100.水上ステージ公開
あれ?今日はシアンたちの交代の時に、なにが欲しいとか言われなかったな?と思ったら。
『主人に商会で口座を作って貰って、そのまま倉庫から直接注文できるようになった』
と、聞かなくても答えが来た。
施設育ちの人たちが働いた作業分が商会から支払われたので、オクティが魔塔の予算で彼らに付けようとしたら。
そのまま実験体の私物購入用の予算に回すと、これまでとあまりに扱いの差がつきすぎるので困る、と経理から文句が来てしまい。
仕方ないのでオクティ名義で新しくコンヴィニ商会口座を作り、彼らに働いて貰った分は単純にオクティの私財として口座だけ分けて処理することにしたらしい。
彼らの仕事の報酬をオクティの私財にされることについて気にならないかなと思ったら。
別に全額着服されても、必要物資さえ支給してくれれば文句は言わないが、主人はそれが面倒だからこっちで勝手に使える口座として資金を分けたんだろう?と返された。
それはそう!
預金についてくる金券は稼ぎと違うからオクティの分になるらしい。正直、直接商店街に行くタイミングが少ないから、私は毎月の金券の使い道ってわりと困るんだよね。
来月からは私の分もオクティに任せちゃおうかな?
「ちゃんとやった分だけ還元できるようになったのなら、遠慮なく頼ませてもらおうっと!」
早速帰るついでで今日取れたアズキなど色々作業用に持ち帰って貰う。
――今日は商店街の奥に新しくできるという水上ステージを見学しに、オクティが魔塔から戻るのを待ってからルナとシルバーを連れて向かった。
病院と薬屋の前で壁になっていた突き当たりはまだ工事中として入れないようにロープは張ってあるものの、車道は既にがっつりと延長されているし。両壁に大扉が出来る予定の穴や車止めの予定地なども大体のアタリをつけられていて。
今日は向かって左の、薬屋がある帰還側の壁へ案内された。
大きめの両扉サイズの穴を抜けた先には映画館のロビーのような空間があり、奥の方に開いた大穴から立ち見席らしいひな壇の1段目へと続いているのが見える。
ここは厚手のカーテンを下ろして会場とは区切り、簡易の座席とテーブルを置いて軽食や飲み物を売って。
客が立ち見に疲れたり喋りたい時に来て、座って飲食や休憩が出来るスペースになるらしい。
劇場は円を3分の1に切ったような扇形で、ステージに向かって低くなっていく構造。
薬屋側を背にして、車道を進んだ奥側にステージがある向きで配置され、立ち見席が3メートルくらいの幅で15段も取られているから最後列からはけっこう舞台が遠い。
でもローレライの歌声はものすごく響くそうで、この程度の距離なら拡声器すら不要だという。
それどころか、他の店舗に影響が出ないように壁や扉には防音のためのクッションを貼り、ステージから車道までの壁は厚くとり、かなり強めの防音構造にする予定みたい。
客が並んで立ち見するためのフェンスがついた大きなひな壇の横には、上り下りのための普通サイズの階段が両端と間2ヶ所の計4列、客席側は階段のラインとステージだけが明るく照明が埋め込まれ、立見席などは暗めの構造だった。
映画館なんかとは比べ物にならない大きさ。屋外のライブ会場とか競技場とかってこんな規模なのかな?画面越しでしか見た事ないからいまいち分からない。
まだステージに水は入ってないけど、大きなプールの周囲は分厚く透き通る壁と金属枠で作られた透き通った高い柵が作られており、水面が地面より高い所になって水の中まで見えるらしい。
水を泳ぐ光景が下から見えたら、きっと迫力もあるんだろうな。
また水の中には岩場のように見える高く積み上がったちょっと広めの足場もあって、その上にも水が溜められるから。ローレライの人ならそこまで飛び上がったり上で歌ったりも出来そうな感じ。
「広いし、凄いな……」
「わぁ……ワクワクするね!」
ローレライの中にも、とにかくただひたすら自由に歌いたいという子と、ちゃんと曲を覚えて1曲聞かせようという気がある子とか、うまい下手も色々いるみたい。
こちらの会場はBGMのようにただひたすら歌う順番待ちの子たちが入れ代わり立ち代わりで自由に歌うのを安く立ち見出来るスペースにする予定。
今のところ深夜帯はお休みということにしているけど。
常に魔獣や亜人が多い環境にいるし深海は昼夜関係がないので、意外と魚人さんたちは夜も普通に活動してるらしく、レストランなどでオファーを出せば夜中でも来られるそう。
屋台広場に徒歩で通っている平民の人たちはここまで来るのが大変だけど。
拡音機を置いてここの歌をBGM代わりに流したり、セットの通信石でナレーションを追加で吹き込んで、商店街内アナウンスとして流したりするのにも使う予定だそうなので、歌声自体はステージまで来なくても聞けるのか……素敵かも。
拡音機にはボリューム調節機能があるので夜中も安心!
