102.神珠石の使い道
寝ている間に魔力を吸われていて目覚める朝一番だけは、酷いめまいが起こっていてつらいけれど。
食べづわりなので、起きてすぐ栄養剤や吐き気止めを飲んでしっかり食べたり、オクティに回復をサポートして貰えば日中はそれなりに快適に過ごせるようにもなってきた。
商店街からの報告はメイドさんかシルバーたちがしてくれるけれど、基本はロイドさんに丸投げでいいと言っているのであまり仕事らしい仕事はない。
あの大型の水上劇場は先に作った立ち見で平民でも入れるものとは別で、自由に安く立ち寄れるけど座席付きの貴族用が新たに追加、歌を聴ける完全予約制のレストランは特別に数軒分の範囲を使った大型で中央に歌のステージがあるものを建築中。
食べに行くのなら稼働前に、席を押さえておきますかとニナに聞かれるけど、今は体調にムラがありすぎて予約は難しそうなのでいいかな。
というか……そもそもミナのご飯が美味しすぎるんだよね。
オクティとのデートやお友達と出歩く時に行くのは楽しいけど、外食自体へのあこがれはあんまりないかも。
結婚式場やイベント会場も形になってきたそうで。チョーコの提案がもとで建築されることになったということもあり、体調がよろしければ一度ご覧になりませんかという商会からのお誘いも来ているらしい。
オクティに聞くと外に出るの?と渋い顔をされた。
「んー、流石に商店街なら大丈夫じゃない?商店街からの報告を確認するとか、秘書さん達から依頼される転送盤の製造をするくらいしかやることがなくてヒマなんだもん。
それにオクティと少しくらいおでかけもしたい!」
「まだ毎朝大変そうなのに……ゆっくりした方がいいんじゃないか?」
「オクトエイド様?病院でも走ったりしなければ大丈夫と言われておりますし、実際、過度な運動不足は妊婦の健康にもよくありませんわよ。人混みは獣人車で抜けて、空いたところを視察のために歩かれるのがよろしいでしょう」
「……動かな過ぎも良くないか、まぁ、そうかもしれない」
メイドさん達も援護してくれたおかげで身体の調子のいい時ならと、見学に行くのを許して貰えた。
子供が出来るまでは毎日のようにあっちこっち飛び回っていたから、
さすがに急激に引きこもり生活に戻るとパソコンもないしヒマすぎて苦痛になりかけていた。
お散歩くらいの気分転換は必要だよね。商店街の設備見学くらいなら危険もないだろうし、純粋に楽しみ!
もちろんオクティが戻ってきている時を狙って一緒に行くよ。ちゃんとニナとシルバーも連れてね。
新しいレストランや劇場まではもう建物が完成してるから、お客さんの車も出入りが出来るように工事中ロープはその奥へ張り直されていた。
結婚宣言場は工事中の一番手前の扉。その奥には、汎用的に色々なイベントや会合に使えるだろう拡声器付きの広いイベント会場が大小さまざまサイズ違いで、15番ホールまで建築中らしい。
多いと思ったけど、帝国や他の国はとにかく土地不足のせいで「普段は使わないただの超広い部屋」というのは希少で贅沢なものなんだそうで。何らかの催しの為に使いたいという予約の問い合わせが既に沢山来ていて。
稼働率によってはもっと増やすかもと言われた。
イベント会場はもうそのままレンタル出来る会場というか体育館というか、公民館みたいな、単純に広さがあって台や椅子を都度設置して使える明るい部屋なので、今回見に来たのは結婚宣言場。
他の所に使われているダンジョン産の明るいランタンの鉱石ではなく、不死族が死の大陸から持ってきている月光のような青白い光を放つ灯りの方が沢山使われているせいか、清澄で幻想的な雰囲気に包まれ、全ての石が黒と白に統一されて彫刻まで施された天井や壁も見事。
床は入口から奥までが一本真っ白く輝く通路、それ以外は全て漆黒の艶やかな石が張られている。
記憶にあるような教会ともお城の謁見の間とも違うけど、おごそかとか神々しさを感じるようなイメージに仕上がっていた。
「わぁ、本当にそれっぽい!エスへ誓いを捧げる場所って感じね……」
「……なぁチョーコ?こういう設備には神珠石を安置してみたいって、どういう意味だったんだ?」
こそっとオクティが聞いてきて、思い出した。袋から小さい神珠石を出してみると、高山のダンジョンで見た時のようにただふんわりとうっすら光ったまま変わらずだった。
「あ、えぇと。大した意味はないんだけどね?向こうだと教会とかお寺とかって、神様的なものが宿るって言われてる建物なのね。そういう場所で神様に向かって誓う儀式が結婚だったの。
だからこの石みたいなエスの力が宿るものを置いておいたら、本当にこれを通じてエスへ『この愛と絆が永遠に続きますように――』って、祈りや願いがちゃんと届いてご利益ありそうだなって」
「エスはそういうのが無くても、どこでも聞こえてるだろ。ん……なんか反応してないか?どういう反応だこれ?」
