10.おるすばん
話しながら辿り着いたのは、一人暮らしには絶対大きいと思える二階建て木造の一軒家。周囲の家と比べても濃い飴色になった木肌からして、かなり古そう。
でも両手を広げたら塀と家の壁に触れるくらいの小ぶりではあるけどちゃんとした庭があるし、二階建てだし、窓枠とかがただの四角い板を嵌めた穴じゃなくて、絵の額みたいな曲線の枠が嵌ってるから、たぶんそこそこ余裕のある人が住んでた家なんじゃないかな。
この世界、ガラス窓は無いのか。どの家も窓はそのまま小さい穴として開きっぱなしか、大きな窓なら開け閉め出来る扉がついているものしか見当たらない。
オクティの家は全部の窓が大きくて、しっかりした戸が付いたタイプだった。
玄関の扉にオクティが手をかざすと鍵が開いた音がする。
「ん?鍵ってそれで開くの?」
「普通の鍵もあるけど、外で落としたら面倒だから使ってないな」
「鍵なくても開いちゃうって大丈夫……?」
「んー、鍵なんて気休めじゃないか?器用な奴が棒とか針とか使って開けようとすれば開くと思うし、壁もただの木だから穴開けるとかさ。侵入者は問答無用で捕まえて突き出せばいいけど、鍵の実物を持ってるやつが侵入した時は、俺が鍵を渡したのにって言い逃れされるだろ?」
鍵だけ閉めて出かけるのは平民街の家なので、どうせ盗むような大きな財産なんてものもないから侵入する人はいないし。貴族や商人とか財産があって防犯意識が高い家は、鍵などに頼らず門番と警備員を常駐させるそうだ。
玄関を入ってすぐの所にはかなり古そうな分厚い茶色くなったのか染めてあるのか分からない敷物が敷かれ、これも古そうな木製のコート掛け。そしてまさにランタンという形の金属製の枠の中に、魔石のような半透明の結晶が取りつけられており、その石にオクティが触れると明るくなった。
ダンジョン内の灯りの構造を研究して作られたランタンらしく、それなりに一般にも広まっているそうだ。中に魔力が残ってる間だけ光る鉱石で、魔力が尽きるまでは消えないので、寝る頃には切れるように量を調節して籠めるのがコツらしい。
玄関から見えるのは、右手の壁に二階へ登る階段、左の手前と奥正面に扉、そしてすぐ右脇に扉のない入口が開いた小部屋があった。小部屋の中を見ると、お風呂場みたいな石造りの床に穴のある部屋で、壁には磨いた金属で出来た大鏡とタオルなどの荷物を置けそうな金属製の網棚が幾つか。床には木の桶が何個かあった。
あぁそこが水場でね。とオクティがまず中に入って、靴を脱いで洗って乾かし、足の砂を落としたりして、こういう風に洗ったりするところだよ、と説明してくれる。
足を洗って拭いたら水場の出口脇に置いていた布製のスリッパみたいなものを履いて。
楽だから家の中ではこれを履いてるんだよね、と玄関横に脱いだ靴を置き、チョーコの分も持って来るねと席を外したので、その間に水場の中に入ってみる。
棚には普段使いしてそうなヘアブラシのようなものもあるし、朝や出がけに身支度を整えたりもするんだろうけど、おそらくオクティは殆ど鏡を使ってないのか、若干鏡がサビかかって曇っている。
ちょっと試しに、水よ、鏡の表面の汚れや錆を取り除けと唱えてみたら、バケツ一杯くらいの水球が鏡に降りかかってピカピカにしたのはいいけど、その水球はそのまま弾けて、全身びっしょびしょになってしまった。
「わっぷ?!あー……やっちゃった」
けっこう勢いよく撒いたけど排水は問題なさそうだったので、ついでに足に巻いていた布を取って桶に入れて足も洗ってしまう。
「大丈夫?丁度いいから全部着替えちゃいなよ」
オクティが乾いた桶にさっき買ったタオルと部屋着用のワンピースとスリッパを入れて持って来て、リビングで待ってるねと戻っていったので、着替えて鏡を見た。
日本のガラスの鏡と比べたら流石に劣るけど、思ったよりかなりちゃんと色まで映って驚いた。目の色が金と言って良いくらい薄い茶色っていうのもはっきり見える。
この世界に飛んだ直後はジャージも着てたし、異世界転移なら顔立ちに面影くらいは残ってるんじゃないかと思っていたんだけど、本当に全くの別人だった。しかもどこかの作品で見た覚えも全くない。キャラクターメイクをするタイプのオンラインゲームで見た顔立ちって感じでもないし。洋風よりはオリエンタル寄りな雰囲気。
一人称視点のダンジョンものだったりしたら、主人公の顔なんか分からないもんね。作品自体は私が知ってるものでもキャラクターの特定は出来ないかもしれない……
肌がもちぷる赤ちゃん卵肌なのはオクティの『再生』をかけまくって貰ったおかげか。でも元々の顔立ちもハッキリした二重でアーモンド形の目にすっと通った鼻すじ、薄すぎなくてプルプルの艶のある唇のバランスが凄くいい、もう、また絵に描きたくなってきた。
あぁ早く筆記用具と紙が欲しい!