他のステージにはミュージカルのようなちゃんと1曲構成のものを公演形式にして予約席で有料にするとか、レストランと併設するとか、色々企画をしているところだとロイドさんがスルスル話をしてくれる。
ここの試運転で色々な子に歌わせてみながら、オーディションも兼ねていくみたい。
「楽しみ!ローレライの歌のBGMなんてすごく良いね?!」
「ここは早急に小人族にも仕上げをして頂いて、試運転が出来る状態にまでするつもりですから、14日の夜に満月の夜のイベントとして、夕のベルから上演を始めようと思っていますよ」
「14日の夕?……ルナ、皆と集まるのってどのくらいの時間までだっけ」
「トータルコースは正午から2刻ほどですから、夕からですとケアが終わって1刻ほど空いてしまいますわねぇ。軽くどこかでお茶でもしながらお待ちになれるように、お店を探しましょうか?」
そう聞くとロイドさんが慌てたように手を振った。
「いえ、オーナーがご友人とご覧になるならお帰りが遅くなってしまうのはよくありませんね。オープンの1刻前に関係者のみの先行上演を致しましょう。
他にお招きされたい方がいらっしゃいましたら、まとめてお呼びになれると思いますよ」
「じゃあ、マリアンたちはサロンの帰りにそのまま一緒に行けるね。
あっ!サラの旦那さん予定の人とか、宰相さん達とか、凍土の警備を頼んでる軍の人たちや組合長さんとか、呼べそうな人たちは皆呼んじゃうのどうかな?ここなら広いし呼んで大丈夫だよね」
ルナを振り返ると、こくこくと何度か頷く。
「呼べる方は皆様呼ばれるのですわねぇ、はい、皆様にご連絡差し上げておきますわ!」
「うん、よろしくね!」
せっかく人を呼ぶなら何か考えたいなと思った時に……思いついたというか思い出した!
見学後、ルナに各所への連絡は頼んで、シルバーだけ護衛に連れて高山のワイン部屋を見に行く。
まだ1週間も経ってないから無理かと思ってたんだけど、やっぱり果物畑周辺は天人さんが日常的に通いまくるせいで育ちが早いのかも?