――なぜか、両手で包むように隠して持っていた神珠石から、ほわーん、ほわーん、と柔らかいながらしっかりと鼓動のような『命』を感じる、先程よりやや強めの光が放たれ始めていた。
「わかんない。なんだろう?……これって試しにここに置いてみても良いものだと思う?なんか、置くのはちょっと怖い気がするんだけど」
「その石の効果、魔眼だと読めないんだよなぁ……ちょっとでも怖いなら止めた方がいいと思う」
「どうなさいましたの?」
すすっとニナとシルバーも寄って来たので、小声で説明をする。
「わたくし個人の意見と致しましては……エスの御力を顕現させるとなれば然るべき場所を整えるべきなのでは?このような人混み近くに雑に設置するのは如何なものかと思いますわね」
『そもそもどのような効果があるのだ?魔眼では見えないが、具体的には?』
ニナもシルバーも、オクティとチョーコと石を順番に見る。
そう聞かれても具体的には分からないと、チョーコは首を横に振った。
「なぁチョーコ?その石って天人の話ではダンジョンを発生させるくらいの力があるものじゃなかったか?小さいとはいえ、扱いは気を付けた方がいい」
「そうだよね。……やっぱり置くとしたら別の所、人が来ないようなところがいいような気がする」
例えば、凍土の中でも直接は人間が近付いたりしないところ。
ちゃんとこの石を設置するのなら……
そう思った途端、ググッと強く、下の方に引っ張られる感覚があった。
「あ。これを置くんだったら、もっとずっと下の、かなり奥の方に置くのがいいみたい」
「ずっと下?大空洞か?」
「うん、大空洞の奥地なら不死族しか入らないところだよね、大丈夫そうじゃない?後でリシャールさんに案内お願いしてもいいかなぁ」
「まぁ、そっちなら人間が入り込むことはないだろうし、不死族たちの所なら……いいのか?」
「大丈夫なんですの?」
「ここに置くのは不安とかちょっと怖い感じだけど、そっちに置こうかなって思うと全然嫌な感じはしないの。たぶん大丈夫だと思う」
『たぶんか。まぁ……主人が決めることに我々は従うだけだな』
施設の見学後にリシャールさんに話をして、神珠石を見せる。ずっとほわーんほわーんと鼓動のように規則正しく光を放っているだけで、特に他に変化は感じないけれど。リシャールさんは柔らかい光なのに、随分とまぶしそうに目を細めた。
「それは……エスの力のひとかけらで間違いないな。我々には強くまぶしいが、害を及ぼす光ではない。それで――チョーコ殿はそれをどこへ設置したいというのだ?」
「今日見せて貰った結婚宣言場の下の、もっとずっと奥の方に設置するのが良い感じがするんです。その辺りに案内して貰うことって出来ますか?」
「あのずっと奥?……あぁ、なるほど?わかった。そこまで案内させて貰おう」
ランタン代わりに青白い光る石を持ってきたリシャールさんは、外ではなくて、結婚宣言場の奥からスタッフ通路へ繋がる予定の穴へ抜けた。
表の車道はここまでだったのに、裏の通路だけ何故かずうっと……かなり奥の方まで続いていて、思った以上に長く長く歩いていく。
唐突に、広々と空間が開けた。
最初に出入りをした穴なんて比べ物にならないほど広大。……天井は既にしっかりと塞がれているけど、下はどこまでも深く底の見えない、やたら広い空間が広がっている。
「あれ、こっちにも縦穴があったんですね」
「これはな。昔存在した、人間たちの住む村を囲んでいたダンジョン跡だ」
「ダンジョン跡……」
そう言われて周りを見るけれど、ダンジョンを構成するような石ブロックは1つも見当たらない。ただ確かに壁にはブロックを押し付けたような跡が見えるし、人工的とも思える直線的な四角の縦穴ではあった。
翼を出して飛んだリシャールさんに付いてくるように言われ、オクティに抱えて貰って、ニナとシルバーがそこにしっかり掴まり、リシャールさんが浮かんだオクティを引っぱって降りていく。
チョーコが石に引かれる感覚のまま、もっと奥、そっちそっちと四角い穴から奥へ抜けて更に結構長く進んで。
……やがて、この辺だと感じたのは、灰のような白い粉が大量に積み上がった、地下なのに奇妙に広く天井の高い、大きなホールのような場所だった。
「――ここがいいみたい」
リシャールさんを見ると、ただなんだかすごく納得したような顔で、チョーコに1つ頷いて。
オクティを引いていた手を離し、1人でそのホールの粉の山の上に浮かび、ただ成り行きを見守ることにしたようだ。
オクティは、チョーコを抱えたまま降ろさずにその山の横へそっと降りて。チョーコが設置しようと石を持った両手を伸ばそうとした途端。
「わっ?!」
白く輝く石はスポンッ!と急に手から勢いよく飛び出し、勝手にその白い灰の山の奥へと潜り込んでいってしまう。
ただ。飛び込んだだけで何も起きないように見えた。
……?
