の正体を隠すつもりは欠片もなさそう。
こちらに並ぶのは庶民ばかりで豪華な服の人は誰も並ばない。でもやっぱり気にはなるのだろう、そわそわ遠巻きにしているのが見て分かった。
皿の代わりに四角い木の板が使われていて、ちょっと大きめのひとくちサイズが3つ刺さった串が2本で鉄6つ、4本で銀1つ。お高めなのかと思ったが全然売れまくっている。やっぱり小食の人が多いみたいで、2本入りを2人か3人で食べて満足している姿をよく見る。
ちょっと裏手を見てみると声を掛けてくれたので、どんなふうに作ってるのか見せて貰った。昨日帰った後に他の軍部の人たちに披露目がてら大量に作ったのだろう、既に手際が良すぎてプロだ。
店の裏では小ぶりな漬け込み桶が台の上で一列に並べられており、処理した肉の大きさを揃えて切っては同じ量ずつ桶に放り込む人たち、同じ配分で塩と黒砂糖を加える人、味付き肉に串を打っては桶を店側に詰めて並べる人、店側は焼き加減を見守って良い具合のものを隣に送る人、選ばれた焼けたものを皿に乗せて会計をする人、そして空になった桶を洗って元に戻す人。と役割分担が完璧。
解体は風属性、店番は火属性、味付けと桶洗いは水属性の人がローテーションで順に休みも取っているというから素晴らしい。
大きさの揃わない小さい切れ端は休憩中にまかないとして焼いて食べていいそうで、何個か焼いて貰った。塩と甘みのバランスもいいが、焼く前に黒砂糖を付けることでちょっと照り焼きソース感が出てる。
思わず「やばーいこの味付けおいしーい!」と騒いでた声が大きかったみたいで店前でそわそわしていた貴族っぽい人たちまで列に寄り付き始めた。
帰る時に。「明日のバーベキューはブタ肉にするからよ、また味が違うぜ食べに来い!」
と叫んで見送る声も店の周囲の人が気にしていたし、明日も繁盛するだろう。
おなかも満たされたし、前にタオルとかワンピースを買った店に行ってみると、近所の人に説明した異国出身の冒険者とかバーベキューやお茶など新しく売り出されたのはチョーコの故郷の料理とか洗いざらい全部知られていた。
平民街の噂の速さに驚くばかり。
店長さんはバーベキューと葛湯がいたく口に合ったらしく。
「もう、なんてものを持ち込んでくれるんだよ!今までの食事には戻れないじゃないか!」と文句を言いつつもニコニコ満面の笑みで、何を買いに来たんだサービスしてやるとふたりの背中を押してきた。
シンプルでも可愛い系のワンピースとズボンとシャツ、同じく少し可愛いパジャマとスリッパと長手袋を購入。あと店主が男性なのでちょっと気は引けるが、女性の下着が売ってる店があるか聞くと、3軒先に妹がやってる店があるぞと教えてくれたので、会計を済ませたらそちらにも行ってみる。
妹さんのお店に行くと、確かによく似たピンクの髪だが、こちらはファッショナブルに結い上げた髪型で、ボディラインもセクシーな服装をしているおしゃれな感じのお姉さまだった。
お兄さんから紹介されたと説明したらようこそとソファのある応接室に通してくれた上で、彼女も噂を詳細に聞いていたらしく「ふたり揃ってその黒髪!もしかして紅茶の?!」と聞いてきて。
あれよあれよという間にオクティを店のソファに残してチョーコだけ奥の部屋に引っ張り込まれ。
「彼は宰相様からの伝手で婚約者なんですってね?美男美女だしその釣り合いの取れた髪と目、まさに運命のカップルだわ!」
とぐいぐい話をしてくるけれど。何と返したらいいか分からなくて曖昧に相槌を打ちながら、下着と靴下が欲しくて来たんですけどと言ったらあれこれ持ってきてくれた。
初夜衣装としか思えない透ける布のスリップや紐で結ぶセクシーなショーツ、ガーターベルトタイプの総レースのタイツなどぞろぞろ持ってこられたのに焦り。
「あの!まず普段用のが欲しいです!」と止めたら。
普段用は布地やデザインががシンプルなだけで種類は全部一緒だしショーツは紐で結ぶタイプ一択、靴下もガーターベルト一択。現代のような胸の揺れや崩れを抑えるブラジャーのようなものはないっぽい。
他の下着ってありますかと聞いたら、コルセットが出てきた。背中で紐を締め上げる有名なあれ。
「庶民的なワンピースを着てるから要らないかと思ったけど、使うならフルオーダーで作る?」
「あっえーと、そういうのじゃなくてですね……」
そっかー、ゴムみたいな伸縮性のある素材がないんだもんね。
ん-、と少しだけ目を閉じたら、水中に発生する妖精のクラゲから耐久性の高い優秀なゴムが作れるらしい。水の地域ではとてもありふれた妖精で、地域さえ発見すれば入手の難易度は凄く低そう。
「私の故郷では水の地域から取れる伸縮性のある素材で、短くても滑らない靴下とか、紐で結ばなくてもフィットする下着とかがあったんです」
「滑らない短い靴下?!伸縮性素材……デザインの幅が広がるじゃないの!水の地域ね?!もし遠征が本格化してそこへ行けるようになったら、詳しい話を聞かせて頂戴?!」
掴みかからん勢いで迫られたので、ただこくこくと頷く。
紅茶と面白い情報を聞かせてくれたお礼に好きなセットをどれでも1つプレゼントしてあげるわ。と言われたので一番シンプルなものを選ぶと。
「なーに貴女ったら、そんなのおまけでいいわよ!折角可愛いんだからもっと素敵なの着なさいっ」
とおもいっきり半透けの色っぽいものをもう1セット乗せられる。
だーいじょうぶ、貴女なら似合うわ!絶対。と袋に服を詰めながら
うふふ、今からデザインの想像がはかどるわぁ。――あ、そうだ。この前作ったけど寝心地が悪くて着たままじゃ寝られないのがあるから、それもおまけ!ほら見た目は可愛いでしょ?
例によって前リボンのスリップというかもうベビードールとショーツのセットなのだが、薄ピンクと濃いピンクのカラービーズが前にも背中にもショーツにもふんだんに使われていて、キラキラふんわりフリルのてんこ盛り。
寝心地は悪いって、それはそう。ビーズもフリルも立体的なので、どちらを向いて寝ても食い込んだりして大変だろうと思う。
ただ、乙女の夢いっぱいデザインで、可愛いのは本当。以前の私だったら逆立ちしても着られないけど、今のゲームキャラみたいな身体だったら。オクティも似合うと思ってくれるかもしれない。――はっ。
考えている間に梱包が終わってしまっていた。
「はいはい、これ着てベッドに入って、寝る前に脱がせて貰っちゃいなさい!」
ばちこーんとウインクされて、真っ赤になって小さく頷くのが精いっぱいだった。