全体で見ればスカスカとはいえ、既に赤も白も10個以上丸い実が出来ていた。
果物畑のマンゴーの酒の実なんか全部取っても3日くらいで新しいのが実るって聞いたもんね。
……風の柱が近くに立ったり、新果物畑が見つかったから、いつも以上に人の出入りがあるから余計早いのかもしれない。
触って確認するとちゃんと40%まで育った赤と白のワインになってるし、瑞々しいフレッシュな味わい、という説明文。
「やったぁ、ちゃんとボジョレーヌーヴォー出来てるっ!けど、グラスワインとして直に飲むのなら1%くらいまでは何かで割らないと、いくら貴族にしか飲ませないとしてもキツ過ぎちゃうね」
葡萄系だし合うかな?と、新果物畑でマスカットを大量に収穫しまくり、油の木を取りに行き、洞窟で出迎えてくれたノームの人たちにお祝いらしく蔓無しだけど花が1輪だけ付いた、スモークタイプと艶タイプのペアボトルを用意して貰い。風の石を思いっきり使ったお酒のボトル詰めが出来るかと聞いてみた。
油の木のコルクでギリ耐えられるくらい風の石多めという注文は。どうやら風の石を使ったアルコールの飲み方を教えてから散々試していたらしく、すぐに理解して貰えたので。
マスカット果汁とワインと水で1%くらいの強さになるようにして風の石を加えたものを味重視でお願いできないかとノームの意見も聞きつつ相談したら、弱いお酒は好んでは飲まないと言いつつも、酒の味がイマイチなのは許せないらしく水と果汁の比率に凄いこだわりを見せられ。ノーム納得の味になるまで配合を考えた上でボトル詰めをして貰えた。
これに関してはボトルの度数が低いので、支払いはワインの実の方をくれと言われ、出来立ての新酒だと説明して両方1個ずつ渡し、残りを全部シャンパンボトルにして貰ったらしっかり薄めたおかげでものっすごい大量にできてしまったけど……
ちょっと心配になって通信石で相談したら、人間用のそのまま飲めるシャンパン、しかも花付きの特別なボトルなら絶対大丈夫と断言された。
まず先行上映で招待した人へのお土産として赤白セットで配り、その後は特別な祝い事の限定品として扱うらしい。
なんちゃってヌーヴォーシャンパンの開発に結構時間がかかったから今日はもう他のことは何もできなかったけど。結構いいものが出来たと思う!
***
その日は帰った直後。なんだかオクティがそわそわしながら2階へ誘ってきたので、珍しいけど何か内緒の話があるのかと早々に寝室へ。
「どうしたの?」
「あのさ、チョーコの体調的に出来そうなタイミング来てるんだけど。今回はどうする?確実なのは今夜から明日の昼までくらいかな。長く続くかは分からないから確実なのは今夜だね」
……?
「えっ……あっ?!出来そうって、あの、もしかして……子供?……それで、今日っ?」
「うん。最近それっぽかったから見てたんだけど、今日はちゃんと出来るくらいまで集まりそう」
「な、なんか自然にそうなってるうちに授かる感じじゃなくて、予告されると恥ずかしいね……」
「分からない方が良いんだったら、今回は止めて次から予告なしにする?」
「あぁぁっそれはそれで、私は知らなくてオクティだけちゃんと分かってるっていうのもなんか……」
悩んだ末に、頷いた。
――。
次の日の朝は完全に抱き込まれたまま目が覚めて。凄い幸せそうに、うん、ちゃんとお腹に全属性が見えると言われたけれど当然チョーコの目では何も見えないし、まだ子供についての情報が読み取れたりもしない。
「そう、なんだ?まだ私には全然何も感じないけど……
……オクティは積極的に子供が欲しいわけじゃないみたいだったけど、思ったより、嬉しそうで意外」
「んー、正直に言うと子供を歓迎する気持ちはまだ自覚がないんだけどね。ただチョーコは子供置いて消えようとはしないだろ?だからこれで大丈夫だなって思うと嬉しい」
「もう、まだそんなこと……うん、でもオクティの心配が減るっていうなら……それはそれでいい事だよね。私もまだ親になる自覚は何も感じられないし」
ニナが朝食に呼ぶノックの音と声がして、パジャマとガウンで部屋を出たところで、ドアの横に居たブルーが声をかけてきた。