急にオクティが小さくビクッと反応し「っ皆、俺に掴まれ!」と叫んで皆をまとめて引っ張りながら飛んで、地面から距離をとる。
もちろんチョーコはずっと抱えられたまま。ん?と思いながら灰の溜まっていた辺りを見ると、地面の中でざわざわと何かが動きだす。
まるで砂の中で蛇が沢山のたうっているような動きがどんどん激しくなって……唐突に。
白い灰の中から濃い緑色の棘だらけのぶっとい蔓が大量に、吹き出すように勢いよく伸び出してきて、床や壁を伝って所かまわず広がり始めた。
オクティは蔓に触れられないよう更に高度を上げていくけれど、リシャールさんは目を見開き、石化したみたいに固まってその場でじっと浮遊したまま逃げようとしない。手にした青白い光に照らされるのたうつ棘の蔓を微動だにせず見つめているだけ。
時々蠢く蔓が彼の身体を容赦なく掠っていって棘でズボンが裂けようが、足や腕や頬を引っかかれて黒い煙が流れだそうが、痛みだってあるだろうに、反応さえしない。
「り、リシャールさん……?」
棘の蔓は掠ったりはしても巻き付くとか引っ張るとか、攻撃の意図を感じる動きはないみたいだということだけは見ていて分かるけど、トゲは服が簡単に千切れるほど鋭いみたいだし、オクティが下がってくれたのは正解だったと思う。
蔓は広がり続け、どんどんホールの床を埋め尽くしていった。そして、その蔓自体がふわふわと月光のような青白い光を帯び始め、広々としたホール全体がダンジョン最下層みたいな薄い明るさの部屋になっていく。
そして、リシャールさんが浮遊したままの辺りを中心にぽつぽつと……人の頭よりも大きな、緑色の丸い花の蕾に見えるものがあちらこちらに次々とついて、それが更にゆっくりゆっくりと膨らんでいくのが見えた。
上の方へは壁伝いでもあまり蔓が伸びて来ないようなので、オクティは部屋の中央付近、リシャールさんの上に浮かんで、様子を見る。
上から見た感じ、蕾は全て中央、つまりリシャールさんの方に向かうようについていて。赤や青や紫、白、ピンク、黄色……様々な色に、中心に近いものから順に先端がほんのりと色付いていった。
そして、そこまでで、一旦全ての成長は止まったように見える。
蔓の蠢きも収まったようだし……もう伸びて来ない?どうやら一段落したのかな?と思ったけど。
リシャールさんは本当にぼうっとしてしまっていて、いまだに反応がない。
「リシャールさん!……あの!リシャールさん、大丈夫ですか?!」
大きな声で数度呼びかけてようやく、ハッと表情が動いた。ゆっくりと周囲を見回している。
「あ、あぁ……大丈夫だ。これは、あぁ?本当にお前か、まさかと思ったが、現実だ。本当にいるのか……どこだ?どこにいる?」
一度だけこちらを見たリシャールさんは泣き笑いのような顔をしているように見え。ぶつぶつと独り言を呟きながら周囲を飛んで、何かを探すように動く。やがて、壁際に近いところから伸びていた深紫の蕾の前に降りた。
リシャールさんはガリリと自分の手のひらを牙で破り、その花にそっと触れて待つ。
その蕾だけがさらに緩んで膨らんで、色付いて、徐々に開いていって。
やがて巨大な……人が寝転がれそうなサイズの深紫の薔薇が咲いた。
「あぁぁ、本当に、お前なんだな……リシュレット……」
リシャールさんがその花をそうっと撫でた時、揺れた花びらの隙間から濡れたように光る赤黒い血の塊のような玉が覗くのが見えた。
「……もしやこの花、全部生きて?いや、不死族っぽい色だが、これはなんだ?」
オクティのつぶやきに答えるように、リシャールさんがこちらを向く。
「これは『不滅の愛』という奇跡の花だな。