買って貰ったシンプルワンピースはしっかりした布地で透け感ゼロ。見た目はキャンパス地とか帆布みたいだし固そうに見えるけど、引っかかったり擦れたりする感じのないつるっとした肌触りだし、縫製が良いのか身動きする時にどこも邪魔にならない、前ボタンで着替えも楽なのがいい。
下着が無くてすうすうするのにはもう慣れてしまったけど、ここって下着の文化もないの?店長が男性だったせいかな、服を買ったお店でそれっぽいものは見なかった気がするんだよね。
長く伸びすぎて後ろ髪と合体していた前髪だけ慎重に切り揃え、後ろ髪を結ぶリボンか何かがあると良いと思いながらリビングの方へ向かう。
魔法使いの家と言ったら分厚い本がたくさんあったり、ビーカーとか薬草とか実験道具が並んでたり、黒い大鍋があったり、色んな魔法陣的な模様があったり、というイメージがあったけど
びっくりするほど部屋には何もなかった。
リビングルームに4席の椅子が置かれた机、壁には落下防止らしい美しい曲線の飾り板が取り付けられたコレクションを並べるような棚が幾つも作りつけられているが全て空っぽ。額縁を掛けるのに良さそうな突起が壁にあったり、腰くらいの高さのチェストの上も花瓶でも置けそうな感じだったりするけど敷物すらない。
席の一つに座ったオクティの前に、使い込んだ木製のコップが2つあるのみ。
服のサイズ良さそうでよかった、似合うと言いながら、チョーコの分の水も注いでくれる。
「魔塔の魔法使いの家っていったら実験器具とか色々あるかと思ってたけど何もないんだね?」
「色々なダンジョンを回ったり森を探索するために空を飛びまわってる方が楽しいからね。この家には滅多に帰らないし、魔法の研究も興味ないし、というか研究したいなら魔塔に戻った方が早い」
簡単に家の中を案内して貰う。
リビングの奥の扉はわりと広い倉庫で、倉庫に置いてるのは木の粉の備蓄の他、家じゅうに置いてあった壺や木彫りなどの飾り物、使わない部屋の家具、練習で作った魔石、桶に入れて放置されている魔獣の核、成長してきつくなったり破れたりした服や靴、予備の袋やマットといった冒険用の道具など、すぐに使わない&もう使えないものは全部そこに置いているらしい。
二階には大きなベランダの付いた個室が2つと寝室があるが、寝室以外は全部空っぽ。ローブや服の替えなどは寝室のベッド脇の大きいチェストに全部入ってるという。
水はよく飲むみたいでコップだけは使ってる全部の部屋に何個かずつ置いてあるけど、ミニマムな生活してるなぁと思う。
「そういえば……昼なのに窓は開けないの?全部ランタン点けて回ってるよね」
「特に何かされるってわけじゃないが、たまに家の中を覗こうとするやつが居るから閉めてる」
「え。なにそれこわい」
「どうやら街に降りたら俺に相性の良い彼女が出来るかもしれないって期待してる奴が魔塔にいるみたいでさ。そうしょっちゅうじゃないけど、たまにな」
「うわぁ……私、引き籠るのは得意だから、しばらく隠れてた方がいいならぜんぜん隠れてるよ?色々頭に書き込まれてる情報から調べたいものだっていっぱいあるし」
画材を手に入れるために調べたい、染料や絵の具を作る方法、せめて木材から木炭が出来るなら白黒でデッサンくらいは出来るようになるはず。