『おはよう主人よ、こういう時はおめでとうと言うべきなのか?』
「っ?!!っあ、うぅっ?!」
「まぁおめでとうで合ってるな。ありがとう」
「おめでとうとは、何のお話ですの?」
呼びに来ていたニナにも聞かれてしまったので。その夜のことは一瞬で公開情報に。
冷静になると……夜のことまで全部ブルーに聞こえてたのかと。
急に恥ずかしくなって、急いで引き返してベッドのカーテンを閉め切って引き籠った。
『うん??主人はどうしたんだ?』
「恥ずかしがっているだけだよ」
『……なにがだ?恥ずかしがって食事を抜くのも意味がわからん』
「すぐに朝食はお持ち致しますから、本日はオクトエイド様もごゆっくりお部屋でお過ごしくださいませ」
「わかった、ありがとうニナ」
とか話していたりするのが聞こえたのも余計にいたたまれない。
ただ。
『ふむ。出かける予定もないようだし、主人の機嫌を損ねたというのなら仕事で埋め合わせをしてくる』
と。ブルーは戻ってから施設育ちの人達まで総出で。
元々の仕事として振られている凍土回復作業は勿論。庭の畑の水やりやアズキの鞘を回収して新しく植えるのも、預けた渋柿の実を干し柿用に干し、皮を柿渋にして納品し、追加の渋柿とビア原液をどんどん持って行って作り、商店街の中でちょっと手が足りないとか、卸売り倉庫で荷物運びだとか、ウィスキーの追加のボトル詰めを洞窟に頼みに行くだとかまで。バリバリ働いて貰ってしまった上に、埋め合わせだから今日は作業代としては払わなくていいと言っていた。
……と、メイドさん達から報告されたので。
流石にへそを曲げて引き籠ってるのも大人げない気がして、交代前には降りて食堂へ顔を出し。ブルーにはもう機嫌は損ねてない、埋め合わせは充分と伝えて貰うことにした。
メイドさん達は引き篭ったことについてはむしろニコニコしながら、最初の気付かないくらいの頃が一番流れやすい時期ですから、むしろずっとお部屋にいらしても良いくらいですよ!とみんな揃って機嫌が良さそう。
お散歩はいいですがダンジョン通いなど3ヶ月は絶対に禁止ですからね?と釘を刺され。
解禁は12月の満月デーからと約束させられた。
***
自宅から一切出ることなく迎えた9月14日、商店街は満月祭りと称してお祭りモード。
朝のベルから次の日の朝のベルまで、不死族たちが全員翼や尾を隠さず、灰色の布で仕立てた不死族らしい衣装を着て。商店街の中の柱や扉や色々な所にたくさんのカラフルな花束が飾られて、どことなく華やかな雰囲気が満ちていた。
沢山買い物をするとおまけで石鹸などをくれるお店や、入店や退店時にハグしてくれるサービスがあるお店や、小さなポプリを店頭で配っていたりなど、どの店もなにかしらの軽い特典を付けている。
更に夕のベルが鳴ったら奥の新劇場にてローレライの歌が聞けるステージが上演されると聞いて、まだ昼前だというのに既に車道が渋滞しているくらい商店街への来訪客が多かった。
見越して1時間くらい早めに出てきたのは正解だったと思う。
既に屋台広場の辺りには拡音機が設置済みで、広場の辺りには色々な店を紹介するナレーションが流れているのが車の中でも聞こえてきた。本日お勧めの特典が付いているお店の場所、夕のベルから奥の劇場で上演され始めるローレライの舞台が楽しみになるような煽り。夕のベル以降の演奏は、この拡声器で歌だけは広場に居ても聴けるということ。色々読み上げられていて、放送の感じもなかなか自然で聞き取りやすい。
今日はお友達全員。
サロンで施術後すぐの時間帯で劇場へ招待されているので、ただの外出着ではなく、改まったウェストベルトをちゃんと締めた貴族らしい豪奢なドレスを纏って宝飾品もちゃんとつけていくというドレスコードだったし。
メイドさんのお勧めもあって、折角の盛装だし魔宝石のお揃いアクセサリーの中で、特に改まった場で使えるものを配ることにしたから。
華奢なミスリルのカチューシャがベースになっている若い女性向けのティアラをお揃いで付けている。