リシュレットは、我が娘だ。本国から共にこちらへ移り住もうと連れてきたが、ここでダンジョンの崩落に巻き込まれ、数多くの同胞たちと共に灰になってしまっていた。
……この花の力により、ここで死んだものたちの核が元の姿を取り戻そうとしているのだよ。
元の姿に戻るにはこうして我らの力を分け与えていく必要があるし、多少長めに時間は掛かるが。時間さえ掛ければ、元に戻れる、のだ」
リシャールさんはその紫の花を愛しそうに抱きしめていたが、ゆっくりとこちらへ戻ってくると、チョーコに深々と頭を下げた。
「ありがとう。エスの力の一端を、その輝きを。我らが同胞たちの眠る地の底まで降ろして貰ったことを感謝する。他の者たちにも報せよう」
胸に手を当てて目を閉じ、他の不死族たちへテレパシーを送っているのだと思う。
「なるほど……この植物は不死族の灰や生物の死骸を吸って育つようだ。そして、強い繋がりや想いが核を持つ花を咲かせる鍵となる。
おそらく、ここに来ている不死族たちが核を交換したことがある親しい相手や血縁者、深く繋がっていたものだけが咲くんだと思う」
「まさか、私が『大切な人との繋がりや愛が永遠に続きますように』って願った……から?」
「あの神珠石は『チョーコが望んだエスの奇跡』を起こすものだった、かもな」
「奇跡……確かに『私の手には、奇跡がある』ってエスが言ってた……」
『エスの奇跡なんてものを信じる気はなかったんだが。実際に見るととんでもないな……死者蘇生、いや不死族は蘇生か?魔獣と似たような存在でも蘇生と呼べるのかは知らんが』
「上でやらなくて良かったですわね。愛の誓いが、いかなることがあろうと決して断つことが不可能な、呪いになってしまうところだったかも……」
これを見てしまうと否定できない。死んでも永遠に愛してるとかアンデッドになって復活されるようになったら、人間にはホラーでしかない……
そういえば……
『ちょっとでも不安がないか、自分の心とよく相談してから力を使うんだよ?』ってエスにもちゃんと言われてた、よね。
本当に、ちょっと試してみようかとか、上でやらなくてよかった。
いきなりエスの力を宿した聖域を作ってしまったけれど。
次々と集まりだした不死族たちは、全員ただ、信じられない奇跡だと心から喜んでいて、それぞれテレパシーで目当ての花を探し回ったり泣いたり笑ったりしているけれど、困ったり焦ったりしている様子はなかった。
生まれ直しには灰など元になるものがなければいけないようで、直接共喰いで完全に食べてしまった人や、真の死を迎えた不死族は灰を残さないので呼び戻されることはない。
これは無念の死により灰のまま苦しんでいた者に蘇りと生き直すチャンスを与えてくれる聖域。
不死族同士の愛の絆が無念の死によって断たれてしまっても取り戻せる、本物の永遠の愛を叶える奇跡。
元々、不老不死で永遠に生きる存在の不死族たちだからこそ、喜んで受け入れられる範疇に収まっているみたい。
尚、共喰いによる死は真の死とはすこし違うけれど、不死族にとっては愛するものと1つになった解釈でもあり、彼らにとっては不死族同士の恋愛における真の死であると認識してるらしく。それによって失われた同族の復活は誰も望んでいなかった。
相手に食べられることは、愛の成就の形の1つだと認識しているから。
飢餓の暴走がなくても、愛する人に食べて欲しいと望む者すらいるのだとか。
えぇ。パートナーが暴走してしまったから食べられることを受け入れるとか、暴走で食べてしまって正気に戻った側が永遠に自分の中で生き続けているんだと自分に言い聞かせるとかは理解出来るけど。愛する人に物理で食べてくれって頼む人もいるんだ、それは残される捕食側がつらすぎないか……?