紙は別に帆布そのままでもいいし、木や獣毛があれば筆とかもなんとかなるはず。
それから木の粉の粉っぽさを加熱とかで何とか出来るかも試したいし
オレンジでジャムやジュースを作ったり、抽出で他に作れるものがあるかとか、『抽出』以外に料理に使える魔法があるかとか
さっきチラッと聞いた『制約』って魔法のこととか、『魔石』や『光る鉱石』やこの世界特有の金属や宝石があるかとか。一旦腰を据えて脳内知識をじっくり読みたいところ。
また思考に耽りそうになったところで、オクティがふっと笑う。
「そっか、じゃあ今日はそれ読んでてくれるか?俺は冒険者組合と魔塔に報告へ行ってくる。リビングに居ても良いし二階のベッドで寝ててもいいから、しっかり引きこもっててくれ。あ、誰かが訪ねてきても絶対入口は開けないようにな?」
「はーい」
さっきびっしょびしょにしてしまった茶色いローブはいつの間にか乾かされていたようで、オクティはそれをさっと羽織って出かけて行った。
リビングに居ても暇だし、二階へ。
寝室も徹底的に家具などは片づけられてて、そこだけ妙に立派なレース刺繍天蓋付きの大型ベッドの他には、コップだけ何個か置かれた大きいベッドサイドチェストがあるだけで、椅子すらない。
スリッパを脱いでぼふんとベッドに飛び込んでみたら、敷布団はしっかり中が詰まってそうなちょっと固め、掛け布団は羽毛みたいなふわふわ感。ゴロゴロしてみるとなかなかの寝心地でよく眠れそう。
大きな枕が5個もばらばらと適当に置いてあるのは、最初からセットされてて変えるのが面倒だったからかな。
使ってなさそうなのを一個引き寄せて横になり、目を閉じて脳内情報を開いた。
さーてまずは筆記用具や画材を作るには、どこから調べたらいいのかな。と考えたところ。この国にも万年筆に近いものは既にあると情報が出た。
そして木材を火の魔力で炭化するまで加工後、水と風の魔力を液化するまで加えると、黒インクが作れるらしい。
更に妖精の皮を刻んで水と火の魔力を加えたものを少量加えると色の定着が良くなるともあったけど、妖精の皮か……
黒がいけるなら色付きのインクとか絵具は?と探すと、製造に必要な――高山地帯に生成――。と出て読めなかった。
ここにはないの?でも少なくともローブを染めるのに使った茶色はあるはずだよね、と思って更に探す。
『染色』無属性魔法。
土に水と風の魔力を加えて液化させ、植物性の繊維を漬ける。火、水、風の魔力を決まった比率で加えた後『染色』を使う。魔眼により染色使用後の色を確認出来る。再染色は出来ない。
なんと、色を変える魔法であって、染料で染めてない!
しかも染められるのは植物繊維だけで、髪や羽や獣毛なんかはこの魔法だと染まらないらしい。
売ってる服が生成り一色なのはデザイン的にどうなのと思ってはいたけど。
インクも染めた布で出来た服も魔塔やお偉いさんが独占してるってことなのね。
それより、万年筆は難しいけどインクさえあれば木の棒とかでも描けるし、売っちゃってなければ老木を切った時の木材貰ってインクだけ作ってみちゃおうかな!家の中でこっそり書くくらいいいよね。
インクと落書きして良いような布、布は確か倉庫に破れたり小さくなったりした服があるって言ってた気がするから、使って良さそうなのを貰おう。
楽しみ!