渡した時は全員、服装のフォーマルさもあって完全にお姫様みたいだとテンションが爆上がり。
結婚宣言とか改まった場では今後もこれを皆でお揃いにして使おうね、早速明日のサラの結婚宣言の時も!と約束をした。
御者席にブルーとルナが乗ったいつもの大きな獣人車でゆっくり進む間。施術後の時間に合わせて、それぞれのパートナーに迎えに来て貰うから、人数が増えるし合流後は各自の獣人車に分かれて乗り、劇場に付いたらまた合流して舞台を見ようねと話をしていたら。
サラとマリアンとリリアンは勿論それぞれのパートナーが来ると思っていたけど、ロレットとカリナも彼を連れて来るという話が出た。
ミーティアだけはまだ決まっていないから、父親と参加するそう。
「カリナのことは歌唱の教室の彼の話もその前のことも聞いたけれど……ロレットは初耳ね?!」
「というか、ロレットが男性に興味があったなんてわたくし知らなかったわ?!」
「わたくしも知らなかった?!やぁだ教えてよぉっ!」
「いやいや、私は身体の鍛錬をしていない男に興味を持てないだけであって、男性そのものに興味がないわけじゃないよ」
「えっ、じゃあローレ。とうとう王子様を見つけたってこと?おめでとう!」
「まぁ、おめでたいわね!」
「改めて言われると少し恥ずかしいが。うん……先日二陣目の竜騎士訓練から戻ってきた人たちがいただろう?父に頼んで就任式を見せて貰いに行ってきてね。第四竜騎士隊の隊長になったアーシェス・メイラーと話しをさせて貰えたんだよ。
私の背でも耳まで届かないほど背が高くて、その、アッシュは剣の扱いはもちろん力も強くて。でもとても紳士で……か、かわいいと言って貰えたのは家族以外では初めてだ」
きゃぁぁと歓声が上がる。
メイラー家というのは宰相派とか皇帝派とか財務長派のような何かを支持する派閥とは違う、軍人と商家が多い中立派閥で、サラの旦那様になるマシューと同じグループ。
宰相派閥とは元々仲は悪くないからうちに続いてロレットも結ばれればますます仲良くなりそうね、と貴族っぽい会話も聞かされたけど、派閥とかそういうのは本当に分からないので、そうなんだーと曖昧にスルーしてしまう。
ロレットはアッシュとは結婚するなら半年後くらいをめどにお付き合いをしようと思っているとか、カリナはまだ父親に会わせたばかりで確認期間なので、この先のことはまだ考えられていないとか。
それでもカリナの新しい彼は、サラから見てもちゃんと叱る所は叱るけれど真っすぐ誉め言葉も言ってくれるタイプのようで、カリナを拗ねさせないで誘導出来ているし。
なにより文官としてちゃんと勉強をして将来は総務に入れるようにと頑張っているそうなので、父親にはかなり気に入られているらしいから今回は上手くいくかもとか、彼の父親も総務の役職なしの事務員らしいのだけど、調べたらかなり勤務態度も良いし今後は目を掛けようかと思っているなどなど。
明日結婚して家を出たら、サラはもうカリナに着いててあげられないんだから、ちゃんと自分でしっかりするだけじゃなく、お父さまやお母さまの言うこともちゃんと聞きなさいよ?とお姉さんらしく説教をされて、流石のカリナも面倒くさいとは言い返さずに、渋々頷いていた。
やっぱりお父さまに認めて頂けるお相手を選んで家ぐるみで仲良くというのが一番よね?というミーティアは、既に何度か顔合わせだけは数人こなしていて、本当にどの人もそれなりに素敵。もう完全にお父さまにお任せで良いと思っているだとか。
そしてマリアンとリリアンはマイクたちが新しい仕事に慣れて落ち着くのを待つということで、来月末くらいの式を予定しているらしいという話も聞けた。
「わたくしたち、子供の頃から絶対2組同時に宣言式をするって決めていたのよ!」
「チョーコがダンジョン産の染料を見つけてくれたおかげでピンクと赤の染料も沢山作れるようになったでしょう?絶対とぉってもカラフルで可愛いお式にするわ!」
「それでね?天人の花束や、チョーコの誓いのキスみたいな、何か思い出に残るようなイベントがしたいの!」
「そうなの、でも全く一緒ではつまらないじゃない?」