リシャールさんの元奥さん、リシュレットさんを生んだ母親のサーキュレットさんは食べられたい願望がある人だったけど、リシャールさんが一緒に生きたい派だったから生きることを受け入れて娘も産んでくれた。けど、死の大陸に飢餓が来た。
暴走する前に、ちゃんと意識があるうちに私を食べて欲しいと願われて娘と二人で食べたので、奥さんは復活しないのだと。
無理にでも大陸へ移れないかとこちらへ来たのは、食べて正気に戻った以上、もう自分も娘も飢餓で暴走してはいけない……と思って強行したと。
事故で娘まで失ってからは、真の死を望む気持ちもちょっとあって伴侶を求めようとしていたけれど。
今はここの責任者としてやることがあるのでまだ死ねないと思って保留にしていたらしい。
思いがけなく娘と再会出来て、生きる気力が湧いた。
将来、ルシーさんが人間として生き終え伴侶にする時が来たら、真の死のためではなく、死ぬまで永遠を共に過ごしてくれるパートナーとして傍に居て欲しいと伝えたい……と話してくれた。
生きる希望になったのなら。
うん、ここを作ってよかったんだよね!
……どうやら、この植物はダンジョンの仕組みと同じように継続効果で、不死族の灰や生物の亡骸ならなんでも養分にはするようなのだけど、花として咲くものは不死族の核だけだというし。
他の種族の亡骸も無差別に復活するとなったら大問題だけど、不死族限定でしかも灰が残っている人だけなら心配ないでしょう。
復活した核は、元々繋がっている者にはちゃんとテレパシーで通じ合える存在として認識できるようで、百年待たなくてもコミュニケーションは取れるみたい。
この地は不死族の聖域として大切に守り、他の種族は入り込ませないようにするというから、後は任せることにした。
***
「外に天人の方々がお見えになっておりますが、如何いたしますか?」
次の日の朝、のんびりとミナと一緒に庭のイチゴでジャムを作って瓶に詰めているところでリナが呼びに来た。
「え、特に約束はしてなかったよね?」
「チョーコ様のお見舞いだそうで、お知り合いの方々ばかり8名いらっしゃいますわ」
「そんなに?!ミナ、ちょっとジャム詰めるのお願いしていい?あと、一応甘いものも8人分いける?」
「はい勿論」
そこはミナに任せて、リナと一緒に玄関に出ようとしたら、隣にオクティがテレポートでニナごと戻ってきた。
「チョーコ!」
「わ、おかえり?」
「急に8人も天人が来たって?」
「うん。ただのお見舞いだって。そんなに慌てなくて大丈夫だと思うよ?」
「そうか、何もないならいいけど……帰るまでは俺もついてるからね」
「うん、ありがとう」
外に出てみると門の前の道が狭そうなくらいわらっと集まっているキラキラ集団が目に飛び込んできた。
サニーさんとリィコ、ミィとククルにルーとフィーにリリーさんとユーゴまでいる。
今日も代表はサニーさんらしい。
「あ、お元気そうで良かったですチョーコさん」
「えっ、と、皆さんでいきなり、どうしたんですか?」
「風の噂でつわりがつらいと伺いまして。天人が妊娠した時に、妊婦が好んで食べる酒の実を集めて来たんです。ついでに喜ばれると彼らが言うので、他のものも全部一緒にお持ちしました。
私がリィコを誘ったら話を聞きつけた皆も集まってきて人数が増えてしまったのですが、元気そうなら少しだけお邪魔しても大丈夫でしょうか?」
「あ。なるほど……妊婦さんが喜ぶ酒の実は気になります!わざわざありがとうございます。さすがにちょっと狭いかもですけど、それでよければ中へどうぞ。おやつも用意してもらいますね」
わーいっと特に大きく喜んだのは子供たちだけれど、大人たちもチョーコの家のミナのケーキは嬉しいらしいし、リリーは高山からは出てこないから人間の家は初めてかな?あ、サニーさんとリィコはうちへのお呼ばれは初めてか。珍しそうにきょろきょろと周りを見ている。
いらっしゃいませと声を掛けて中に招くと、急に集まったという割には全員ちゃんとお土産の手提げ袋に詰めた状態のものを出してきたのだけど。
見ていたらサニーさんやユーゴは何個か出してどれにしようか1つ選んで残りを戻していたので。
あの草袋はいつどこで誰のお呼ばれがあってもすぐ飛んで行けるよう、常に準備しておくものなのかも……
「おみやげありがとうございます、どうぞ」