「「何か他にも素敵なアイディアはないかしら!!」」
「素敵な……記念品が残るのだったら、ペアのアクセサリーを交換するとか、折角ここでも色絵具が作れるようになったから、ウェディングドレス姿を絵に残す写生会をするとか。記念品を2人で作るようなイベントをするだとか。ブーケトスっていう、花嫁が持つ花束を参加者に向かって投げて、それを受け取った人が未婚の女の子なら次に結婚できますようにっていうイベントとか、大きなケーキをカップルで切り分けて、お祝いに来てくれた人に配って幸せのおすそ分けって意味だとか……そういう感じ?」
「あら!あら!んまぁーっ、やっぱりチョーコに聞いて正解だったわっ」
「ブーケトスと写生会が素敵だわね、あとはケーキを配ってもいいけど、その場で切り分けるのは時間がかかりそうだから、最初からお皿に盛ってツリートレイに並べたのを配りましょうか」
「素敵なアイディアをありがとう!頑張って準備するから楽しみにしていてね」
きゃあきゃあと騒ぎながらお店には30分以上早く着いたけれど、連絡は行っていたのかスルッと通して貰えて、ドレスを脱いでタオルワンピースに着替え。サキュバスとヴァンパイアの女性スタッフばかりが半々くらい揃えられ、希望があればどちらでも選べますと言われたけれどお任せで施術を受ける。
まず全身を暖めたタオルで拭いてからクリームを頭の先からつま先まで塗り込んで軽くマッサージするところからするのだけれど、チョーコ担当になったサキュバスさんが。
「お腹は塗るだけでマッサージは止めておきますね!」とニコニコしながら言ってくる。
「ひえ、見て分かるの」と呟いたら隣に居たサラからも「チョーコ、お腹どうかしたの?」と聞かれ。
サキュバスさんが「分かりますし、先程従者の方から初期のおめでたなので気を付けてほしいと伺いましたよ?この時期にあまり強く刺激しすぎるのは危ないので軽めに致しますね」と説明してくれた。
「「あら、おめでとう!」」
「でも気を付けなさいよ?!知らずに強く施術しちゃってたら危なかったかもしれないんだから」
「そうよ、従者がしっかりしてるからよかったけど、自分でも気を付けなさいよね?!」
と叱られはすれどあまり驚かれなかった。
「えっ、えっ、あ……ありがとう。ん、皆あんまり……驚かないんだね?私の方が驚いてるみたい」
「子供ができて驚くわけないでしょ?結婚したんだから」
「宣言からひと月は過ぎたでしょう?」
「政略結婚とかで慣れてない2人ならともかく、チョーコとオクトエイドさんはべったりだったもの」
「当たり前よねぇ??」
貴族の子たちなので、結婚したらまずは子供を産むのが当然という考えみたい。
国によって違うし男子優先の傾向はあるものの、帝国は女子でも後継ぎ娘になれるから、男の子が産めないと、とかは全く言われないらしい。
ただとにかく『早めに2人は作りなさい』と耳タコなくらい言われるそうで「3ヶ月くらいしても音沙汰がなかったら親戚からチクチク言われるわよ?」だそうだ。
貴族の寿命は長いけど子育ては色々あるので。成人後になってやっぱり家業が嫌で継ぎたくないだとか、あまり遅くなってからギリギリで生んでそんなことになると手遅れだから。
結婚したらまず最初にさっさと2人以上産んでしっかり勉強もさせたりといった時間を長く取り、成人して問題なさそうならば義務を果たしたことになる。その後はもう子作りとか考えずに好きなタイミングで次代に譲れば良いという気持ちで自由に自分の人生を楽しむことを考えていい。
現役バリバリでもさっさと次代に譲ってサポートや相談役になったり、やりたかった新しい仕事を始める人達もいる。
でも育ててみたけど大丈夫じゃなかったらまだ義務を果たせてないから、もう1回産んで育て直さなきゃっていうのが貴族にとっての常識。
子供を育てきってからが人生を楽しむ本番なので、結婚したら最初の1ヶ月でおめでたが当たり前。
……メイドさん達がなんだか妙に最近オクティと2人きりにさせたがっていたのは、そのせい?最初のひと月が終わりそうになって焦ってた?