お土産はリナが預かり、皆を食堂へ案内。
最大12人用の長机だから席は足りるけど、天人さんたちは翼の分だけ人間より横幅を取るので、視界はかなり狭苦しい。
おみやげを見せて貰っている間に、荷物をアイテムボックスへ流し込んで貰う。
貰ったおみやげ袋の中身は、普通の黄色いメロン、赤い方のメロン、レッドチェリー、マスカット、イチゴ、洋ナシ、白桃、コンヴィニ商店街の有名店の焼き菓子。
リィコとユーゴだけ分かりやすい!と思ったら、イチゴは牛の村に植えておいたやつでリリーさんから。
リィコのは白桃、今彼女の中でかなりのマイブームが来ているらしい。
イチゴってそういえば牛の村にこっそり植えて放置しちゃってたけどどうなったんだろうと聞いたら、あ!やっぱりあそこに植えたのチョーコなのね?!とリィコが反応。
遊びに来ていた子供たちがイチゴに気付いて大喜びしたんだけど、ちょっとしか植えてなかったから分け合うには全然足りなくて大喧嘩になってしまい。
イチゴの取り合いだと聞いたリィコがおじいちゃんの所へイチゴの実を分けてもらいに行き。
増やし方も聞いてきて、皆で周りをちょっと耕して魔獣の核を撒いてみたらどんどん増え、今はあの斜面一面に100株くらいになっている。赤くなった実は見つけた人が勝手に食べて良いと、すっかり子供たちの人気スポットだそう。
それでもまだ時々取り合いでケンカになりそうな時もあるので、もっと増やそうと思ったら。
イチゴを広げすぎると牛の牧草地が減るから、それ以上増やすなら他の山に植えなさいとラルーダさん達に言われてしまった。
その場で増やすと怒られる。
でも他の所に植え替える方法というのはよく分からなくて。
おじいちゃんもそこに生えていたのをその場で増やしていたから植え替えのやり方は知らないと言われてしまったし。
リィコはともかく他の子どもたちがあまり沢山行くとおじいちゃんが嫌がるので、イチゴ畑への転送盤を設置するわけにもいかないし、どうしようかと困っていたという。
「わ、取り合いで喧嘩になっちゃった?勝手に植えっぱなしで放っておいたから、ごめん!……えっと植え替えはね、アイテムボックスに入れないで、根を傷付けないように土ごと掘って苗を持って行けば簡単なの」
苗を掘るやり方や植え方を説明している間に。メイドさんたちが手分けしておやつのお皿とコップを次々と皆の前に運んできてくれた。
「簡単なものですが、どうぞ」
子供たちが歓声を上げ、チョーコとオクティは朝食のすぐ後なので飲み物だけ貰う。
皆には、すぐに沢山作れるものということで、水の代わりに牛乳を使ったふわふわの平パンに作り置きの洋梨のシロップ煮をたっぷり並べて生クリームにチョコレートソース、刻んだレッドチェリーを彩りに散らしたデコレートパンケーキが1枚ずつ。そして凍らせた黄色のクラッシュメロンを氷の代わりにたっぷりと入れた、ルビーメロンの赤いジュース。
「「いただきます!」」
火を通した果物というのも凍らせたメロンも甘くて美味しいですね!と皆一様に嬉しそうに食べている。
うん、メロンジュース美味しい!二層の色合いが綺麗だし果物を凍らせると氷で薄まらないのがいいよね。
折角持ってきて貰ったので、早速妊娠中に良いという酒の実というのを出してみようとアイテムボックスを見たら『ライチ(度数40%)』とあり。
取り出すと赤っぽい鱗状の皮に包まれた半透明の実なのはそれっぽいけど、1粒がりんごくらいの大型だった。
「うわ、ライチなのにおっきい」
確かゴルフボールくらいのサイズの果物だったよね。しかも本来種があるような部分まで実がぎっしり詰まっている。
天人はそのまま食べるらしいので薄切りにして、摘まんでみた。
「あ。おいしい!」
オクティにも少し味見してもらうけど、チョーコの分だからと少ししか食べない。
「この実は他より魔力の吸収が早いというか、お腹の子供がとても良く吸うと聞きます。私たちは誰も体験していないので聞いただけなのですが、どうですか?」
「私は魔力の動きとか鈍くてよく分からなくって……オクティ、どう?」
「ちょっとびっくりするくらい、本当にぐんぐん吸ってる。気分は大丈夫か?」
「うん、全然どうなってるのか分からないくらい何ともないんだけど。本当にそんな子供たちが良く吸ってるのなら、良いのかな?
――皆さん、わざわざ取ってきてくれてありがとうございました」
「チョーコのためにありがとう。ほら、もう少し食べな?」
「うん」
摘まみながら他の作物は何かなーっと見てみる。
『アボカド』蔓ごと、蔓の部分は油の木に近いけどちょっと緑がかっていて木質がかなり硬い。蔓からも抽出するとアボカドオイルが取れるらしい。実の中にあの大きな種がないから、調理も楽だし果肉がたっぷり取れていいかも!
『石鹸草(クールミントの香り)』洗い上がりもひんやりさっぱり、ミントの香りの石鹸草。
『ワサビ』爽やかな香りと風味があって、すりおろして辛味調味料としても、刻んで天ぷらにしてもいい。消毒液より弱いが瘴気を浄化する作用がある。不死族には腹痛を起こす軽い毒になるので注意。
『よもぎ』弱い解毒の効果があるが薬草というよりハーブ。不死族が栽培可能、草餅が作れそう。
「あっ、これはどれも使えるかも……このアボカドなんかは普通に切ってサラダとして食べてもおいしいですよ?」
「なんと。それも野菜なんですか?石鹸というのは水で洗う時に使うものだとユーゴから聞いてますが、辛い草と苦い草は何に使うんでしょう?」
「辛い方はワサビっていうスパイスの一種で。よもぎは蒸してすり潰してお菓子に混ぜて使う、野菜と調味料の間みたいな弱めの薬草です」
とりあえずアボカドだけはそのままいけるので、スライスしてオリーブオイルとバジルとチーズと塩で味見して貰う。
ユーゴやリィコのような人間の食べ物に慣れ親しんでいる人たちは野菜というよりクリーミーなソースみたい、と言いながら普通にパクパク食べ。
高山から出てこない組は少し食べてみて、謎のものを食べたような複雑な顔になった。不味くはないけど……野菜?と顔に書いてある。
貰ったものを箱に出してメイドさんたちに預けたり、喋ったりしながらライチを摘まむ。酒の実を薄めてない状態なのでかなり強いはずなんだけれど……本当に全然酔わないし、食べた満足感というか充足感をすごく感じる。
たしかに、効きそう。魔力の高い天人の子供はやっぱり母親から魔力を凄い勢いで吸うらしいし。
食べて回復すると言っても食べられる量にだって限度があるもんね。こういうものが無ければ実際つらくなるかもだし、妊婦が喜んでよく食べるというのも納得。
ただチョーコはこれでも人間だから、食べ過ぎじゃないか心配になるので、休み休みゆっくり摘まんでオクティに様子を見ていてもらう。
「チョーコ、そろそろ子どもたちもお腹いっぱいになったみたいだよ」
「あ、ありがと。わ、本当に気持ち悪いの治っちゃったかも……」
……うん。本当に吸われている感覚がまったく無くなって、久しぶりに自分の身体にも魔力がしっかり満ちてるような感じがする。一切薄めてない酒の実なのに、3分の1は減ったんだけど?こんなに吸うのか流石は4人……久しぶりにジワジワ魔力を吸われ続けている感覚から解放されたからか、急激に眠たくなってきた。
「効果がありそうで良かったですね。……あっ、妊婦のお家に長くいるのは良くないので、食べ終わったら行きますよ?ほら早く食べて」
サニーさんは無くなるのが惜しくてチビチビ食べているククルをぽんぽんやって急かしつつ、帰り支度に入る。
「うぅー、生まれたらまた見に来るからね?」
「あ、うん。今日はお土産沢山持ってきてくれてありがとうね」
ひらひらと飛んで帰っていく8人を見送ってすぐ、オクティがチョーコをひょいと抱き上げる。
「わっ?」
「眠いんだよね?階段は危なそうだし連れていくよ」
「う、うん……ありがと」
実際けっこう危なそうなくらい眠い、とか思っていたら。やっぱりもうそのまま意識がなかった――