「特にオクトエイドさん魔眼持ちでしょう?見れば時期が分かるはずなのに、ちょうどその時期に酷い喧嘩でもしてしまったのかしらって心配してしまうわよ」
「あ、えっと……単純にしばらくは2人だけで過ごしたい、みたいな人達ってあまりいないものなの?」
「そういうのは恋人期間か子育てが全部終わった後でしょう?よほど交流もない政略結婚なら気まずくなって仕事に逃げられたなんて話も聞くけど、恋愛結婚でそんな話は聞いたことがないわ」
「結婚宣言したのに子供を作らないなんて、なにかご事情や裏がある結婚だったのかしらって思うのが普通よね」
うんうんと皆同意している。
そっか、貴族の子女的には結婚したのに子作りに消極的なのは、重大な問題を抱えてるように思えることなんだ?
結果的にだけれど……まだトラウマが?とか、どちらかの身体に欠陥が?とか、実は仲良くないの?とか。
きっと口に出しては言わないだろうけど、内心でいろいろ思われちゃったら悲しいし、いたたまれない。
恥ずかしいからと避けないでそのまま産むことを選んで良かったかも。
お喋りしながらマッサージやらパックやら肌のケア、髪のケア、足の爪まで蒸したり拭いたり揉んだり本当に全身磨きあげられて2刻、4時間たっぷり……途中ちょっと寝落ちた気がするけど、最後は起きてたからセーフ?
ルナの言った通りマリアンもリリアンも大満足で、今日の施術に使ったクリームがどれかとか、効果的な使い方はとか、あれこれ担当の人と話して楽しそうだし。
ミーティアとカリナとロレットはやや疲れが見えたけどアトラクションを楽しむような感じで楽しそうだし。
サラは明日の式では人生で一番綺麗な姿を見せられそう、自信が付いたわ!と嬉しそうでよかった。
着付けの段階ではちゃんと髪結いのスタッフが呼ばれてきてパーティー用の髪もバッチリ結って貰い、お揃いのティアラに色布が使われたフリルのドレス。ひとめで高位貴族のお嬢様というフォーマルで豪奢な装いになる。
本来の終了時間より早めに終わったおかげで着付けとおしゃべりの時間もたっぷり取れたし。時間で呼ばれて控えのロビーへ行くと、これまたフォーマルに着飾った男性たちが揃って待っている状態だった。
まずリックとマイクがそれぞれマリアンとリリアンを見つけ……ティアラを見てギョッと目を丸くしてから同時にチョーコを見て、見回し。全員お揃いで付けていることでちょっと納得した。
「チョーコ、いつにも増して綺麗だね」
「オクティもそういうスーツだとなんだか本当に貴族みたい」
今日はオクティもきちんと黒を使ったスーツを着て髪もセットされていて、チョーコもだけどローブはなし。代わりにメイドさんたちが3人とローブを着たままのブルーが周りを囲んで、人が触れないように護って進む。
皆もそれぞれの家族や従者や護衛を引き連れての移動。普段は自分で剣を握るというロレットも、今日ばかりは淑女らしく彼の腕に掴まって任せている。隣の彼は軍服でしっかり柄に封はしてあるものの剣も持っていた。
ロレットが言っていた通り、アッシュは多分パリィも越えるくらい背が高い。横は負けるけど騎竜部隊の隊長にもなった通り鍛えてる体格で、髪は真っ白の水属性。
けっこう迫力のある厳つめの顔立ちだけど、ロレットに向ける顔は凄い優しくて甘い雰囲気に感じた。
明日結婚するというサラの彼も軍人らしくアッシュと装飾は違うが似た装備。ただ、こちらは全くごつくなく、すらっとしていて姿勢がいいし。面食いの2人が取り合ったというだけあり、映画俳優みたいに整った涼やかな顔立ちに若葉のような明るい緑の髪。
そしてカリナの彼は、全体的にまだまだ成長途中。小柄で痩せていてふんわりした雰囲気だけど利発そうな、金を溶かしたように綺麗な金髪の少年だった。あまり派手な感じではなくて、頭が良くて真面目そうに見えるタイプ。
皆、幸せそうでよかった、うん。
「俺たちも行こうか」
オクティにエスコートをしてもらって本当にちょっとだけの距離を獣人車に乗って会場に着くと、真ん中の立見席がほぼ全て埋まるくらい人が入っていてちょっと驚かされる。
護衛や従者も含むとはいえそんなに集まったのかと思いつつ先へ進んで、チョーコ達は中央の前3列目の良い感じに見やすい距離の立見席に案内された。
改めて考えると宰相さんとミラルダさんを始め、軍部の大隊長のおじいさんと奥さんや、サラとカリナの両親だとか、組合長たちとか、偉い人たちが主に並ぶところなんだけど。
マリアンたちにとっては自分たちの両親や親族知人ばかりだし、違和感なく自然に混ざっていく。
宰相さんはこちらに気付くと、少しだけ目がカラフルに光ったあと「うむ」と納得顔で頷いてミラルダさんに何か言い。
ミラルダさんは「んまぁ!」という顔をして満面の笑みになってから秘書さんにヒソヒソと言付ける。
すすっと近付いた秘書さんからメイドさんへ伝言が渡ってきたところによると。
初期は3ヶ月は安静にして仕事は控えなさいと、それから出産祝いの希望があれば遠慮なく言うのよ、とのことだった。
情報が回るのが早いよ?!
あわあわしていたら軽く抱き寄せられて、オクティに寄りかかる形で顔を隠されてしまう。
「おめでたい事だし、堂々としてたらいいよ?チョーコの恥ずかしがってる顔はあんまり他の人に見せたくないなぁ?」
そんな風に耳元で囁かれると。うぅ、ぎゃくに顔が上げられなくなった!
……やがて時間になったらしい。柔らかいチャイムで奏でる演奏と共に、新アトラクションの開設に先立っての関係者限定上映、招待客への挨拶のナレーションが始まり。
これまで街へ来られなかったローレライを招いての歌唱を楽しむ会場を作る計画において、今はまだ先行の実験的な試みであること。
今後は商店街内でもここの上演はBGMとして流される予定であることや、この会場の運営を踏まえて貴族向けの席を予約して公演を見る形のステージなど徐々に追加建設されていく予定であることなど、今後の話があれこれ説明され。
今日の招待客へは帰りにコンヴィニ商会から特別な祝いの紅白の『ヌーヴォーシャンパン』が皆様へ配られることも告知された後。
楽器演奏が、ぱたりと止まる。
数秒の静寂。
水音と共に広いプールの中をくるくると泳ぎだし、岩の上へ飛び上がったり飛び降りたりしながら出てきた金銀の美しい水着を纏ったローレライたちの歌が始まった。女性が多いが男性もいる。彼らの歌声は思った以上によく響いて、拡音機などなくても余裕で会場中に響き渡っていく。
彼らの歌に歌詞はない。ルルル、と不思議な響きを帯びた声が重なって高く低く広がっていくだけ。
けれど聞いているうちに楽しかったり美しいものを見たような気持ちが引き出されたり。
時には寂寥感や恋のような胸の苦しさを感じたり。
これは呪歌だとオクティが言うように、聞いているだけで魔法のように感情を揺さぶられる音楽だった。
丸々1時間以上立ち見で聞いていたはずなのに、皆陶然としてしまって、気付いたら終わりの時間が近い。
歌い誘うものの名は伊達ではなく、いつまでも聴いていたい歌声……
歌い終えたローレライ達がぱしゃんと大きく跳ねてから水の中へ消えていき、辺りが静まったあとも。
その余韻にしばらくは皆、動かなかった……




